INTERVIEW

宇多田ヒカル 『初恋』 〈諸行無常〉という言葉があるけど、それを理解して受け入れるのはそんなに簡単なことじゃない

宇多田ヒカル 『初恋』 〈諸行無常〉という言葉があるけど、それを理解して受け入れるのはそんなに簡単なことじゃない

日本のみならず英米を含む諸外国の配信チャートでも上位ランクインを記録した前作『Fantôme』から1年9ヶ月、デビュー20周年イヤーを迎えた宇多田ヒカルが通算7枚目となる待望のオリジナルアルバム『初恋』をリリースする。そこで歌われているのは、瑞々しくも切ない幾つもの〈始まり〉と〈終わり〉である

宇多田ヒカル 初恋 エピック(2018)

――アルバムタイトルの『初恋』ですが、これは1999年のファーストアルバム『First Love』を想起させる、言わば〈二度目の初恋〉とも取れるタイトルですね。

「そうなんです。“初恋”という曲が完成して、そろそろアルバムタイトルを、と考えていた時、ふと、〈あれ? 『初恋』でいいんじゃない?〉と閃いて。自分でも象徴的なアルバムタイトルになったと思います。私としてはデビューから今日まで、歌っている主題は基本的に変わっていないと思っていて。そうした中で、かつての『First Love』からの今回の『初恋』という対比が、自分の中ですごくしっくりときて」

――その主題をあらためて言葉にしていただくと?

「人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くは無意識に作用して、他者との関係性に影響していく。その無意識の影響を紐解いては、〈何故なんだろう?〉と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです」

――アルバムの幕開けは“Play A Love Song”から。歌詞の一部はご自身も出演された清涼飲料水のCM撮影で訪れた雪原で浮かんだそうですが。

「雪の中にいたせいか、〈長い冬が終わる瞬間〉というのがぱっと浮かんで。前作の『Fantôme』には喪に服しているような緊張感があったけれど、今回はそこからの雪解けというか、春が訪れたような生命力や開放感へと向かっていたので。これは今回のアルバムの全曲に通じるんですが、〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、〈全てはいずれ終わる〉という考えに繋がっていて。〈諸行無常〉という分かり易い仏教の言葉があるけれど、それを理解して受け入れるのは、そんなに簡単なことじゃないよねっていう。今回はそういう思いが詰まったアルバムでもあって」

――そう思いました。幾つもの〈始まり〉と〈終わり〉が詰まったアルバムだなって。

「そう感じてもらえたらうれしいです。“初恋”という曲も、恋の始まりとも終わりとも取れるように書いています。初恋とはそれを自覚した瞬間から、それ以前の自分の終わりでもあるし」

――さらにこの曲の英語の差し込み方からは、『Fantôme』以前のポップ感が思い出されました。

「久々に言葉の響きや語呂遊びで〈遊べた〉気がします。例えば紐を緩めることを〈遊びを持たせる〉と表現するじゃないですか。着物の帯をちょっと緩めて、息を深く吸うような感じで詞曲に臨むことが出来たと思います」

――今作では大半のドラムをクリス・デイヴ(※アデルやエド・シーラン、ディアンジェロの作品に参加)が叩いていますね。

「他のミュージシャンはみんなヨーロッパ勢でしたが、彼だけ毎回アメリカから駆けつけてくれました。ドラムがクリスじゃなかったら“誓い”は成立しなかったかも。ちょっとしたニュアンスのプレイでものすごい変化を与えてくれて。“Forevermore”も私一人のプログラミングで済ませていたら、これほどの熱量にはなりませんでした」

――“Forevermore”における、〈愛してる、愛してる〉に続く〈それ以外は余談の域よ〉という歌詞からは、現在の宇多田ヒカルが持つ作詞の凄みが感じられました。

「うれしいです。『Fantôme』の時、〈自分の中でのセンサーシップ(検閲)を取り払った〉とお話ししましたが、センサーシップが外れた自分と向き合って曲を作ることが、いまの私にとっての成長というか。だからその行も、自分で読んで〈うんうん、そうだよね〉って頷いていましたね」

――トラップ調のアレンジによる“Too Proud featuring Jevon”は官能的な曲ですね。

「今回のアルバムの中でもかなりお気に入りの上位です。最初に設定を設けて、そこから勢いよく書き上げることが出来ました。聴いた人がどれくらいその設定に気付いてくれるか、ちょっと心配しているんですけど」

――これはセックスレスについて描いたという解釈で合っていますか?

