Photo by Lucy Pentelute

 

若いとか、女性だというだけで見下されるということが、どんなことか知っている​

今年の8月、海外の複数の音楽メディアに届けられた1枚の写真。フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダカスという3人のシンガー・ソングライターがソファに腰掛けるその写真の下には、〈boygenius〉という文字と、マタドール・レコーズのロゴが添えられていた。それはいまから約50年前、当時バッファロー・スプリングフィールドを解散したばかりだったスティーヴン・スティルスと、バーズを脱退したデヴィッド・クロスビー、そして同じくホリーズを脱退したグラハム・ナッシュの3人が結成したスーパー・グループ、クロスビー・スティルス&ナッシュ(CSN)のファースト・アルバム『Crosby, Stills & Nash』(69年)のジャケットを模したものであり、彼女たち3人がボーイジーニアスというグループを結成し、マタドールから何らかの作品をリリースするということが、暗に仄めかされていたのである。

『Crosby, Stills & Nash』のジャケット画像
 

3人のうちの2人、フィービー・ブリジャーズとジュリアン・ベイカーが出会ったのは、いまから2年前の2016年。複数の友人から、当時リリースされたばかりだったジュリアンのファースト・アルバム『Sprained Ankle』(2015年)を薦められ、半信半疑で聴いてみたフィービーは、そこに収められていた“Everybody Does”という曲を聴いて、車でひとり涙したという。

その後一緒にツアーを回った彼女たちは、一歳違いということもあって姉妹のように親しくなると、翌年フィービーがファースト・アルバムの『Stranger In The Alps』(2017年)、ジュリアンはセカンド・アルバムの『Turn Out The Lights』で共にブレイク。満を持して行われることになった2年ぶりのカップリング・ツアーのゲストに指名されたのが、ジュリアンと同い年のレーベル・メイトであり、今年の3月にセカンド・アルバム『Historian』をリリースしたルーシー・ダカスだったのだ。

ルーシー・ダカスの『Historian』収録曲“Addictions”
 

「わたしたちはみんな、キャリアにおいてよく似た場所にいるの。たくさんの前座を経験してきたし、若いとか、女性だというだけで見下されるということが、どんなことかも知っている」

そうフィービーが語るように、全員が20代前半の女性シンガー・ソングライターである彼女たちは、何かにつけてよく比較されてきた。テネシー州生まれのジュリアンとヴァージニア州生まれのルーシーは、共に南部のクリスチャンの家庭に育ち、フィービーとジュリアンも、しばしば〈エモ〉と括られがちな感情を剥き出しにした歌声で多くのファンを共有しており、そんな3人が集まったのは、もはや必然だったのかもしれない。

フィービー・ブリッジャーズの『Stranger In The Alps』収録曲“Motion Sickness”

 

しっかり者のジュリアン、異分子のルーシー、ムードメーカーのフィービー

もともとはツアーで販売するシングル用に、1曲ずつを持ち寄ってレコーディングするつもりだったという彼女たちは、今年の6月に多忙なスケジュールの合間を縫ってスタジオ入りすると、4日間のうちにさらに1曲ずつを書き上げる。こうして完成した6曲を収めたのが、先日配信で先行リリースされたファーストEP『Boygenius』だ。そのジャケットには例の写真があしらわれているが、偶然にも3人の立ち位置が、グループでの役割を表しているようで面白い。

ソファの中央でギターを抱えるスティーヴン・スティルス=ジュリアン・ベイカーは、ルーシーよりも4か月若い最年少ながら、圧倒的な歌唱力とカリスマ性を持つ、グループの実質的なリーダー。メンバーのスケジュール調整も担当したというしっかり者の彼女は、本作にも“Souvenir”と“Stay Down”という突出した楽曲を提供し、個性の強いグループのまとめ役を務めたほか、ルーシーが書いた“Salt In The Wound”でも、その卓越したギター・プレイを披露している。

片膝を上げてソファの右端にもたれるのは、デヴィッド・クロスビー=ルーシー・ダカス。男女関係のタブーに踏み込んだ楽曲の収録をめぐってバーズを脱退したクロスビー同様、ルーシーもまた赤裸々な歌詞で知られており、音楽的にも手の込んだアレンジの曲が多い彼女は、グループにおける異分子として機能していると言えそうだ。一方で、ルーシー自身はジュリアンやフィービーがダークな題材を好んで歌いながら、リスナーの心を掴んでいることに一目置いていたようで、彼女が書き下ろした“Bite The Hand”や“Salt In The Wound”といった曲には、ソロ作にはない〈暴力性〉が含まれているという。

そして最後のひとり、ソファの左端で背もたれに腰掛けるグラハム・ナッシュ=フィービー・ブリジャーズは、本作のさらなるハイライトと言える“Me & My Dog”を提供した。ユーモアのセンスも抜群なムードメーカーであり、本作のジャケットも、本家CSNのジャケットを手掛けたデザイナー、ゲイリー・バーデンと知り合いだったフィービーからの提案だったそう。だが、意外にも普段の彼女は周囲に気を遣うタイプで、レコーディング当初は、一日に15回も他のメンバーに謝っていたという。

 

あなたのどんな考えも価値があるんだから、とにかく吐き出しなさい

そんなフィービーの引っ込み思案を克服するために生まれたのが、他でもない〈ボーイジーニアス〉というフレーズ。そこには、男性が小さい頃から生まれつき天才少年として褒めそやされ、自信を持つように育てられるのに対して、女性は自分の意見を通さず、遠慮することが美徳とされがちな慣習に対する、彼女たちなりの皮肉が込められているようだ。

「もしも誰かが、自分の意見が良いかどうかわからないし、たぶん酷いと思うけど……みたいに考えていたらこう言うの。〈ダメ! 天才少年になりなさい(ビー・ザ・ボーイジーニアス)! あなたのどんな考えも価値があるんだから、とにかく吐き出しなさい〉ってね」

そんなふうに語るルーシー。その甲斐あってか、曲を書き上げてから20分でレコーディングされたというカーター・ファミリー風の美しいフォーク・バラード“Ketchum, ID”で、フィービーのヴォーカルにジュリアンとルーシーのハーモニーがそっと寄り添う瞬間は、ともすればソロ曲の寄せ集めになりかねなかったボーイジーニアスというグループが、本当の意味でひとつになった瞬間だと言えるかもしれない。

ところで、クロスビー・スティルス&ナッシュと言えば、後に4人目のメンバー=ニール・ヤングが加わったことでも知られているが、彼女たちは今後、新しいメンバーを迎える予定はあるのだろうか? UKの音楽メディア〈LOUD AND QUIET〉に掲載されたインタヴューで、「もしもメンバーをもう一人加えるなら?」と尋ねられたルーシーは、悩んだ末にケヴィン・モービーのツアー・ギタリストとして知られるハンド・ハビッツことメグ・ダフィーと、ブルックリンのロック・バンド、ビッグ・シーフのフロント・ウーマンでもあるエイドリアンヌ・レンカーを指名。

かたやフィービーはコートニー・バーネットの名前を挙げているが、なんでもジュリアンとルーシーはフェスティヴァルでコートニーと共演したのに、自分だけ会えなくて悔しかったからというのが理由らしい。今後もコラボレーションを積極的に続けていきたいと語るボーイジーニアスの3人。夢のスーパー・グループ、〈フィービー・ジュリアン・ルーシー&コートニー〉が見られる日も、案外遠くないのかもしれない。