INTERVIEW

TREKKIE TRAXの勢いは止まらない! US侵攻、アジア開拓……規模を拡大して成長続けるレーベルのこれまでとこれから

(左から)andrew、futatsuki、Carpainter
 

いまもっとも勢いのある日本のネット・レーベル……いや、もはやネット・レーベルの枠を超えた活動で国内外で注目を集めるTREKKIE TRAX。以前、Maltinetomadによる連載〈Lost Decade Education〉で、Maltineから作品をリリースしているGrimecraftが来日したタイミングで彼と共に登場してくれたSeimei(現在サンフランシスコ在住)に、futatsukiandrew、Seimeiの実弟であるCarpainterTaimei)、HALOiDbankを中心に2012年に発足したTREKKIE TRAXは、〈未成年〉を旗印に当時の彼らと同世代の若い才能を輩出してきた。

Seimei & Taimei名義の兄弟ユニットやCarpainterを筆頭に、フューチャー・ベース、ダブステップ、UKガラージトラップなどなど、フレッシュな勢いに満ちたベース・ミュージックを数多くリリース。その一方で、東京・渋谷のLOUNGE NEOを中心にデイタイムを含むパーティーを精力的に行って着実に名前を広めてきた。さらにSeimeiのアメリカでの活動が功を奏して、昨年発表のMasayoshi Iimori『Break It EP』をきっかけにかの地でも認知が高まったほか、韓国・中国を皮切りにアジアへも目を向けはじめて……と、とにかくトピックが尽きない存在である。

今回は、3月にCDでもリリースしたTREKKIE TRAXのベスト盤『TREKKIE TRAX THE BEST 2012 - 2015』を機に、レーベルの運営を担うfutatsuki、andrew、CarpainterにTREKKIE TRAXのこれまでと今後の野望について話を訊いた。

VARIOUS ARTISTS TREKKIE TRAX THE BEST 2012-2015 TREKKIE TRAX(2016)

TREKKIE TRAXの誕生
未成年が真面目にダンス・ミュージックをやる

――TREKKIE TRAXが発足したのは2012年5月ということですが、そこに至るまでの経緯を教えてもらえますか?

andrew「僕らが2011年に出会うきっかけになった〈U-20(アンダー・トゥエンティー)〉という10代限定のパーティーを開催していたAKIHABARA85というクラブが閉店することになって。でも引き続きこういう〈U-20〉のような活動はしたいと思っていたんです。〈U-20〉がなくなって、僕らもそのまま音楽活動をしなくなってしまうような気がしていたこともあって。その頃にbankが〈最近ネット・レーベルが流行ってない?〉という話をしていて、だったらレーベルのごっこ遊びじゃないけど、俺らもやってみようということになったんです。最初は〈bank records〉になりそうだったんですけど(笑)、bankが映画好きで、〈スタートレック〉のオタクのことを〈トレッキー〉って言うらしいよというのをきっかけに、俺らは音楽のオタクだから〈TREKKIE TRAX〉でいいじゃんと。それでみんなでトラックを集めて、最初のコンピ『TREKKIE TRAX 01』を出したんです」

2012年のコンピ『TREKKIE TRAX 01』
 

――最初は自分たちの作品をリリースすることが目的?

futatsuki「そうですね。いまみたいな感じではなく……それも想定していたかもしれないですけど、andrewは曲を作りはじめたくらいの時期で、Carpainterも作ってはいたんですけど、〈謎のSeimeiの弟〉くらいのポジションで(笑)。当時はそんなに知り合いでもなかったから」

Carpainter「僕はみんなよりも年下だから……。当時17歳くらいで、部活もあったから現場にはそんなに行けなくて。なのでSeimeiがDJをやる時に僕の曲をかけて〈このトラックは弟が作ったんだ〉っていうと〈そんな奴本当にいるの?〉って(笑)」

――TREKKIE TRAXを立ち上げた頃のヴィジョンというのは、〈未成年〉ということ以外に何かあったんですか?

futatsuki「とりあえず曲を出そうくらい」

Carpainter「Maltineのスタイルを参考にして」

andrew「最初にMaltineのパーティー〈歌舞伎町マルチネフューチャーパーク〉でデモを配らせてもらったんですよね。22時スタートのイヴェントで、僕らは当時まだ未成年だったから、tomadさんのご厚意で〈24時までだったら配っていいよ〉と言ってもらえて。なので歌舞伎町のど真ん中でCDを焼きまくった(笑)」

