INTERVIEW

プッチーニ 歌劇『トスカ』《新演出》 映画監督 河瀨直美がオペラ初演出に挑む、全5都市による全国共同制作プロジェクト

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  • 2017.08.21
(C)LESLIE KEE

映画監督 河瀨直美 オペラ初演出に挑む

 平成21年度からスタートし、近年では野田秀樹が手掛けたモーツァルト『フィガロの結婚』(平成27年度)や笈田ヨシによるプッチーニ『蝶々夫人』(平成28年度)と、話題を呼ぶ新演出で好評を博してきたオペラ公演シリーズ「全国共同制作プロジェクト」。平成29年度も、映画監督の河瀨直美が初めて演出を担当するプッチーニの歌劇『トスカ』が(新潟/東京/金沢/魚津/沖縄の5都市で計6回)上演されることに決まり、大きな注目を集めている。

 河瀨監督は劇場映画デビュー作の『萌の朱雀』が1997年にカンヌ国際映画祭で史上最年少のカメラ・ドール(新人監督賞)に輝いて以降、2007年に『殯(もがり)の森』で第2席にあたるグランプリを受賞、2009年に栄えある「黄金の馬車賞」を女性で初めて受賞するなど、20年にわたってカンヌで愛され、国際的に高評価を得ている逸材。しかも2015年の『あん』と今年の同映画祭コンペティション部門に出品した最新作『光』で、国内における大衆的な人気をも確立しつつある人気監督である。実は「これまでにオペラ鑑賞の経験は殆どない」と云う彼女。先日設けられた取材の席では「決まり事の多そうな世界で、経験のない人間がどうしようかとも考えたが、知らないだけに自由な冒険ができるのではないかと思い、挑むことにした。『トスカ』は主役を含めて主要人物がみんな死んでしまう救いようのない悲劇で、そこにどうやったら希望を与えることができるのかが自分に課せられた命題。いろんな意味で絶望感を味わうことの多い現代には、そんな“救い”が必要だと思うから」と語ったのが印象的だった。それは、元ハンセン病患者の老女(樹木希林)が不条理な日常に直面しながらも尊厳を失わずに生きようとする姿を描いた『あん』や、病によって次第に視力を失っていく恐怖と戦う天才カメラマン(永瀬正敏)が、視覚障碍者向けの仕事に従事する女性(水崎綾女)との出会いを通して、過酷な運命とどう向き合って進んで行くのかを鮮烈に綴った『光』といった、近作の方向性とも大いに重なるような気がする。

 さて、『あん』で新境地を拓く以前の作品では、長らく自身が生まれ育った奈良や母方のルーツである奄美大島の大自然を背景に、古くからのしきたりや伝統文化など地域性を色濃く反映した世界観を打ち出すことで知られていた河瀨監督。そんな彼女が、動乱の1800年ローマを舞台に、敬虔なカトリックである歌姫トスカと反体制派の画家マリオ・カヴァラドッシ、権力を振りかざす好色な警視総監スカルピアの主役3人が、激しくも濃厚な人間ドラマを繰り広げる、プッチーニ円熟期の傑作にどうアプローチしていくのかが、そもそも興味深いところだ。既にパンフレットなどに記載されている情報によると、今回の河瀨版『トスカ』の舞台設定は古代日本「牢魔」のとある集落。祝祭の日、土着信仰のシャーマン「カバラ導師・万里生」のもとに親友である「アンジェロッ太」が逃げてくるところから物語は始まる。万里生は彼を匿うが、新勢力の親衛隊長「須賀ルピオ」に捕らえられて激しく拷問される。歌と踊りが上手な村娘の「トス香」は恋人の万里生を救うためにひとり須賀ルピオに近づくが、その代償として肉体を求められる…というもの。

 「私がこのオペラで最初に惹かれたポイントは、トスカというヒロインがとても信仰心が強く、愛に生きる女性だというところ。人は古より愛し合うことで何かを残してきたのだから、現代に生きる私たちにも彼女の生き方と共感できる部分があると思うし、私自身も作品を通じてそれを体験してみたい。そして信仰というものはキリスト教徒に限らず、人類の根源にある普遍的なものだと思う。特に古代の日本人は説明のつかないことや自然の脅威など“やおよろず”を神として崇めて暮らしていたはず。舞台設定をイタリアにしてしまうとそれ以上のことが想像できないので、今回は時代や場所をはっきりと特定しないことにした。私はこの国のかたちが最初にできた奈良という場所で生まれ育ち、今も街に残る“大和”以前の痕跡を感じて興味を持っていたので、人々にとって信仰がもっと身近で、生も死も受け入れるような感覚を持っていた世界にシフトして作品を作ってみようと思ったのです。そして、そのような時代には自然の声を聴くことのできるシャーマンと呼ばれる人がつきもの。カヴァラドッシをシャーマンという設定にしたのは、画家が芸術として絵に託す想いもひとつの信仰のかたちだと思ったのと、トスカという女性だけでなく、自然と深く繋がっているキャラクターにすることで、もっと広い客観性を与えたかったから」

