©Marco Borggreve

「ヘンデルの即興と装飾の自由を私も楽しんでいます」――プライベート・スタジオ録音を語る

 オランダのチェンバロ&オルガン奏者で指揮者のトン・コープマンが2024年の80歳に向けた企画の一環で、ヘンデルの「チェンバロのための組曲集(第3、2、8、5、7番)」を自宅スタジオで録音した。2023年2月の来日の機会をとらえ、話を聞いた。

TON KOOPMAN 『ヘンデル:チェンバロのための組曲集』 Challenge Classics/キングインターナショナル(2022)

 

――オランダ・ビュッセムのご自宅で録音だからでしょうか、実に融通無碍な演奏です。

「自宅スタジオを使うアイデアは、全くの偶然から生まれました。娘のマリーケ・コープマンはすでに名のあるジャズ歌手ですが、ある日、ガーシュインのソング“誰かが私を見つめてる”を私のチェンバロ伴奏で録音したいと言い出し、自宅でYouTubeの動画を作成してみたところ、音響の良さに気づいたのです。私の父はジャズ・ミュージシャンでした。息子はバロック音楽に進んだので、ガーシュインも聴き手の立場で接していましたが、チェンバロで1920~1940年代のジャズを弾いたら多くの発見があり、驚きました。ビュッセムはアムステルダムから20分くらいの小さな町。コープマン・ファミリーの総勢39人が住んでいて、マフィアのような存在です(笑)。

ヘンデルはJ・S・バッハと同い年(1685年生まれ)ですが、生前はバッハよりも有名でした。バッハが自己鍛錬に厳しくドイツを一歩も出なかったのに対し、ヘンデルはオペラに磨きをかけようとイタリアに出かけ、後半生を英国で過ごします。一度は倒産の憂き目に遭い、極貧から再出発、次第にオペラからオラトリオへと創作の軸を移しました。鍵盤の名手でもあり、オペラ、オラトリオ、チェンバロ組曲のいずれにおいても即興が持つ力を重視し、指揮者としては歌手に〈もっとやれ!〉と指示、いわば〈何かを足す音楽〉の魅力があります。私もかつて“オルガン協奏曲”全集を録音した際、すべての楽章に即興を交えました。バッハは強弱やテンポだけでなく美意識や感情に至るまで、ありったけの均整を要求しますが、ヘンデルはもっと自由です。バッハより9年も長く生きたので、かつて『100歳まで生きたい』という映画を制作した私もあやかりたいと思います」

――ジャケットに使われたヘンデルの戯画(ウィリアム・ホーガスの絵に基づくジャン・バプティスト・スコタンのエッチング)も面白いですね。

「チェンバロを弾くヘンデルの背中から垂れ下がった巻紙に彼のオペラ全作品の題名が記されており、私がオリジナルを所有しています」

 


LIVE INFORMATION
NHK交響楽団

2023年9月20日(水)、21日(木)サントリーホール
開場/開演:18:20/19:00

2023年9月23日(土)愛知県芸術劇場コンサートホール
開場/開演:14:15/15:00

出演:トン・コープマン(指揮)/神田寛明(フルート)

■曲目
モーツァルト:交響曲第29番イ長調 フルート協奏曲第2番ニ長調 交響曲第39番変ホ長調
https://www.amati-tokyo.com/artist/conductor/post_22.php#schedule