――突貫な感じで(笑)。やっぱりMaltineの存在は大きいんですね。

futatsuki「tomadさんに初めて会ったのはトレッキーを始める前だったんですが、とあるパーティーで知り合いに紹介してもらって、〈この人が神様か!〉というテンションで(笑)。〈僕、DJしたいんですけどどうしたらいいですか?〉って訊いたら、〈機材買って〉って言われて終わり、みたいな(笑)」

――ハハハハ(笑)。

futatsuki「でもMaltineを参考にするといっても音楽(の方向性)ではなく、レーベル運営の面で、最初の1~2年はモデルとしていただけですけどね」

andrew「最初の頃は、アニソンのリミックスとかは出さないようにしようというのは言ってましたね(笑)」

futatsuki「当時MaltineやALTEMA RECORDSがアニソンのリミックスを出していて、僕ももちろん影響を受けてるんですけど、そこを通らないネット・レーベルは日本にあんまりなかったんです。TREKKIE TRAXを立ち上げたのは、ネット・レーベルが乱立して、それが淘汰されていった後なんですが、その頃に残っていたのはMaltineとALTEMA、Marginal Rec.くらいしかなくて、アニソン・コンピとかを作っていたレーベルはもうなくなっていたような記憶がある。そういう流れがあったから、僕たちは他との差別化を意識していたんだと思います」

andrew「正統なダンス・ミュージックのレーベルを作ろうという気持ちは最初からありましたね」

futatsuki「あと〈未成年〉というルールはありました。僕たちが〈U-20〉出身で、その時は僕以外のメンバー全員が未成年だったんですよ。なので、未成年というのはめっちゃ掲げていました」

Carpainter「SoundCloudで良さそうなトラックメイカーを見つけて、〈あ、19(歳)だ! 出す?〉みたいな(笑)」

futatsuki「そんな感じだった(笑)。そこも他のレーベルと違う、というのを意識していたと思います。〈未成年が真面目にダンス・ミュージックをやる〉みたいな」

 

Seimei & Taimeiのブレイクからクルーでの活動
渋谷のベース・ミュージック・シーン隆盛の中心に

futatsuki「2012年にトレッキーを発足した当時、俺ら、すっごいクラブに行ってたんですよ」

andrew「平日の渋谷MODULE(すでに閉店)に特によく行っていて、そこでLEF!!! CREW!!!Licaxxxに出会った」

futatsukiPART2STYLEと出会ったのもたぶんそこだった。現場でSeimeiがそういう方たちに挨拶していって、KAN TAKAHIKOさんにデモを渡したらBlock.fmでかけてくれたり」

andrew「Block.fmは大きいですね。SeimeiとCarpainterと僕で〈Rewind!!!〉という番組をBlock.fmでやっているんですが、最初、2012年末くらいにKAN TAKAHIKOさんがBlock.fmの番組内でSeimei & Taimeiの2枚目のEP(2012年の『This Is NEOSTEP』)に収録している“Everlasting”をかけてくれたんです。その後にSeimeiが〈横浜にダブステップを作ってる子がいる〉ということでゲストに出させてもらったり。それで、☆Taku Takahashiさんもかけてくれたらいいよね……という話をしてたら、“Everlasting”を〈TCY Radio〉でかけてくれたんです。そこから1年後くらい(2013年)に番組を持たせてもらうことになった」

futatsuki「2012年後半から2013年中はとにかくクラブに行きまくっていて、Seimei & Taimeiに勢いがあって、リリースも好調で、Block.fmでもかかって……と、そこがTREKKIE TRAX第1期の波が来た時でした。でもそれはTREKKIE TRAXというよりはSeimei & Taimeiに来ていた感じで。〈Seimei & Taimeiが所属してるレーベルはTREKKIE TRAXっていうんだ、へえ〉くらいの。その頃のトレッキーはSeimei & Taimeiがいろんなところに呼ばれるようになったこともあって、ダブステップのイメージがあったと思う」

