(左から)ピノキオピー、ピノキオピー MK-2

 

日本の祭を想起させる盛り上げチューン、人間の奥底にある感情を掬い取るようなフォーク・ソング、生きづらさをテーマにしたギター・ロックなど、多彩な楽曲によって支持を得ているピノキオピー。2012年にファースト・アルバム『Obscure Questions』、2014年に2作目『しぼう』を発表しているこの異色のボカロPから、ライヴ・アルバム『祭りだヘイカモン』が届けられた。ボーカロイドの合成音声と彼自身の生声を共存させたスタイル、DJのスクラッチやサンプラーを駆使しながらライヴ用にリアレンジされた楽曲からは、パフォーマーとしてのピノキオピーが生々しく伝わってくる。

ニコニコ動画での再生回数が100万回を突破した“腐れ外道とチョコレゐト”“ありふれたせいかいせいふく”などの代表曲、ファンの間でライヴ・アンセムとして親しまれている“マッシュルームマザー”、そして新曲の“祭りだヘイカモン”“頓珍漢の宴”など、これまでの彼のキャリアが追体験できるセットリストも大きな魅力。今回のインタヴューでは、ライヴ盤『祭りだヘイカモン』を軸にしつつ、彼自身のルーツやこれまでの軌跡についてもたっぷり語ってもらった。

ピノキオピー 祭りだヘイカモン U/M/A/A(2015)


――『祭りだヘイカモン』のジャケットは、映画の手書き看板風のイラスト(作者は1950年代から映画看板を手掛けている紀平昌伸)ですが、すごいインパクトですね。

「アルバムのタイトルにも〈祭り〉という言葉が入ってるし、ちょっと懐かしい雰囲気のジャケットがいいなと思って。こちらから写真を送ったんですけど、結構忠実に描いてもらいましたね。最初はMK-2(マーク・ツー)が被っていた〈ムー〉(オカルト/ミステリー雑誌『月刊ムー』)の帽子もそのまま描かれていたので、そこは直してもらいましたが(笑)。最近は〈古い日本〉みたいなものがテーマになってるんですよね」

※ピノキオピー MK-2、ライヴでDJを担当

――ちょっと懐かしい、昭和をイメージさせるものに興味がある?

「好きですね。〈いい〉とか〈好き〉としか言いようがないんですけど、古い漫画なんかも好きなんですよ。藤子・F・不二雄さんの初期の短編や、つげ義春さんあたり。『ガロ』もそうでしたけど、全体的に暗くて、人間を描いているような漫画ですよね。いま自分がやっていることも、そういうものと結びついているところはあると思います」

――つげ義春の作品や「ガロ」などを読むようになったのは、何がきっかけだったんですか?

「ネットで見つけて知って、興味を持って後追いした感じです。あとはやっぱりナゴムですね。ナゴムレコードに在籍していたアーティストが〈『ガロ』がいい〉みたいなことを言ってるのを見つけて、どういうマンガなのかな?と思って読んでみたんです。最初から〈すごいものだ〉いう思い込みのもとで読んでいました」

――ピノキオピーさんのライヴにも、ナゴムの影響が含まれてますよね。特に人生から初期の電気グルーヴあたりの雰囲気があるなと。

※80年代に活動していた、石野卓球ピエール瀧ら擁する電気グルーヴの前身にあたるバンド

「そうですね、大好きなので影響はあると思います。ただ、僕が聴いていたのもそれだけじゃなく、いちばん最初に好きになったのはスピッツで、いまだによく聴いているし。スピッツのヒット曲とナゴムが結びつかないからもしれないけど、自分のなかでは共存しているんですよね。初期のスピッツはナゴムを参考に〈どれだけ他と違うことをやれるか〉みたいなことを考えていたらしくて」

スピッツの91年のシングル“ヒバリのこころ”

 

――フォーク・ソングも好きなんですよね?