「そうそう。それを男女両方の目線から描いた曲です。社会風刺じゃないんですけど、限定した問題について書いてみた曲なので、伝わってくれるといいですね」

――ラップで参加しているJevon(ジェイボン)について教えてください。

「ブラジル系のルーツを持つイギリス育ちのラッパーです。周囲の人たちに〈最近、誰か好きなラッパーいない?〉と訊いたら彼の名前が挙がって。適度にやんちゃなんだけど品性もあるところが気に入って、ほとんど直感でオファーしました」

――“Good Night”は8月公開のアニメーション映画「ペンギン・ハイウェイ」の主題歌です。この曲もまた美しいメロディで〈始まり〉と〈終わり〉が歌われています。

「歌詞もまさに〈Hello〉と〈Goodbye〉ですもんね。当初、映画の制作サイドからは〈(登場人物の)お姉さん目線の曲を〉とオファーされていたんですが、原作を読んでみたら主人公の少年の目線で書きたくなって。理解しきれない謎を孕んだ年上の女性が突然いなくなる。その後に取り残された少年。〈まさに私の得意の設定じゃん!〉と気付いたら、一気に歌詞が書けました(笑)」

――そして“ぼくはくま”以来の衝撃作、“パクチーの唄”ですが、ここでおそらく多くのリスナーが〈ん!?〉となると思うんですが。

「実は10年くらい前から温存していた曲でして(笑)。冒頭のキンコンカンコンから〈パクチー ぱくぱく〉までは出来ていて、すごく気に入っていたんです。でも、そこからどう曲に仕上げたらいいのかがずっと分からなかった。そこで制作中に、小袋成彬(※先日、宇多田プロデュースでメジャーデビューした)君と世間話からこの曲の話になったので歌って披露したんですよ。そしたらもう〈……〉っていう顔をされて」

――まあ分からなくもないです(笑)。

「〈は? 何言ってるの、こいつ?〉という無言の表情が(笑)。でも〈ずっと真剣に悩んでいるんだけど〉と話したら、その後、〈こんな感じのコードとかどうなの?〉と投げかけてくれて、ようやく完成を迎えました」

――ちなみにどうして〈パクチー〉だったんですか?

「単にパクチー食べるのが好きで、カレーとか鍋とかにいっぱい入れるから。“ぼくはくま”と同じようなノリですね。書いた時期も近かったかも。すごく気に入っています!」

――“残り香”は気だるい大人の艶っぽさが香る曲ですね。

「たしかに30代感があるかも。〈ワイン〉なんてこれまで使ったことなかったし。湿気の多い夏の夜、誰かに立ち去られた喪失感のようなものがうわっと襲って来た瞬間に、ぐでんとしているような色気や艶っぽさをイメージして書きました」

――その“残り香”の喪失感から“大空で抱きしめて”の浮遊感へと繋がる流れが良いですね。

「ありがとうございます。今回、特に最後の4曲の曲順はよく考えました。途中から登場するストリングスによって違う世界に誘うような感じで、やはりストリングスが目立つ“夕凪”、“嫉妬されるべき人生”へと続きます。夢の世界のような、あの世のような、またはその中間にあるような場所みたいなイメージですね」

――その“夕凪”は、今回、最も作詞で悩んだ曲だったそうですが。

「この曲を入れないで11曲にするかというところまで悩みました。本当は『Fantôme』に入れようと思っていたんですが、上手く書けなかったんです。実際、これは“人魚”(※『Fantôme』収録)の頃まで自分を戻して、その延長で書かなきゃ駄目だと覚悟しました。〈小舟〉や〈波〉という水回りのイメージもあったので、結果としても“人魚”の続編みたいな曲になりましたね」

――そしてラストは“嫉妬されるべき人生”です。

「いまの私が書ける〈至上の恋〉を描く究極のラブソングを目指しました。パーソナルなようでいてフィクション性の強い、私小説のような歌詞ですね。出会って、絆が深まった時、既に数十年後の死別の時を思い描いて、これが最初で最後の恋という気持ちでいる。いつか来る死別の瞬間さえも愛おしく思い描いているという、私にとっての理想型とも言えるカップルをイメージしました」

――つまり喪失によって完全なる幸福が完成する?

「そう。例えば〈愛してる〉と言ったとしても、その気持ちは明日どうなるかわからないし、永遠かどうかなんて証明のしようもない。だから究極のラブソングを考えた時、死をもって完結するというところに行き着いて。そこに思いを馳せてみたくなりました」

――では、最後に、この『初恋』は宇多田さんにとって、どんなアルバムになりましたか?

「制作の最後に“夕凪”の歌詞が書けた時、全ての物事は始まりでもあり終わりでもあるんだという思いが、一気に収束するような達成感を強く感じられてほっとしました。『Fantôme』とはまた違った重さを備えた、これまでで最もパワフルなアルバムになったと感じています」

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