andrew「第2期になってくると、TREKKIE TRAXクルーの時代に入る(笑)。LEF!!! CREW!!!と仲良くなって、遠征にも一緒に行ったりするようになるんですけど、2013年9月の〈TOYOTA ROCK FESTIVAL〉に1枠入れてもらえることになって、それでクルー・セットでバック・トゥ・バックをやったんです。みんなでダブステップをかけまくって、最後にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンをかけたりとか、めちゃくちゃなことをやったんですけど(笑)、その時の模様を動画でアップしたらすごくバズって。それをきっかけにクルー・セットでいろんなところに呼ばれるようになった」

futatsuki「2014年の2月にSeiho&オベイ・シティのジャパン・ツアーがあって、東京公演の代官山UNITでHyperJuiceとLEF!!! CREW!!!と僕らでサウンド・クラッシュをすることになったり」

Seiho&オベイ・シティ公演時のTREKKIE TRAXサウンド・クラッシュの模様
 

andrew「Seimeiがアメリカへ行った直後だったので、TREKKIE TRAXクルーをどうしていくかについて話し合ったりもしたんですけどね。でもその時のサウンド・クラッシュの動画がまたバズって、NATURE DANGER GANGと一緒にパーティーに出るようになったり。クルー・セットではダブステップばっかりやっていたんですけど、一方でリリース作品はそれとは完全に分離していましたね」

――レーベルというよりもDJクルーの印象が強かった?

futatsuki「そうですね、DJの割合が大きかったと思います」

TREKKIE TRAX CREWの2014年のパフォーマンス映像
 

――現場で名前を広めるほうが優先だったというか

andrew「結局、俺らはパーティーがベースにあるから」

futatsuki「そうそう。2014年中は完全にパーティー中心でしたね。クルーでの活動もそうですけど、TREKKIE TRAXのパーティーも月1回くらいは渋谷のLOUNGE NEOを中心にやっていたし。同じ頃にHyperJuiceやPa’s Lam Systemも出てきたこともあって、いまの渋谷周辺のシーンがガッと盛り上がりましたね」

――TREKKIE TRAXといえばデイタイムのパーティーというイメージがあります。

andrew「2013年の終わりに〈BASS GORILLA〉というパーティーをPART2STYLEにHyperJuice、俺らっていうメンツでLOUNGE NEOでやって、そこからNEOで爆発的に盛り上がるデイタイムのパーティーが始まったんです」

2013年の〈BASS GORILLA〉でのHyperJuiceによるパフォーマンス映像
 

futatsuki「そのあたりで渋谷にベース・ミュージックの流れが来たと思う。2013年の夏にTREKKIE TRAXが初めてLOUNGE NEOでパーティーをした時は、たぶんいまっぽいベース・ミュージックのパーティーはなかったんですよ」

 

リリース作品と現場の活動のリンク
AMUNOAとMasayoshi Iimoriでトレッキーを変える

――2014年くらいまではリリース作品と現場での活動は別物だったということでしたが、リリース作品についてはどのように考えてやっていたんですか?

futatsuki「デモはものすごくいっぱい来るんですけど、そこから選ぶことはまずないですね。まあいくつかはありますけど、基本的には現場で知り合ったり、友達の紹介がメインです」

――やはり現場で顔を合わせてから判断する、みたいな。

futatsuki「それは僕たちが現場主義だからだと思います。現場に来て、現場でやってナンボだし」

――そこも理念は一貫しているんですね。そして、ついに現場での活動とリリースがリンクする時がやってくるんですよね?

futatsuki「2014年12月にリリースしたAMUNOA(『Cinderella Song EP』)がキーになっているんですけど、その頃からリリースする曲を現場でかけるようになったんですよね。リリースするものがBPMでいうと140くらいのものが多くなってきて、クルーのDJセットでも流せるようなものが増えてきた。その起点がAMUNOAくんやMasayoshi Iimori。現場で未発表のトラックをかけて、その後にリリースするという流れが出来た。僕らのクルー・セットはその実験台というか。お客さんも付いてるし、現場も多かったから、自分たちのレーベルの曲を流さない手はないよねと。そこでレーベルと現場が結び付いたんです」

――現場でかけて感触の良かったものをリリースする、みたいな?

