〈サニーデイ・サービスのニュー・アルバム『Popcorn Ballads』、ただ今よりシェア開始します〉。日付が6月2日に変わるのとほぼ同時に、曽我部恵一の主宰するROSE RECORDSのTwitterアカウントがそうつぶやいた。このあまりに唐突なニュースは、瞬く間にSNSで拡散。リスナーはもちろん、ミュージシャンや音楽関係者もその前触れなき報告に驚き、その衝撃はアルバムの公開から1か月半が経ったいまも拡がりつづけている。

『Popcorn Ballads』を聴くことができるのは、定額ストリーミング・サービスのAppleMusicとSpotifyのみ。現時点でフィジカルやダウンロードによる販売は行われていない状況だ。こうした形式はサブスクリプションが定着した海外のシーンでは徐々に主流となりつつあるが、CDでのリリースがいまだ根強い日本では、恐らく前例のないケース。もちろんサニーデイ自身もフィジカルでの展開をメインとしてきただけに、これはかなり思い切った判断だといえるのではないか。

つまり、『Popcorn Ballads』は海外のトレンドをいち早く取り入れた作品ということ? いや、ことはそう単純ではない。たしかに、本作からはいま北米を騒がせているトラップなどへの関心もそこかしこで感じとれるが、あくまでもそれは一側面。リリースの形式もさることながら、その内容においても、『Popcorn Ballads』はサニーデイ・サービスという〈バンド〉のいまを多角的に捉えているのだ。

そんな全22曲、収録時間にして85分の大作『Popcorn Ballads』の全容に少しでも迫るべく、ここからは曽我部恵一へのインタヴューをお届けしたい。前作『DANCE TO YOU』から、わずか8か月。サニーデイはどのようにしてこのアルバムを作り上げたのか。そして、なぜここでストリーミング配信を選んだのか。曽我部との対話はそんなところから始まった。

サニーデイ・サービス Popcorn Ballads ROSE(2017)

 

とにかく自由なんだってことを伝えるべきじゃない?

――アルバムが公開されたときは本当に驚きました。当日まで、このことは誰にも明かしてなかったんですか?

「うん。そこはスタッフ内でも徹底してたんだ。〈誰にも絶対に言わないでね〉って。こうしてゲリラで出すにあたって、〈業界の人は知ってました〉みたいなのは絶対にイヤだったし、ビックリしてほしかったからさ」

『Popcorn Ballads』収録曲“青い戦車”
 

――実際には、いつ頃から制作に取り掛かっていたんですか?

「去年の10~11月に『DANCE TO YOU』のツアーがあったんですけど、その頃にはもう作りはじめてましたね。次のアルバムは配信だけにしようってことも、去年の段階で決めてました。実際に完成したのは、アップされた日の3日前だったんですけど」

――3日前! そもそもサブスクリプションだけでいこうと決めたことには、なにかきっかけが?

「それはフランク・オーシャンですね。彼のアルバム『Blonde』(2016年)が聴きたくてサブスクに加入したら、それをきっかけとして、たとえばドレイクとか、チャンス・ザ・ラッパーみたいな超メジャーな人はもちろん、それこそフィジカルが出ていないようなアーティストも含めて、いっぱい聴くようになって。 それで〈こういう世界があるのか。おもしろいな。次は自分もこういう出し方がいいな〉と思ったんです」

――今年の3月に取材した時は、フューチャーが2週連続でサプライズ・リリースした『FUTURE』と『HNDRXX』(いずれも2017年)にも刺激をうけたと仰ってましたね。

「うん。たしかにあの2作は強烈だったし、いまはいろんな作品の出し方があるんだなということにも衝撃を受けて。ただ、そこで自分たちとの根本的な違いもわかったんです。そもそもフューチャーとかはヒップホップのアーティストじゃないですか。つまり、彼らは横の繋がりありきというか、アーティスト同士の相互関係がしっかりしてるんだよね。でも、そういう網の目のようなコミュニティーって、僕らみたいなロック・バンドにはないものだからさ。結局、そこは自分のロールモデルにならなかったんだよね」

『FUTURE』収録曲“Mask Off”
 

――なるほど。となると、フィジカルやデータの販売なしというのは、なおさら思い切った決断だったと思うのですが。

「でも、それをやらないと世間には伝わらないからさ。CDもアナログもダウンロードもぜんぶやって、それでストリーミングもやるとなると、ちょっとわかりづらくなるじゃないですか。でも、とにかく〈今回はこれなんだ〉ってことをわかりやすく伝えたかったんです」

――あくまでも今回は配信だけでいこうと。

「うん。とはいえ、ずっと配信ありきで進めてたってわけでもなくて。やっぱり選択肢としてはCDやレコードも念頭に置いてたんだ。でも、制作を進めていくなかで自分の考えは配信のほうにどんどん向いていって。まずは9曲入りのアルバムが出来たんです。で、最初はそれに〈いいね〉と思ってたんだけど、聴いてるうちに〈うーん。なんか違うな、これ〉って」

――どんな違和感があったんですか?

