ロバート・グラスパーがついに自身のバンドであるエクスペリメントを引き連れて再来日。5月末の大阪公演から〈TAICOCLUB ’15〉出演を経て、現在はビルボードライブ東京を舞台に東京公演4デイズの真っ只中である(詳細はこちら)。ケンドリック・ラマーの新作への参加など、今年に入ってからも話題を振りまく現代ジャズ・シーンのトップランナーに対し、ceroをはじめ日本からも影響を公言する者が後を絶たず。6月10日には久々のトリオ名義による新作『Covered』のリリースも控えており、その存在感は大きくなる一方だ。

そんな今回の来日ツアーにおいて、異色の一大トピックとして注目されているのが6月8日(月)に東京芸術劇場で実現する、世界的なクラシック指揮者の西本智実との共演〈billboard classics World Premium Robert Glasper Experiment × Tomomi Nishimoto Symphonic Concert〉だ(詳細はこちら)。グラスパーといえば、R&B/ヒップホップとジャズの折衷を新しいレベルに導いたワイルド・チャイルド。ジャンル越境はお手の物とはいえ、百戦錬磨のエクスペリメントと西本が率いるフルオーケストラの邂逅はサプライズ感も強い。正直なところ、どんなステージになるのかがピンときてない方がいるかもしれない……という危惧もあり、百聞は一見に如かず!ということで、今回は本番前のリハーサル現場に潜入。まずはそのレポートをお届けしよう。

〈ロバート・グラスパーの新たな挑戦! 現代クラシック界を代表する指揮者・西本智実との共演コンサートを6月に開催〉はこちら


 

深いところで共鳴し合う、日米大物のジャンルを超えたコラボレーション

都内某所のリハ会場に到着すると、西本智実が率いるイルミナートフィルハーモニーオーケストラの演奏合わせが先に始まっていた。かなりの近距離で見学できたこともあり、まずは大編成が生み出すシンフォニックなサウンドの迫力に圧倒されてしまう。メンバー一同は五線譜に忠実に演奏し、そこへ西本が細かいニュアンスの微調整を適時加えることでアンサンブルは完成へと近づいていく。このブラッシュアップの過程も相当にスリリングだし、やはり目を惹かれるのは、的確な指示を出し、華麗なフォームでタクトを振るう西本の統率力。壇上から放つオーラは尋常でないものがあり、その鬼気迫る集中力が憑依した演奏のダイナミズムには、開いた口が塞がらなかった。当日の演目では、まず第一部としてイルミナートフィルによるリムスキー・コルサコフの〈スペイン奇想曲〉が披露されることになっており、(自分も含めた)クラシックの現場と接する機会が少ないリスナーにとっても、エキサイティングな体験になるのではないか。

そしてグラスパーら4人も会場へ到着。今回の公演のためにエクスペリメント(およびロバート・グラスパー・トリオ)の楽曲をオーケストラ用に編曲した譜面をもとに、オケと一緒に演奏しながらアレンジを確認していく。さすが有名音大出のエリート揃いなだけあり、みんな当然のように譜面が読めて、即座に試すことができるリテラシーの高さもわかっていながら驚くものがあった。

岩城直也など気鋭のアレンジャー4人による編曲も目を見張るものがあり、たとえばグラスパーの得意カヴァーであるニルヴァーナ“Smells Like Teen Spirit”のようなロック名曲は、オケを入れてしまうと仰々しくトゥーマッチで残念な仕上がりになったりしがちだが、そういったリスクは巧みに回避しつつ、よりスピリチュアルな高みへと押し上げる弦楽の響きには感動すら覚えてしまった。こちらも定番レパートリーであるレディオヘッド“Everything In Its Right Place”~ハービー・ハンコック“Maiden Voyage”にしても、モダンで意欲的なアレンジはさながら音響実験のようでもあり、人力高速ドラムマシーン的なプレイを見せるマーク・コレンバーグとの相性も最高である。これは隣で観ていた柳樂光隆氏もツイートしていたが、グラスパーの大影響源であるJ・ディラの曲をオーケストラが演奏する光景も新鮮に感じられ、確かにミゲル・アットウッド・ファーガソンがその名を轟かすきっかけとなった名トリビュート『Suite For Ma Dukes』を彷彿とさせたりもした。

ジャズ的な即興パートをもっと伸ばしたり、オケがフェードインするタイミングを小節単位で再指定したりと、グラスパーは躊躇することなくアレンジにも意見し、プロフェッショナルな姿勢を再確認させられた。徹底したこだわりにピリピリした緊張を感じるときもあったが、完成型に辿りつけば拍手が起こり、笑いも生まれたりと、5時間に及んだリハはハイライトの連続。観ている者からすればあっという間に感じられた。エクスペリメント側に立てば、普段の4人編成では表現不可能なグルーヴがそこには生まれており、西本側に立てば、ジャジーな旋律と今日的なリズムが加わることで、モダンな躍動感を獲得している。クロスオーヴァ―という字面以上に成果は大きく、さらに真剣勝負だからこそのリスペクトが両者から伝わってきたのも印象的だ。

この日最後に試されたのは、当初予定されていたモーツァルト“ピアノ協奏曲21番第二楽章”に代わって、急遽演目に加わった“Jesus Children”。この変更には、同曲でグラミーを授賞したこともあり、日本のファンに聴かせたいというグラスパーの意向もあったようだが、一方で曲中に〈グレゴリオ聖歌〉も挿まれる同曲を披露するというのは、西本も共感していると自身のブログで語っている。2013年に西本は、ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂にて長崎の隠れキリシタンが伝承してきた〈オラショ〉を復元演奏してニュースにもなっているが、その原曲も〈グレゴリオ聖歌〉だ。そう考えると、この巡り合わせにも必然性が感じられてくるというか、両者はもっと深い部分で共鳴しているのかもしれない。あまりに神々しい同曲のパフォーマンスを見届けながら、そんなことを思った。この公演、必見だ。

 


LIVE INFORMATION
billboard classics World Premium Robert Glasper Experiment × Tomomi Nishimoto Symphonic Concert
【日時】6/8(月)18:00開場 19:00開演
【会場】東京芸術劇場コンサートホール
【出演】西本智実(指揮)イルミナートフィルハーモニーオーケストラ 
ロバート・グラスパー・エクスペリメント
http://billboard-cc.com/classics/2015/03/world_premium_rt/