〈死ねばいいのに/死ねばいいのに/あんたの顔を見るのが不愉快〉――いきなりの悪態ソング“わるいやつら”で始まるcali≠gariの新作『12』。昨年9月に開催された日比谷野外大音楽堂公演〈cali≠gari 20th Caliversary”2013-2014” 最終公演 第7期終了 – To say Good bye is to die a little -〉におけるドラムスの武井誠の脱退をもって7回目の季節を終えた3人が第8期の始動にあたって選択したのは、4人のドラマーを迎えるという手法だ。上領亘(NeoBallad)、Tetsu(D’ERLANGER)、SATOち(MUCC)、そして幅広い分野でサポートを務める中西祐二という手練れたちと共にバンドが改めて音楽と向き合った本作は、冒頭のような彼ららしいタチの悪さすらもキッチリとエンターテイメントへ昇華したポップ・アルバムとなった。しかも、3人の強烈な個性を大幅に増幅させたうえで、だ。
外側から見れば潜伏期間に近かった5か月ほどの間、彼らは何を思い、第8期へ――この約3年ぶりのオリジナル・フル・アルバムへと踏み出したのか。その経緯を石井秀仁(ヴォーカル)と桜井青(ギター)、それぞれに訊いた。今回はその前者、マスタリング翌日に行った石井へのソロ・インタヴューをお届けする。
複数のドラマーに頼もうって言い出したのは俺なんです
――cali≠gariの第8期が始動しましたが、4人のドラマーを迎えた新作のお話に入る前に、第7期の終了以降の動きについて少し伺えればと。確か、新メンバーを迎えるという案もあったと思うんです、8期を始める前に。
「新しいメンバー、探してますよ。結局決まらなかった結果として、今回は4人のドラマーに参加してもらって、ってことになりましたね」
――新しいメンバーの基準はどういうものなんですか?
「それも、各々思うところが違うんですよね。村井君(村井研次郎、ベース)は意見がいろいろあるととっ散らかっちゃうっていうのをわかってるから、結構中立なんです。それで、俺と青さんの意見が合ってない。青さんはどういう人と〈やりたいか〉で、俺は〈やるべきか〉。でも、俺の言ってることも絶対ではないですからね。cali≠gariは、まあ、一応ヴィジュアル系バンドでしょ? そういうバンドの特性もあるし、なんだろうな? ただなんでもない人が入ってきても駄目なわけで、名前があるって言っちゃ語弊があるんですけど、いろんなのがあるんですよ、俺のなかで。こういう人じゃなきゃ駄目だっていうのが。ドラム・プレイは結構二の次なんですよね」
――まずは、ある程度のキャリアが必要だと。
「うん。でもそれは元何々だからっていうのではなくて、自分たちのキャリアが長いので、入ってきた段階で、ある程度の共通言語があったりとか、物の考え方が近いとか、そういう人でないとここから一緒にはやれないっていう。俺の考え方はそうなんだけど、青さんはそれよりもcali≠gariの演奏を任せられる技術がある人、とかそういうところかな」
――なんだか意外ですね。外側から見た印象としては、石井さんと青さんで逆の意見が出てきそうなイメージです。
「俺だって、本来は逆ですよ。青さんの言ってることは基本的なことなんです。でもcali≠gariってそういうバンドじゃないじゃん、って俺が思ってるわけですよ。俺は後からバンドに入ったからわかるっていうか、俺じゃないとわからない部分があるっていうふうに勝手に思ってるから。なんて言ったらいいのかな……」
――cali≠gariは15年、固定のメンバーでやってきましたから、その長さのぶん、新しい人が入ったときに違和感みたいなものを感じるリスナーはいるかもしれませんね。だから、新メンバーにはそれを跳ね返していけるぐらいのパワーがないと厳しいのかな。
