INTERVIEW

七尾旅人が語る、愛情と感謝の新作『Stray Dogs』

孤高の表現者はこの20年をどう歩んできたのか?

七尾旅人が語る、愛情と感謝の新作『Stray Dogs』

デビュー20周年イヤーに届けられた七尾旅人のニュー・アルバム『Stray Dogs』。断髪をした彼が自衛官の扮装をし、100年間におよぶ物語を描くという映像アルバム『兵士A』(2016年)に続く本作だが、〈待望〉という表現が相応しいかと思う。

20周年記念作というトピックもあって高い注目を集めることとなろうが、素直に驚かされるのは、これまでになくポップなきらめきに満ちた珠玉の楽曲が並んでいることだ。Shingo Suzuki、石橋英子、Kan Sano、鈴木正人、山本達久といったゲスト・ミュージシャンを迎え、さまざまな光景を描きだしていくこの作品は、驚くほどしなやかで美しい。いかなるプロセスを経て、こんなに優しさに溢れたアルバムが完成したのか。

なお今回のインタヴューには、タワーレコードの企画〈未来ノ和モノ -JAPANESE FUTURE GROOVE-〉に沿った質問がいくつか登場するが、勇敢な開拓者魂を燃やしながら平坦ではない道を歩んできた自身のキャリアに絡めつつ応えてくれている。七尾旅人、傑作『Stray Dogs』についてかく語りき。七尾節大炸裂のインタヴューとなっている。

七尾旅人 Stray Dogs felicity(2018)

『Stray Dogs』は、20年間で関わった方々への気持ちが反映されたパーソナルな作品なんです

――まずは〈未来ノ和モノ〉に絡めた質問ですが、未来のリスナー、あるいは世界中のリスナーに向けて新作の聴きどころを語っていただけますか。

「未来のリスナーに向けて、ですか!? うーん……21世紀前半、東アジアに住んでいたとある30代の資料くらいにはなってるのかなあ……。 え? 20、30年先の話ですか? その程度なら、それほど社会認識が変わってないかもしれないですね。例えば戦後とか、バブル崩壊とか、災害のあととか、節目ごとに日本人のメンタリティーは少しずつ変わりましたけど、悪い部分はそのままだったりするから、根こそぎ劇的な変化を遂げたわけではなかったり。

とはいえ今回の『Stray Dogs』は、あまり時代と関係のないことを歌っていると思うので、ある程度、普遍的なストーリーとして聴いてもらえるんじゃないかと思うんです。これが何百年、何千年先って話だったら、もうわかんないですけど。古代人の生活を読み取る資料となりうるんだろうか。1万年先とかだと、〈この文字は何て読むんだ? おそらくセクシャルな意味じゃないか?〉なんて言われながら、解析しつつのリスニングですよ」

『Stray Dogs』収録曲“きみはうつくしい”
 

――(笑)。

「今年で20周年なんですが、デビューした90年代末と比べると社会の気分や風俗も変わったけれど、特にインターネットの一般化が大きかった。音楽の聴取スタイルもだいぶ変わりましたよね。自分が10代だった20年前は、少ない金を握りしめて、はずれ覚悟のジャケ買いとかして掴んでしまった瓦割りしたくなるようなひどいレコードも元を取るために必死で聴き込みましたが(笑)、いまの10代ならYouTubeとかサブスクとかでほとんど聴けちゃいますからね。なので30年程度でも、音楽を取り巻くインフラは大きく変わっているでしょうね。

今作はその瞬間の時代背景を切り取ったものではなく、20年間で関わった方々への気持ちが大きく反映されたパーソナルな作品なんです。愛情とか感謝とか、そういったものがベースになっている作品だと思うんですね。なので、個人的な願いも込めてですが、30年ぐらい先の未来だったら齟齬がなく、あまり古くなることもなく聴いてもらえるんじゃないかなと」

 

インディペンデントで独自のシステムを組み上げることで、なんでもやれた

――わかりました。続いての質問です。今後の音楽シーンにはどんな展望をお持ちですか?

