COLUMN

キース・ジャレット、ヴィジェイ・アイヤー、ニルス・ペッター・モルヴェル……50周年のECMによせて

©Seiji Shibuya / ECM Records

Manfred Eicher
ECM50周年によせて

 『Stay hungry, Stay foolish』、68年から72年に刊行された Whole Earth Catalogueの最終頁に映されたイメージは、その精神性と同時代性においてECMレコードと共振していたとわたしは思う、唐突に。世界の価値あるものをすべて掴みたい。ジョブスもアイヒャーも似ているんじゃないのか? 多分ね。

 ECMレコード創立50周年を言祝ぐなり。海外のマニアにも手を伸ばされ、もちろんレーベルの総帥マンフレート・アイヒャーにも公式に認められた『ECMカタログ』(2010)、廃盤・レア盤・ジャケ違いまでカラーで網羅、全解説付き、は、完売、今年末には50周年増補版が刊行されるはずだ。

 ECM(Edition of Contemporary Music)、サイトでは DIRECTIONS IN MUSIC AND SOUND SINCE 1969 と大きく出ている、この10年総帥アイヒャーは欧州を中心に数々の音楽賞に輝き、1600に届こうとするそのカタログの先見性と内実。当初の最先端はフリージャズと完全即興で、音楽の特質上即座に“ポスト~”が思考され、ECMは74年にECMサウンドを確立するまでの初期30枚にどれも外せないドキュメントを残している。今さらながら驚くのは当時彼らは20代の若者であったことだ。アイヒャーとキース・ジャレットの邂逅、チック・コリアのサークルとカモメ、マリオン・ブラウン『ジョージア・フォーンの午後』、バール・フィリップスとデイブ・ホランドのデュオ、超えられない記録だ、残酷なことに。

 ECM専属ミュージシャンとECMサウンドの確立は、やがて音楽大学でECMメソッド演奏と一般化されて老舗の定番和菓子のようになってゆく。有能なアメリカのミュージシャンは連れられてノンサッチで独立。ECMが本当に面白かったのは80年代半ばまで、というディープなECMリスナーは多い。Jazz Music Todayを立ち上げたステファン・ウインターもカタログを編み始めた。ECMアイヒャーはクラシックや古楽に特化したニュー・シリーズに傾倒してゆく。ECMのニューヨーク担当がティム・バーンを録音したことからマーク・ターナーやトーマス・モーガン、ダヴィ・ヴィレージェス、ヴイジェイ・アイヤーといったECMサウンドの殻を破れる実力者たちによって現代ジャズの重要な傑作がリリースされるようになる。定番和菓子も混じる。駆け足すぎるか。

 創立50周年、アイヒャーも76歳である。今後のECMはどうなるのか。

 今年3月ノルウェーにECMミュージシャンが集い75歳のお祝いに『コングスハウフェス』3デイズが開催されたECM専属エンジニア、ヤン・エリック・コングスハウが、先頃引退したことが伝えられた。ほとんどのECM盤を手掛け、しかしギタリストでもある彼の演奏はECMに残らなかった。2013年にソウルでECMミュージックフェスティヴァルが開催された。指揮者チョン・ミョンフン、アンドラーシュ・シフ、ハインツ・ホリガーが揃ってトリをつとめる夢の共演だった。ミョンフンの息子(つまりチョン・キョンファの甥)であるサン・チョンがアイヒャーの後継者になるという情報。『Lua Ya / Yeahwon Shin』(ECM2337)を聴くと、その音楽の透明な地平、若い女性のベロの動きまでが視えるような解像度に圧倒された。この他者性はアリだ。その後サン・チョンはアーロン・パークス、トーマス・ストローネン、キッド・ダウンズ、ニア・イースト・カルテットなどをプロデュースしている。

 00年代を跨ぐ頃に、ハル・ラッセルやジョー・マネリ、ロビン・ウィリアムソンをプロデュースした英国人スティーブ・レイクがECMにエッジをもたらしていたが裏方にまわってしまったのが残念だ。

 ECMというカタログはアイヒャー一代のものであろう。生まれた南ドイツのリントで耳をすましていた彼の始原を想う。

 現在性について話をとばすと、令和は聴取である、アナログの復興もSpotify音質の限界も当然に訪れ、フィールド・レコーディングなり、これまで手にしていなかった音響空間の拡張に私たちの耳は気付きはじめている。リバーブ、空間性、音響に早くから自覚的だったのがECMだと捉え直されている。

 今回、昭和の名盤・平成の名盤として、高音質UHQ-CD仕様で耳にすることができる。アーケイド、ヒューブリス、ブレゲンツ、ロスリンとまるでわたしがねじ込んだような盤までセレクトされているのが嬉しい。ECM1600枚の魔境には、ジャズでもクラシックでも古楽でも掬うことの叶わない音楽の宝石が埋蔵されているので、ここから深堀りしてほしい。 *多田雅範(musicircus)

 

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