「それですよ、俺が言ってるのは。その〈パワー〉っていうところがバックボーンだったりとか……まあ、ストーリーのようなものを構築できる人じゃないと駄目だっていうことで、それがまっさらだと無理だっていうことですよね。まあ、100パーセント無理とは言い切れないけど、まっさらの場合にはよほど無限大のものを持ってる人じゃないと難しい。かと言ってね、この話はどちらかが譲ることでもないでしょ? 一生一緒にやる人を決めるときって。だから決まらなかったんでしょうね」
――それで、今回の新作では4人のドラマーを迎えることに。
「そうですね。ただまあ、今回は新しいメンバーが決まらなかったからこそ出てきた発想というか」
――ドラマーの皆さんは、なぜこういう人選になったんでしょうか。
「複数のドラマーに頼もうっていうのも、言い出したのは俺なんですよ。新しいドラマーが決まらなくて、サポートで、って一瞬なったんだけど、まったくピンと来なくて。〈第8期〉って謳って、それは単純にドラムがひとりいないだけです、っていうのでは成り立たないと思ってて、そのときにそういうアイデアが出てきたんですよね。いろんな人に叩いてもらって……まあ、シシドカフカとか森高千里とかね、そういう話も出てたんだけど(笑)」
――他にもシャ乱Qのまことさんとか高橋まことさんとか、シーラ・Eさんの名前も挙がったと伺いました(笑)。
「そうそう(笑)。でまあ、そのなかでこの人にやってほしい、この人だったらやってくれるんじゃないかっていう人と、あとは、この人にやってほしいけど他のアーティストの作品に参加したっていう話を聞いたことないから、果たしてやってくれるのかどうか、っていう人が何人か。Tetsuさんとかはそうですよね。チャレンジでしたね。まずTetsuさんはおっかねえっていうイメージしかなかったから(笑)、〈ふざけんなこの野郎〉って言われんじゃねえか、ってのもあったけど、名前を挙げるのはただですからね。電話するのも俺じゃないし(笑)。でも、駄目もとで言ってみたら全然オッケーだったからね」
――快諾していただけたようで。
「それで、皆さんがOKだってなったらもう、意識もだいぶ変わるじゃないですか。急にやる気になるというか、ものすごくプレッシャーを感じてきたというか。あと、なんて言うんですかね? サポートとして何人かのドラマーに参加してもらったっていう表現も嫌で。それだったらホントにその、アルバムを作るときはcali≠gariのメンバーになってもらいましたっていうような形が理想的で。他のバンドだとあまりそういう発想にならないじゃないですか。だから〈アー写も一緒に撮ります〉とかね、そこまでいきたいっていう話も結構最初のほうにしてて」
――そこから本格的にアルバムの制作が始まったっていう。
「そうですね、ホントに。レコーディングより撮影のほうが先だったから、だいぶ違和感がありましたね(笑)。撮影で〈曲、早くちょうだいよ〉って言われるっていう。すいません、って(笑)」
――(笑)それも珍しいパターンですね。
「曲が出来ないってことじゃないですけど、やっていただくドラマーの方に、デモを渡さなきゃいけないじゃないですか。その段階で恥ずかしいものを渡せないっていう、特に俺はそういう感じですからね。普段からcali≠gariや俺のことを知ってるわけではない人に渡すわけだから、俺が――作曲者が何をしようとしてるのか、どういうドラムを叩いてほしいのか、何を求めてるのかっていうのは、音でわからないと絶対駄目だと思って。それがはっきりその人に伝わるクォリティーと、気持ちがこもってるようなものじゃないと聴かせるのがかなりしんどかったので、それを作るのに時間がかかって。特に上領さんには、ただ迷惑をかけただけってことになったんですけど(笑)」
――デモを送ったのは前日だったとか。
「前日というか、もう当日の朝でしたね。ホントに申し訳ない」
――(笑)それは壮絶ですね。渡した楽曲に対しては、それぞれのドラマーから思った通りのものが返ってきました? もしくは逆に、意外だったものはありました?