「展望ですか……20、30代の間はよくそういう文章を書いたりしましたが、来年からは40代に入るし、なるべくゴチャゴチャ言わないようにしたいと思っていて(笑)。オヤジがそういうことをうるさく語るのってイヤじゃないですか。そういうのは10代、20代の声が中心にあるべきなので。彼らのための未来だから。それを陰ながら支えつつ、昔はやれなかったことにチャレンジしていけないかなと。

僕も、自分なりに精一杯やってきました。例えば〈DIY STARS〉という配信システムを作ってみたり。どんな形式のデータ・ファイルでも売れて、自由に値付けできるんですね。だから1曲10万円で売ってもいいんです。『Stray Dogs』に入っている“DAVID BOWIE ON THE MOON”は、僕が2年前、右腕を骨折したときに、何もできないからといって家でくさっていてもしょうがないんで、左手だけで作曲した連作集を作って配信していた時期の作品です。そしたら、なかにはとんでもない額で買ってくれる人もいたりして。苦労して作った3枚組CDアルバムの『911FANTASIA』より収益が上がって、微妙な気持ちになってしまったという」

※2016年にリリースした〈LEFT HAND DIARIES〉。“DAVID BOWIE ON THE MOON”は、『LEFT HAND DIARIES vol.03』に収録されている
 

――不思議なこともあるもんだ(笑)。

「つまり創作物に対して対価を支払いたいと考えている人は、いまでも全然いるって話です。まあ、音楽ってお金の問題じゃないんだけど、自分たちのやってることに金銭的価値がないと思い込む必要はない。そのシステムはプログラマーの友人と作ったものなんですが、音楽不況と言われたこの20年は、そういう試みができた時代でもあったわけです。

ここから先はサブスクが主流になって、一か所に世界中のあらゆる音源がアーカイヴされるようになると思うけど、その状況に僕らは近年、初めて触れているわけで、ユーザーとしては便利だけど、気持ち的にまだそのすべてを呑み込めているわけではない。日本やアフリカみたいな辺境に住む人間の音楽が世界のメインストリームでバズる可能性もはらんでいるし、その点は素晴らしいんだけど、ただ、要領よく宣伝できない、誠実で口下手な、僕が見てきた多くのインディー・ミュージシャンたちにとっては、いまのままのシステムでは弱いかもしれない――回収率が低すぎる。みんなが希望を持って、より良い状況で作り続けるために、改善のポイントがまだまだたくさんあると思う。……まあ、結局こうやってオヤジがヤイヤイ言っちゃってるわけですが……。でもね、ずっと必死でしたから」

――道を切り拓いていかねば、という思いに突き動かされていたから?

「そうですね。苦しむ人間をたくさん見てきたし。ネット以前は、音楽界を駆動する中心が明確にあって、できなかったことがいっぱいあった。でもオンライン上の工夫で福島の6歳の男の子と一緒に曲を作って即日リリースすることも可能になった。90年代、メジャーにいた頃の僕が、そんなことをレコード会社の人に提案してみたって、〈いいよ〉ってなるわけないじゃないですか。仮に現場のスタッフが熱い人だったとしても、その人の一存ですべてを決められるわけではないし。

でも、インディペンデントで独自のシステムを組み上げることで、なんでもやれた。いろんなことをやりました。お金にならないようなことだって、意義のあることであれば、自分たちの裁量で実現できたんです」

※2012年のリリースした楽曲“スキー”
 

――やる気さえあれば何だって実現できるということも知った20年だった。

「90年代までと違って、いまは誰でも自由に発信できるようになった。YouTubeを見れば、とても小さな国のベビーシッターが赤ん坊に歌いかける子守唄まで聴くことができる。そこで彼女が自分の才能に気づいたら、サブスクなんかを経由してあっという間に世界のメインストリームにたどり着くかもしれない。とてもおもしろい時代です。

ただ自分はレコード、CD世代でもあるので、フィジカルへの愛着は捨て去ることができない。だから今回のアルバムもCD版に関しては、一曲ごとのストーリーに対応するイラストをつけて、絵本仕様のブックレットにしました。岡田喜之さんというイラストレーターが描いてくれて。過去最高に気に入ってるジャケットかもしれないですね。手紙というか、セルフライナーも入れましたし、全体的に個人的な贈りもの、プレゼントみたいな感覚がある今作に関して、いちばん作品の本質を伝えられるのは、CD版だと思います。先にデータで聴く方も、あとでぜひパッケージを手に取ってもらえたらうれしいな」

 