「なんていうか、〈普通のアルバムじゃん〉と思って(笑)。たぶん、まだその頃はCDの頭で作ってたんだよね。〈アルバムってものは大体このくらいの長さで、10~12曲くらい入ってるものだ〉っていうさ。そういう意味では、その9曲でも悪くはなかったんだ。でも、これをやりたくてストリーミングという手段にしたんじゃないよなって」

――ちなみに、その時点ではどんな9曲が選ばれていたんですか?

「エッジのあるものだけをギュッとさせたような感じでしたね。オートチューンを使った曲とか、トラップ的な要素とか、わりとそういうものが9曲を占めてた」

――なるほど。じゃあ、その段階で選ばれていた曲というと? たとえば“透明でも透明じゃなくても”は、まるで中期ビートルズがトラップのリズムを取り入れたような曲だなと思ったんですが。

「うん、“透明でも…”はその段階から入ってたね。逆にいうと、“summer baby”とか“花火”なんかはぜんぶ外してたんだ。〈ちょっとこれはオーセンティックすぎるんじゃないか?〉みたいな理由でね。でも、なんかそういう考え方自体がひとつの固定観念に縛られてるなと思ってさ。それに、せっかくこうして作品を発表するなら、とにかく自由なんだってことを伝えるべきじゃない? じゃあ、どうすればみんながドキドキワクワクするかなって。今回はそういうことをずっと考えてたんです。で、ちょうどその頃にドレイクのアルバムが出たんですけど」

――『More Life』(2017年)ですね。彼はあの作品を〈アルバム〉ではなく、〈プレイリスト〉と呼んでいるようですが。

「そうそう、プレイリスト。あれには勇気をもらいましたね。〈つまりはなんでもいいんだな〉と思えたっていうか。そこからはまたアグリゲーターさんとも綿密な打ち合わせをしつつ、最初に渡した9曲をいったん取り下げて、13曲まで増やした段階で〈出来ました。これでアップしましょう〉と決めて。で、それをまた取り下げるっていう(笑)。そういうやり取りを3回くらい繰り返していったんです」

――その結果、22曲85分というヴォリュームになったと。

「それこそフューチャーみたいに、2枚に分けるっていう考えもあったんですよ。『Popcorn Ballads  1』と『2』みたいな感じで出して、もしフィジカルにするときがくれば2枚組とかでもいいかなって。でも、よくよく考えるとそんなことする理由も別にないなと(笑)。そこでようやく決まった感じです。実際、何時間だっていいんだからね。それこそ24時間だっていいわけで」

――パッケージに合わせる必要がなくなったってことですね。

「うん。そういう制約がなくなったことで解放された部分は、確かにあると思う。ただ、別にこれは長いのがいいってことじゃないんですよ。作品を作るときは、いつも自分のなかで頭から終わりまでのストーリーを組み立てていくんだけど、今回のアルバムはそのストーリーが長編になっただけというか」

――アルバムとしての流れをつくるという考え方は、これまでの制作となにも変わらない?

「そこはなんら変わらないですね。あと、SNSに〈『DANCE TO YOU』のアウトテイクにしてはすごくいい〉と書いてる人がいたんだけど、いやいや、それは違うよと(笑)」

――ハハハ(笑)。このアルバムをそう捉えた人もいるんですね。

「たしかにアウトテイクも入れたかったんですけどね。でも、やっぱりそこはうまくスライドしないんだよな。もうそこに自分がいないというか。アウトテイクを聴いても、〈あぁ、去年はここが自分の立ち位置だったんだな〉みたいな感じだから」

『DANCE TO YOU』収録曲“桜 super love”
 

――現在の曽我部さんは、もはや『DANCE TO YOU』のモードではないということ?

