バッハとともに歩いた30年の集大成

 バッハは、人生をともに歩くのにふさわしい作曲家だ。

 彼は18世紀前半のドイツで演奏されていたあらゆるジャンルの音楽に満遍なく傑作を残し、当時の音楽を集大成した。なかでもカンタータをはじめとするルター派の声楽作品は、バッハの創作の〈核〉である。20代で初のカンタータに取り組んで以来、遺作となった“ロ短調ミサ曲”~カトリックの〈ミサ曲〉の形式をとりながら、カンタータからの転用がほとんどの大作~まで、時に膨大な数をこなし、時に〈受難曲〉という高峰を築きながら、バッハは常に礼拝音楽と歩み続けた。

BCJ©星ひかる

 今年創立30年を迎えるバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)は、バッハの声楽作品とともに歩み続けてきた団体である。BCJが日本の演奏団体としては初めてバッハのカンタータの全曲演奏と録音を成し遂げたことはよく知られているが、足かけ18年という時間をかけ、作曲順に、つまりバッハの軌跡を丁寧にたどりながら取り組んだ例は世界を見ても他にない。その道のりには、BCJの軌跡が重なる。カウンターテノールという存在がまだ珍しく、米良美一らが出ていた初期から、国際的な歌手が次々に登場し、合唱が精度を増し、器楽のソリストたちが腕を上げ、世界有数の古楽団体として認められてゆく道のり。そこには、世界のバッハ演奏の道のりも反映されている。そしてコンサートやCDで彼らの歩みをともにした聴き手も、その道のりを共にし、そしておそらく自分の軌跡をもそこに重ねて歩いてきた。このような達成感を、奏者と受け手が共有できるプロジェクトはまれだ。それも、バッハだからかなったことではないだろうか。バッハは、そういう作曲家なのである。

鈴木雅明, バッハ・コレギウム・ジャパン 『J.S.バッハ:合唱曲大全集』 BIS/キングインターナショナル(2019)

 この度、そのBCJの30年の道のりが、『バッハ合唱曲集』として一つのボックスにまとめられた。教会カンタータや世俗カンタータから、三大宗教曲、ルター派ミサ曲、モテット、オラトリオ、マニフィカトまで、バッハの声楽作品が一度に見渡せる壮観この上ないボックスである(“ヨハネ受難曲”は、CDに加えてDVDもついている)。またマニフィカトのような一部のジャンルで、バッハと関連の深い別の作曲家の作品が収録されているのも興味深い。そのことによって、21世紀の私たちには馴染みのないこのようなジャンルへの理解が深まるのはもちろん、バッハの周辺も見えてくるのである。