パリを拠点に10年。正戸里佳が咲かせた仏ヴァイオリン音楽の花
89年に生まれ、3歳でヴァイオリンを始めた正戸里佳。桐朋学園の高校に入るため上京し「あらためて、原爆被災地の広島出身であることを強く意識した」という。爆心地あとの平和記念公園へ毎日、祈りに出かける祖母についていった幼い日々は「日常の遊びの中の記憶でしかなかった」。ラヴェルにドビュッシー、プーランクとフランスのソナタを軸にしたデビュー盤『パリのヴァイオリン・ソナタ』には作曲家3人それぞれの小品も収めたが、プーランクでは《平和のためにお祈りください》が、《愛の小径》とともに選ばれた。
2007年5月11日、東京の津田ホールでのデビュー・リサイタルをたまたま聴いた。18歳とは 思えない表現スケールの大きさ、楽曲の本質にぐいぐいと切り込む潔さに驚いた。終演後の小宴でも物怖じせず、はっきり受けこたえする態度に〈大物〉を印象づけた。翌年からパリへ留学、10年後の現在も同地を拠点に活動しながら昨年、東京の音楽事務所と契約、母国での活動を本格化するとともに、長く温めてきたフランス音楽で念願のデビュー盤を完成した。5月17日には録音と同じく菅野潤のピアノを得て、CD発売記念リサイタルを東京文化会館小ホールで開く。
11年ぶりにじっくり話を聞いて、深い感銘を受けた。「ドイツ系あるいは米国系の奏法が主流の日本からパリへ来たら周りの人々がそれぞれ、まるで違う方向を究めている」ことに衝撃を受け、様々な文化、人間、音楽を貪欲に吸収してきたのだろう。じっくり言葉を選び、深い洞察力を漂わせながら、実に的確な話をする。よほどきちんと勉強しない限り、天才少女から芸術の使徒への大変身は不可能と思われる。ラヴェルのソナタが始まった途端、正戸の音色が洗練と純度を高め、一段の切れ味と説得力を増していることに気づく。同じくパリ在住、イヴリー・ギトリスの家で知り合ったという先輩格のピアニスト、菅野の共演ぶりにも隙がない。ラヴェル第2楽章のジャズ風の自在な掛け合いの1箇所だけを挙げても、入念な準備と高い次元での音楽観の一致を確認できる。
「音楽が大好きな人に習えて本当によかった」と尊敬するパリの恩師、パトリス・フォンタナローザはデビュー盤を聴いてすぐ、推薦文を送ってきた。「素晴らしいヴァイオリニストというだけでなく優れた音楽家でもある正戸里佳さんは、フランス音楽の傑作集の録音を通じ、作品の精神を的確かつ深く直感。彼女の感性を介し、極めて美しく、非常に感動的な演奏を私たちに贈っているのです」。感激した正戸が「フォンタナローザ先生の文章をぜひ、記事に使ってください」と後日、メールしてきたのであった。
LIVE INFORMATION
正戸里佳ヴァイオリン・リサイタル
○5月17日(木) 19:00開演 会場:東京文化会館(小ホール)
出演:正戸里佳(ヴァイオリン)、菅野 潤(ピアノ)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全10曲(3回シリーズ)
○第一回 7月1日(日) 16:00開演/第二回 11月11日(日) 15:00開演/第三回 2019年3月9日(土)15:00開演
会場:神戸新聞松方ホール
共演:岡田将(ピアノ)