「そうですね。それってつまりは前進してるってことだから、嬉しいことでもあるんだけどね」

 

『Popcorn Ballads』はまだ始まったばかり

――今回のアルバムはあえて曲毎のプロダクションを統一させてないようにも感じました。そこも『DANCE TO YOU』との大きな違いかなと思ったんですが。

「うん。『DANCE TO YOU』は僕一人でプリプロしたものをできるだけバンドっぽく聴かせたくて、けっこうスタジオでナマに差し替えたりしてたんですけど、今回はもうちょっとイビツな感じを残しておきたかったんです。自分がいまの音楽に感じている魅力も、そこだったりするので」

『Popcorn Ballads』収録曲“すべての若き動物たち”
 

――〈いまの音楽〉というのは?

「それこそトラップとか。たとえばミーゴスの曲って、〈もうちょっと音が必要なんじゃない?〉みたいな音作りで、終わり方もなんか宙ぶらりんだったりするじゃないですか。なんていうか、ローテク感があるんだよね。ヤング・マーブル・ジャイアンツとかに近い感じがあるというか」

――それはおもしろい視点ですね。

「スキルとか、いろんなものが足りてないんだけど、そこに彼らの生活の在り方が出ちゃってる感じがするんだよね。だから、今回はアレンジ云々じゃなくて、彼らのそういうイージーな在り方を真似たいと思ったんです」

ミーゴスの2017年作『Culture』収録曲“T-Shirt”
ヤング・マーブル・ジャイアンツの80年作『Colossal Youth』収録曲“Colossal Youth”のライヴ映像
 

――なるほど。そのあたりも含めて、『Popcorn Ballads』はサニーデイ・サービスの〈いま〉を伝えているアルバムだと思うんですが。

「まさに。やっぱり俺はアルバムが作りたいんですよ。それこそフランク・オーシャンの『Blonde』を聴いたときもそう思ったんだよね。たっぷりと時間をかけてアーティストの魂みたいなものを共有するってことは、本当に素晴らしいなって。今回のアルバムを一聴して〈ミックステープっぽい〉と書いてくれてる人もいたけど、自分のなかではそうならないようにがんばったつもりだし、そこは何度も聴いてくれている人には伝わってるんじゃないかな。今回はそういう人たちに聴いてほしかったんだ。ネットでいつも新しいものを探している、若い音楽好きに届いてほしいなって」

――まずはそういう敏感なリスナーに届けたかったからこそ、あえてストリーミングだけに絞ったというところもある?

「そうだね。今回のやり方はそういう人たちに届けるための方法論でもあるし、実際に僕らのことをあまり知らなそうな人がSNSとかで反応してくれてると、すごく嬉しいんです。あと、この機会にはじめてAppleMusicとかSpotifyに加入したって人もいるみたいで。それはもう〈しめしめ〉みたいな(笑)。ほら、僕らの世代ってCDを買うことに慣れてるでしょ? でも、そこは凝り固まらずにSpotifyとかもディグってみてほしいんですよね」

――『Popcorn Ballads』をそのきっかけにしてほしいと。

「うん。そういう気持ちもなくはないですね。だって、自分の辿った道がそうだったからさ。それに、自分のなかで『Popcorn Ballads』はまだぜんぜん終わってないから」

――発売日は始まりに過ぎないってことですよね?

「そうそう。今までは発売日にめがけてすべての動きを集中させていく感じだったけど、今回はそうじゃなくてさ。その日をひとつの出発点として、ここからいろいろあるぞっていう感じが重要というか。実際、いまもまだ作ってるし、ミックスとかも直したからね」

――アルバムを公開してから一週間後に“summer baby”のミックス/マスタリングを変更してましたよね。あの動きにもちょっとしたメッセージを感じたのですが。

「もちろん。カニエ・ウェストは直してるっていう話もあったし、今回こうして日本で出すにあたって〈いちどアップしたものは直せるんですか〉と確認してみたら、〈可能ですよ〉と言われて。そう言われると、アーティストって直したい部分がどんどん出てくるからね(笑)。で、あえてそれをアピールしたら、さらにおもしろみが伝わるだろうなって。〈え、直せちゃうの?〉みたいな(笑)」

――やっぱりそこにも意図はあったんですね。

「もちろんですよ。宣伝です(笑)。だって、そんなの最高に楽しいじゃないですか。だから、根本にあるのは僕のミーハーな気持ちなんですよ。新しモノ好きのおじさんっていうね(笑)。〈日本の音楽をこういうふうにしたい〉とか〈これからの未来はこっちだぞ〉とか、そういうのも一切ないんです。とにかくおもしろいことを提供できればいい。ホントそれだけなんですよ」

 

僕らはここでサニーデイ・サービスに〈VOTE〉してもらいたいんです

――そのプロモーションの一環として、今回は一週間限定でポップアップ・ショップもオープンされてましたね。この試みもすごく重要だったと思うんですが、そもそもポップアップを展開しようと思ったきっかけは?

