ROTH BART BARON(以下、ロット)がニュー・アルバム『HEX』をリリースした。前作『ATOM』(2015年)から約3年半と、やや長めのブランクを要した同作。その間もバンドは、〈フジロック〉への出演も含めた数々のライヴを重ね、2017年にはイギリスで録音したEP『dyiing for』を発表するなど、精力的な活動を止めることがなかった。さらに、クラウドファンディングをプラットフォームに、バンドとリスナーのコミュニケーションで成り立つプロジェクト〈P A L A C E(β)〉を今年の6月に始動。バンドの運営面においても、新たなテクノロジーや価値観を活用した〈現在性〉に大きな注目が集まっている。

その一方で、彼らのアイデアや動きが斬新であるがゆえに、サウンドや作品の内容そのものよりも、外枠やアティチュードに焦点を当てられることが多いのも事実。それゆえに、このインタヴューでは、新作『HEX』の音楽的な特徴と、それらが作品のいかなるテーマを反映したものなのかを炙り出すことに注力した。例えば、本作のトピックのひとつは、チャンス・ザ・ラッパー周辺で活動する、シカゴの鋭才エンジニア、エルトンミックスエディット(L10MixedIt)が2曲でミックスを担ったこと。では、いまロットはなぜ彼の作り出す音を必要としたのか? 六角形や魔法を意味する『HEX』というタイトルのもと、バンドは何を歌ったのか? フロントマン/ソングライターの三船雅也に尋ねた。

ROTH BART BARON HEX felicity(2018)

 

ラップトップの時代に、バンドが鳴らすべき音とは

――前作『ATOM』から約3年半と比較的長めのスパンをとりましたね。

「率直に言うと、ソングライティングの面ではちょっとしたスランプに陥ってたんです。自分がギターを弾いて作った曲に、自分で感動できなくなっていた。みずからを超えなくなったというか。いままでミニ・アルバムも含めると4枚以上の作品を作り、それらの楽曲を長いこと演奏してきて、自分がどんな指を使ってどんなコードを弾いて、弦の響きはこうでみたいなことを、わかってきすぎちゃったんですね。それをピアノに変えるとかいろいろやってみたんだけど、全然ダメで。3年間で120曲ぐらいは作ったんですけど、自分では全然ときめかなかった。だから、〈これらをいつ出すの!〉っていう状態だったんだけど、新しい音源を作るにあたって、いままでの方法論じゃ満足できないことは明白だったし、過去の焼きまわしはしたくないという意思もあったんです」

――そのスランプを打破するきっかけとなったのは?

「アルバムのタイトルにもなった “HEX”が去年の夏くらいに、ポンとできたんですよね。以前に作っていた曲から西池(達也/サポート・キーボーディスト)さんのピアノをサンプリングして、わざとパパパと切って、それをパットに打ち込んで叩いたりしながら、ギターの音とかもカットアップしたものを貼り付けていったんです。そしたらスーッと曲になった。そこで、自分のなかの突破口が開けたし、なんか、芯を掴めた感じもあって。〈ああ、この曲は10年演奏するな〉と思えたんです」

――“HEX”のどんな点に、三船さんとしては先に進めた手応えを感じたんでしょうか?

「いまは、いわゆる〈バンド・ミュージック〉の存在感が薄い時代ではありますよね? それがメインストリームじゃなくなったし、USのインディー・バンドと話しても、彼らも元気がないっていうか、ネガティヴなことを言っている印象が強い。ラップトップで音楽を作ることが主流になった世界で、いわゆる生ドラムで一斉に演奏して……というやり方を一歩立ち止まって考えて、というムード。

そのアナログとデジタルじゃないですけど、肉体性と非肉体性みたいなものとのバランスをとることで、変わることに成功したり、変わらないことを選んだり、いろんなミュージシャンがいたと思うんですけど、僕たちも〈じゃあ、一体どうするか〉ってことに向き合ってはいたんです。“HEX”を作れたことで、自分のなかでそことうまく折り合いがついたんですよね。自分たちのフィルターを通したうえで、いまの時代とそのフィールに合う音楽をどう鳴らせるかに、ようやく辿り着けた」

 

iPhoneやPCで聴いたときに輝く、2018年的なサウンド

――確かに“HEX”はロット流の起伏が豊かなメロディーという芯は揺るがずに、エレクトロニックな音作りと、ポスト・クラシカルなアレンジを見事に溶け合わせた楽曲になっていますね。アルバムでは、この曲と“SPEAK SILENCE”を、シカゴのエンジニア、エルトンミックスエディットがミックスされています。彼にお願いしようと思った背景は?

