ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下、OPN)が2018年にリリースしたアルバム『Age Of』、そして映像や演出も含めてトータルなアートとして展開されたコンサート〈Myriad〉は、ここ日本でも大きな話題を呼んだ。言うなれば〈未来に絶望する〉ヴィジョンをサウンドで提示した『Age Of』と〈Myriad〉は、現代のエレクトロニック・ミュージックの世界における象徴的な作品・出来事として、この先も記憶されていくことだろう。

『Age Of』の発表後にOPNは、2作のEPを立て続けにリリースした。ひとつは『The Station』。そしてもうひとつが『Love In The Time Of Lexapro』。後者にはなんと、坂本龍一によるリミックスが収録されている。

もちろんOPNことダニエル・ロパティンは、以前から坂本へのリスペクトを公言していたし、坂本もOPNとの交流について語っていた。そして坂本の現在のところの最新作『async』の再構築アルバムである『ASYNC – REMODELS』(共に2017年)の冒頭を飾っているのは、他でもないOPNのリワーク作品だ。しかし、疑問は残る。坂本とOPNは、どのようにして接近したのだろうか?

このたびMikikiでは、坂本本人にインタヴューをする貴重な機会を得た。彼がOPNの音楽についてどのように感じているのか? ダニエルという音楽家についてどんな印象を持っているのか? 短い時間ではあったものの、忌憚なく語ってもらった。

ONEOHTRIX POINT NEVER Love In The Time Of Lexapro Warp Records/BEAT(2018)

コピペ的な作り方の音楽なんですけど、ずいぶん新しさを感じさせるなあと

――坂本さんがOPNの音楽を初めてお聴きになったのは、いつ頃ですか?

「4年くらい前でしょうか」

――作品でいうと『R Plus Seven』(2013年)あたりでしょうか?

「最初に何を聴いたのかを明確に覚えていなくて申し訳ないんですけど、彼の名前を知って、〈変な名前だなあ〉と思いましたね(笑)。切り貼り、コピペ的な作り方をしている音楽なんですけど、ずいぶん新しさを感じさせるものだなあと感じました。〈たぶんこいつは鍵盤を弾いたりするのは下手なんだろうな〉って、そのとき思ったんです(笑)。だから、コンピューター上の切り貼りで作っているんだろうなと。でも、それがとてもうまくいっていて、サウンド・デザインも非常に上手いと思いました。その後に知り合いになって、僕のアルバムの曲のリミックスを頼んだときに、ものすごく鍵盤が上手いので、〈弾けるじゃないか!〉って(笑)。ちょっと意外でした」

――演奏する姿をご覧になったんですか?

「いえ、実際には見ていないんだけど、作ってもらった曲を聴くと、鍵盤を弾くのが上手い人の弾き方なんですよ。コンピューターでの編集だけではそうはいかない、微妙なタッチであるとか、タイミングであるとか……。〈あっ、こいつは弾けるんだ〉って、強い印象を持ちましたね」

――編集的、切り貼り的な面以外で、OPNの音楽に新しさを感じましたか?

「ちょっと質問とは反対のことを言いますね。70年代のタンジェリン・ドリームですとか、いわゆるシンセサイザー音楽の流れってありますよね?」

――ええ。

「最近の彼の作品――『グッド・タイム』のサントラ(2017年)ですとか、その前のアルバム(2015年作『Garden Of Delete』)では、そういった音楽にずいぶん似ちゃっているって思ったんです。そこが彼のルーツであるような気がします。それは、以前のアルバムではあまり見せていなかったような気がするんですけど、ここ2年くらいの傾向として、わりとそこがはっきりと出てきちゃっている。で、僕は少しがっかりもしていて。

OPNに関しては、そういうことを感じさせない、もっとポストモダンな曲の作り方がとても好きなんですよ。まあ、彼自身がそれに飽きちゃったのかな(笑)? これからまた変わるのかどうか、わかりませんが。過渡期なのかなとも感じますね」

――新作の『Age Of』についても同じように感じられていますか?

「ほとんど全曲に歌が入っているじゃないですか? 僕は歌モノがダメなので……(笑)。〈歌モノ〉といっても、ものすごくポップな、あんまり気乗りしないヴォーカルの音楽だったんです。はっきりと歌うヴォーカルの曲が多いじゃないですか? ……苦手なんだよね(笑)。だから、彼からリミックスを頼まれて、アルバムの最後のいちばんモヤっとしている曲を選びました」

――“Last Known Image Of A Song”というアンビエント風の楽曲ですよね。選曲についてヴォーカルが入っている曲を避けたという以外の理由はありますか?

