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フィギュアスケート宇野昌磨の使用曲で話題沸騰のカウンターテナー
最新盤は、初期バロック作曲家による魅惑的なアリア集

 『アニマ・サクラ』という謎めいたタイトルの輸入盤ディスクが発売されたのは2018年10月のこと。ジャケットには薄いベールを纏った美形の妖しげな青年が写っている。これが、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気カウンターテナー、ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキとの出会いだった。〈Anima Sacra〉とは、ラテン語で神聖なる魂といった意味らしく、曲は17~18世紀のナポリ楽派の作曲家による宗教曲が中心。全11曲のうち、8曲が世界初録音だ。友人で音楽学者のヤニス・フランソワとともに、図書館に眠っていたバロック期のオペラ・アリアなどに、光を当てているのだ。

 セカンド・アルバム『ファーチェ・ダモーレ』(さまざまな愛)には愛をテーマにしたバロック期のアリアなどが集められており、2021年にトゥールーズ・カピトール劇場で開催されたコンサートは、NHKでも紹介された。そして『アニマ・エテルナ(永遠の生命)』に続いてリリースされたのが、今回の新譜『ビヨンド』だ。(他にも『フェアウェルズ~ポーランド歌曲集』やヴィヴァルディ『スターバト・マーテル』なども発売されている)。

JAKUB JOZEF ORLINSKI 『ビヨンド~初期バロック・アリア集』 Erato/ワーナー(2023)

 オルリンスキは1990年ワルシャワの生まれ。16才のころに男声だけの聖歌隊に入り、最初はバス・バリトンだったが、聖歌を歌うためカウンターテナーが必要になったので、ファルセットで歌うことを決意したという。フレデリック・ショパン大学に入学して、カウンターテナーとしてさらに研鑽を積み、2015年からジュリアード音楽院に入学。在学中からヘンデルのオペラなどに出演。2017年にはエクサンプロヴァンス音楽祭で、カヴァッリのオペラ「エリスメーナ」に出演し、注目を集める。以後は2019年グラインドボーン音楽祭に「リナルド」のタイトルロールでデビュー。2021年にはメトロポリタン歌劇場に新作「エウリディーチェ」のオルフェオの分身役でデビューを果たした。

 オルリンスキの声は落ち着いたアルトの声域で高音もとてものびやか。透明感のある美声で、どこか哀愁に満ちた響きとまっすぐ心に響く魅惑的な歌い方が特徴だ。レパートリーはバロック期の曲が多いが、現代曲にも積極的で、さまざまな声の音色を駆使して、柔軟なレパートリーに挑戦している。

 すらりとした若者らしい容姿とも相俟って、人気は瞬く間にブレイク。スポーツブランドのモデルや、ファッション雑誌の表紙にも登場。またブレイクダンスの名手としても有名で、数々の賞も受賞し、プロ級の腕前だ。ネットには彼が歌っている姿だけでなく、街角でアクティヴに踊る生き生きした映像があふれている。そんな身体能力の持ち主で演技力も抜群なので、バロック・オペラでは世界中から引っ張りだこ。2022年には英国ロイヤル・オペラで、ヘンデルの「テオドーラ」にディディムス役で主演。なにしろケイティ・ミッチェルの演出だけに、この舞台でオルリンスキは、金髪のカツラを付けハイヒールを履いて女装し、アクロバティックなポール・ダンスを哀しげに踊っていた。

 今回発売された『ビヨンド』は、これまでのアルバムとはひと味違って、バラエティに富んだプログラム。ヤニス・フランソワが偶然見つけたというジョヴァンニ・チェーザレ・ネッティの「ラ・フィッリ」や「アダーミロ」のアリアなど、世界初録音声楽作品を含む、オペラ・アリア、カンタータ、セレナータなどが収録されている。『ポッペアの戴冠』のオットーネのアリアや、カッチーニの“アマリッリ、私の素敵な人”など有名曲が入っているのも特徴だ。これまでずっと一緒に活動してきた古楽集団イル・ポモ・ドーロが共演しており、全体のプログラムは有機的に繋がっていて、「一つのコンサート・プログラム」のように構成されているという。タイトルの『ビヨンド』について、オルリンスキは「これらの音楽は、時代を超えている。いまも生きていて活気があり、魅惑的だ」と語る。時を超え、音楽のジャンルをひらりと飛び超えて、オルリンスキは遙かな高みにビヨンドする。

 


ヤクブ・ユゼフ・オルリンスキ(Jakub Jozef Orlinski)
1990年、ワルシャワ生まれ。男声合唱団〈Gregorianum〉で音楽活動を始め、フレデリック・ショパン音楽大学を卒業し、さらにアレクサンダー・ゼルウェロウィックツ・アカデミーで演劇も学ぶ。ショパン音楽アカデミー主催公演に出演し高く認められ、ワルシャワ大劇場(ポーランド国立オペラ)オペラ・アカデミーのメンバーとなる。2015~2017年にジュリアード音楽院で学び、その間の2015年マルセラ・セムブリッチ国際声楽コンクール、2016年にはメトロポリタン歌劇場でのナショナル・カウンシル・オーディションで優勝。「色調の美しさと色彩の統一性を兼ね備えた歌唱」とニューヨーク・タイムズ紙が絶賛。その後すぐにその歌唱の素晴らしさが広まり、現在では様々なコンサートやオペラ、音楽祭などに出演し、高い評価を得ている。