「シカゴの彼らを取り巻く環境は、ものすごくスピードが速いし非常に現代的だと思ったんです。チャンスのブレイクはやっぱり痛快だったし、彼らのシーンを見渡してみるとジャミーラ(・ウッズ)やノーネームといった女性もいるし、セン・モリモトくんとかブラックじゃない人も〈別にヒップホップやっていいんだ〉って当然のようにいる。しかも、いわゆるヒップホップじゃないですよね。チャンスもそうだけど、彼らが作っているのはあくまで〈ソング〉なんだと思う。

まあ、ロック・バンドでも、近年はホイットニーとかが出てきたけど、そもそもウィルコがいて、ジム(・オルーク)さんもいて、〈音響〉の面でもすごい街だし、ブルースも有名。だから、もともとシカゴは自分が憧れていた街の一つでもあったんです。いまのシカゴ・シーンみたいなのを見ても、そういう歴史性だったり文脈だったりが、横断しつつ繋がっている感じがする。

そのうえでも、チャンス周辺の子らは、非常に2018年的で人種も関係なく、ヒップホップっていうジャンルにも縛られず、パッケージを作るという古い慣習に囚われることもなく、音楽をすぐポンって出せるフットワークの軽さがある。実際エルトンくんもアジア系アメリカ人だけど、彼がヒップホップ=ブラック・ミュージックのミックスを任されているという、そういったセンスと目線っていうのを共有したくて、いまのシカゴの音楽家と一緒に作りたいなと思ったんです。そのうえでいろいろ聴いてみて、〈いいな〉とフックしたものは、みんなエルトンくんがやってたんですよね」

ノーネームの2016年作『Telefone』収録曲“Diddy Bop”
 

――アルバムに収録した10曲のなかでも、〈エルトンの手を借りるならこの2曲だ〉と思った理由は?

「みんなが一斉にガチャガチャと音を鳴らしている、いわゆるバンド・サウンドではなく、スペースのある楽曲という点からですね。エルトンくんなら、その空間をうまく扱えるだろうって」

――実際に彼からあがってきたミックスを聴いて、どう思われました?

「音像として非常に良いなと。過度なところがなく、でも現代的なロウ(低音)感が入っていて、耳が疲れないっていう絶妙な位置を突いてきた。実は、最初聴いたときは、〈ちょっと緩くてメリハリのないサウンドに思われちゃうかもな〉と思ったんです。でも、いまラジオでかけてもらったり、 言っちゃうとYouTube とかでコンプされた環境で聴くと、もうバッチリ。もう、すげーうまくやるなーってムカつくくらいでした(笑)」

――いい話ですね(笑)。

「だからその……いまの耳ですよ、iPhone のイヤホン、スマホやMac のスピーカーで聴いてもちゃんと聴こえる帯域で音作りをしているし、いいオーディオを使っても気持ちよくロウを出せている。それはすごくいまのサウンドだと思います。

事実、ロウで表現できることが増えたっていうのは、現代のミュージシャンにとって、かなり大きなトピックなんですよ。この間、岡田(拓郎)とも話したんだけど、先日リリースされたビートルズの〈ホワイト・アルバム〉のリミックス盤はマシュー・E・ホワイトの音源かってぐらいロウがバシバシ出ていて、〈これビートルじゃねえだろう〉っていう感じ。で、ミックスした人も結構若い子で、ビートルズだからって臆せずにミックスしたと言っていたから、そのフィールは自分にもすごく必要だと思ったし、その正体を知りたいなと思った。

※アビィロード・スタジオ所属のサム・オケル

いまだに日本は、メジャーでもインディーでも、ヴォーカルが強めで、ロウをカットしちゃって、ハイがチリチリ痛いっていうサウンドが多いと思うんですけれど、高音を過度に出しすぎず、リッチな低音をちゃんと出して、そこを下品にならず繊細にやるというのは、アメリカの人、いい仕事していますね。それをちゃんと自分たちの血肉にして、日本で鳴らしたいなっていうのはいつもすごく思っているところで」

