INTERVIEW

カマシやサンファら才能集った『Everything Is Recorded』の背景―XL主宰リチャード・ラッセルがUKカルチャーの豊潤さを語る

エヴリシング・イズ・レコーデッド『Everything Is Recorded By Richard Russell』 Pt.1

カマシやサンファら才能集った『Everything Is Recorded』の背景―XL主宰リチャード・ラッセルがUKカルチャーの豊潤さを語る

この20年における最重要インディー・レーベルをひとつ選ぶなら、僕は迷わずXLレコーディングスを挙げるだろう。プロディジーが90年代のレイヴ・ミュージック期を牽引したあと、バッドリー・ドローン・ボーイやホワイト・ストライプスの成功を皮切りに、レディオヘッドやシガー・ロスといった大物も合流。デヴェンドラ・バンハート、M.I.A.やヴァンパイア・ウィークエンドといった〈時代の顔〉を送り出し、アデルの働きで商業的にも成功しながら、近年もアルカやキング・クルール、ケイトラナダといった先鋭的な才能を輩出しているほか、2009年設立の傘下レーベル、ヤング・タークスもXXやFKAツイッグスといった人気アクトを輩出している。

そんなXLの創始者であるリチャード・ラッセルは、90年代にDJとして活動し、近年はデーモン・アルバーンの相棒役を務めるなど、ミュージシャンとしての顔も併せ持つ人物だ。その彼がコラボ・プロジェクト=エヴリシング・イズ・レコーデッド(以下EIR)を立ち上げ、最初のアルバム『Everything Is Recorded By Richard Russell』を先日リリースした。これが様々な文脈がクロスオーヴァーした、実に聴き応えのある作品になっている。

まず目を見張るのは、参加アーティストの顔ぶれだろう。サンファやイベイー、カマシ・ワシントンといったXL/ヤング・タークスの看板たちを筆頭に、シド(ジ・インターネット)やUKラッパーのギグスといった旬のアーティストや、ピーター・ガブリエルやマーク・ロンソンといった新旧の大物もプレイしており、しまいにはクインシー・ジョーンズやブライアン・イーノまで関与している。しかし、その豪華なイメージとは裏腹に、ソウルとレゲエ/ダブ、ゴスペルを基調としたEIRの音楽性は、パーソナルな響きと温もりに満ちたものだ。

2013年にギラン・バレー症候群という神経系の病気を患ったリチャードは、長期の入院を経て、本作のレコーディング・セッションに着手したそうで、いわゆるミドルエイジ・クライシスの影も本作に散らつかせている。そんな彼は以前、ギル・スコット=ヘロンの『I'm New Here』(2010年)と、ボビー・ウーマックの『The Bravest Man In The Universe』(2012年)という、ソウルの大家が放った2枚の〈遺作〉をプロデュースしていた。かつてビートルズやデヴィッド・ボウイもそうだったように、イギリスにはアメリカ発の黒人音楽に憧れてきた長い歴史がある。さらにXLは、グライムやオッド・フューチャーなど、ブラック・ミュージックの新しい動きをいち早くサポートしてきた実績もある(最近ではフランク・オーシャン『Blonde』のフィジカル版もリリースしている)。こういった文脈が幾重にも絡まり合うことで、アルバムの音を豊かにしている印象だ。

リチャードはPigeons & Planesのインタヴューで、「2014年の終わりにディアンジェロがアルバムを発表したとき、水門が開いたように感じた」と語っていた。古いレコードのサンプリングを駆使した本作は、北米におけるポップ・ミュージックの活況を見据えつつ、イギリスから新しい未来を提示しているようにも映る。前置きが長くなったが、このインタヴューを読めば、XLが成功を収め、今もシーンの最前線に立ち続ける理由も掴めるだろう。とにかく音楽が好きで好きでたまらない、そんな愛らしい饒舌ぶりである。

EVERYTHING IS RECORDED Everything Is Recorded By Richard Russell XL/BEAT(2018)

  

音楽は〈どうやって孤独感に折り合いをつけるのか?〉に答えを出してくれる

――実際のところ、今回のアルバムはどういった作品をめざしたのでしょう?