futatsuki「それもありますし、身の回りの曲をもっとかけるようになった感じですかね。すでにリリース済の曲や、周辺のトラックメイカーからもらったデモをかけたりとか」

andrew「もともとダブプレート文化みたいなのに憧れもあったし(笑)」

futatsuki「それはあった。僕たちにしかかけられない曲、みたいな」

andrew「あとはダブステップが落ち着いてきて、僕たちも飽きてきちゃったというのもあったから、自然と周りの曲を流すようになったというか」

futatsuki「たぶん、同時期に身の回りの曲のレヴェルも上がったんですよね。2014年の終わりくらいから、Block.fmで番組をやっていたこともあって、送られてくるものの質が上がってきた。それがどんどん現場に投下されるようになった感じですね」

――やっぱり自分たちでラジオ番組を持っているというのは大きいんですね。

andrew「デカイですね。ラジオのタイミングにリリースを被せるようにしたりとか、(リリースにあたっての)ペース配分ができるようになったし」

futatsuki「Masayoshi IimoriのファーストEP(『Break It EP』)は2015年の1月に出したんですけど、その前の年の〈OUTLOOK FESTIVAL〉とか、リリースの半年前くらいから彼のトラックを現場でいっぱいかけていたんです。あと僕らはTwitterでリリース前から物凄く〈Masayoshi Iimori〉とつぶやき続けた。これは現場を通じて、またインターネットを通じて曲をどうバズらせるかというのを意識した動きで。プロモーションのやり方が何となくわかってきた感じですね」

――それがバッチリ功を奏したわけですね。ちなみにMasayoshi Iimoriさんはどういった流れでリリースすることになったんですか?

andrew「SeimeiがSoundCloudで見つけたんです。彼が、アメリカではトラップしかかけられないといった話をしていたんですが、〈トラップ作るカッコイイ日本人がいる! こいつ出したい!〉って。でもマサヨシがこんなにバズるとは思ってなかった」

futatsuki「僕らにとってはいつものリリースくらいの感じで思ってはいたんですけど、その前のAMUNOAくんとマサヨシでレーベルを変えようというのはありました。マサヨシのトラップを出してTREKKIE TRAXを変えるぞ、みたいな」

andrew「USのシーンと上手くリンクできたのも良かったと思います。Seimeiの向こうでの活動もあったし」

futatsuki「SeimeiがサンフランシスコでGrimecraftと出会ったのがターニングポイントになって、2014年の末くらいから向こうのクラブに行くようになったので友達が増えた。そういうタイミングでマサヨシのリリースがあって、Seimeiがその友達に〈僕たちのレーベルからリリースするから聴いてくれ〉と音源を配ったら、〈こいつヤベェじゃん〉という反応があったんです」

※GrimecraftとSeimei、tomadの鼎談記事でもこの件について触れられています

 

TREKKIE TRAXの海外戦略 ~US進攻からアジア開拓~
アジアでまとまってUSを倒す!

――昨年あたりからUKのmatra magicやUSのCola Splashなど海外のアーティストの作品も手掛けるようになりましたが、これもSeimeiさんのアメリカでの活動が関係しているんですか?

futatsuki「Maltineは西海岸で人気があるので、Seimeiがあっちで〈俺、日本から来たんだ〉っていうと、〈ユーはMaltine知ってる?〉とよく言われているみたいなんです。Maltineからリリースしたいトラックメイカーがいっぱいいて、デモを送ったりしているみたいで……とはいえ全員が出せるわけではないから、なかには〈ウチで出しなよ〉みたいなものもあったり。Seimeiがインターネット上では見えなかったアメリカでのシーンの動きを報告してくれるようになったことで、開けたんですよね。あと、Masayoshi IimoriのEPをリリースして以降、海外のメディアで紹介されるようになったこともあって、レーベルとしては日本だけに向けてやっても仕方ないと思うようになった」

 matra magicの2015年のEP『Synthetics EP』
 

Cola Splashの2015年のEP『Cola Splash』
 

――やはりMasayoshi Iimoriさんはいまアメリカを攻めるにあたってはだいぶストライクな存在ですよね。昨年末に行われたアメリカでのツアーも盛況だったようですし。

futatsuki「そうみたいですね、全公演満員で。それまではレーベル的な戦略というのは正直なくて、身の回りの(未成年のトラックメイカーの)曲を出していただけなんですけど、そういった流れから〈日本の楽曲を世界に発信しよう〉という意識を持つようになったんです。だからどうアメリカでバズらせて、TREKKIE TRAXを有名にするかを考えるようになって――僕とSeimeiのなかでは〈アメリカ攻めるぜ〉というテンションでした」

