日本の音楽シーンにおいて常に刺激的な挑戦を続けている椎名林檎が、錚々たるアーティストたちに提供した楽曲のセルフカバーアルバム『逆輸入〜航空局〜』をリリースする。ドラマ「カルテット」の主題歌"おとなの掟"が、SMAPの“華麗なる逆襲”が、椎名の声で聴ける。もうそれだけで〈必聴〉の一枚である。

 

椎名林檎のプロフィールには“音楽家”という肩書きが記されている。その活動において“実演”と双璧を成すのが“作家業”だ。

「この方にいま歌っていただけるのであれば、このメロディとコードとリリックこそが最も相応しい。その針の穴を捜して書くのが作家業の楽しみであり苦しみです」

この『逆輸入〜航空局〜』は2014年にリリースされた『逆輸入〜港湾局〜』に続く、彼女が他のアーティストへ提供した楽曲群のセルフカバーアルバムである。

「前作は全ての曲のアレンジを異なるアレンジャーの方々にお願いすることで、いろんな港を経由して帰ってくる(=港湾局)というイメージでした。今回は、編曲に於ける必要不可欠な要素が作曲当初から強く存在した曲ばかり。必要最小限のリアレンジに留めた格好でセルフカバーしようと取り掛かり、〈直行便〉、〈直送便〉的な意味合いを冠して、お客様の元へお届けしたいと思いました」

そう椎名が語る本作には、彼女が2000年から2017年にかけて、石川さゆり、栗山千明、柴咲コウ、SMAP、高畑充希、ともさかりえ、林原めぐみ、Doughnuts Hole(松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平)、ICHIGO ICHIE(深津絵里)に提供した全11曲が収録された。2000年に書き下ろされた懐かしい曲。惜しまれつつ解散したSMAPのシングル。ドラマ好きの話題をさらい記録的な配信売上げを叩き出した「カルテット」主題歌。錚々たる名前とトピックは、そのまま彼女の作家業の充実を物語っている。

「ドラマの枠を超えるドラマとか、広告の枠を超える広告とか、何らか夢のあるプロジェクトに加担させていただくのはマジで緊張します。でも完成すると、いただいたギフトのほうが遥かに大きいと気付きます。クライアントの皆さんに、改めて感謝しきりです」

今回、新たな編曲を指揮したマエストロは、近年の椎名の音楽に欠かせない村田陽一、斎藤ネコ、名越由貴夫、朝川朋之の4名と椎名自身が担当。加えて80名(!)にも及ぶ国内屈指の手練れの演奏家が参加している。

「歌には歌のアーティキュレーションがありますよね。各音符の内容を具体的に説明するニュアンスです。クレッシェンドとかデクレッシェンドとか、スタッカートで実音はほとんど鳴らさないとか。声周りについて、私が仔細にわたって指定するのと同じ作業を、各楽器でも行なっていただくという目的が第一にあります。プレイヤーとしても抜きん出た彼らなら技術的な限界も真新しい可能性も熟知していらっしゃるわけです。一曲という広さの土地において建坪率/容積率いっぱいまで贅を尽くすためにはいつも、各部門、より専門的に掘り下げておく必要があります」

楽曲ごとに編成された大小様々なアンサンブルが原曲のポテンシャルを最大限に引き出している。キーや歌詞が原曲から変わった曲もある。

「歌詞は常にその場に相応しいボキャブラリーで。キーは私の声のスイートスポットに合わせるのではなく、楽器の鳴りを重視した〈楽器コンシャス〉で決めています。私が歌うのは本家(=提供先)に対し、あくまで分家というか亜流というかオルタナティブなので、両方ご試聴されたかたが〈やっぱり本家へ戻りたい〉と感じてくださるのならそれが一番です」

 〈作家・椎名林檎〉のマナーと矜持を語る彼女は、一方で〈ボーカリスト・椎名林檎〉でもある。時に豊潤な、時にスリリングな歌の表現力は、またしても進化と成長を遂げたようだ。富士山を望む“人生は夢だらけ”から、自らの手で未踏の地へと漕ぎ出す“最果てが見たい”まで、この『逆輸入〜航空局〜』は人生の11の場面を高らかに歌い上げたノーブルな傑作である。

2015年には初の台湾公演を成功させ、翌2016年にはリオデジャネイロオリンピック及びパラリンピック閉会式という檜舞台で「フラッグハンドオーバーセレモニー」の演出/音楽監督を務めた椎名は、2018年、いよいよデビュー20周年を迎える。

「来年は、まずは3月からの全国ホールツアーで皆様にお目にかかりたいと思います。このアルバムには、それらの箱に似合う曲がたくさん入りました」

〈女による女のための曲を〉という志を掲げる、稀代の音楽家・椎名林檎。そのアニバーサリーイヤーに今から期待が高まる。