 

現代のフォークを成立しえる条件

――“SPEAK SILENCE”や“VENOM~天国と地獄”は、プロダクションがエッジーな一方で、同じメロディーの反復で不思議な昂揚感を出すという、フォーク・ソングにおけるトラディショナルな楽曲構造が敷かれています。そのコンビネーションがおもしろい。

「制作の方法としては、つらつらと書いた楽曲をストレートに録ったんじゃなくて、そもそも作曲の時点でかなりチョップしているんですよ。プロダクション的にもシンプルに見えるけど、一回録った素材をデジタルに変換し、カット&ペーストしていて、だから中原(鉄也)のドラムはブレイクビーツっぽくなっている。なので、フランケンシュタインの人造人間みたいな縫い目が曲にある―――〈フォーク人間〉、フォーク・ソングになっているというかね。フォト・コラージュっぽいイメージが自分のなかにはあるんだけど、多くの要素を含みつつ結果的に一つの絵になったときに、それが自分の持っているフォーク性に辿り着いた。いままでと方法論は違うんだけれど、結局、着地点はよりいっそうフォークになってしまったという」

――サブスクリプションがリスニングの主流になったことも関係して、いまのポップ音楽は1コード/1ループの楽曲が主流にはなっていますよね。どこを聴いても、コーラスに辿り着けるという。ただ、あらためて考えると、それはフォーク・ソングの特性にも近い。三船さん的にも、フォークの持つそうしたアクチュアリティーを再発見したのかなとも思ったんですが。

「なるほどね。ただ、音楽シーンをふまえてというより、経験から〈フォーク〉により向かっていったという感じかな。僕らはフォーク・ミュージックをルーツに持っているから、〈フォーク・ロック・バンドです〉と自称しているんですけど、フォークス=集団という意味で、そこに属しているみんなで歌うための音楽ですよね? 僕らのバンドは、2人を最小単位として、いまのところ最大で11人編成になったけれど、〈ただ1人でない〉という意味で自分たちは〈バンド〉だという意識があるんです。

そのうえで、『ATOM』以降、いろんな国を回れたってのは大きかったと思う。僕らが日本語で歌う音楽を聴いてくれる、違う国の人がいるっていうのをみんなで共有できたし、そういった人たちのための僕らかもしれないと思うと、ロットはなんかすごくデカくなる要素を持っているなって。

聴いてくれるみんなのぜんぶを抱えることはできないかもしれないけれど、三船という人間は欲が強くてすべてを叶えようと思ってしまうので(笑)、抱えたいと思っているんだろうなという気はします。そういう意識が芽生えてきましたね。そうね……ニール・ヤングの“After The Gold Rush”じゃないけど、いずれはみんなで宇宙船に乗るのかもしれないね」

――現代のフォークスとは何かを突き詰めたとき、それを成立しうるものとして、バンドやリスナーが意見やアイデアの交換を行えるオンライン上のプラットフォーム〈P A L A C E(β)〉をやられているという面もありますか?

「オンラインであり、オフラインであるという両面を持っているのが、いまのフォークだと思うし、だから地域に依存しないものではありますよね。どこに住んでいたっていいし、観たい人は生で観られるし、あとからでも参加したい人は参加することができる。置いていかれて負い目を感じるとか、なにか発言しないといけないとか、そういうのを感じる必要もないし、そういった意味ではかなり自由だとは思う。

〈P A L A C E(β)〉のなかでも、もはやバンドを介さずに、リスナー同士で勝手に仲良くなっているし、オフラインでも会ったりとか、そういうのが起きているのはすごくおもしろいです。めざしているのは、地域や生活環境とかに依存しない、でもどこかしらで共通の魂を持った人たちが緩く長く繋がっている状態。そういうグラデーションのある相互の関係、明確でなくていいし、疲れたならやめちゃっていい――そういう繋がりを持てると芯が強くなるなという印象が僕のなかではあるんです。やりながらちょっと確信を得ましたね。そこではハイブリッドであること、オフラインとオンラインが両方付随しているところが肝になっているように思う」