「それぞれありましたね」
〈この人に叩いてもらう意味がある曲じゃないと〉と思って作った
――では、そのあたりのお話も含めて、ここからは石井さんの楽曲について一曲ずつお訊きしますね。まずはBPM265の“脳核テロル”から。これはまあ、想定通りのほうですかね。
「変えようがないですよ。自由度がない曲ですよね。ただ、そのぶんこれを叩ける人っていうのもなかなかね(笑)。あとは、さっき話した撮影のときに、〈いちばん速い曲はSATOちに渡してくれ〉ってTetsuさんがおっしゃったんで、ええ」
――それは、速い曲ならSATOちさんだろう、ってことなんでしょうか? それとも自分は嫌だっていう……。
「そういうことでしょうね(笑)。Tetsuさんはオールマイティーですけど、どっちかっていうとアッパーな曲が得意な方というイメージがあって、そういう曲でこそ個性が発揮されると思っていたTetsuさんからそうやって言われたもんだから、それは〈自分が想定している以上に速い曲を作ってそれをSATOちに渡せ〉っていう意味なんだろうなって解釈して(笑)」
――SATOちさんはいい迷惑ですね(笑)。
「あと、SATOちは後輩というかね、MUCCとcali≠gariの関係みたいなものもあるから、ちょっと拷問チックなものを渡してもおもしろいかな、と(笑)。もちろん、本人がそういうの得意だって知ってるからですよ」
――これだけ速いハードコア・パンクだと、アルバム全体のなかでかなり強烈なカラーを帯びてくるところはあると思うんですけど、トータルのバランスは考えないで曲を作ってたんですか?
「うん、そういうのcali≠gariで考えることはないですから、俺は」
――ただ、石井さん的にいまcali≠gariで出すべき曲を持ってきている?
「まあ、そうですよね。自分が思うところのcali≠gari、でしょうね。あとは、青さんはこういう感じのものを作ってくるだろうから、って勝手に想像して……逆にぶつけるときもありますけどね。先に俺が出しちゃえば楽だぞ、青さんはもうこういうの出せないぞ、みたいなのもある(笑)。フォーク・ソングみたいなのは俺、絶対ないじゃないですか。ないっていうのは作れないってことですけど、この手の速い曲とかパンキッシュなやつっていうのはお互いの接点でもあるから、下手すると被るんですよ」
――だから今回は先に出してやれと(笑)。そして、この歌詞についてですが……。
「土田さんが〈こういうことなんじゃないかな〉って思ってることがあれば、正解だと思いますよ。だいたい正解してくるじゃないですか」
――そうでしたっけ? なんだかプレッシャーなんですが(笑)。私は、世情に対する皮肉だと思いました。それぞれが勝手なことを口にしつつ、能動的に動くことなく踊らされている、その様子を描いているものかと。まあ、政情に対しての話から身近なことまで、いろんなことにあてはまると思いますが。
「言ってることはそういうことですね、ポリティカルな感じはまったくないですけど。ただ、そういうふうに聴こえるように、見えるようにっていう表現を取ることはあるんですよ。昔の“舌先3分サイズ”とかもそう。だからこれも、いまおっしゃったことは合ってますけど、何に向けてっていうと〈バンドと客と〉っていう。俺が言うことってほとんどそこだけの世界ですよ」
――なるほど。バンドとお客さんの様子が見える曲としては“紅麗死異愛羅武勇”あたりもそうかなと思ったんですが……とりあえずは順番で、次は“颯爽たる未来圏”。これはcali≠gariのポップな面がすごく出てるように思うんですけど、ご自身としては〈あんまり書かないようなタイプの曲〉とおっしゃってましたよね?
