オランダを代表するポップ・マエストロ、ベニー・シングスが11月19日(木)に恵比寿LIQUIDROOM、21日(土)にBillboard Live TOKYOへ登場する。ベニーは4年ぶり5作目となるアルバム『Studio』を引っ提げての再来日で、19日にcero、21日に土岐麻子と、両公演共に日本人アーティストとの嬉しい共演が控えている。過去のステージ同様に、名曲のオンパレードで充実した時間が過ごせそうだ。そこで今回は、自身監修のコンピレーションなどでベニー関連の楽曲を何度も取り上げてきた編集者/選曲家/DJ/プロデューサーの橋本徹(SUBURBIA)氏に、思い入れとサウンドの魅力、キャリアの変遷を当時の記憶と共に語ってもらった。各作品の人気曲も振り返りながら、アーティストとして新たなピークを迎えつつある異才に改めて迫りたい。
 



まずは出会いから。キャリアの初期に発表された2枚、『Champagne People』(2003年)と『I Love You』(2004年)には特に思い入れがあるという。

「やっぱり、 “Champagne People”が大きかったですね。当時、〈Cafe Apres-midi〉のテーマ・ソングみたいになってましたし、〈メロウ・ビーツの歌もの版〉として作った『Mellow Voices: Wonder Love Collection』(2008年)というコンピにも収録しました。2004年に、オランダの名門レーベルであるキンドレッド・スピリッツから『Soul Purpose Is To Move You』というコンピが出て、これはPヴァインから当時日本盤化もされたんですけど、そこにも去年『Free Soul Decade Standard』に収めたベニーの“Unconditional Love”と“Champagne People”が入っていて。グル―ヴィーな前者とメロウな後者が2大人気曲という感じで、特に印象が強いです」
※2000年代のカフェ・ブームの源流となった渋谷の名店。橋本氏がオーナーを務めている

2003年作『Champagne People』収録曲“Champagne People”

 

「『Soul Purpose Is To Move You』にはビルド・アン・アークへヴィ―セオ・パリッシュなども収録されていたし、セカンドの『I Love You』(2004年)はジャザノヴァが主宰するソナー・コレクティヴからリリースされていた。見え方というか文脈的には、最初はクラブ・ジャズ寄りのところから日本では紹介されたわけですよね。出会い方はそういう感じだけど、本人はもっとエヴァーグリーンなポップ・ミュージックを志向している人で。そういう佇まいも当時の僕にはまた良かった。2003~2004年頃までの東京は、ボサノヴァやフレンチなどのカフェ・ミュージックが真っ盛りで、スタイリッシュを追求した渋谷系の総決算みたいな時期だったんだけど、そういう流れが、ビルド・アン・アークが登場したタイミングで変わった印象があるんですよ。そこで間を繋いでくれるようなポジションとして、ベニーが果たした役割はとても大きいと思います」
※現在はロバート・グラスパー・エクスペリメントの一員としても活躍する、ケイシー・ベンジャミンが所属したソウル/ジャズ・ユニット

2003年作『Champagne People』収録曲“Unconditional Love”

 

77年生まれのベニーは、デビュー以前にグランジ・バンドを結成し、ヒップホップに刺激を受けてプログラミングを習得するなど、その世代らしいトレンドも通過している。

ポール・マッカートニーギルバート・オサリヴァン的なメロディー・センス、スティーリー・ダンバート・バカラックに影響を受けたソングライティングは当時のクラブ・ジャズ人脈では貴重な存在だったし、そこに〈現在進行形の音楽〉としてのプラスアルファもあったからこそ、シンガー・ソングライターとして特別な存在になれたのでしょう。彼はマイケル・ジャクソンの『Off The Wall』(79年)とか、マイケル・フランクスボビー・コールドウェルなどのAOR、トッド・ラングレンビリー・プレストン&シリータなどをお気に入りに挙げてますよね。そういう渋谷系~フリー・ソウル以降の日本人のセンスにもわかりやすい趣味も、幅広く人気を得た理由の一つだと思います。その一方で、マッドで進歩的な部分もきちんと併せ持っていて、そういうところも信頼できますよね」

2004年作『I Love You』収録曲“Little Donna”

 