――その一方で、韓国のZEKK(ゼック)や中国のCONRANK(コンランク)といったアジアのトラックメイカーをリリースしたり、Carpainterさんが韓国・中国でツアーをしたりと、新しい動きも気になります。

futatsuki「僕らより下の世代の日韓のトラックメイカー同士がTwitter上で繋がっていたんです。ちょうどフューチャー・ベースがキてる時で、そのタイミングで彼らがガンガン良いトラックをリリースするようになったんですよ」

andrew「俺らももうちょっと若いトラックメイカーを出そうという話もあったんです。その頃に韓国がヤバイ、みたいな流れもあって」

futatsuki「さっきも言ったように、TREKKIE TRAXが日本だけじゃなくて幅広く捉えようという方向に意識が向かっていて、アメリカでは順調に知られてきているから、(日本の)周辺諸国でも盛り上がりたい、アジアのダンス・シーンをTREKKIE TRAXで何とかできないかと思うようになったんです。でも僕たちだけでは無理だから、そこに韓国と中国を入れよう、アジア諸国のトラックメイカーをどんどん出していこうという話になったんですよね。その頃、韓国の良いトラックメイカーがボンボン出てきていたから、まずはそのなかから誰かの作品をリリースしようと。なかでもZEKKがキャラ的にもトレッキーっぽいし、いちばんダンス・ミュージックを作れる子だった」

ZEKKの2015年のEP『THE FUTURE IS HERE EP』
 

――なるほど。上海のCONRANKもとてもおもしろいトラックを作る人だなという印象ですが、彼はどういう経緯でリリースに至ったんですか?

futatsuki「中国は本当に何が起こっているのかわからなかったんですけど、サチュレイト・レコード(Saturate Records)というドイツのインダストリアルなビート・ミュージック/ヒップホップを出してる僕が好きなレーベルがあって、そこでリリースしているアーティストを見ていったら上海のビートメイカーがいたので〈上海やんけ!〉ってなって。それで彼をフォローして、あっちからもフォローが返ってきたので〈TREKKIE TRAXっていうレーベルをやってるから〉とデモを送ったりして交流を図っていたんです。そうしたら彼から〈(TREKKIE TRAXから)リリースしたい〉という話があって、〈やっとや!〉と。コンランクを起点に彼の周りのクルーとのグループ・チャットが出来たことで、やっとちょっとだけ(中国のクラブ・シーンが)見えるようになった。これまで連絡の取り方すらわからなかったですから」

CONRANKの2015年のEP『All For You』
 

Carpainter「TwitterやSoundCloudも規制されているから使えないんですよ。海外のサーヴァーを経由すれば使えるから、若者はそうやってるんです。でも基本的には使えない」

――クルーがあるということは、一応シーン的なものが上海には存在するということ?

Carpainter「クラブ文化みたいなものは多少あるみたいですね。この間、中国ツアーをしてきて思ったのは、まず中国は広すぎるので、〈これだ!〉みたいなものはないような気がするし、実際にシーンみたいなものがあるかどうかはよくわからない」

futatsuki「CONRANK周辺のクルーはヒップホップをやったりしていて、そのなかのMCの子が〈TREKKIE TRAXの中国ツアーをやろうよ〉と誘ってくれたんです。それでSeime & Taimeiでツアーすることになった」

Carpainter「今回は北京と上海と成都に行って。場所にも依るかもしれませんが、アメリカっぽいクラブが多い気がします。でも、北京と上海にはちゃんとしたクラブがあったんですけど、成都は30個くらいクラブが入っている21階建てのクラブ・ビルみたいなところがあって。絶対にインターネットでは引っ掛からない、アンダーグラウンドなものがあるんですよ」

――へぇー! それは興味深すぎますね……。現場の盛り上がりはどうだったんですか?