「そうですね。すごく普通な曲だと思うけど、こういうトーンの曲ってcali≠gariにあんまりないですよね。疾走感があるんだけど、少し哀愁があるというか、明るい曲ではないじゃないですか。俺はドラマーが決まった段階で、〈この人に叩いてもらう意味がある曲じゃないと〉と思って作ったので、そういうふうに考えていったらテンポ感も、曲調も、こういうものになったっていうことなんですよ。だからTetsuさんが参加してくれてなかったら作ってないでしょうねって曲ですね」
――この曲は、ドラム以外の各パートの個性もクッキリ出てますよね。
「そうですね。この曲は、ギターで押したかったっていうのはあったんですよね。テンポ感があって、一回聴いた瞬間に曲の正体がわかるっていうのがまず最初のテーマで、あとはギターで押したかったっていう。俺が作るものでは、ギターで押す曲ってないんで。ライヴ・パフォーマンスを想定して、ある程度簡単なギター・リフで作ってるようなところがあったんですけど、どうしてもね、この曲はギター・ソロを求めていて。でも青さんは、俺の曲ではホントにソロを弾かないんですよ。ギター・ソロとして空けといたところも全然弾いてこないから、もうこの曲は最初から〈ここはギター・ソロなんだ〉ってことをアピールするために、デモでは俺が弾いたわけですよね。中盤わりと、それなりのソロがありますからね」
――青さんのクールなソロが聴けるところですよね。冒頭とラストに挿入されるギター・フレーズ然り、キャッチーなフックがところどころにあって、〈一発で正体がわかる〉という狙いは成功してると思いますよ。
「ただこの曲、トラックダウンに時間がかかったんですよね……。いろんなエフェクトを引いてった結果、最終的に、音もまんまな感じになったんですけど。今回は結構そういう曲が多いんですよね、全体的に」

――それはなぜでしょう?
「まあ、簡単に言ったら俺の気分もあるんだけど、今回はやっぱりドラムなんですよ。録り音の、プレイの段階で良いものであるのはわかってるわけだから、いかにそれを活かせるかっていうところでしたね。だからギミックの部分を減らして、生っぽいというか、きっちり耳に聴こえてくる音を大事にしたほうがいいだろうっていう発想ですよね」
――そこが納得いくまで時間がかかったと。そして歌詞については……。
「〈源氏物語〉の〈夕顔〉ね。わかんなかったですか?」
――ああ~、これ「夕顔」ですか。
「この、他と表現の違う2行に、そういうのが入ってる。俺、たまに百人一首的なものが入ってきたりするんですけど、要は作者不明の古典ですよ。まあ、〈夕顔〉の話が重要なんじゃなくて、それが能で使われてる一節を使いたかったというか、それがハマったんですよね」
――先に書いてた歌詞に。
「そうです。この一節ありきではなかったですね」
――確かに、散りばめられてるワードと繋がるといいますか……全体では儚さそのものを描いてるような。
「そう思いました?」
――思いました。
「ふふふ(笑)」
――あれ? 違いました?
「違うなんてことはないですよ。解釈はさまざまで。だって、何を言おうとしてもだいたい儚いじゃないですか。そんなもんでしょ? 生きててね、何やったって儚いですよね」
――例えば直近の曲だと“ウォーキング! ランニング! ジャンピング! フライング!”と向かう先は同じかなと思ったんですが……生きて、死ぬことではない?
「うん、そうですね……まあね、極端な話、最後は死ぬんだからパーッとやろうぜって言ってるような曲ばっかりになるんですよね、俺の曲は。その表現方法を変えてるだけで。あとはもう何も言ってないか」
――何も言ってないっていうのは、言葉遊びみたいなパターンっていうことですよね。
「そうですね。それだけなんですよね」
ギミックを減らして、きっちり耳に聴こえてくる音を大事にした
――こういう生き死にの話はこの先にも出てきそうな気がしますが、その前に次の“トゥナイトゥナイ ヤヤヤ”。これは、2014年2月1日・2日に舞浜アンフィシアターで開催された〈東京カリ≠ガリランド〉関連の配布音源だったものですが、別アレンジとなっていて。これもcali≠gariらしいですけど、同じアレンジでの録り直しは考えなかったってことですね?
「考えなかったし、今回も自分でアレンジしてないですからね。それはもう白石さん(白石元久、エンジニア)に投げてしまおうかなと思って」
――cali≠gariとしてのアレンジは元のヴァージョンだったと。
「そうですね」
――この原曲は、青さんいわく〈cali≠gariの第九〉という盛大な華やかさを持つ楽曲ですが。
「うん……それはたぶん、ティンパニーが入ってるからなんだろうけど(笑)。おもしろいですよね、青さんは。〈青さんがTwitterでそういうふうに言ってるよ〉って村井君から聞いたんですよ、俺(笑)」

――ビックリしました?
