ドナルド・トランプと2017年アメリカの音楽
――新たなプロテスト・ソングの時代を迎え、2017年のアメリカ〈抵抗の年〉を象徴する音楽たち

 2017年のアメリカは〈抵抗の年〉だった。前年11月の大統領選の直後から、全米の総得票数では負けている事実もあり、〈私の大統領ではない〉とドナルド・トランプへの〈抵抗〉を宣言する人びとの闘いが始まった。1月の就任式の翌日には女性の権利を守るべく、全米各地で一斉に〈ウイメンズ・マーチ〉が行われ、主催者発表で500万人近くが集まる史上最大規模のデモとなったし、〈ムスリム・バン〉(イスラム教徒の入国制限)の大統領令には、入国を拒否された乗客を支援する人びとが各地の空港に続々集まった。また、根強く残る人種の不平等に抗議して、NFLのコリン・キャパニック選手が国歌斉唱の際に片膝をついて起立を拒む抗議を行うと、スポーツ界のみならず、同調する運動が広まった。

 そして10月以降、ハリウッドの女優たちによる大物プロデューサーの長年のセクハラや性的虐待の告発をきっかけに、映画界のみならず、#MeTooのハッシュタグを用いたセクハラ告発が大きな広がりを見せ、被害者を支援する #TimesUp運動も始まっている。

 こういった状況下で音楽界も新たなプロテスト音楽の時代を迎えている。ただし、突然始まったわけでなく、数年前から〈ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命も大切だ)〉の掛け声のもと、警察の黒人の若者への取り締まりにおける過剰な暴力行使に対し、その背景にある人種偏見を問題視する抗議が全米に広がっていたことが、その背景にある。

 というのも、トランプ当選の要因に〈ホワイトラッシュ(黒人などマイノリティの市民権向上に対する、白人の人種差別主義者による巻き返し)〉の側面があるからだ。彼は移民を犯罪者扱いして、メキシコとの国境に壁を建設する、イスラム教徒を入国禁止にするといった公約をはじめ、特定の人種や宗教をやり玉に挙げることで票を集めたし、就任後も支持層をつなぎとめるべく、実行が困難でも、その公約を守る姿勢を崩さず、トランプ当選に勢いづく白人至上主義者やネオナチの運動を明確に非難しない。そのため、黒人やラティーノ、女性全般、LGBTといった社会の少数派や弱い立場の人びとは、先人が勝ち取ってきた権利が奪われるのでは、と強い危機感を抱かざるをえないのだ。

 だから、トランプに痛烈な抗議を浴びせかける先頭に、黒人ラッパーが立ったのは当然だろう。2016年3月には早くもYGがずばり“FDT(Fuck Donald Trump)”を発表していたし、就任式の日にジョーイ・バッドアスは“Land Of The Free”で、「トランプにこの国を乗っとらせない」と宣言した。彼はトランプが白人至上主義と有色人種への組織的な公民権剥奪という米国に何世紀も存在する病弊の症状だとみなす。

 2016年に久々のアルバム『We Got It from Here... Thank You 4 Your Service』を発表したア・トライブ・コールド・クエストは、昨年のグラミー賞授賞式で、その夜で最も強烈な反トランプの声明を打ち出した。〈壁〉を壊して出てきたヒジャブを被った女性も含む多様な人びとと共に、繰り返し〈抵抗〉を叫んだのだ。

 『Run The Jewels 3』を発表したラン・ザ・ジュエルズはエル・Pとキラー・マイクのコンビだが、マイクはバーニー・サンダーズの熱心な支援者として頻繁にメディアに登場し、活動家としても目立つ存在となった。彼らがアルバムに先駆け、選挙日の翌日に急遽発表した“2100”は、その結果に落胆する人びとに「俺は君の側で闘う。やつらはこの闘いの規模がわかってない」と励ました。

 そして、2015年の“Alright”が〈ブラック・ライヴズ・マター〉の賛歌となったケンドリック・ラマーだ。新作『DAMN.』は先日発表されたグラミー賞の主要部門こそ逃したが、多くのメディアに年間最優秀アルバムとの評価を受けた。授賞式の幕開けを飾ったパフォーマンスも強力だった。『DAMN.』で彼はトランプについて一度しか言及しておらず、個人史を重ねて、人種や暴力、ジェンダーの関係、名声、宗教などについて語るが、米国に生きる黒人の生活について考察すれば、否が応でも政治色を帯びる。彼は説教臭くならず、〈トランプ糞くらえ〉と直接的に言うこともなく、政治的な作品を作り上げた。

 エミネムは年末にニュー・アルバムを発表したが、大きな話題を呼んだのは、9月のBETヒップホップ・アウォーズのTV放映で披露したフリースタイルのラップ“Storm”で、トランプを激しく非難し、自分のファンにどちら側につくのか態度を決めろ、と迫る異例のメッセージを打ち出したのだった。

