COLUMN

大滝詠一、32年ぶりの〈ニュー・アルバム〉―永遠の別れを告げたはずの彼から届いた便りを契機にその旅路を振り返る

【PEOPLE TREE】大滝詠一 Pt.1

自身のルーツを丹念に掘り起こしながら、独自性の探究と〈お遊び〉を繰り返した70年代。触れれば彼とわかる〈ナイアガラ・サウンド〉を完成させ、ジャパニーズ・ポップスの金字塔を打ち立てた80年代。沈黙の続いた90年代、2000年代……そして2013年冬。〈十二月の旅人〉が北へと還ったあの日から2年以上の時を経て、永遠の別れを告げたはずの彼から便りが届いた。32年ぶりの〈ニュー・アルバム〉を契機に、その旅路を振り返る

 

 72年のファースト・アルバム『大瀧詠一』やはっぴいえんどの3枚目『HAPPY END』(73年)が出た頃の大滝詠一は、極端にトガったアーティストというイメージだった。近所の、キャロルのファンになったばかりのヤンキーの友人に『HAPPY END』の“田舎道”を聴かせたところ、「何? この変わったヴォーカル?」と何かをキメたようにヒャヒャヒャと笑い出して、止まらなくなった。その友人は後に米国に遊び留学し、密輸なども手掛けた強者だったが、そんな肉体派、モテ派ロック男子の耳に大滝ヴォーカルの響き方が相当にエキセントリックだったことは知っておいていい。まず、符割りが極端に変わっている。日本語の響きを分断することを楽しんでいる。最近は『A LONG VACATION』以後の落ち着いたイメージが先行されているためかあまり言われないが、ひと口に〈ヘン〉だったのだ。呼吸の入れ方や独特の強弱を含み、ファーストの“びんぼう”や“五月雨”のような曲では〈挙動不審〉的な受けとめられ方もしたということだ。それほど当時の歌謡曲における日本語の歌唱法は判で押したものだった。そんな常識をたった一人でブチ壊しにかかった大滝が、保守本流の渡哲也(出演のCMソング)や森進一の曲を10年後に書くことになろうとは、誰一人思ってなかった。

 そんな大滝の作品で、当時もっとも人気のあった曲は叙情的な作品だった。70年の『はっぴいえんど』――通称〈ゆでめん〉収録の“かくれんぼ”は、漫画誌「ガロ」のつげ義春林静一の世界そのもの、モノクロームで日本的な心象風景。米国のシンガー・ソングライターのような“朝”の世界は、乾いた抒情。同じアルバムで、見事な好対照を成していた。湿も乾もいけるな? スゲエ奴――という感じだ。

 ソロ活動において、こうした叙情的な曲への期待が高まるのは当然だった。大滝もそれには敏感だったようで、“乱れ髪”“水彩画の町”という二大バラードによって応え、ファンは溜飲を下げたのである。しかし、それで落ち着くわけはないのが、大滝詠一なのだ。少しさかのぼってみても、はっぴいえんどの〈ゆでめん〉は反体制的な歌詞を含む〈69年仕様〉、次の『風街ろまん』はそうしたカウンター・カルチャーを一切捨てて〈です・ます〉調の詞を主眼にした〈シティー仕様〉と、70年代前半までのはっぴいえんど一派は〈どうファンを裏切っていくか?〉が主眼だった。金太郎飴のように音楽性の傾向が変わらない活動をするアーティストがほとんどとなった21世紀には考えられないことであるが、70年代前半までは世界的に、アーティストはアルバムごとに変化することが命題だった。ボブ・ディランビートルズの影響が大きい。

 

〈トンガリ〉の極北へ

 はっぴいえんどでは見せなかったオールディーズへの傾倒を見せたファースト・アルバム『大瀧詠一』で大滝は大きな変身を遂げ、大勢のファンは喝采をあげた。リトル・エヴァの〈ロコ・モーション〉他にトリビュートした“恋の汽車ポッポ第二部”や、ラジオ・ヴォイスでわざと聴き取りにくくしている“いかすぜ! この恋”にもはっぴいえんどファンは食いついた。〈ものすげぇトガってるぅ!〉という感想。〈トンガリキッズ〉という言葉が流行るのは10年以上後だが、すでにこの頃、ニューウェイヴ的なトンガリを先取りしていたのが大滝だった。そうした反応を踏まえて大成功したのがCMソングの“Cider '73”であり、お茶の間が大滝の変わった声を受け入れた瞬間であった。

 エッジの立った世界をヒタ走る大滝について語られにくいのは、ドラマー(志向)であったこと。本人も小節数を数えるのに苦労するほど複雑な『風街ろまん』の“抱きしめたい”のイントロや、“颱風”の和風なドラミングなどは面目躍如の発想だろう。ファーストの“びんぼう”はその頃、ファンクに凝っていたという大滝を物語る最大の例。「スライ&ザ・ファミリー・ ストーンの『Fresh』はすごい!」と言っていたと聞けば、彼のイメージを改める人もいるだろう。『ライブ!! はっぴいえんど』 の最後に収録されている“春よ来い”も驚きのファンク編曲になっているが、現場にいた鈴木慶一によれば、大滝がパターンを指定し、松本隆に伝えていたというから、大滝の先取り志向がわかるだろう。