「うん(笑)。だから今回もね、別アレンジというか、もうリミックスみたいになってますけど、人の手に渡った感じがよかったんですよ。リアレンジしてもらって、それに合わせて新たにヴォーカルもギターもベースも全部録り直してはいるので、違った印象にはなったのかなと思いますけど」
――違った印象どころか、ずいぶんトランシーに変わってまして。
「ただそれは、この曲がこのアレンジに変わったっていうことではないですよ。これからはこの形で演奏していくっていうことではまったくないので、このアルバムのヴァージョンぐらいに考えてもらったらいいですね」
――そしてこの曲の歌詞は、石井さんにしては珍しく、ファンタジックなモチーフがあちこちにありますね。
「ああ、そういう意味では珍しいですね」
――言ってることは、先ほどの“颯爽たる未来圏”とあまり変わらないかと思いますが。
「うん、変わらないですね。なんか、青さんが(桜井の物真似で)〈珍しく意味わかりますね!〉って言ってきましたよ。おもしろいでしょ(笑)?」
――その唐突な物真似がおもしろいんですが(笑)。こういうファンタジックなモチーフで書く、っていう発想はどういうところから?
「それは単純に曲を作ってて、曲の印象がそんな感じだったんで。曲のトーンというか…………ティンパニーが入ってるから(笑)。ティンパニーありきで作りましたからね。cali≠gariにはあんまりね、いわゆる俺の好きなシンセサイザーが似合わないんですよ。〈シンセサイザー〉っていう言葉が似合わないですね、cali≠gariには」
――ああ~、はい。
「まあ、ティンパニーもまさか生の音が鳴ってるわけじゃないから、ソフトウェアのそういう音色でやってるわけですけど、でも、例えば〈アナログ・シンセの良い音〉みたいな、〈ぶっといシンベの音が〉みたいなのはバンドではないじゃないですか。それで、cali≠gariに似合う音は何かっていったら、ティンパニーでしょうと」
――ド派手な感じが。
「銅鑼とかね。似合いそうじゃないですか。あと、アンフィシアターでああいうライヴをやろうっていうのが先にあったから、それが結構デカいんじゃないですかね? 攻撃的にいろいろ仕掛けたかったわけじゃないですか。ディズニー的なやつとかね? そういうことも込みでこういう曲なんですよ。アンフィシアターで発表する新曲っていうことで作ったんで」
――ファンタジー世界のなかにcali≠gariが入って行くための曲ということでしょうか。
「ファンタジーっていうか、ファンシーなやつですよね。cali≠gariなんて、みんな40歳とかそんななのに、みんなファンシーじゃないですか(笑)。サンリオみたいな感じじゃないですか」
――サンリオ(笑)。
「cali≠gariは、キャラクター的なことで言ったらキティちゃん的なところはありますよ。キティちゃんってすごいでしょ? yoshikittyとかね、いろいろコラボしてて。だからね、アンフィシアターでライヴやってるのに、キティちゃんとコラボしてaokittyとか、そんなふうに持っていければ最高だったんですよ。そこで一歩踏み込めなかったな、っていう」
――実践していたら、相当なチャレンジャーだったと思いますが……(笑)。では次の曲に移って、研次郎さんとの共作の“とある仮想と”。これは上領さんに曲を渡すにあたって、本当は石井さんの単独の曲を渡すところだったところが……。
「そうなんです。上領さんには当初、自分が作ってた曲を2曲渡す予定だったんですね。それで、SATOちに、研次郎君との共作の曲を叩いてもらうっていうことだったんですけど……あのね、研次郎君って作る曲が全部ハード・ロック、ヘヴィメタなんですよ。で、その曲を俺がもらって、ハード・ロック、ヘヴィメタではなくする作業から始めるんです。演奏技術的に、極端に変えないとcali≠gariでは演奏できないんですね。で、いつも〈いちばんcali≠gari的に変換できる曲はどれかな?〉っていうので研次郎君の曲を選ぶんだけど、今回はたまたま、〈wetton〉っていう仮タイトルの曲があって(笑)。それってジョン・ウェットンってことなんですけど、聴いてみたらちょっとプログレッシヴな、変な拍子が入ってくるようなもので。でも、それを聴いたのが上領さんのレコーディングをやる2日、3日前ぐらいだったんですよね。もっと前に聴いとけばピンときてたんですけど、あまりにも研次郎君から膨大な曲が、というか膨大なメタルが送られてくるので」