Carpainter「北京は僕らを呼んでくれた人がオーガナイズしたパーティーだったので、結構人は来ていて、上海は平日だったのでアレですけど、成都はクラブ・ビルだけあって物凄いたくさん人がいました。〈夜のテーマパーク〉みたいな(笑)」

――夜のテーマパーク(笑)!!

Carpainter「『AKIRA』みたいな感じ。僕ら目当てかはわからないですけど、僕らのイヴェントにもいっぱい入ってくれて。でもすごく感動したのが、僕の出番の時にどこからか〈カーペインター!〉っていう掛け声が聞こえてきたんです。一人だけだったんですけど、こんなところにも僕のことを知ってる人がいるんだ!と思って、すごくびっくりした(とても嬉しそう)」

futatsuki「成都の謎のクラブ・ビルで掛け声がかかるってすごいな(笑)、SoundCloudも使えない国なのに……。実はいまもアジアで何件か動いているんです。Seimeiがアメリカで、いかに世界のクラブ・ミュージックがアメリカを中心に動いているかを実感してしまったせいで、もっとアジアでまとまってこいつらを倒そう、みたいな感じになったんだと思う(笑)」

――アジアで同盟を組んで(笑)。

andrew「そういう話を(Seimeiが)よくするからね」

――韓国はわりと見えやすいほうだとは思いますが、中国を開拓できるのはいまTREKKIE TRAXしかいないですよね。

futatsuki「そうですね。同じアジアで盛り上げていきたいですし」

 

ネット・レーベルがCDをリリースする意味
アーティストをステップアップさせる使命


――先日リリースされたTREKKIE TRAXのベスト盤『TREKKIE TRAX BEST 2012 - 2015』について伺いたいのですが、これはレーベルの50作品リリースを機に代表曲をコンパイルされたと……。

futatsuki「表向きはそうですね(笑)」

――昨年CarpainterのEP『Out Of Resistance』をCD化していて、今回が2枚目になるわけですが、TREKKIE TRAXがあえてCDを出す意味、意義というのは?

futatsuki「CDを出すのってすごく大変だと思うんですよ。かつてより音楽を発表する難易度が下がっていて、誰でも曲を作ったらSoundCloudにあげて、フリー・ダウンロードができるようにできちゃう。それはそれでアリだと思うんです。でもCDやレコードを出すというのはひとつハードルが上がって、誰にでもできるものじゃないというのが前提にある。まだCDカルチャーが日本には残っていて、音楽業界のヒエラルキーとしてはCDがいちばん上にあるから、それを出さないとアーティストとしての価値が認められないというのがきっとあると思うんです。だからアーティストのめざすところはCDで作品を発表することであってほしいし、アーティストをステップアップさせる使命がある僕らとしても、CDを出せるようなレーベルにならないといけない。だったら誰かにCDを出してもらうんじゃなくて、自分らでやろうと」

Carpainterの2015年作『Out Of Resistance』
 

――自分たちの価値を高めるためにCDを出す必要があったと。

futatsuki「〈脱ネット・レーベル〉ということで、次のステップに上がろうという話もあった。誰でもできるネット・レーベルじゃなくて、誰にでもできるわけではないインディー・レーベルになろうよという気持ちです」

――レーベルの50作品リリースを機に……というのは表向きの理由とのことでしたが、ではこのタイミングでベスト盤をCDで出したのは?

futatsuki「これは完全に僕がやりたい企画でしかないんです。いまはSoundCloudで曲の頭10秒を聴いて、良いか悪いかを判断するような時代じゃないですか。僕らはCDを買ってきた世代なので、CDで音楽を手元に残しておくことの良さを経験しているし、買ったCDをプレイヤーに入れて再生して……という、ひとつのアルバムを聴くまでのワクワク感を楽しむというのが原体験としてあるから、そこに立ち戻りたいんです。音楽の消費のされ方が安易になっているからこそ、音楽の価値を上げていかなきゃというのは個人的にはあって、フリーでダウンロードできる曲をCDにまとめて(有料で)出しちゃいけない理由はないし、(TREKKIE TRAXの楽曲に)その価値はあるなと思うようになったんです。曲をコンパイルしてCDで出すことで、ワクワクは感じられるんじゃないかと」

