日本のジューク/フットワーク・シーンを支えるプロデューサーの一人・Boogie Mannと、言わずと知れたシンガー・ソングライターの七尾旅人のコラボによる7インチ・シングル“Future Running”がリリースされた。かねてより七尾がジューク/フットワークに興味を持っていたのは知られており、2014年のシングル“TELE〇POTION”のカップリング曲“Juke for Teleport Nation”にはBoogie Mannと食品まつり a.k.a. foodmanをフィーチャーしていたこともあって、そろそろこんなことが……と思っていたところにこの素敵な一枚が到着!

世界に類を見ないほどさまざまなスタイルが生まれている日本のジューク/フットワーク界において、また新たな扉を開く〈ジューク・ポップ〉なナンバー……さらに言えば、これまで以上に幅広いリスナーに届くであろう(届いてほしい!)“Future Running”。同曲のあらましについて、現状では唯一の七尾とBoogie Mannの2人が揃ってのインタヴューを敢行した。

Boogie Mann running through with Tavito Nanao Future Running felicity(2015)

 

シカゴのジュークとひと味違う多様性に引き込まれた

――旅人さんがそもそもジューク/フットワークに興味を持ったきっかけはなんだったんですか?

七尾旅人「2010年にTwitterを見てたら、#Footworkとタグ付けされた謎のYouTube動画が流れてきたんです。そこで鳴ってるサウンドと、足に重点が置かれた不思議なダンスがすごくおもしろいなと思って。その時点で数人の先輩ミュージシャンがそのシカゴからの動画に反応はしていたんですけど、新しすぎて意味わかんないって言ってましたね。まだ解説してくれる人が登場してなかったので、なんだろう、なんだろうってワクワクしてるだけ。それで、2012年になってトラックスマンの来日公演を観に行ったりしたんです。あと日本のジュークの子たち……〈子たち〉って最初思ってたんだけど、蓋を開けてみたら意外と同世代が多かったんですが(笑)」

――ハハハ(笑)。

旅人食品まつりくんやブギ(Boogie Mann)、PPPさんたちがやってるPaisley Parks、広島のCRZKNYさん、長崎のpoivreくん、日本最高峰のフットワーク・ダンサーでもあるWeezy、それから変わったところでは佐伯誠之助くんとか、いろんな音楽的バックボーンを持った人たちが作っていて、それが日本のジュークの多様性、おもしろさに繋がってるんですけど、そういうシカゴのジュークとひと味違う多様性に引き込まれていったっていうのが2012、2013年くらい。また日本のジューク・シーンの何がいいって、例えばヒップホップのシーンだと分厚い歴史の中でクラシックが無数に生まれてスター選手もいっぱいいるけどプレイヤー人口が多すぎるがために、それぞれのトライブに分かれてしまっていて、互いに交流がなかったりするんですよ。部外者でシンガー・ソングライターにすぎない僕のほうが、当のプレイヤーよりもセッションなどを通して広範囲のB-BOYと知り合いだったりする。それは不思議な感覚です。ヒップホップは世界中に広まっていて日本でもシーンが成熟しているから、主義・主張だったり趣味性っていうのが各々でかけ離れてしまっていてそうなるのかもしれないけど、ジュークは全然違うスタイル、メンタリティでやっている人同士でも仲良くしていたりする。ヒップホップとは全然状況が違うんだなと思って。日本のジュークはまだ湧き出したばかりのものであって、だからこその身分、出自を問わない幸福なごちゃ混ぜ感とフレンドリーさみたいなのがいまはまだある」

【参考音源】食品まつり a.k.a foodmanの2015年作『COULDWORK』ダイジェスト音源

 

――なるほど。ヒップホップは分母がすごく大きいというのもあるかもしれませんが、おっしゃる通りジュークの人たちはそれぞれのスタイルを認め合って刺激を与え合っているような印象があります。

旅人「そうなんですよね。以前poivreくんに〈長崎でジュークやってる人は何人いるの?〉って訊いたら〈2人っす!〉って言ったんです。僕は高知県出身なので、そこにも親しみを感じて。たった2人で長崎のジューク・シーンを守ってる感じがすごくキュートでカッコイイなと。でももうちょっとしたらある種のイデオロギーが立ち上がってくるかもしれないけど。ブギが超ビッグになって服装も変わって全部金歯になって、〈長崎のシーンは~、俺とは考え方が違くて~〉みたいになるかもしれない(笑)」