「アンビエントっぽいからです(笑)。はっきりしなくて、モヤモヤしているから、やりやすかった。新しいアルバムのなかでいちばん好きな曲ですね」

 

仲の良いミュージシャンどうしでは、お互いに必要なことをやりあうことを楽しんでいます

――坂本さんが他のアーティストの楽曲をリミックスされることはあまり多くないですよね。そんななかで、どうしてOPNのリミックスをされたんでしょうか?

「それはバーターですね」

――えっ、そうなんですか(笑)?

「彼が僕の曲のリミックスをしてくれたからです。〈僕はいくらでもやるから、君もやってよ〉というような頼み方が多いんですよね。僕はCorneliusのリミックスもしているんですけど、それはいつもお世話になっているからリミックスでお返ししたんです(笑)。

亡くなってしまったヨハン・ヨハンソンも僕の曲のリミックスをしてくれて、〈僕もなんでもやるから〉って言っていました。残念ながら世には出ていないんですけど、彼には音源を提供したこともありましたね。仲の良いミュージシャンどうしではそうやって、お金のやりとりではなく、お互いに必要なことをやりあうというか、そういうことは楽しんでいますね」

坂本龍一の2017年作『ASYNC – REMODELS』収録曲“Andata (Oneohtrix Point Never Rework)”
 

――ダニエルと個人的なお付き合いはされているんですか?

「いえ、それほど時間は取れていなくて。〈一緒にイタリアンを食べよう〉とは言っているんですけど、まだ実現していないんです(笑)。カールステン・ニコライ(アルヴァ・ノト)と2人で〈グラスハウス〉というガラスの建築の中で演奏したときもダニエルは来てくれました。それと、ビヨルク姐さん(ビョーク)の家でブランチがあったときも彼は来ていて、映画の話をしたりしていましたね」

※2018年作『Glass』に収録

――坂本さんがNYで開催された『async』のコンサートにも、ダニエルが来ていたとおっしゃっていましたね。

「そうですね。彼が来てくれて、うれしかったですよ。〈アナログ・シンセがいっぱいあるスタジオに遊びに来てよ〉とも言われているんですけど、まだ行けていないですね」

スタッフ「ダニエルにはヘッドフォンをプレゼントしましたよね」

「ああ、ソニーのね。上位機種で、素晴らしいヘッドフォンがあるので、それをあげたね。ソニーの手先ではないけど、勝手に送りつけたんです(笑)。お互いに尊敬しあっているけど、そんなにまだ、時間を取って会ったり話したりする機会はないですね」

 

OPNには〈次に行くのかもしれない〉という期待は持っています

――OPNの音楽にはディストピア的な世界観があると思います。その世界観やイメージについて、坂本さんはどんなことを感じられていますか?

「レプリカント的な、〈オリジナル・ブレードランナー〉的なものを感じますよね。彼は『惑星ソラリス』とか、タルコフスキーの映画が大大大好きで、リスペクトしているようです。映画について話していたときも、そう言っていました。僕なんかよりもはるかに詳しく、オタク的にタルコフスキーの映画を観ていて。彼はロシア系でしょ? それもタルコフスキーと繋がりますよね。当時のソ連、ロシアについての知識がすごくあるので、話を聞いていて、すごくおもしろかったですね」

※映画「ブレードランナー」(82年)に登場する、人間と見分けがつかない人造人間

――OPNの今年(2018年)のコンサートにはシアトリカルな面がありました。原発作業員を想起させるイメージを用いた“Black Snow”のミュージック・ビデオも制作していますが、彼にはミュージシャンに留まらないメディア・アーティスト的な一面もありますよね。そういった点についてはいかがでしょう?

「最初にOPNの音楽を聴いたとき、ギャラリーとか、ブティックとか、そういう所に似合う音楽だなって思ったんです。たぶん、彼の音楽に最初に反応した人たちも、音楽の人よりファッション系の人たちだったんじゃないでしょうか。

いままでの古い音楽語法から切り離されたポップな手つき――チョキチョキチョキって切り刻んで、それをパラパラって並べるような方法は、ポップ・アート的なものでもあると思います。そういう印象は強いですね。それが、最近は少し、旧来の音楽語法にちょっと近くなっている印象があって……。〈次に行くのかもしれない〉という期待は持っています」

――では、ダニエルが作る音楽に坂本さんはこれからも期待されている?

「もちろんしています」

2018年作『Age Of』収録曲“Black Snow”