――(笑)大量のメタルのなかにプログレが埋もれていたと。
「そうなんですよ。でも、曲調はいいんだけど一個のパートしかないような感じで、そんなに作り込まれてないものだったから、構築するのに時間がかかるかなと思って、自分の過去のファイルとか作ってたものをひっくり返して、それと合体させたんですよね。だから、後半のサビの部分とかも強引な感じで。まあ、大きく分けて場面がふたつあるじゃないですか。最後、前半からまったく想像つかないようなポップスになるっていう」
――そこがドラマティックなんですよね。リズムもプログレッシヴと言いますか、どんどん展開していきますし。
「そうですよね。リズムはデモのほうがもう少しわかりやすいぐらいだったんですよ。最初はこの完成形みたいな感じで始まって、途中からは倍転して4分打ちのキックがドスドスいってる感じだったんだけど、上領さんがかなりまた、難解な曲に」
――よりアヴァンな仕上がりになったと。
「ええ。そうですね」
――この曲も、リリックは先ほどの……。
「そうですよ。言ってることは同じですよ。言いたいことはないですから。こっちのほうがさっきのよりわかりやすいかもしれないですね。どうせ死ぬならやってやろうみたいな、そのまんま言ってますもんね(笑)」
――〈今夜 爆発しよう〉ですからね。
「俺ね、生きるとか死ぬとかっていう表現って全然デリケートなものだと思ってないんですよ。でも意外と皆さん、字面だけで触れてはいけないものとかシリアスなものとして捉えるじゃないですか。そこが、俺には全然シリアスなものじゃないんです。だって、あたりまえでしょ? すべての人に共通してる部分って、それしかないと思うんですよね。男でも女でもね、生まれて、絶対死ぬっていう。もしかしたらこれから死なない人が出てくるかもしれないけど、いまのところはいないわけじゃないですか。だからそこの部分を、俺はごくあたりまえに言ってるんですけどね。言ってるというか、表現として使うんですけど」
――この曲に関して言うと、後半で転調する音と相まって、言葉も死に向かって加速していく感じがします。
「そうですね。そういうの、生きてて感じるんですよ。死ぬために生きてるんだなっていう感じがどんどんしませんか? 歳を取ってくると。どうやって死ぬかっていうのは大げさですけど、ある程度年齢を重ねると、1日とか1か月とか1年ってものすごいスピードじゃないですか。そのなかでね、俺は何に向かってるんだ、何をやろうとしてるんだ、っていうようなね、うん。あまりこういう話をしすぎると、よくわからない哲学的な話になってくるんですけど」
――すでにちょっと哲学っぽい感じになってますけどね。でも、加速してる感はわかります。加速した挙句にどこでフィニッシュなのか、というところも。
「そうですよね。あとはその、例えばホントに死ぬまで生きた場合? これも哲学的な表現を取ってるんですけど、ホントに死ぬまで生きた場合っていうのは、もう自分が死ぬっていうことわかりますよね? だけど、そうとも限らないじゃないですか。明日死ぬと思って生きてる人っていないけど、でも、明日死ぬ人っていっぱいいるわけで……みたいな? このへんにしときますか(笑)」
――(笑)いまのお話はこの曲のリリックそのまんまですし、あとはそのリリックを読んでいただければ、ということですね。
「そういうことをいちいち人と話す必要もないし、何かに残す必要もないんですけど、でも残念ながら、俺は歌詞とかを書いてる人間なんで。書くには何かしらモチーフが必要であったりするから書いてしまうってだけの話なんですよね。別にそんなことを普段から思っていたりとか、誰かとそういう気持ちを分かち合いたいとかはこれっぽっちも思ってないんですけど、っていうところですよ」