「そうですね。友部正人さんや友川かずきさん、三上寛さんとか。自分がやっているのはDTM寄りの音楽なんですけど、やっぱり歌詞を大事にしたいなと思っていて。普段から曲よりも歌詞を聴くタイプだし、歌詞を書くのも好きなんですよ」

――ピノキオピーさんが人間の深部を描いているのも、70年代のフォークと繋がっているのかも。

「自分の場合は、思っていることをそのまま出すというより、自分ではない人の視点を混ぜて着地させる感じですね。自分の考えが必ずしも正しいとは思っていないし、〈この意見に対して、こういうことを言う人もいるだろうな〉と考えてしまうので。自分の意見だけを書くと、怒られちゃいそうな気がするんですよ。どうしても一方的な意見になるし、好き・嫌いだけで言ってるような感じになるというか。例えば〈パクチーは不味い〉って書いたとしたら、パクチーが好きな人から怒られるんじゃないか、とか。ぼくはパクチー全然好きですけど」

――そんなことまで考慮してたら、行き詰っちゃいそうですけどね。

「そうですね(笑)。だからボカしたり、モヤモヤさせたり、別の言い方に変えたりして。〈自分が好きなもの、おもしろいと思うものはコレ〉というのはハッキリしてるんですけど、それ以外はけっこうフワフワしてるんですよ。他の人の意見も普通に聞きますね。例えば(動画サイトで)放送中に曲を作っていて〈こっちのほうが良くない?〉というコメントが来たら〈あ、そうかも〉と思って採り入れたりしますし、頑なにしないこともあります」

ピノキオピーの2012年作『Obscure Questions』収録曲“好き好き好き好き好き好き好き好き好き”

 

――自分で歌うのではなく、ボーカロイドを使って表現する理由もそのあたりにあるんですか? 自分以外の要素を採り入れるというか。

「さっきの歌詞の話に繋がるんですけど、いろんな視点を入れていくと人間じゃないものの視点も含まれてくるんですよね。ボーカロイドも人間じゃないから、曲を形にするうえですごく合うというか、しっくりきたんですよ。そのことに気付いた時に、ひとりでやるよりも可能性を広げながら曲を形にできるなと思って、ボーカロイドを使うようになりました。以前はうすた京介先生の影響を丸々受けたようなギャグ漫画を描いて投稿していたんですけど、漫画のキャラクターを作るのもボーカロイドを使うことに似てるんですよね。自分じゃないものに表現を託して、喋らせるという。まあそれも後付けで考えたことなんですけど(笑)」

――最初から音楽のスタイルが明確だったわけではなかった?

「まったくなかったですね。ずっとひとりで歌詞を書いたりメロディーを作ったりしていて、自分だけで〈いいじゃん!〉って思っていて。自分と同じように〈いいじゃん!〉と感じてくれる人はいないかなと思っていた時に、ちょうどボーカロイドのシーンと出会ったんです。曲をアップしてみたら意外と聴いてくれる人がいて、嬉しかったです」

ピノキオピーの2014年作『しぼう』収録曲“はじめまして地球人さん”

 

――ピノキオピーさんは動画サイトにイラストも発表していますが、漫画はもう描いてないんですか?

「全然描いてないです。イラストは、動画サイトに投稿するという性格上、描かざるを得ないから描いてる部分が大きいです。自分の好きなキャラクターを自分の絵柄で描くファン・アートみたいなこともほとんどやったことがないし。とはいえ絵を描くのも最近はそれなりに楽しいんですが、いまは音楽のほうがより楽しんでやれていますね。もともと息抜きで曲を作っていたようなところもあるし、その感覚はいまも同じなんです。もちろん〈作らなきゃ〉という感じも増えてるんだけど、やってるうちにテンションがだんだん上がってくるので。あと、漫画は描きはじめてから読者に伝わるまで時間がかかりますよね。音楽も時間がかかるけど、漫画よりは早いので」

――ユーザーと直で対面できるという意味ではライヴも大事だし、ピノキオピーさんがライヴ・アルバムをリリースする意図にも繋がってきそうですね。このタイミングでライヴ盤を発表した理由を改めて聞かせてもらえますか?

