出来上がった瞬間に感じる達成感も今までになかったくらい一番強かったですね。歯磨き粉のチューブをギュッと絞り出すみたいに、〈全部出しきった!〉っていう感覚に初めてなりました

aiko 湿った夏の始まり ポニーキャニオン(2018)

 

想像を掻き立てる叙情的なタイトル『湿った夏の始まり』が実に彼女らしいが、そこに〈夏〉という季節が盛り込まれているところに長年のファンは大きく反応するのではないだろうか。

「今までの活動を振り返ると『桜の木の下』というアルバムから春夏秋冬を巡るタイトルをつけていたんですけど、しばらくそれをやめていたんですよ。で、気づけば2001年に出した『夏服』から17年も経っていたので、ここであらためてもう一度〈夏〉を描きたい、『夏服』の後に私が過ごした〈夏〉を感じられるようなアルバムにしたいなと思ったんですよね」

気温が上昇し、湿った空気に身を焦がされていく――そんな夏の始まりに味わえる心地よい高揚感と胸に去来するせつなさが本作には充満している。収録される全13曲には、人と人との触れ合いを通して感じる湿り気を帯びた〈体温〉がいつも以上に色濃く、鮮烈に描き出されている印象だ。

「すべての曲を並べて聴いたとき、1曲ごとの濃さ、重さがいつも以上にあるなって自分でも思いました。出来上がった瞬間に感じる達成感も今までになかったくらい一番強かったですね。歯磨き粉のチューブをギュッと絞り出すみたいに、〈全部出しきった!〉っていう感覚に初めてなりました」

20年のキャリアの中で築き上げてきたaikoらしさはそのままに、新たな表情をたっぷりと感じることができるのも本作の大きな魅力。メロディにも歌詞にも、そして歌にも初めて出逢う驚きが満載で、aikoにしか生み出し得ない世界が確実に更新されている。

「1曲としてまとめるにあたって、自分の中の決まり事みたいなものをなくしてしまおうっていう感覚が今回は特にあったような気がしますね。今まで以上に自由な気持ちで音楽と向き合うことは本当に楽しかったです。私は普段、すごくインスタントな生活をしているんですよ。ケータイから流れてくる情報を眺めながらも、読んだ傍からボロボロ忘れていくようなダメな生き方。でもね、音楽だけはそうしたくないんです。自分の中にある忘れられない景色や想いをしっかり言葉にして、曲にしていきたい。そして、それが聴いてくれる人の心にしっかりとどまってくれたらいいなってすごく思う。そういう意味では、今回の曲たちを作るにあたって迷いは一切なかったし、〈私が今思ってることはこれ〉ってしっかり言えるものになったと思いますね」

ギターが鳴り渡るアップテンポなロックチューン“ハナガサイタ”では、大切な人と一緒に過ごす部屋の中でのリアルな感情が最高のメロディに乗せて歌われる。

「2コーラス目のサビにある〈この曲が終わる前に鍵をポケットに入れて帰らないと〉のところは自分で書いてて〈わかるわぁ〉ってすごく思いました(笑)。この曲では部屋の中のこもった空気感を上手く表現できたから嬉しかったですね」

グルービィなサウンドと極上のボーカルが艶っぽい世界を描き出しているのは“愛は勝手”。〈短い爪に繰り返し綺麗でいてねと赤を塗り続けた〉というフレーズには思わずドキッとさせられる。

「いつもだったら〈こういう言葉、こういう言い回しは強すぎるからやめておこうかな〉って思うこともあるんやけど、今回はそれもなかった気がします。バンドのみなさんのかっこいいグルーブの演奏を聴いたことに触発されて、ぶわっと歌詞が出てきたところもありましたね。そういう感覚もすごく楽しかったです」

そしてエンディングを飾るのは感動的なバラード“だから”。美しいサウンドスケープの中、〈だからあなたの肌を触らせてよ/わからないから触らせてよ〉とかけがえのない人の〈体温〉を求めてやまない彼女の姿に激しく胸を打たれることになるだろう。

「アルバムを作るときって1曲目と最後の曲が決まればグッとまとまる感じがあるんですよ。この曲が出来上がった瞬間、〈これは絶対最後だな〉って思えました。ここはいつものエンディングの雰囲気に近い感じかもしれないですね。いつも以上にいろんな曲が流れてきた最後に、〈あ、こういう曲も入ってた!〉って思ってもらえたら嬉しいです」

6月8日からは本作を携えたロングツアー「Love Like Pop vol.20」がスタート。まさに〈湿った夏の始まり〉に幕を開け、ファンとの生の触れ合いを噛みしめながら全27会場45公演を巡っていく。

「ライブのリハをやっていると、今回のアルバムでは本当にいろんな曲を作ったんやなってあらためて思いました。どれも歌うのは難しいんですけど、みんなの前で歌えば絶対楽しくなりますからね。体力をしっかりつけて、毎公演アホになってやろうと思ってます(笑)」