ジャンル分けできない、というより、あらゆるジャンルを引き寄せる。そんな強い磁力を放つ折坂悠太の歌。デビュー以来、折坂は作品を出すごとに評価を高めてきたが、新作『平成』は間違いなく彼の代表作になるだろう。ブラジル音楽、アフロビート、ジャズ、歌謡曲など、これまで以上に音楽性が多彩になったことについて、折坂はこんなふうに説明してくれた。
「今回は自分がおもしろいと思ったことを好きにやろうと思ったんです。アルバムに関わってくれた人は多かったんですけど、感覚的には宅録みたいな感じでやってみようと思いました。僕の宅録の仕方って〈こんな曲を作ろう〉と決めずに、作りながらどうするか考えていく。結構、行き当たりばったりなんですけど、それに皆さんに付き合ってもらいました」。
本作に参加したのは、これまでライヴやレコーディングを共にしてきた寺田燿児らサポート・メンバーに加え、波多野敦子(ヴァイオリン)、RAMZA(トラックメイキング)、ハラナツコ(サックス)など個性豊かな面々。そうしたゲストとのコラボレートが、アルバムに奥行きを生み出すことになった。
「最初は〈こういう音を入れたい〉というところからゲストを探していったんです。でも、皆さん個性の強いプレイヤーなので、いろんなアイデアを出してくれて。それに乗らない手はないな、と思ったんです。コラボレートみたいなやり方で曲を作ったのは初めてなんですけど、その結果、おもしろいことにこれまで以上に自分らしさが出たアルバムになりました」。
そんななか、曲にユニークな効果をもたらしているのが、虫の鳴き声や雑踏の音などのフィールド・レコーディングを取り入れたRAMZAのトラックだ。折坂はRAMZAの曲を聴いた時、「自分がアルバムでやろうとしていることに近い」と感じてゲストに招いたと言う。
「RAMZAさんの曲には、フィールド・レコーディングしたいろんな音源が使われていて、それを聴いた時にピンときたんです。RAMZAさんとは〈今を切り取る〉っていう感覚が近いんじゃないかなって。今回のアルバムには〈今しかないもの〉を焼き付けたかったんです」。
アルバム・タイトルからも〈今〉を意識していることは伝わってくるが、「今を切り取る」とはどういうことなのか。折坂は新作のヒントになった、あるカセットテープのことを教えてくれた。
「親戚が古いテープを聞かせてくれたんです。そこにはその子が赤ん坊の時の鳴き声とかお母さんの声が入ってるんですけど、突然、それが途切れて、ラジオ番組の〈青年の主張〉が始まったり、かと思ったら、合唱が入ってたり。いろんな音源が入ったコラージュみたいになっていて、それが感動的だったんですよね。その時代を切り取っているみたいで。それを聴いて〈次はこんな感じのアルバムにしよう!〉と思ったんです」。
「ブラジル音楽のミュージシャンが日本語のポップスをやってるみたいな」イメージで作った“坂道”や、打ち込みのビートと郊外の風景が交差する“丑の刻ごうごう”。アフロビートにポエトリー・リーディングを乗せて「今の時代に対するもやもやした気持ち」を爆発させた“夜学”など、多彩な曲がコラージュのように並ぶなか、それぞれを結び付けているのは、日本的なこぶしを独自に消化した唯一無二のヴォーカルだ。そこには、どんなサウンドにも馴染む不思議な魅力がある。
「日本人というルーツ、そして自分の肉体に刻まれた節回しを意識して辿り着いたのがこの歌い方なんです。自分の足元をどんどん掘り下げていくと、サンバとかアフリカ音楽とか、遠い土地の音楽と調和する歌い方になった。それが不思議で。このアルバムを通じて自分を突き詰めていくことで、どんな突拍子のないことをやっても自分の音楽になるってことがわかって安心しました。このやり方で間違いないなって」。
聞けば平成元年に生まれたという折坂。このアルバムは時代を切り取った作品であると同時に、ひとりのシンガー・ソングライターを巡るドキュメンタリーなのかもしれない。
折坂悠太
平成元年、鳥取生まれのシンガー・ソングライター。幼少期をロシアやイランで送り、帰国後は千葉県へ。2013年よりギター弾き語りでのライヴ活動を開始し、翌2014年には自主制作のミニ・アルバム『あけぼの』を発表。2015年にはのろしレコードの立ち上げに参加し、2016年にファースト・アルバム『たむけ』をリリース。同年より合奏(バンド)編成でのライヴも行うようになり、2017年には合奏編成による初EP『ざわめき』を発表する。2018年は2月より全国23か所で弾き語り投げ銭ツアーを行い、夏には〈フジロック〉〈RISING SUN〉などのフェスにも多く出演。このたび、ニュー・アルバム『平成』(ORISAKAYUTA/Less+ Project.)を10月3日にリリースする。