「ライヴはDJスタイルでやってるんですけど、〈全然ライヴっぽく見えない〉とか〈何をやってるのかよくわからない〉と思われていそうだったのと、お客さんのことを考えても、ライヴの中身が見えなかったら会場に来る気にもならないだろうなと思ったし、まずはパフォーマンスをパッケージした作品を出してみようと。自己紹介的な感じですね」

“祭りだヘイカモン”ライヴ映像

 

――DJスタイルを選んだのはどうしてですか? ピノキオピーさんの音楽性を考えると、バンドという選択肢もあったような気がするんですが。

「それはちょっとありましたね。周り(のボカロP)もバンドを始める人が結構多くて、楽しそうだったし。でも、バンドでやるためには人が必要じゃないですか。今後、一緒にやろうと思えるメンツを探すのも難しくて……。たとえばボカロPの人たちは作詞・作曲を自分でやる人がほとんどだし、我が強いと思うんですね。そういう人たちとバンドをやったらエライことになるだろうなと。かと言って、演奏する人たちの知り合いがいるわけでもないし」

――プレイヤーを揃えるにしても、ピノキオピーの世界観を共有できないと難しいですからね。

「そうですね。言わずとも通じるというか……。それがMK-2さんだったということだと思います」

――なるほど。ライヴ活動に力を入れるようになったのは、ここ1~2年ですよね。

「そうですね。最初はまったくライヴをやる気がなかったし、人前に出ようとも思ってなかったので。ただ、少しずつステージを重ねていると聴いてくれる人も増えてくるし、それ自体がいいものだとわかってきて。そのうちに、これをもっと発展させられないかなと思うようになったんです」

――ピノキオピーさんにとって、ライヴの魅力は?

「ずっと動画サイトに音源をアップしてきたんですけど、ユーザーの反応は数字と文字(動画再生回数とコメント)だけなので、そこまで〈聴いてもらってる〉という実感が湧いてなくて。即売会でCDを販売する時は少し実感が湧きますけど、リアルタイムで自分の曲を楽しんでくれる人を見たのはライヴが初めてだったんです。自分自身はあまりライヴに足を運ぶタイプじゃなかったんですけどね、人混みが好きじゃないので(笑)。本当に好きなアーティストのライヴに要所要所で行くくらいで」

――ステージを重ねることで、いろいろと発見もあったのでは?

「ありますね。ライヴに来てくれるのは男の人が多いんですよ。〈ウオー!〉という声が上がるのもおもしろいなと(笑)。そういうこともライヴをやらないとわからないですからね」

――楽曲の制作にも影響がありそうですね。

「はい。ライヴだと長尺の曲でどんどん昂揚していくこともあるし、そこから生まれるノリがあるんだとわかってきて。そこは曲を作る時点から意識するようになっていますね。例えば、お客さんが聴いている時に〈次はこういう展開が来る〉ということを予感させるようなフレーズを入れたり。前はもっと適当というか、間奏は2小節くらいでいいや、みたいな感じだったんですけど(笑)、間奏を引っ張ったほうが盛り上がったりしますからね。今回のアルバムに収録されているのは昔の曲が多いんですが、だいぶアレンジを変えていて。なかにはいちからほぼ全部変えているものもあります」

――アルバムの音源とライヴの決定的な違いは、ボーカロイドの合成音声とピノキオピーさんの生声を混ぜていることだと思いますが、このスタイルはどのようにして生まれたんですか?

「最初はボーカロイドだけでやってたんですけど、それだとそこに人がいる感じというか、ライヴ感が出なくて。もっと臨場感を出すためにはどうしたらいいだろう?と考えていた時に、〈そうだ、もういっそ自分で声を出してみよう〉と思ったんですよね、あたりまえのことなんですけど(笑)。もともとボーカロイドが歌っているところを抜いて、そこに自分の声を入れてみようと。そうすれば掛け合いみたいになって、ノリが出ると思ったんですけど……まあ、徐々にいまの形になったという感じですね」

『祭りだヘイカモン』トレイラー映像

 

――もともとは〈ライヴでノリを出す〉というシンプルな動機だったと。でも、自分がステージで歌うことになるとは思っていなかったのでは?