――いきなりブリンブリンになりはじめたりして(笑)。

Boogie Mann「いやいやいや(と首を振る)」

旅人「それから、ジュークには強固なサウンド・フォーミュラがちゃんとあるところに惹かれるんです。聴いた瞬間にジュークだってすぐわかる。僕の世代だと、例えば10代の頃にはドラムンベースやトリップ・ホップといった、聴いた瞬間にジャンルが言えるアクの強い音楽がいっぱいあって、そういう欧米などから登場したものが大きな潮流になって人気を博して、多くの亜流を生み出したりしたけど、ゼロ年代以降はマイクロ・ジャンルっていうか、素晴らしい音楽にもかかわらず世界的にそれが席巻するまでには至らないものが多くなった。でもそれが昔以上におもしろいからネットで際限なく掘ってしまうっていうのがあるんだけど、一方でジュークはマイクロ・ジャンルの一言では終わらせたくない、終わらせられない歴史性とユニークな構造を持ち、シカゴと日本という2つの極が互いに交流しながら豊かなものを生み出してる」

――うんうん。

旅人「ジュークはここ15年の間に生まれたジャンルのなかでは特に音楽の構造やキャラが立ってるから、一聴してすぐジュークだってわかるポップさや骨格の強さを持つがゆえに、逆にどこまでも解体できる、過剰な冒険もできるという、原理的なおもしろさがありますよね。僕にとってはドラムンベース以来かもしれないです。ここまで固有のダンス・ジャンルに惹かれたのは。もちろん他にもその都度マイブームみたいな音楽はあったんですけど、ひとつの新しいジャンルが立ち上がって、それをみんなが盛り上げて育てているのをリアルタイムで見られるというのはあまりなかった」

――確かにそうですね。

旅人「これまでテクノやヒップホップなどさまざまな分野の素晴らしい方と共演させてもらって、それぞれすごく楽しかったんですけど、それらはトラックをもらってそれに僕が歌メロを付けるという、僕がそれぞれの作法に自分を接近させていく作業だったんですね。でもpoivreくんは、僕の“シャッター商店街のマイルスデイビス”というシーケンスされてない、テンポがグニャグニャ変わる弾き語り曲を刻んでエディットして、ジュークに作り変えたんです。ダンス・ミュージックの側から弾き語りをダンスに変容させるっていう作業があったっていうのは、実は初めての経験で、僕はとても新しいと思ったし、嬉しかった。ジュークはそれができるんだっていう。リズムは中心軸が生成されることを意図的に回避するかのような痙攣的なビートで、ウワモノはそれに呼応するポリリズミックなエディット・ミュージックになっている。つまり従来のダンス・ミュージックにあった階層構造がほとんど完全に消失している。それなのに90年代のエレクトロニカに代表されるような解体的な電子音楽と違って深刻すぎず、アカデミズムやスノビズムからも遠く、基本的にオプティミスティックで開かれていて、身近な友達が鳴らしているかのような遊び心やアクチュアリティーに満ちていて、世界中の路上を揺らしかねないようなポップな強度がある。食品まつりくんはカラスの声を使ってるし、CRZKNYさんは稲川淳二の怪談ヴォイスを使っていたりして、ジュークにおいては語りも動物の声も弾き語りも、音楽的価値のヒエラルキーから開放されて等価になってるんですよ」

【参考音源】poivreによる七尾旅人“シャッター商店街のマイルスデイビス”リミックス

 

――はい。

旅人「ある種、ダンス・ミュージックはどこか自由の象徴でありカウンターの象徴で、どのダンス・ミュージックも言葉や手法を変えながらそういうメッセージを放ってきたと思うんだけど、〈百人組手〉とかで昆虫やら豚やらとセッションしてきた僕からすると、ダンス・カルチャーに対して意外と不自由さを感じる時もあったんですね。もっと自由なことがあるんじゃないかって思ってた時もある。でもジュークの人たちがカラスや稲川淳二の声を採り入れているのを見て、自分と価値観近いんじゃないかと感じたので、個人的にすごいのめり込んでいった」

【参考音源】CRZKNYの2012年の楽曲“JUNJUKE”

 

――そういう自由さを持ったトラックを作っているのは日本人に多いというのもまた新しいですよね。

旅人「奇妙ですよね」

――本当に種々雑多なものが生まれている様子を見ているだけで楽しい。

Boogie Mann「みんな勘違いしちゃってるんじゃないですかね? ジュークを最初に聴いた時になんだかわらなくて、そのなんだかわからないなかで見つけた特徴を自分のなかで育てちゃってるから、そうなるんじゃないかなと」

旅人「いい意味で誤読してると」

Boogie Mann「はい」

――そういうところにも惹かれちゃいますね……。それで、旅人さんがBoogie Mannさんと接近することになったのは?