アナログの生命力の強さに、改めて惹かれちゃうところもあって

――今回のジャケットのイラストは素晴らしいですね。音楽と切り離してただ眺めているだけでも、思わずウルッとしてしまうほどで。

「ありがとうございます。自分がデジタル配信の実験などを積極的にしてきたからだと思うんですが、アナログの生命力の強さに改めて惹かれちゃうところもあって。僕は15歳ぐらいから作曲を続けていますが、当時カセットテープに吹き込んだ大量のアイデアメモはいまでも押し入れの奥にあって、謎のオーラを放ってます(笑)。

そのあと利便性の高いデジタルのメディアが出てきてからは、MDで録るようになったり、ICレコーダーに買い替えたり、いまではスマホですが、その間に録ったデータがごっそり消えていたりするんですよ。デジタルってちょっとしたはずみで消えちゃうから。でもカセットの頃の曲はいまも全部残ってて、アナログ・メディア強いなあって改めて思う。歌詞も20代に入ってからパソコンでタイピングしたものはほとんど残ってないのに、15、16歳の頃ノートにペンで書きつけた消えてほしいポエムなんかは全部残ってる(笑)。だからカセットやノート、タフだなって思いますね。

もっと言えば、石板に掘るとか、ストーンヘンジなんて最強でしょう。そういうものこそ1万年後のリスナーに届けるメディアとして最適じゃないですかね。僕もCDやサブスクじゃなくて、もっと耐久性の高い何かで残したいですね。次作は岩石でリリースします。ロックに振り切った内容になると思う」

 

大切な人と一緒に、最高に楽しめるアルバムを作ろう、過去ベストの作品にしよう

――(笑)。ちょっと話は逸れますが、ポップスというジャンルには時代や境界線を超える普遍的な力があると常々思っているんですが、新作『Stray Dogs』ってポップスにフォーカスしたアルバムになっているから、どんなメディアに乗せても遠い未来まで響くだろうなって考えたりもして。

「そうだといいんですが、これまでの作品や『兵士A』だって自分としてはポップスのつもりで作っていて、それは社会や人間をなるべく地べたから、奥底から描きたいという意味でのポップスだったのですが、もしいま大衆音楽や流行歌みたいなニュアンスでおっしゃっているのなら、それは時代の気分でめまぐるしく変わってしまうものなので、必ずしも時間や空間を超えていくものではないと思うんです。〈ポップスだから普遍的〉というふうにイコールにならないのではと。逆に、宗教音楽や民族音楽なんかの耐用年数のほうが長い場合も多くて」

――なるほど。ただ今作は『兵士A』よりもポップで、多くの人にアピールしそうな内容ですが、その理由は何でしょうか?

「今回、考えていたのは、とにかく自分にとって個人的に大事なものを表現しようということでしたね。『911FANTASIA』とか、あるいは3.11震災後の『リトルメロディ』や『兵士A』にしても、いまの状況に対峙しなくてはという気持ちが強かったので、東北に通ってお話を聴かせていただくなかで曲を作ったりだとか、軍事関連の資料を読み込んだりだとか、自分の心情だけでなく、〈外を見つめ続ける〉というプロセスがありました。

実は去年、僕の大切な人が自死してしまうという出来事があったんです。それがとてもショックで、どうしていいかわからなくなり、制作を進めていたアルバムの作業をいったん停止させて、どこに進むべきか、半年ほど悩みました。その間に新しい歌が生まれたことで、かなり全体の構成を入れ替えました。当初は『兵士A』より、さらにヘヴィーな作品になってしまう可能性もあったのですが、そうやって僕が過度に重く暗い方向に進むのは、亡くなってしまったその人にとっても本意ではないだろうと気づいた瞬間があって。

自分はその人のおかげで音楽や物語が大好きになったのだし、そういういろんなカルチャーから夢を見て、戦い方を教わって、希望に向けて歩いていく方法を教えてもらった。だから彼と一緒に、最高に楽しめるアルバムを作ろう、過去ベストの作品にしようと、気持ちを切り替えたんですね。そしたら、今回20周年アルバムでもあるし、その人や、お客さんや、これまでお世話になったいろんな方々への感謝というテーマがだんだん見えてきて。

なので『兵士A』のような公共性を強く意識した制作スタンスよりも、もっとパーソナルで、自分の大事なものを見つめ直す作業になったんです。もし、これが、たくさんの人に訴えかけられるような作品になっているとしたら、そういう理由かもしれないです」

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