ヒットを記録しながら、ファッションとして消費されることを許さない楽曲のマジックには、改めて聴き返しても感服するばかり。2007年の『Benny… At Home』も、Billboard JAPANが先に企画した〈ベニー・シングス×土岐麻子 オープンレター・プロジェクト〉で土岐がベニーとの共演曲に提案した“Blackberry Street”も収録している人気作だ。本作以降は、ビクターから日本盤がリリースされるようになった。

「その時期から、ベニーはアナログ盤でなくCDで聴くアーティストになったというか。ラジオでも本当によくかかるようになったし、来日のペースも一気に増えましたよね。『Benny… At Home』はベッドルーム・ポップのインドア感と、エヴァーグリーンなセンスのバランスが良くて、やはり大好きでしたね。僕は1曲目の“Coconut”と、『Mellow Voices: Beautifully Human Edition』(2009年)に入れた7曲目の“Over My Head”が特に好きでした」

2007年作『Benny… At Home』収録曲“Coconut”

 

2007年作『Benny… At Home』収録曲“Blackberry Street”

 

2011年の4作目『ART』は、ベニーが自宅スタジオですべての演奏を自分一人で手掛けた意欲作。ダンサブルなビートも目立つ一方で、やはり楽曲のメロウネスが胸に響く。

「あのアルバムで僕の一番好きな“Downstream”という曲が、ベスト盤(2012年の『The Best Of Benny Sings』)に残念ながら収録されてないんですよね。『Free Soul 2010s Urban-Sweet』(2014年)に収めた“All We Do For Love”と並んで、この曲が日本の音楽ファンには一番響くんじゃないかと思っていて。それで後に『Twilight FM 79.4』(2013年)というコンピで使わせてもらいました。この『ART』のように、彼がソロ名義でエッジーなサウンドへの興味を表現するようになるのと並行して、ウィー・ウィル・メイク・イット・ライトスクール・オブ・アーキテクチャーといったプロジェクトが、以前のベニーらしい普遍的なメロディアスでメランコリックなテイストを持つ曲をフォローするようになっていきますよね。ベニーを中心に、ウーター・ヘメルジョヴァンカルース・ヨンカーなどを擁するドックス(Dox)・ファミリーのそういう部分にもとても共感します。最初に素早くコーナーを曲がる人もいれば、あとからゆっくり曲がっていく人だっているはず。一つのコレクティヴとして、その両方を大事にしているのが伝わってきます」

2011年作『ART』収録曲“Downstream”

 

ウィー・ウィル・メイク・イット・ライトの2014年作『House』収録曲“Art”

 

ベニー・シングスはプロデューサーとしても、ウーター・へメルやジョヴァンカなどドックスの仲間たちに加えて、安藤裕子『Japanese Pop』では作曲やアレンジを手掛け、Kan Sanoのファースト・アルバム『2.0.1.1.』にも参加。さらにコンピ『Mellow Beats, Friends & Lovers』(2009年)では、監修/選曲した橋本氏のリクエストでNujabesとジョヴァンカと共にシャーデーの名曲“Kiss Of Life”をカヴァーしている。

「ベニーはアーティスティックで、ウーターはナイスガイって感じ(笑)。でもウーターの最初のアルバム(2007年作『Hamel』)の1曲目“Details”もヘヴィー・プレイしましたね。DJでかけると、〈これなんですか?〉って必ず訊かれて。ベニー周辺の魅力は人懐っこさ。それがラジオ・フレンドリーな資質に繋がっているんじゃないかな。あとはNujabesも温かみのあるトラックを作ってくれて、最高の共演が実現できて、それもすごく思い出深いです」

Nujabesがジョヴァンカとベニー・シングスをフィーチャーした、シャーデーのカヴァー“Kiss Of Life”

 

そして2015年、再来日を前に4年ぶりのニュー・アルバム『Studio』を11月18日にリリースする。ゲスト陣も豪華な同作を引っ提げて、ベニーが〈現在進行形のアーティスト〉としていよいよ帰ってきた。

「新作の素晴らしさにはビックリしました!  アラウンド80sのソウルとかメロウ・ブギーの要素が詰まっているのがこの作品の第一印象ですね。しかも、それがレトロとかリヴァイヴァルとかじゃなくて、楽曲に〈未来感〉があるというか。もちろん、どこかノスタルジックな未来ですが。1曲目の“Straight Lines”から耳を奪われますね」

ニュー・アルバム『Studio』収録曲“Straight Lines”

 