――では、次は“紅麗死異愛羅武勇”ですが。この曲、私としてはいまのcali≠gariそのものというイメージなんですよね。
「これは、仮タイトルが勝手に〈crazy〉ってなってたんですよ。完成形の前のヴァージョン、もともと自分で考えてたアレンジがプリンスの“Let’s Go Crazy”みたいな感じだったんですよね。それで仮タイトルがいつまでも〈crazy〉のまんまだったんです。だから本番の歌詞を書くときも、〈crazy〉をそのまま活かしたいなと思って。あとはね、昔、〈東京地下室〉(cali≠gariの企画イヴェント)をD’ERLANGERと一緒にやったとき、打ち上げでヴォーカルのkyoさんに、〈cali≠gariってクレイジーでカッコイイよね〉って言われたんですよ。そんなこと俺、初めて言われて。cali≠gariを一言で簡単に表す言葉ってなかなかないじゃないですか。〈ちょっと変わってる〉みたいな、〈イカれてる〉みたいな……それが〈クレイジー〉って言葉はポップだし、いろんなふうに捉えられるからなんか頭に残ってて、歌詞を書いてるときにそれを思い出したんですね。あとは、ヤンキー的な感じですよ。そういうのがたまたま自分のなかで合致して、〈クレイジー〉はそのまんま活かして、〈クレイジー〉だけじゃおもしろくないから〈アイラブユー〉を……他の部分もそうですけど、ヤンキーの方々の当て字をね」
――そういうヤンキー用語が乱れ飛んでる曲ですが、これはcali≠gariのライヴの風景がすごく浮かぶなあと。
「毎回俺がアルバムのなかで一曲作るような、“娑婆乱打”的なものですよ。いつもだったら前半のほうに入る曲だと思うんですけどね」
――これは中西さんがドラムを叩いてらっしゃいますが、他の曲ようにやはり〈宛て書き〉ですか?
「これは、ドラマーが決まる前からありましたね。俺の曲って最初これしかなかったんです。だからもう、中西君が叩いてくれるときにこれも一緒に頼んじゃおうと思って。でね、他の曲はデモを作り込んで、みたいな話をしたじゃないですか。でも、これだけはホントに曲が出来てなくて、歌も何か所かしか乗ってない、曲の正体がまだ俺にしかわからない状態で録ってもらったんですよ。だから、あのー、中西君はよくわかんない状態だったと思うんですけど(笑)」
――(笑)とはいえ、完成形は〈ああこれ、cali≠gariだよね〉って即わかる曲に仕上がっていると思います。
「そうですね。でも、この〈cali≠gariだよね〉っていう雰囲気のものは、ここ4~5年ぐらいの話ですよ。それ以前は、こういうものを出すと怒られるっていうか(笑)、絶対なかったイメージのものなんだけど。だから、cali≠gariが新しくなってからですよ。……まあ、もう5年も6年も経ってて新しいって言わないですけど(笑)」
――復活してからのcali≠gariということですよね。
「そうですね」
――なんだか、バンドとしてのスタイルが見えてくると言いますか。
「そうですね。わざとそういうふうにしてるところがありますね。俺、アルバムのなかで一曲は、全員参加みたいな曲を作ってるんですね。全員で歌うパートがあって、サポート・ミュージシャンのYUKARIEさんや秦野(猛行)さんもみんな参加しててっていう。ライヴで演るときは、みんな前に出てきて賑やかにやるみたいな、そういう感じの曲ですね」
――そして、石井さんの曲としては最後の“バンバンバン”。これは完全打ち込みの曲ですね。
「うん。本当はこれ、上領さんに叩いてもらおうと思って作っていた、もっとまともな曲だったんですよ。ああいったリズムで、尺も、本当は3分半から4分ぐらいだったんですけど、結局、村井君と共作の曲を上領さんにやってもらうことになって、これはアレンジの途中で放置してたんですよね。上領さんが叩いてくれるんならよかったんだけど、打ち込みで仕上げるにはちょっと微妙な感じだったので、物凄い短い曲にして、バカみたいな……このヤバイ歌詞ですよ。ね?」
――ヤバイ……? ……ああ!