――なるほど。〈その価値はある〉というのは本当にそうだと思います。楽曲のクォリティーを踏まえて。

futatsuki「僕らの周りではインターネットで音楽を聴くのはあたりまえになっているけど、タワーレコードでCDを試聴して買う人たちというのはまだまだいっぱいいるわけで、そういう音楽リスナーにもTREKKIE TRAXの音楽を届けたいというのもあります。だからここで儲けようなんてまったく思っていない。価格を1000円にして手に取ってもらいやすくしたのは、これまで届かなかった人にも僕たちの作ってる音楽を届けたかったからなんです。いまこんなおもしろいことをやってるんだということを知ってもらいたかった」

――収録されているのは、Seimei & Taimei“Everlasting”に始まるTREKKIE TRAXの代表曲と言えるトラックが並んでいます。この選曲については?

futatsuki「僕たちが現場でかけてきたTREKKIE TRAXの曲をリリース順に並べています。いわばレーベルの3年間の歩みですね。この1枚を聴けば、TREKKIE TRAXが2012年に発足して、2015年までにどういう感じでサウンドが変わっていったがわかるんじゃないかなと。1曲目から聴いてどんどん古臭い音が新しくなっていく感じを楽しんでもらえたらいいなと思います」

――古臭い(笑)。

 

Carpainterの行く先とTREKKIE TRAXの未来
日本の良いアーティストが世界で認められるように

――レーベルがそういう状況のなか、看板アーティストのCarpainterさんは今後どうなっていくのか!というのも気になるところです。

futatsuki「(Carpainterに向かって)君はどうしたいの? 俺らが訊きたいわ(笑)」

andrew「確かに(笑)」

Carpainter「2013年にMaltineで出した作品(『Double Rainbow』)で僕はちょっと知られるようになったんですけど、そこでは〈ガラージ・アーティスト〉という打ち出し方をしていたこともあって、その後も〈ガラージの人〉という見られ方をしている感じがあって。でも僕はあんまりジャンルに縛られたくないし、原点のデトロイト・テクノから最近知って好きになったジュークまで、さまざまな曲を作っていきたい。どんなジャンルのトラックを作っていても、〈どれもCarpainterだよね〉と思ってもらえるようになれたらと」

Carpainterの2013年のEP『Double Rainbow』
 

――記名性を持ったトラックを作っていきたいと。

futatsuki「なんでそういうことをもっと早く話してくれなかったの?」

Carpainter「話しましたよ……え、誰に?」

andrew「誰にじゃねーよ(笑)」

――ハハハハハハ(笑)。まあまあ。

Carpainter「USっぽい、UKっぽいとか、そういうふうに何かに限定して作っていくことはできないってことです」

andrew「つまりアーティストとして唯一無二になるしかないでしょう」

futatsuki「彼についてレーベルとして考えているのは、Masayoshi Iimoriはアメリカで盛り上がりましたけど、Carpainterが作るアーティスティックな作風はアメリカ的ではないなと思っているので、そこでどう彼をステップアップさせるべきか考えると、海外のアーティスティックなものが強いレーベルから出してもらいたい。目標はワープですが、R&Sラッキーミーのようなダンス・ミュージックを幅広く捉えているところに彼を放り込んで、好き勝手やってもらいたいですね」

Carpainterの2016年のEP『Noble Arts』
 

――ああ、いいですね。この間リリースされた最新EP『Noble Arts』も、その自由な感性が窺える良い作品でした!……ということで最後の質問になります。TREKKIE TRAXが最終的にめざすレーベル像とは?

futatsuki「根底にある〈日本の音楽を世界に発信する〉というのは変わらないですが、その規模をもっと大きくしていきたいですね。マサヨシはデカいアメリカのフェスに出てほしいし、Carpainterはワープでリリースできるようなアーティストになってほしい。彼ら以外にも、日本には優秀なアーティストがいっぱいいます。それを全部TREKKIE TRAXで手掛けて最強になろうという気はないですけど、僕たちはアーティストがステップアップしていくなかでの〈中継点〉になるレーベルになれたらいいなと。この3年間で徐々にレーベルの活動規模も大きくなってきたし、日本以外の国でもちょっとは認められるようになってきたので、それをもっと大きなものにできたらいいなと。日本の良いアーティストがもっと世界で認められるようにできたらという感じですね」

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