「5曲目の“Beach House”もいいですよね。内省的でメランコリックなメロウ・ミディアム、このベニー節が本当に大好きで。日本で70~80年代にかけてマイケル・フランクスが聴かれたのと同じような感覚で、現代のAORとしていまのリスナーは聴けるはず。ゴールドリンクとコラボした6曲目“You And Me”も、レコード針のノイズが入った温かみのあるトラックと、歌とラップがスムースに溶け合っていて素晴らしい。ヒップホップを通過したサウンドだし、次に『Mellow Beats』コンピを編纂するときがあれば収録したいほどの曲ですね」

ニュー・アルバム『Studio』収録曲、ゴールドリンクとコラボした“You And Me”

 

「かと思えば、7曲目の“Don't Make Me Dance”はドラムが(ポリスの)スチュワート・コープランドみたいで、ギターも80sニューウェイヴ~インディーっぽい。そういうトラックがあるのもベニーらしいですよね。メイヤー・ホーソーンが参加した“Shoebox Money”も泣ける名曲で、彼のファルセットも含めて、〈2010s Urbanブルーアイド・ソウル〉と呼びたくなる出来栄えですね。メイヤー・ホーソーンはまさに現代のブルーアイド・ソウルの申し子だし、最近はタキシードとしてブギーな作風も披露していたりして、彼のキャリアはこの新作とも重なる部分が多い。あとはミックスを担当したステップキッズ。モロにスティーリー・ダンな彼らの曲“The Lottery”は、僕も以前『Free Soul ~ 2010s Urban-Groove』(2014年)にも収録しました。(メイヤー、ステップキッズをリリースする)ストーンズ・スロウとドックスは、西海岸ヒップホップ~クラブ・ミュージックと、ヨーロッパのポップスを担っているイメージがそれぞれあるけど、スティーリー・ダンへの敬愛でも繋がっていて、今回のタッグは相性ピッタリですね」

メイヤー・ホーソーンの2009年作『A Strange Arrangement』収録曲“Make Her Mine”

 

ステップキッズの2013年作『Troubadour』収録曲“The Lottery”

 

「でも今回は、(日本盤ボーナストラックである)ceroとの共作曲“Meet Me Outside”に尽きるんじゃないかとも思いました。ベニーを知らない若いリスナーにとっても、新しい入り口になるんじゃないかな。イントロのエレピからミラクルだし、J・ディラクリス・デイヴ以降のビート感覚を活かした揺らぎ、空間性のある立体的なサウンドとメロウネスと、どこを切っても素晴らしい。両者のメロディーメイカーとしての資質はもちろん、サウンドに対する意識の高さを感じましたね。おそらくこの曲は、僕が『Mellow Voices: Wonder Love Collection』に入れた、ポール・ランドルフの“Believer”を下敷きにしているんじゃないかなと思うけど、こちらのほうがサウンドも現代的だし、メロウネスでも優るとも劣らない。ダビーな処理なども含めた音のトリートメントも最高ですね」

ポール・ランドルフの2007年作『Lonely Eden』収録曲“Believer”

 

ベニーのライヴを何度も観ているという橋本氏によると、「彼が登場するとステージの雰囲気が一気に変わる」という。日本人アーティストとの共演や、最新作のナンバーがいち早く披露されるなど、今回の来日公演はトピック満載。何度目かの充実期を迎えているポップ・マスターの、エンターテインメント性たっぷりなステージをお見逃しなく。

ベニー・シングスの2004年作『I Love You』収録曲“Make A Rainbow”。〈usen for Cafe Apres-midi〉の10周年コンピ『Haven't We Met?』にもエントリーされた、橋本氏いわく〈最後に拍手したくなるような一曲〉

 


 

ベニー・シングス with Special Guest 土岐麻子
日時/会場:11月21日(土) Billboard-Live TOKYO
開場/開演:
1stステージ:17:00/18:00
2ndステージ:20:00/ 開演21:00
料金:サービスエリア/8,000円 カジュアルエリア/6,000円
※公演詳細はこちら

IchigoIchie Join 3 Benny Sings × cero
日時/会場:11月19日(木) 東京・恵比寿LIQUIDROOM
開場/開演:18:00/19:00
料金(税込、1D別):前売り/5,500円、当日/6,000円
※公演詳細はこちら

PROFILE 橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』『Good Mellows』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは280枚を越える。USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。
http://apres-midi.biz
http://music.usen.com/channel/d03/