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「全身全霊を傾けての愛を注げる作品しか録音しません」――ワーグナーの新録音を語る

 1972年ロシア生まれのピアニスト、ニコライ・ルガンスキーにインタヴューするのは過去20年で3回目。折々の新録音について語るのは当然として最初がラフマニノフ、次がドビュッシー、今回がワーグナーと振れ幅が大きい。すでに6曲をリリースしたベートーヴェンのソナタも「32曲の全集なんて到底、考えられない」という。レコーディングは「人生の最も重要な瞬間の記録」であり、「全身全霊を捧げ、時に傷みも辞さないほどのLOVE(愛)を注げる作品」だけに絞ってきた。「愛がなければ弾くことなんてできない」と断言する。

NIKOLAI LUGANSKY 『ピアノによるワーグナー名場面集』 Harmonia Mundi/キングインターナショナル(2024)

 目下の愛の対象は19世紀の楽劇の巨人、リヒャルト・ワーグナーだ。「無限旋律の渦に聴き手が巻き込まれる、あの麻薬的世界に惹かれたのですか?」と質問した。「音楽に麻薬的効果があるのは確かです。バッハやモーツァルトは違いますが、ブルックナーやマーラー、ショスタコーヴィチ、シェーンベルクは確実に麻薬です。ワーグナー、とりわけ“パルジファル”第1幕の場面転換音楽を聴いていると私は覚醒し、眠れなくなります。本物のドラッグは大問題ですが、ワーグナーの音楽がもたらす精神の冒険なら、信じられないほど面白い体験をしつつも、身を滅ぼしたりはしません」

 選曲は凝りに凝っていて「何曲も入れたり外したりしながら、1枚で約1時間のディスクに収めました」。ピアノ・ソロ編曲“ラインの黄金”の“神々のヴァルハラ入城”は「ベルギーのピアニストで作曲家ルイ・ブラッサン(1840-1884)60%と私40%の配合」、“ヴァルキューレ”の“魔の炎の音楽”はブラッサン、“神々の黄昏”の“ブリュンヒルデとジークフリートの愛の二重唱”“ジークフリートのラインへの旅”“ジークフリートの葬送行進曲”“ブリュンヒルデの自己犠牲”はルガンスキー、“パルジファル”の“第1幕の場面転換音楽”はフェリックス・モットル(1856-1911)、“第3幕フィナーレ”はゾルタン・コチシュ(1952-2016)それぞれの編曲に、“トリスタンとイゾルデ”の“イゾルデ愛の死”はリストの編曲に、ルガンスキーが手を加えたものだ。

 「普通は権力者が芸術家を支配するのに、ワーグナーはルートヴィヒ2世をとことん利用しました。“ローエングリン”以降、破格の音楽で敵対する人々までをも虜にしていきます。私は巨大な管弦楽の世界をピアノの超絶技巧に託し、ワーグナー愛を語ります」