「ここ(下北沢CITY COUNTRY CITY)の店長が買い付けでLAに行ったときに、ちょうどア・トライブ・コールド・クエストがポップアップ・ショップをやっていたらしくて。それでいろいろ詳細を聞いてたら、自分もやりたくなっちゃったんだよね(笑)。そこでしか手に入らないものがあるとか、そういうのって単純に楽しいじゃないですか」

――僕もイヴェント初日に少しだけお邪魔したんですけど、大盛況でしたね。

「うん、すごくよかった。最終日は僕と田中(貴)のふたりで、和モノだけで何時間もDJをやったんですけど、あれはものすごくいい雰囲気だったな。いろんな人が来てくれたし、そうやって自分たちのワクワクした気持ちをお客さんに伝えることがアルバムの宣伝になっていたら、それに越したことはないというか。〈ロック史上に残る名作!〉みたいな誇大宣伝を打つよりも、〈一週間、下北でポップアップ・ショップをやります〉とかのほうが、なんかいまっぽいですよね。そうやって少しずつ話題を拡げていきたいんです。〈ひょっとしたら、この口コミが大きな流れになるかもしれない〉みたいな考え方というか」

――まさにいまはその流れをつくっている最中だと。

「そう。今後も『Popcorn Ballads』に紐付けていろんなことをやりたいなと思ってるし、正直まだぜんぜん聴かれてないからね。で、それも最初から想定していたことだから、あとはここからどういうふうに持っていこうかなって。ヴォリューム的にもすぐに咀嚼される作品だとは思っていないしね。『DANCE TO YOU』はガツンとくる一撃だったけど、今回は何度も聴いていくうちに〈もしかするとこれって……?〉みたいな作品というか。たとえば、トマス・ピンチョンは完全に後者だよね。ピンチョンの小説って、あまりにも入り組み過ぎてるから、一読しただけでは絶対にわからないんだけど、なんかそこにパワーがあるんだよ。まあ、ピンチョンと比べるのはおこがましいんだけど、この作品にはそういうところもちょっとあるかなって」

『Popcorn Ballads』収録曲“Tシャツ”
 

――しかも、これはCDを意識していたら作れなかった作品でもあるわけで。

「そう。だから、いまは新しい道具をひとつもらったような感覚なんだよね。〈ストリーミングを手に入れた!〉みたいな(笑)。それはもう、すっごく楽しいよ。ただ、このやり方に踏み切るときは正直ビビったけどね。期日が近づけば近づくほど、〈やっぱりCDも同時発売にしようかな……。こんなことして何の意味があるんだろう〉と思ったし(笑)」

――やっぱりそこは勇気がいりますよね。

「でも、実際に出すときはものすごく楽しかったんだ。だから、あとはこれをどうロングテールで見せていけるか。いまは日々そこをミーティングしてます。あと、そういえばSign Magazineでやってくれたインタヴューで、渡辺くんが〈いまは“リリース”よりも“シェア”という言い方のほうが一般的になってきてる〉みたいな話をしてたじゃないですか?」

――しましたね。作品を取り巻くリスナーとアーティストの関係性が変わってきてるという話でした。

「そう。で、その〈シェア〉という言葉にハッとしたんだよね。なんていうか、それって〈音楽を所有する〉みたいな感覚とは違うというか。VOTE(投票)するような感じだよね。実際、いまは思想や言葉とかに対して〈いいね!〉するっていう感覚があるし、これからは音楽もそういうふうに批評されていくべきなんじゃないかな。だから、僕らはここでサニーデイ・サービスに〈VOTE〉してもらいたいんです。いまはそんなふうに考えてますね」

 


Live Information
〈サニーデイ・サービス サマーライブ 2017〉
2017年8月27日(日)東京 日比谷野外大音楽堂
出演:サニーデイ・サービス
※曽我部恵一(ヴォーカル/ギター)、田中貴(ベース)、岡山健二(ドラムス)、高野勲(キーボード)、新井仁(ギター)
開場/開演:16:15/17:00
料金:前売り ¥5,000(全席指定)
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