「想定してなかったですね。前に出たくないからボーカロイドを使いはじめたところもあるので。ただ、やってみるとおもしろかったんですよね。〈イエー!〉とか〈調子どうすか?〉って言うと、反応が返ってくるんですよ。最初は、無視されるだろうなと思っていたから(笑)、コール&レスポンスができること自体が楽しくて。お客さんがすごい笑ってくれてるのも嬉しいし、自分もテンションが上がりますからね、自然と。今回のDVD(限定盤のみ)に入ってるライヴ映像を観ても、自分を観て〈この人、テンション高いな〉と思うんで(笑)」

――ピノキオピーさん、煽りもラップも上手いですよね。

「そんなことないです! ライヴの音源を確認しても反省点ばかりなので」

――まだまだ課題もある、と。

「ありますね。いまの課題は〈聴き取りづらい〉ということですかね。ボーカロイドは滑舌が良くないんですよ。慣れると聴けるんだけど、初めてライヴで聴く人にはわかりにくいと思います。あと、声を増やしたいとも思っていて。いまはボーカロイドと自分の声以外にSofTalkで作ってる音声も入れてるんですけど、全部等価値なんですよね、自分のなかでは。でも初めの頃と比べたらかなり良くなったし、洗練されてきていると思います。〈ここでコレをやったら盛り上がる〉といった段取りみたいなことを徐々にできるようになっているし、ステージでやれることも増えているので」

――ライヴをするなかで進化した曲もありますか?

「ありますね。実際にライヴでやってみて、お客さんが声を出しやすいんだな、とか反応しやすいんだ、ということがわかるというか。“マッシュルームマザー”のサビも〈うわ、みんな歌うじゃん!〉ってびっくりしました。“アイマイナ”もそうですね。作った時はエレクトロニカのイメージだったし、ライヴ向けじゃないと思っていたんですけど、同じ言葉を繰り返すことでノリが作れることに気付いて。あとは“ぼくも屑だから”ですね。最初は同人CD用に打ち込みの曲でも作ってみようかな、という軽い感じだったんです。でもライヴでやってみるとサビで叫ぶところがわりと映えることを発見しました。逆に“腐れ外道とチョコレゐト”はすごくたくさん聴いてもらってる曲なんですけど(ニコニコ動画の再生回数は150万回以上)、ちょっとリズムが速すぎてノリが掴みづらかったりします」

2014年の楽曲“アイマイナ”

 

――アルバムのタイトル曲“祭りだヘイカモン”も当然、ライヴを意識した曲ですよね?

「まず、夏頃にTシャツを作ろうという話があって。家紋のデザインがほぼ出来上がった頃に〈このTシャツのテーマソングを作らない?〉ってことになったんですよ。その曲を入れたCDとTシャツを一緒に売ればいいんじゃないかと。もともと〈ライヴ=祭〉というテーマもあったので、タイトルもコレに決まって。成り行きですね(笑)」

――来年には全国ツアーを行うことですし、『祭りだヘイカモン』のリリースをきっかけに、ライヴに対するモチヴェーションはさらに上がっていきそうですね。

「そうですね。新曲も結構作っていますし、このアルバムに入っていない曲もライヴ用にアレンジし直しています。まずは筋トレをして、もっと体力を付けないとダメですね。もう、すぐ疲れちゃうんですよ。『祭りだヘイカモン』を収録したライヴ(2015年10月6日に東京・渋谷clubasiaで開催)はアルバム収録分のみのセットリストだったから、80分くらいだったんです。これで2時間のライヴをやったらどうなるんだろうって――DTMばっかりやってるから身体が動かないんですよね(笑)。ただ、以前のライヴよりは形になってると思うし、カッチリしたパフォーマンスを見せられると思います」

――ピノキオピーとしての現時点での目標は?

「最終的な目標はNHKの〈紅白歌合戦〉ですね! やっぱり国民的な番組だし、めでたいじゃないですか!」