「作品のヴィジョンは音楽を作っていくうちに浮かび上がってきたんだ。それに実際、〈場〉から生まれてきたものもあった。というのも、ギル・スコット=ヘロンやボビー・ウーマックとのアルバム制作や、デーモン・アルバーンと仕事するプロセスのなかで、〈自分にはスタジオが必要だ〉と思うようになったんだ。それで、かねてから思い描いてきたスタジオを作ることにした」

――ロンドンに設立されたカッパー・ハウスのことですよね。そこにミュージシャンが出入りするようになったと。

「そう。そこで最初に作ったアルバムが(リチャードがプロデュースした)イベイーの1枚目『Ibeyi』(2015年)だった。そのレコーディングを終えたあと、ぼくたちは即興性の高い……ほどんどジャズのようなプロセスというか、様々な人々がスタジオにやって来ては音楽を演奏するという、そういうやり方で音楽をプレイするようになった。その時点で、アルバムを作るというプランはなかったんだけどね。いろんなミュージシャンと即興的に音楽を作ること、それは目的を共にした集団としての社交的なプロセスでもあった。その一方で、自分だけで作っていくプロセス――様々なサンプルやサウンド、質感にひとりで取り組む側面もあった。それら2つのプロセスを通じて、一貫性のある作品になりそうな〈何か〉が自分のなかで浮上してきたんだ」

――多くのアーティストが出入りしているにも関わらず、アルバムからは内省的なムードも強く感じました。

「自分には内省的な側面があると思うけど、社交的なパーソナリティーも備わっている。で、アルバムもそういうものになったわけだね。みんな誰だって相反する面を抱えているし、人間というのは〈歩く矛盾〉なわけでさ」

――いい表現ですね(笑)。

「たしかに孤独感は、このアルバムを通じて浮かび上がっていると思う。自分にとって大きな意味を持つ音楽のなかで表現されてきたテーマでもあるしね。とりわけ、70年代に生まれたソウル・レコードはそういうものが多い。カーティス・メイフィールド、ギル・スコット=ヘロンにスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、それにロバート・ワイアット。彼らの作品はどれも温かい響きを持っていて、今回のアルバムに込められたフィーリングにも影響を与えている。でも一方で、このレコードの持つ社交的な側面によって、そういった孤独感をもっと気分を高揚させるような場所へとシフトさせることもできるんじゃないかな。〈どうやって孤独感に折り合いをつけるのか?〉――音楽というのは、その問いに対する答えを出してくれるもののひとつだと思っているよ」

――EIRには世代やキャリアの異なるミュージシャンが多数参加していますが、彼らはどのような基準で選ばれたのでしょう?

「ギル・スコット=ヘロンと一緒にアルバムを制作していた時に、〈ジェイミーXXにこのアルバムをリミックスしてもらったらどうだろう?〉というアイデアが浮かんだんだ。そのアイデアをギルに提案したところ、彼も乗り気で受け入れてくれた」

――『We're New Here』(2011年)のことですよね。

「そう。ギルという〈賢人〉との交流を通じて、僕は多くを学んだし、あれは本当に人生を変えられるような経験だった。でも一方で、僕はジェイミーともコミュニケーションしていたわけだ。ギルは自分より20歳くらい年上で、逆にジェイミーは20歳近く若い。そして、僕はその両者と密なコミュニケーションを取ることができる。その事実はかなり貴重なことだと思えてきたんだ。素晴らしい経験を持つヴェテランと、まだ若いミュージシャンたちの両方と一緒に仕事するというのは、今回のアルバムも一緒だよね。そうやって願わくば、プロジェクトに参加してくれたどの人間にとっても有益な経験にしたかった」

ギル・スコット=ヘロン&ジェイミーXXの2011年作『We're New Here』収録曲“NY Is Killing Me”
 

――異なる世代/音楽性の橋渡しができるのは、DJの資質とレーベル・オーナーとしての信頼感も大きいんでしょうね。

「それにきっと、先天的に備わった性質の一部なのかもしれない。生まれついての運命がコネクターだったというか(笑)。努力して繋ぎ役になろうとしてきたわけではないけど、とにかく自分はそういう人間なんだと思う。例えば画家というのは、どの色を組み合わせれば上手くいくのか、本能的に理解しているわけだよね。そういったセンスを通じて彼らは自己表現している。そういうふうに、〈これとこれはフィットするだろう〉みたいな発想は、僕がレコードを作る際のアプローチにも間違いなくあるね」

 

ソウルとR&Bはいつも僕のルーツであり続けてきた

――このEIRで、個人的に感銘を受けたのはあなたのプロダクション・スキルです。ドラムやシンセの音色も素晴らしいし、これだけ多くのミュージシャンが参加していながら、アルバムに統一感があるのも特筆すべきポイントだと思います。

「そうだね。ぼくのプロダクションには特有のサウンドがあるんだと思う。それは〈人の声〉に似ているね。別に努力しなくてもその声が出せるし、誰がどうやったって自分自身の声に帰結していく。だから、そのサウンドについて僕自身が分析するのは難しいね。それってシンガーに対して、自分の歌声を分析してくださいと質問しているようなものだから」

