©Danny de Jong

ニューロマの貴公子、ザイン・グリフのロマンは止まらない

 あれは2000年代半ばだったろうか。ポスト・パンク期の英国でモードになっていったゴス、ニュー・ロマンティックといった美学、シンセ・ポップ的なサウンドが若い音楽家たちの手でアップデートされはじめたのは。この動きに呼応するようにオリジナル世代も勢いを取り戻し、再評価の声が高まった。そんななか、2011年になって四半世紀ぶりにポップ・シーンに復帰した、知る人ぞ知るニュー・ロマンティックのキーパーソンこそ、先頃最新作『A Double Life』を世に問うたザイン・グリフである。

ZAINE GRIFF 『A Double Life』 ZG Music/ソニー(2024)

 もっとも彼は英国人ではない。ニュージーランドに生まれ、地元の重鎮バンド、ヒューマン・インスティンクトに在籍したのちに渡英。80年にトニー・ヴィスコンティがプロデュースしたアルバム『Ashes And Diamonds』でソロ・デビューすると、デヴィッド・ボウイにも似た美声とグラム・ロック寄りの音で脚光を浴び、2年後にはシンセ色を強めた2作目『Figvres』を送り出した。いまや映画音楽の大家となったハンス・ジマーを同作のプロデューサーに迎えたザインは、ほかにも多数のアーティストと交流しコラボの場を持ったが、80年代半ばには異国での生活に疲弊して帰国。その後は故郷でジャズ・クラブを経営していたという。

 長らく表舞台から遠ざかっていたが、2011年に、ジャジーで洒脱な表現を切り拓いた3作目『Child Who Wants The Moon』を発表して活動を再開。R&Bやラテンの要素も取り入れた2013年の『The Visitor』、英国時代のデモ音源をコンパイルした2014年の『Immersed』、よりポップな16年の『Mood Swings』と、続々とアルバムを制作し、まさしくロマンティックな美意識に磨きをかけてきた。

 さらに、ザイン、ハンス、ウルトラヴォックスのウォレン・カーンが80年代に結成したユニット=ヘルデンの未発表曲を再録した『The Helden Project // Spies』(2022年)を経て、このたび『A Double Life』が登場したわけだが、本作も80年代にルーツを持つ作品だ。

 と言うのも事の発端は、ニュー・ロマンティックの祖たるヴィサージを巡るプロジェクト。フロントマンのスティーヴ・ストレンジの死を受けてザインをシンガーに据えてのヴィサージ復活案が浮上し、バンドの代表曲“Fade To Grey”の共作者であるクリス・ペインと曲作りに着手していた。結局コロナ禍の影響でプロジェクトは頓挫するも2人は共作を続け、クリスが紹介したプロデューサーのヒラリー・ベルコビッチ(チャカ・カーン、ボビー・コールドウェルなど)を交えて『A Double Life』を作り上げたのである。

 アレンジの主役はもっぱら、ヴィサージ以外にゲイリー・ニューマンらともコラボしてきたクリスによる優美なピアノや、ときにインダストリアル級にヘヴィーなヴィンテージ・シンセ。吉村栄一氏によるオフィシャル・インタヴューにて〈曲調は違っても一貫したストーリーラインがあり、どれも映画のスコアのようなドラマティックな展開を見せる〉とザインは解説しているが、実際アルバムは〈涙を隠すため雨に打たれながら歩く〉というフレーズで幕を開け、彼は一気に聴き手をストーリーの渦中に引き入れて、センチメンタルな空気の濃度を高めていく。

 他方、随所に同種の色で塗り上げた70~80年代生まれの曲のカヴァーを織り込んでいるのも、本作のおもしろいところ。まずは、原曲にケイト・ブッシュが添えたコーラスをそのまま活かした『Figvres』収録曲“Flowers”のセルフ・カヴァーがある。また他のアーティストの作品では、原曲のシンセをクリスが見事に再現しているゲイリー・ニューマンの“Cars”、デヴィッド・ボウイの“Blue Jean”、高橋幸宏にザインが提供した“This Strange Obsession”、YMOの“以心電信”を録音。言うまでもなく、ボウイ以降の3曲にはボウイ、高橋、坂本龍一への追悼の意が込められており、現代と過去が並行して流れ、時折交錯しながらザインの音楽遍歴を辿っているアルバムゆえに『A Double Life』と名付けられているのだろう。

 本編の最終曲にしてバラード“It’s Never Stopped”はザインいわく、『A Double Life』というアルバムを総括する一曲。〈僕のこれまでの音楽とのロマンスを、女性とのロマンスに置き換えているような感じ〉と語る通り、〈君が別れを告げたときは、もう二度と会えないと思った〉とザインは歌っている。でも再会を果たした以上、彼が音楽を求める想いはもう誰にも止められないのである。

ザイン・グリフの過去作。
左から、80年作『Ashes And Diamonds』(Warner)、82年作『Figvres』(Polydor)、2022年作『The Helden Project // Spies』(Zg Music)

『Dounle Life』でカヴァーされた楽曲のオリジナル版を収録した作品。
左から、デヴィッド・ボウイの84年作『Tonight』(EMI)、高橋幸宏の82年作『WHAT, ME WORRY?』、YMOの83年『サーヴィス』(共にソニー)