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KYOTO EXPERIMENT 2017開催 今こそ、「不在の美学」を ~ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』日本初演に向けて~

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  • 2017.08.25
『Black on White』(C) Christian Schafferer

今こそ、「不在の美学」を
~ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』日本初演に向けて~

 演奏家たちが舞台に登場する。楽器を手に取る。しかし他の奏者のものであったりする。また演奏するのかと思いきや、歌ったり、舞台上をだらだらと歩いたり、大太鼓にテニスボールを投げつけたり、ゲームに興じたり、エドガー・アラン・ポーやモーリス・ブランショ、T.S.エリオットのテクストを多言語で朗読する。また、ノイズに近い物音が楽器の特殊奏法とともに発せられ、そこに舞台上の演出や視覚的な要素が絡んでいく。ロックや現代音楽、フリージャズ、民族音楽など、独特のクールな多元性を伴った音楽的要素はもちろんのこと、舞台に編み込まれたスリリングかつユーモアに満ちた様々な仕掛けが、観客を魅了し退屈させない作品、それがハイナー・ゲッベルス作曲=演出のムジークテアター(音楽劇)、『Black on White』(原題は“Schwarz auf Weiss”)だ。この作品は元々、1996年にフランクフルトのテアター・アム・トゥルム劇場にて初演されると、その後ヨーロッパ主要都市を中心に50回以上にわたり上演されてきた。その日本初演が今年の10月、京都芸術劇場春秋座にて、作品を血肉化している実力派の現代音楽合奏団、アンサンブル・モデルンのパフォーマンスによって実現する。

 元々ゲッべルスは、筋金入りの実験的音楽家である。今や欧州即興界の大家となったアルフレート・ハルトや、ヘンリー・カウのドラマー、クリス・カトラーなどのメンバーからなる実験的なロックバンド「カシーバー」(Cassiber)に 70年代から属していたことで知られる。しかし彼はまた、演出家でもある。社会学の批評理論で有名なテオドール・アドルノやユルゲン・ハーバーマスを輩出したフランクフルト大学にて社会学と音楽を学び、ベルトルト・ブレヒトと恊働したことで知られる作曲家ハンス・アイスラーに関する論文を書いている。そんな彼のことであるから、劇場音楽や映画音楽など多彩な分野の作曲を手がけ、音楽家として一定の地位を確立しながら、ハイナー・ミュラーと演劇を制作したのも、ごく自然な流れだったに違いない。87年以降には、彼自身も作曲家=演出家として舞台の全体に関わっていくこととなり、出世作となる作品を立て続けに発表していくことになった。

『Black on White』(C) Christian Schafferer

 客に単一の物語を提供し、その経験を共有させるのが近代的な演劇だとすると、ブレヒト、またその後継者と目されていたミュラーは、それを否定し、より開かれた演劇を目指していた。90年代にミュラーとゲッべルスの共作『プロメテウスの解放』(93年)を見て感銘を受けた哲学者の中村雄二郎は、集団的でありながら、唄と舞が密接に結びつくような、古代ギリシャの「コロス」を最も現代的に表現しているとして高く評価し、ブレヒトとミュラーの流れにゲッべルスを位置づけたのだった。今作品は、そのミュラーがリハーサル中に亡くなったこともあり、実際に彼の朗読する声も使用されるなど、追悼の要素がある。

 しかし、不在であるミュラーの声の使用でも見受けられるように、そこには今作品で最初に顕在化された「不在の美学」がある。「不在の美学」、それは舞台における様々な中心的要素が空白であり、要素間に序列がないことを意味する。例えば、音楽演奏ならば本来指揮者や演奏家が中心にいるはずだが、『Black on White』において指揮者は不在である。また普通の演劇においては存在する主人公も不在であり、本業は音楽家である演者によって、様々な演劇的な所作が行われる。ここではドラマチックなクライマックスや、芝居がかった表現はあらかじめ排除されている。ゲッべルスは、中心的存在を排することによって、観客自身が主体的に興味の持てるものに関係性を見出し、積極的に解読していく主体性を獲得することを目指しているのだ。

 ゲッベルスは、近代的な単一の物語を排除し、要素を並列化することにおいて、パフォーマンス・アートの世界的な流れを先取りしていた。実験音楽、あるいは広義の電子音楽の世界において、メロディやハーモニーといった情緒的な音楽的要素と、ノイズ、あるいは音響的な要素を等価に捉えることは、今では常套手段となって久しい。他方で、日本における90年代以降の演劇界の潮流においても、ひとつの物語を生成するような情動喚起的な音楽の使用は避けられ、例えばチェルフィッチュのように、音楽は音と言葉、そして視覚的要素とともに並列的に配置される傾向が強くなっている。 かつて、世界中に人脈を持つ実験音楽の第一人者であり、共演者でもある大友良英は、ゲッベルスを再評価すべきだと書いていた。しかし同時に、日本には参照される文脈がなく、その兆しがないことを憂慮していた。今少しずつ条件は整い、大友の憂慮は過去のものになるかもしれない。音楽や演劇といった観点から舞台芸術を改めて捉え直したい今だからこそ、ゲッベルスの「不在の美学」は見逃せない。

 


INFORMATION

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017
○10/14(土)–11/5/(日)
会場:ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、 京都府立府民ホール “ アルティ”、京都府立文化芸術会館、ほか
公式プログラム参加アーティスト:金氏徹平、パク・ミンヒ、田中奈緒子、スン・シャオシン、池田亮司×EklektoRyoji、村川拓、ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン、トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー、マルセロ・エヴェリン/Demolition Incorporada、神里雄大/岡崎藝術座、ダレル・ジョーンズ、researchligh
https://brmwwv.net/

ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン
『Black on White』

○10/27(金)19:30開演/28(土)15:00開演
会場:京都芸術劇場 春秋座

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