 画面いっぱいに溢れる瑞々しい緑の木々や、谷間を渡る清々しい風。抜けるように青く澄んだ空や海の色など、デビュー当時から一貫して、何気ない自然の風景を捉えた静謐な映像美で定評のある河瀨映画。今回はニューヨークを拠点に活躍する気鋭の建築家・重松象平が手掛ける舞台美術とのコラボにも期待したい。

 「三次元であるステージと、平面の世界であるスクリーンとを融合させた舞台にしたい…深い森の存在を映像で表現するとか。そのために装置をどう配置すれば違和感がなく融け込めるのか思案しているところです。また映画は光と影の芸術なので、例えば2幕でカヴァラドッシが拷問を受けているシーンを従来のように声だけでなく、影をつかって動きで見せるとか…」

 もちろん人間ドラマとしての見どころや、音楽劇として聴きどころを、河瀨演出がどう魅せてくれるのかも楽しみだ。

 「自分でも見せ場のひとつだと思っているのは、スカルピアを殺めてしまった後のトスカの心の動き。あそこをどう描くかでこの作品のありようが変わってくるのは自覚しています。愛する人を救うためにしたことと受け入れる強さと罪の意識の狭間で揺れ動く彼女を、ひとりの女性として人間として、あらゆる角度から深く捉えてみたい。音楽については全くの素人なので誤解を恐れずに言うと、オーケストラの旋律による盛り上がりやアリアの美しさとかだけでなく、その後に訪れる静寂や“間”にも、何か心を奪われる瞬間ってあるのではないかとか、ふと考えたりもしますね」

 プラハ生まれで欧州を中心に活躍するソプラノ、ルイザ・アルブレヒトヴァ(トスカ)や過去に共同制作プロジェクトの《トゥーランドット》(※2007年、東京/金沢公演)にカラフ役で参加し好評だったテノール、アレクサンドル・バディア(カヴァラドッシ)、そして日本からは二期会が誇る期待の新鋭バリトン三戸大久(スカルピア)とキャスト陣も充実。また「違う分野の才能を迎えることで、より多くの層にオペラの魅力をアピールできるはず。彼女の演出意図が伝わるようにプッチーニの書いた音楽の原典から全面的に応援したい」と表明しているマエストロ広上淳一(東京/金沢公演の指揮を担当)の存在も心強い。

 「広上さんも含め、現場でいろんな人とコミュニケーションを深めて一緒にひとつの舞台を作り上げていきたい。借りてきたみたいに置かれて、お客さんにも、何やオペラの人と違うな、まあ映画監督やしね…みたいに思われないように(笑)頑張りたいと思います!」

 


LIVE INFORMATION

平成29年度全国共同制作プロジェクト
プッチーニ:歌劇『トスカ』《新演出》
全3幕 日本語字幕付 イタリア語上演

○10/15(日)14:00
会場:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館(新潟県新潟市)
○10/27(金)18:30 ○10/29(日)14:00
会場:東京芸術劇場 コンサートホール(東京都豊島区)
○11/08(水)19:00
会場:金沢歌劇座(石川県金沢市)
○11/12(日)14:00
会場:新川文化ホール 大ホール(富山県魚津市)
○12/07(木)19:00
会場:沖縄コンベンションセンター(沖縄県宜野湾市)

演出:河瀨直美
指揮:大勝秀也  新潟、魚津、沖縄/広上淳一  東京、金沢
舞台美術:重松象平
トスカ:ルイザ・アルブレヒトヴァ(S)
カヴァラドッシ:アレクサンドル・バディア(T)
スカルピア:三戸大久(Br)
アンジェロッティ:森雅史(B)
堂守:三浦克次(B/Br)
スポレッタ:与儀巧(T)
シャルローネ:高橋洋介(Br)
看守:原田勇雅(Br)
管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢(新潟、金沢)東京フィルハーモニー交響楽団(東京)群馬交響楽団(魚津)琉球交響楽団(沖縄)
合唱&児童合唱:各地の合唱団
副指揮:辻博之、垣内悠希

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