 トンガっていてアグレッシヴ、ファンキー――それが70年代前半までの大滝の姿だ。それは75年、自身のレーベル、ナイアガラからの初アルバム『NIAGARA MOON』で頂点を迎える。異次元のセカンドライン・リズム“ハンド・クラッピング・ルンバ”、超高速メレンゲの“恋はメレンゲ”、バディ・ホリーにオマージュし、ブライアン・フェリーが決して思い浮かぶことのない流麗なロックンロール“シャックリ・ママさん”など、リズムの実験の嵐だった。自身が「メロディー・タイプの曲を排し、ノヴェルティー・タイプに徹した」と宣言したこの盤も、はっぴいえんどファンから大歓迎された。しかし“乱れ髪”のような美メロ曲がここで断裂した影響は、実は残った。例えば、大滝よりもひと足先に大衆に受け入れられた山下達郎に美メロが収録されてない盤があるだろうか? 答えは……ない。70年代中期までと違い、コンスタンスな内容のアルバム作りがアーティスト活動保全の条件となったのが80年代。70年代後期にそれは始まっていたが、まだはっきりとした形にはなっていなかった。大滝はまるでデヴィッド・ボウイのようにトンガリの極北とアーティスト生命の危機に立っていたのである。

 

ふたたび叙情へと向かった歌

 自身のラジオ番組名を冠した次作『GO! GO! NIAGARA』は賛否両論分かれる作品だ。ラジオ番組をそのままレコードにするというアイデアはトガってはいた。しかし、楽曲そのものは非常に良く出来ていても、前作までの〈トガった〉という印象はない。“こいの滝渡り”といったノヴェルティー曲で穏やかな微笑は見えても、人を逆撫でするような刺激はない。歴史的に見れば大滝はその前の『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』の“ナイアガラ音頭”でトンガリの究極の実験をし、以後、音頭ものとCM以外ではトガることを止めてしまった。大滝といえば〈先進的でカッコイイ!〉と支持した層が離れて当然だったのだ。

 そして彼の歌は、身体の芯から発せられる叙情に向かった。それを包んだのが、フィル・スペクターにオマージュした大滝流〈ウォール・オブ・サウンド〉だった。『GO! GO! NIAGARA』がブレイクに向けたウォール・オブ・サウンド実験作であることはついぞ語られなかったが、“今宵こそ”や“こんな時、あの娘がいてくれたらナァ”といったバラードが『A LONG VACATION』へのプロトタイプとなる叙情曲になっていることは留意されていい。問題は、前述したような初期の醒めた叙情曲の持ち味が『NIAGARA MOON』を挿んで断裂してしまったことだ。そのため、はっぴいえんどのデビュー以来一貫して支持するファンが、ここで入れ替わってしまった。

 77年、『NIAGARA CALENDAR』の“青空のように”で、のちに“君は天然色”を生む大滝流ウォール・オブ・サウンドはいったん完成する。大滝家で出来たばかりの“青空のように”を聴かせてくれた大滝さんの、自信満々な横顔が忘れられない。アルバムは、全体にヴォーカルのレヴェルも上がり、いよいよヴォーカリストとして真っ向から勝負する大滝の姿が完成しつつあった。現在のみなさんが知っている〈温かく包容力のあるシンガー・ソングライター〉大滝詠一の誕生である。

 〈ゆでめん〉から8年弱。トガった奇嬌なアーティストは、真っ向からバラードを歌うシンガーに変わった。短いようで何と多様な道のりだっただろうか? ボブ・ディランの60年代が千変万化だったように、大滝詠一の70年代の変遷もすごい。デヴィッド・ボウイのようには語られないが、日本のロックを向こうにまわした奮戦譚は、彼の音楽を理解するうえでひどく有効だ。しかし残念なことに、このころ、第1期ナイアガラ・レーベルは終焉を迎えつつあった。大滝詠一のトンガりも消滅したのか? いや、そんなことはなかった。『LET'S ONDO AGAIN』はスタジオを見学に行った伊藤銀次をして「大滝さんがいよいよ気が狂った」と言わしめたほど、いままでにない実験作だった。全編地獄のように音頭~和物づくしのそのアルバムは、ピーター・バラカンその他に熱狂的に支持されて現在でこそ再注目されているが、当時の出荷枚数は300枚とも言われ、まさにファンを継続することの踏み絵となった一枚だ。そうした影のある〈VACATION〉を経て不死鳥のように生まれたのが、直情的なバラードを多数含んだ大傑作『A LONG VACATION』だ。そのサウンドの秘密は、70年代の道のりの中に散りばめられている。

ニュー・アルバム『DEBUT AGAIN』ダイジェスト
 

【PEOPLE TREE】大滝詠一
★Pt.2 ディスクガイド〈大滝詠一を知るための10枚〉、コラム〈ナイアガラ・サウンドの原典〉はこちら
★Pt.3 ディスクガイド〈耳で聴いたピープル・トゥリー〉、コラム〈オマージュから見る大滝詠一の残したイメージ〉〈作家としても眩いスポットを浴びた〈ロンバケ〉以降の大滝詠一〉はこちら
★Pt.4 新作『DEBUT AGAIN』のコラムはこちら

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