(C)Irene Zandel

ドイツ本流の至芸に酔いしれる音楽の旅

 オーケストラや室内楽で鎹や縁の下の力持ちの役割を担うことが多いヴィオラは、近年、ソロで華々しく主役を務める機会が増えてきている。その若きトップランナーが、1979年フランス生まれのアントワン・タメスティと、ここでご紹介する“彼”。ヴィオラ界のカリスマ、ユーリ・バシュメットも才能を高く評価する俊才で、78年ドイツ生まれのニルス・メンケマイヤーだ。流麗でしなやかなタメスティに対し、メンケマイヤーの音楽は構築性が高く、強靭で豊麗。そこにはフランスとドイツの国民性の違いもあるのかもしれない。

 メンケマイヤーは過去に2度来日しているが、今年6月に3度目の来日公演を開催。国内外の名手からの信頼が篤い松本和将(p)とのデュオで、しかもこの1夜限りだというから、ヴィオラおよび彼のファンは必聴だ。

 メンケマイヤーは古楽から現代に至る広範なレパートリーを有しており、それは今回のプログラムにも大いに反映されている。前半は、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第5番と、サント=コロンブの《悲しみの墓》~《涙》という2つのバロック作品と、62年ギリシア生まれの女流作曲家グルズィにメンケマイヤーが委嘱した現代音楽、無伴奏ヴィオラのための《新しい世界のための9つの子守り歌》(12年)を演奏。

 彼は14年発表の国内盤(ソニー)で、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第1~3番のヴィオラ版を収録し、弦をガットに張り替えたり、部分的にバロック弓を採用したりすることで、本来の舞曲のフォルムからは逸脱気味な本作のアルマンドを実に精妙かつ的確に弾き分けてみせた。その瑞々しい妙技が、作曲者自身がリュート用にも編曲している第5番でどのような新境地を切り開くか楽しみだ。また、グルズィの《新しい~》も、前述のディスクの収録曲。J.S.バッハへのオマージュとして書かれた作品で、民族音楽を想わせつつも無国籍で、バロック的な面影を残しつつも近未来的な9つの旋律が、アンビヴァレントな幾何学模様を美しく象る。メンケマイヤーの解釈の深化とともに、J.S.バッハの第5番との間に生まれる新たなマリアージュを期待される。

 そして後半は、19世紀(後期ロマン派のシューマン《おとぎの絵本》)から、20世紀(ヒンデミットのソナタOp.11-4)へと繋げるドイツ音楽の旅。シューマンが残した唯一のヴィオラ作品と、ヴィオラにソロ楽器としての役割と可能性を数多く見出したヒンデミットの傑作を、メンケマイヤーが紡ぐドイツ本流の至芸で存分に堪能しよう!

 


LIVE INFO

ニルス・メンケマイヤー ヴィオラ・リサイタル
○6/8(木)18:00開場(18:15からプレトーク)19:00開演
会場:渋谷区文化総合センター大和田さくらホール(4F)
出演:ニルス・メンケマイヤー(ヴィオラ)、松本和将(ピアノ)
曲目:J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011/シューマン:おとぎの絵本 op.113 他
www.shibu-cul.jp/