Boogie Mann「たぶんトラックスマンが来日した翌年だと思います」

――2013年ですね。

旅人「2010年にシカゴのフットワーク動画に関心を持ったんですけど、その後すぐに東日本大震災が起きて東北に行くようになったりして、自分自身の創作にも強い迷いが生じ、一旦フットワークのことを考えられなくなってたんです。だんだんそういうのから我に返った時に、トラックスマンを生で観てすごい楽しかったし、活気づいてきた日本のジュークがとてもおもしろかったから、ジュークのトラックメイカーと知り合えないかなあって、Twitterでボソッとつぶやいたんです。そうしたら日本のジューク・シーンを引っ張っている非常に有能なスポークスマンのD.J.April(Booty Tune)さんから4GBくらいあるジューク・トラックの詰め合わせをDMで送ってもらったんです。どれもすごいカッコイイんだけど、そんななかで〈Boogie Mannってなにこの天才!〉と。しかも自分(の音楽)と相性が良さそうだと思ったんですよ。ただ彼は写真で見る限り、どっかの屋上でグラサンかけて小首かしげちゃってて、もしかしたらすげー付き合いづらい奴かもしれない、僕なんかとちゃんと喋ってくれないかもしれないと(笑)」

【参考音源】Boogie Mannの2012年のEP『Yokohama Midnight Footworkin' EP』
ちなみに旅人氏が↑言及しているBoogie Mann氏の写真とはこのアイコン画像のこと

 

――ハハハ(笑)……と思いきや!?

旅人「恐る恐る連絡を取ってみたら、めっちゃいい人だった(笑)。同時期にSHINKARON(Boogie Mannが所属するクルー)のFRUITYくんからも〈ウチにこういうイイのがいて……〉とBoogie Mannを紹介されて。なのでブギに〈一緒にやらない?〉ってお願いしてみたら、ぜひやりましょうと言ってくれて、トラックをいくつか送ってくれたんです。一聴して素晴らしかったので、そのなかから2曲選んで歌メロを付けて、すぐ送り返しました」

――それが“Future Running”のプロトタイプになったものなんですね。具体的にBoogie Mannさんのトラックのどういうところに惹かれたんですか?

旅人「多様な日本のジュークを聴いているなかで、ブギのようにメロウでソウルフルなスタイルもあるんだと思って。これだったら普通に歌モノもイケるじゃんと。すごく作曲能力が高い人だなという印象を持ったんですよね。サンプリング、エディティングの側面が強いから作曲っていう言葉は適当じゃないかもしれないけど、物事の構成を綺麗にコントロールしてひとつの美しい形にしていくという才能を持ってる人だから、一緒に歌モノのトラックを作ってみたいなと思った。それに実際会ってみると人柄がとてもいいし、顔も好き。癒される。ホッとする感じ(笑)」

――アハハ、そうですよね(笑)。Boogie Mannさんは旅人さんから連絡が来て、どう思われましたか?

Boogie Mann「僕はその一連の流れを見てなかったので、すごいびっくりしました。もちろん七尾旅人というアーティストは知ってたんですけど、あまり意識してなかったというか、僕と何か絡みがあるとはまったく考えなかったんで。だけどトラックスマンが来日した時に旅人さんがギター背負って、帽子被ってフロアにいて。〈七尾旅人、トラックスマン好きなんだ〉みたいな」

【参考動画】トラックスマンの2012年の来日公演の模様

 

旅人「ギター持ってた?」

Boogie Mann「持ってました(笑)」

旅人「なんでギターを……そこにビックリしちゃった。場違いだね、俺(笑)。セッションする気だったのかな……」

Boogie Mann「ハハハ(笑)。それがトラックスマンの時のおもしろさでした。おじさんもいれば七尾旅人もいれば、普段クラブで見かけない人ばっかりだったんですよね。しかもフロアの照明も明るくて、みんなMCしまくりだし。衝撃的でした。まあそれで旅人さんはジュークが好きなのかっていうのは知ってたんですけど、連絡が来た時はただただ驚きましたね」

――それでいきなり一緒にトラックを作るという展開に雪崩込んでいったわけですよね。

Boogie Mann「はい。僕も歌とジュークというのはすごく意識していて、サンプリングのソースもそういうの(歌モノ)が多かったですし。だから旅人さんがそういうふうに言ってくれるのはこの上ない喜びでしたね」

旅人「もともと歌モノ好きな人だよね」

Boogie Mann「そうですね。歌モノをジュークに展開できないかと思っていたので、それを実際に一緒に作る人としてはうってつけだなというか」

旅人「ありがとうございます」

Boogie Mann「(トラックを送って)すぐ付けてくれたメロディーも最高で、実はもう1曲あるんですけど……」

旅人「そうなんだよね」

Boogie Mann「それもすごく良くて、興奮して部屋を歩き回りました」

旅人「歩き回ったの(笑)!?」

――じっとしていられない感じだったと(笑)。