――たしかに(笑)。

「だから説明するのは難しいけど、80年代半ばのヒップホップ・レコードを山ほど聴きまくった経験は、自分のサウンドにも影響を与えていると思う。あの頃のヒップホップはまだかなりローファイで、針飛びのノイズが混じるようなものだったからね。当時のレゲエやダンスホールのレコードもそう。まずベース・サウンドがあって、その上にローファイなサウンドがのっていたというか。過剰にプロデュースされたところは一切なしで、そのぶん曲にたっぷりと空間が残されていた。そういった隙間、ローファイ性、そしてベースの低音こそ、ぼくにとっては重要だったわけだ」

――そうやって80年代にヒップホップやダンス・ミュージックのレコードを買い漁ったあと、あなたは90年代のレイヴ・シーンで活躍するようになるわけですが、DJカルチャーで培った経験は、EIRにどのように反映されていると思いますか?

「DJという営みは、ぼくにとって大きなルーツだと言えるね。それこそ、自分のベッドルームにこもってヒップホップのレコード相手に延々と何時間も過ごしたものだよ。DJとしてギグをやったこともあるけど、自分はいわゆるベッドルームDJに近かった。これはとても重要なポイントなんだ。もちろんDJには、技術的な側面や肉体的なプロセスもあるけど、〈どんなレコードをかけるか〉というキュレーションの側面も存在するわけだよね。ぼくたちがDJを始めた頃、インターネットはまだ存在しなかった。その当時、DJというのは音楽への情熱を人々とシェアするための数少ない手段のひとつだったんだ」

――ええ。

「そう考えるとやっぱり、自分自身のレコード・コレクションが、このアルバムの一部になっていると思う。サンプル元もそうだし、ギル・スコット=ヘロンのカヴァー(“Cane”)も入っているしね。それに、10代の自分がもっとも愛したアーティストのひとり、スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイドに参加してもらったのもそう。(グリーンが参加した収録曲)“Bloodshot Red Eyes”に、あのキーボードの音色を入れるというのは、僕からすれば究極のファンタジーだった。今回のアルバムは、自分の抱いてきた夢を現実のものにしようという側面もあるんだろうね」

――実際、EIRでは様々なサウンドがブレンドされていますが、音楽性の基盤となっているのは広義のソウル・ミュージックだと思います。そういった音楽に惹かれるようになった原体験について教えてください。

「まず、かつてのロンドンにはとあるシーンが存在したんだ。それは〈レア・グルーヴ〉と呼ばれていた。その言葉は、平たく言えば70年代のソウル・レコードのことを指していたんだよ。それで、ぼくが初めてクラブに通い出した86〜87年くらいに、ヒップホップやレゲエをプレイしていたDJたちは、それらの音楽と一緒にソウルのレコードもかけていた。当時のロンドンにいた若いDJたちは、そうやって古い音楽を好んでかけていて、ぼくが初めてギルの音楽を耳にしたのも(リアルタイムではなくて)そうした文脈からだったんだよ。彼らDJたちは、そうやって古いレコードを〈今〉へ持ち出してきたわけだ」

――そうですよね。

「だから、彼らは当時のレコードで使われていたサンプリングを探っていき、それによってその元ネタのレコードにまで遡っていったわけだし、そう思えば当時の彼らはリスナーの教育もしてくれていたんだよね。見方を変えれば、DJたちは古い音楽をキュレートしていたとも言える。あの当時は、ジャイルズ・ピーターソンやノーマン・ジェイといった今でも重要な役割を担っているDJたちや、ソウルIIソウルのような面々が大活躍していた。その時点で、70年代のソウルはすでに古いものだったけど、当時のぼくは〈新しい音楽〉として深い共感を覚えたものだ。そういう出会いがあったからこそ、クラシックなソウルが人生を通じて聴き続ける音楽になったわけさ」

――ええ。

「それとは別に、80年代にもモダンなソウル・ミュージックは存在していて、僕はそちらもよく聴いていた。例えば、ジャム&ルイスは今回のアルバムにも大きな影響を与えているし、先ほども名前を挙げたスクリッティ・ポリッティも、僕からすれば〈ソウルに影響されたポップ・ミュージック〉なわけで、どちらも同じくらい重要だったんだ。それから90年代に入り、そして現在に至るまで、ソウルとR&Bはいつも僕のルーツであり続けてきたと思う。実際、アデルの歌声を初めて聴いた時もそんなふうに感じたものだよ」

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