菊地慎と多才な音楽家/ピアニストの小瀬村晶によるレーベル、Scholeがリリースする新しい作品は、ドイツの新鋭音楽家であるティム・リングハウスのデビュー・アルバム『Memory Sketches』だ。本作のサウンドを一言で説明するとしたら、ピアノが奏でる優しく、儚げな旋律を中心に据えた、ポスト・クラシカルとアンビエントの中間のような手触りの音、だろうか。

印象的なのは時折聴かれるアトモスフェリックなシンセサイザーとある1曲で鳴らされるドラムマシンで、アルバム全編を靄のように覆っているアナログ・レコードのようなノイズとともに、その響きは聴き手に強烈なノスタルジーを喚起する。

そんな『Memory Sketches』という作品の背景にある思想、そしてティム・リングハウスという新たな才能を紹介するのは岡田拓郎――2015年に解散した森は生きているの元リーダーで、2017年のソロ・アルバム『ノスタルジア』が多くのリスナーやクリティックから賛辞を贈られた若き鋭才ミュージシャン/ギタリストだ。『ノスタルジア』とどこかで通じるところも感じられるティム・リングハウスの『Memory Sketches』を、岡田は〈コモン・ミュージック〉だと論じる。その理由は以下の通り。ぜひ最後まで読んで、それを確かめてほしい。 *Mikiki編集部

TIM LINGHAUS 『Memory Sketches』 1631/schole(2018)

 

私的な思い出を表現した『Memory Sketches』

卒業式が終わった後に家に帰ったこと。祖母を車に乗せて病院に連れていったこと。父の葬式でラジオを使って彼と話せないか試みたこと。89年にベルリンの壁が崩壊して間もない頃に、初めてボルンホルマー通りでドイツの境界線を渡ったこと……。

『Memory Sketches』は、ドイツ人音楽家ティム・リングハウス自身の記憶を音楽という媒体を介して形にした至極パーソナルな音楽作品である。と同時に、誰しもが持つひとつひとつの記憶へと形を変えていく可能性がある〈コモン・ミュージック〉でもある。そして、ティム本人が解説で語っているように、これは〈ただの音楽〉でしかない。かもしれない。

『Memory Sketches』アルバム・ティーザー

80年代初頭にドイツに生まれたティム・リングハウス。子供の頃に父親が所有していたギターとYAMAHA RX11(ドラムマシン)で音楽制作をはじめ、10代の頃は多くのギター・キッズと同様にメタルからシンガー・ソングライター的なものまで、様々なスタイルのバンド活動に勤しんだ。

現在ではピアノとシンセサイザーをメインに音楽を制作している彼だが、2016年にカナダのアンビエント/エレクトロ・レーベル、モデルナ・レコーズから6曲入りのEP『Vhoir』をリリース。2017年には同レーベルからリリースされたコンピレーション『Algorithmics』に、本作のアイデアの一片のようなアンビエント・トラック“Funeral For Dad”を提供している。

2017年のコンピレーション・アルバム『Algorithmics』収録曲“Funeral For Dad”(父の葬式)。続編曲“Funeral For Dad, Pt. II (It Was Nice To Have Known You)”が本作に収録されている