「あれ? 響いてなかったですか? そこ。こんなの日本人のスタンダードじゃないですか(笑)!」
――すみません(笑)。いや、その……なんかストレートだったので。といいますか、なぜこういう発想に?
「最初はもう、ネタみたいな曲にしようっていうところだったんですよ。あの曲調ですから、本来はそれなりにシリアスな感じの、かなり初期のミニストリーみたいな、そういう感じの曲だったんですよ」
――ああ~、EBM的な。
「そうそう。その名残は残ってるじゃないですか」
――はい。
「でも、それが上領さんじゃなくなって、打ち込みでやらなきゃならなくなったときに、あんまり意味がないというか、俺のなかには〈これだったら上領さんに叩いてもらったほうがいいんじゃないの?〉っていうのしかなくて、だったらギャグみたいな形でフィニッシュしようと思って。で、曲をもっと短くしたりとか、笑っちゃう感じ、ニヤッとしてしまうような方向に持って行こうとした結果、こうなったんですよ。コードは一個しかないとか、曲のタイムは1分台で終わってしまうとか、歌詞も物凄く短いとか、そんなことを考えていったら……」
――この、日本人のスタンダードに辿り着いたと。
「うん。ただ、この話はこれ以上しないほうがいいんでしょうね」
――(笑)この曲はサウンドのほうも強烈ですけどね。研次郎さんのスラップが効いていたりと、ずいぶんファンキーでユーモラスな曲になっていて。
「これはcali≠gariのなかでたまに出てくるネタみたいな曲? まあ、青さんで言えば“37564。”とか“-187-”とか、最近なら“クソバカゴミゲロ”みたいなのとかありますけど、こういうものは身近にいるようなバンドがやろうとも思ってないだろうし、やろうと思ってもできない感じのものなのかなって思ってて。やっぱり、アイデアだったり、ネタみたいな部分を出すときほど、自分が持ち合わせてるものがすごい重要じゃないですか。自分の志向してるものとか、いままでの経験値だったりとかっていうのは、こういうふざけたことをやったときに露呈してしまうっていうのがありますからね」
青さんの曲も、自分が歌ったときに違和感がないものが多い
――ネタものって、センスが大事ですもんね。……というところで石井さんの曲はすべて振り返りましたが、今回、青さんの曲についてはどう思われました?
「今回はいい曲が多いですよね。〈いい曲〉っていう言い方もあれなんだけど。たぶん、自分が思い描いてる世界観、歌詞もそうだけどメロディーとか、そういうのをそのまんまちゃんと曲に乗せられるようになってきたっていうか、おっさんにそういうことを言うのもあれなんですけど(笑)、でもそういう感じがすごくするんですよね。だから、自分が歌ったときに違和感がないものが多いです。青さんの歌ってるデモを聴いた段階で、どういう曲かも、何がやりたいのかもわかることが多いかな。だから実際録るときも、〈もうちょっとこういうふうにしようかな〉とか、〈ここにこういうコーラスを入れよう〉とか、そういうことも想像できるし。曲のヴァリエーション的にも、今回がいちばんいい気がしますね」
――そうして『12』は完成しましたが。ちなみに、今後の展開とかはお考えだったりします?
「この変則的なレコーディングの仕方っていうのは結果的なものですからね。どうやったらアルバムを作れるだろうかっていうところからこういうアイデアが出てきて、4人のドラマーの方々の力を借りてようやく完成したっていうものなんで、だからねえ……うーん……この先のことはまったく考えられないですよねえ」
――まあ、『12』も昨日完成したばかりですしね(笑)。
「いやでもね、作ってたときからそう思ってたんですよ。皆さん、ご自身の活動が本来あるわけですからね、cali≠gariはどうしたらいいんだろう(笑)? これ、1回ツアーをやるぐらいはいいですけどね、今後は同じ手法が取れないっていうようなことを考えると、〈ああ~っ!〉ってなりますよ」
――なんだかんだで次のアイデアは出てくるかと思いますが……では、とりあえず先のことは考えず。
「うん……考えないことにします(笑)」
