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映画「レディ・バード」 グレタ・ガーウィグ単独監督デビュー作は、故郷サクラメントへのラヴ・レター

©2017InterActiveCorp Films, LLC. Merie Wallace, courtesy of A24

個性派女優/次世代クリエイターとして多彩な才能を発揮するグレタ・ガーウィグ
単独監督デビュー作は、故郷サクラメントへのラヴ・レター

 映画の冒頭、ジョーン・ディディオンの著書から引用された文章がスクリーンに映し出される。

 ジョーン・ディディオン(1934-)は、日本では過小評価されている米国の女流作家。ディディオンの名を一躍有名にした『ベツレヘムに向け、身を屈めて』(1968)は「Love&Peace」が合言葉であった60年代後半のカリフォルニアの観察記録だが、彼女はサクラメントの出身である。

 サクラメントはカリフォルニアの州都であり、また、タワーレコード発祥の地でもある。しかし、この街の風土や文化的環境は、サンフランシスコやロサンゼルスと大きく異なっている。まずサクラメントは、サンフランシスコの北東の内陸に位置している。ビーチ・ボーイズの歌に出てくるような太陽が燦々と輝いているビーチは存在しない。また、周囲には農地が広がっていて、カトリック・コミュニティの影響が色濃い。だから60年代後半にカウンター・カルチャーが花開いたサンフランシスコ以南のカリフォルニアのような自由で開放的な場所でもない。引用されたディディオンの文章は、こんなサクラメントと一般的なイメージのカリフォルニアの違いを端的に表わしたもので、この冒頭だけで、僕は映画に引き込まれてしまった。

 なぜ冒頭にディディオンの文章が引用されているかというと、舞台がサクラメントだから。しかも監督と脚本を手がけた女優のグレタ・ガーウィグ自身も同地の出身で、10代の頃にディディオンの著書を読んだことをきっかけに、故郷のことを深く考えるようになったという。

 時代は2002年。サクラメントのカトリック系の私立高校に通うクリスティン(シアーシャ・ローナン)にとってこの年は、高校生活最後の年にあたる。彼女は、ニューヨークやニューハンプシャーの大学に進学したいと考えている。確固たる目的があるわけではなく、成績が優秀なわけでもない。ただ、彼女いわく“文化のある”東海岸の大学に通いたいのだ。ところが、看護師として一家の家計を支えている母親(ローリー・メトカーフ)は、娘を地元の大学に行かせると決めている。サクラメントには、未だにキリスト教的価値観に基づく1950年代頃のモラルや生活習慣が根付いているが、そもそも母親は50年代のアメリカ文化で育った世代。当然のごとく、母娘はたびたび衝突する。

 クリスティンは、“レディ・バード(Lady Bird)”と自称していて、高校の先生や神父さんに対してもこの名前を名乗り、周りの人間にもそう呼ばせている。女性の鳥(Lady Bird)であろうが、てんとう虫(Ladybird)であろうが、カラフルで自由に飛び回る存在への憧れが込められていると解釈していいだろう。とにかく彼女は、サクラメントを抜けだし、別の世界へ羽ばたきたいのだ。

 監督自身がサクラメント出身だけあって、“レディ・バード(以下、LB)”のキャラクターとサクラメントの関係が巧く描かれている。“LB”は、サクラメントのごくありふれた中流階級(ただし、父親は失業中なので、生活は苦しい)の娘で、地元では目立つ存在かもしれないが、とびきりの美人ではないし、洗練された趣味やセンスの持ち主でもない。こんな“LB”のキャラクターを肉付けするために、ガーウィグが脚本の段階からすでに書き込んでいたという曲が、アラニス・モリセットの《ハンド・イン・マイ・ポケット》とデイヴ・マシューズ・バンドの《クラッシュ・イントゥ・ミー》。どちらも全米大ヒットだが、前者は95年、後者は96年の曲で、2002年のカリフォルニアを象徴する曲でもなければ、スノッブな都会人が好む“cool”な曲でもない。“LB”は、流行の最先端を行くタイプではなく、本質的にはサクラメント育ちの保守的な女性なのだ。

 『レディ・バード』は、ガーウィグの単独初監督作品とは思えないほどの秀作である。実力派の俳優たちに加えて、サム・レヴィ(撮影監督)やジョン・ブライオン(音楽)などの優れたスタッフに恵まれていることも大いに関係しているだろうが、とりわけガーウィグ自身の脚本を讃えたい。たとえば、大学の下見に出かけた“LB”と母親が、帰りの車中でスタインベックの『怒りの葡萄』の朗読テープを聴いている冒頭のシーンを。『怒りの葡萄』は、世界大恐慌直後の1930年代に生活苦のあまり、オクラホマ州から新天地を求めてカリフォルニアを目指す農家一族を描いた長編小説。この名作は、聖書に大きな影響を受けていて、そもそも題名も聖書からの引用である。こんな『怒りの葡萄』に対する母娘の反応が重要な意味を持っていたことに観客は後から気づかされる。

 『レディ・バード』は、17歳の少女の揺れ動く心情を瑞々しく描いた成長物語であり、誰もが共感する家族賛歌であり、そして監督からサクラメントへのラヴ・レターでもある。

 


『レディ・バード』
監督/脚本:グレタ・ガーウィグ『フランシス・ハ』『20センチュリー・ウーマン』
音楽:ジョン・ブライオン
出演:シアーシャ・ローナン/ローリー・メトカーフ/トレイシー・レッツ/ルーカス・ヘッジズ/ティモシー・シャラメ/ビーニー・フェルドスタイン/スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン/ロイス・スミス
©2017InterActiveCorp Films, LLC. Merie Wallace, courtesy of A24
配給:東宝東和(2017年 アメリカ 94分)
◎6/1(金)TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー!
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