 トランプが指導者としての能力不足と、ラティーノに対する人種差別的な態度を露呈したのが、9月にプエルトリコを襲ったハリケーン・マリアによる大災害への対応の遅れだった。政府には頼れないと、多くのアーティストたちが支援を行い、ミュージカル「ハミルトン」の作者、リン=マニュエル・ミランダの呼びかけで、ラティーノの人気者が多数集まって、ベネフィット・シングル“Almost Like Praying”が作られた。皮肉なことに、2017年の最大のヒット曲は、そのプエルトリコ出身の歌手ルイス・フォンシとラッパー、ダディ・ヤンキーのスペイン語詞の曲“Despacito”で、中米、カリブ海、アフリカ諸国を〈肥溜めの国〉と呼んだ大統領の発言とは裏腹に、ラテン・ポップの新たな人気爆発が注目された年でもあった。

 また、17年は女性たちが立ち上がった。多くの女性はトランプを敵視する。彼は保守的なキリスト教福音派の票欲しさに、妊娠中絶反対の立場をとり、非営利団体プランド・ペアレントフッド(家族計画連盟/望まない妊娠・出産や、性病の拡散を防止すべく、低収入や無職の人に医療を提供する)への助成金停止の法案の成立をねらうからだ。前述の〈ウイメンズ・マーチ〉は、主にそういった政策への反対を訴えるものでもあったが、当日新しい女性の賛歌が生まれた。

 MILCKはロスアンジェルズのシンガー・ソングライターで、マーチの象徴となった〈プッシー・ハット〉(ピンク色の手製ニット帽)を被った25人の女性たちと自作曲“Quiet”を「もう黙ってはいられない」と街頭で歌った。すると、その映像がネットで即座に広がり、彼女自身が長年隠していた虐待の体験を背景にした(本人曰く)「礼儀正しい糞食らえ」は、その週末の非公式な賛歌となったのだ。怒りを直接露わにせず、悲しみや心の痛みとして表現する曲は、#MeToo運動のテーマ曲にもふさわしいものだ。

 トランプはこういった女性の行動を不愉快に思っているはず。というのも、彼自身が多くのセクハラ疑惑で訴えられており、女性に対する下品な発言の録音や行動の目撃談も次々と暴露されてきたからだ。そんな彼に向けた曲のひとつが、フィオナ・アップルの“Tiny Hands”だ。選挙中に暴露された女性を食い物にしていることを自慢する録音での発言に応えるもの。「あんたのちっちゃな手を私たちの下着に近づけてほしくない」と歌う短いシンプルな曲ゆえに、こちらもマーチの賛歌となった。また、フォークの女王ジョーン・バエズも、トランプを歌った“Nasty Man”という自作曲を発表。その〈卑劣な男〉に精神障害を医者に診てもらってくれと嘆願する。

 ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフことアリンダ・セガーラのアルバム『The Navigator』はプエルトリコ系のニューヨーカーである自分を投影させた架空の女性の物語で、ここにもトランプ政権下の米国への危機感が窺える。クライマックスとなる“Pa'lante”はスペイン語で〈前へ進む〉という意味で、力強い繰り返しは、抵抗の呼びかけである。

 さて、トランプとの戦いには、もちろんロックのヴェテラン勢も黙ってはいない。4月にブルース・スプリングスティーンが旧友のジョー・グルシェキーと連名で発表したシングルが、トランプのスローガン〈メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン〉にひっかけた“That's What Makes Us Great”。ブルースは大統領を〈詐欺師〉と呼ぶ辛辣な連を歌う。そのスローガンには、ニール・ヤングも“Already Great”とユーモアをこめて反論する曲を作り、反トランプのメッセージ色濃いアルバム『The Visitor』を発表した。トッド・ラングレンの新作にも、ドナルド・フェイゲンとの共作・共演で、トランプをたっぷり皮肉った“Tin Foil Hat”という曲があった。

 そして、元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの25年ぶりのアルバム『Is This the Life We Really Want?』も政治色濃いもので、世界情勢について遠慮ない言葉が連発される。ツアーでも、あからさまに反トランプのメッセージを掲げ、スクリーンのトランプにKKKやナチスのシンボルが重ねられ、問題発言の数々も引用されるなど、本気のけんか腰だった。

 また、プロテスト・ソングの歴史のあるフォークの世界では、現状に過去を重ね合わせる視線もある。リアノン・ギデンズの『Freedom Highway』は、黒人の苦闘の歴史からの物語を、南部に生まれ育った黒人女性の視点で語る。表題曲はその歌声が公民権運動の大きな力となったゴスペル・ファミリー・グループ、ステイプル・シンガーズの曲だ。

 そのステイプルズ一家のメイヴィス・ステイプルズは、就任式前日にアーケイド・ファイアが発表した曲“I Give You Power”に参加して、厳しい時代はみんなで結束しようと呼びかけたが、彼女自身のニュー・アルバム『If All I Was Was Black』も届けられた。トランプの反動的な政策で進歩が逆戻りしたかのような現状に向け、公民権運動以来のメッセージを思いやりと憤りの両方を持って歌う。ミシェル・オバマの演説にインスパイアされた“We Go High”がハイライトのひとつだ。

 


寄稿者プロフィール
五十嵐正(Tadashi Igarashi)

58年石川県金沢市生まれ。音楽評論/翻訳家。著書に「ジャクソン・ブラウンとカリフォルニアのシンガー・ソングライターたち」「スプリングスティーンの歌うアメリカ」「ヴォイセズ・オブ・アイルランド」など。翻訳書にロバート・パーマー著「ディープ・ブルーズ」、デイヴ・マーシュ著「エルヴィス」など。