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鍵盤から炎を放つワールドワイドな鬼才が逆輸入!!
ブッ飛んだ才能だ。クラシックの素養を窺わせるピアノの繊細なタッチと流麗な旋律、かと思えば乱暴に殴りかかるような凶暴性を見せる。このたび、母国日本でリリースとなるBIGYUKIのデビュー作『Greek Fire』が初聴きで与えるインパクトは、彼が高校時代によく聴いていたというプリンスにも通じている。奇才、いや鬼才と書くべきか。
NYの持つエネルギーに惹かれて
ビラルの『Airtight's Revenge』(2010年)や『A Love Surreal』(2013年)に参加し、バークリー音楽大学時代のルームメイトだった宮崎大(フィリー在住のソウル・ギタリスト)と並んでビラルのライヴで鍵盤を弾いていたMasayuki Hirano(平野雅之)がBIGYUKIだと気付いたのは昨秋、USでデビュー作を発表する少し前のことだった。バークリー在学中、現在monologとして活動する金坂征広と共にふたりとも〈yuki〉と呼ばれていたが、そのうち〈どっちのyuki?〉と混乱が生じたため、金坂より少し背の高かった平野が〈big yuki〉と呼ばれ、それを芸名にしたという。
現在34歳。母親が祖母から受け継いだアップライト・ピアノで遊びはじめた彼は6歳からクラシック音楽を学び、「在米経験のある両親の勧めもあって、ショパンの演奏で奨学金を取ることのできたバークリー音楽大学に(進学を)決めた」という。TVアニメの主題歌“おどるポンポコリン”で初めてCDを手にして以来、山下達郎、井上陽水、TM NETWORKなどの音楽に触れ、実家でアタリ・ティーンエイジ・ライオットを爆音でかけるなどしていた彼が、いまの音楽性に直結する音楽と出会うのは渡米後のこと。以下、ボストンでの大学時代の音楽体験を彼の発言をもとに要約すると――フィニアス・ニューボーンJrやケニー・カークランド、ブラッド・メルドー、ジョーイ・カルデラッツォを愛聴。ロニー・スミスなどのオルガン・ジャズに出会ってオルガン・クァルテットを結成し、ストリートで演奏した後、メイシオ・パーカーの『Life On Planet Groove』を聴いてファンクに目覚め、ハービー・ハンコックのエレクトリック時代の名曲などをやるライヴ・セッションに参加。一方でチャーチ・バンドでも演奏し、イエロージャケッツのラッセル・フェランテに憧れると同時にJ・ディラの音楽に出会い、ジェイムズ・ブレイクを聴いて衝撃を受けたという。
2000年代後半、「街の持つエネルギーに惹かれて」拠点をNYに移した彼は、ビラルとタリブ・クウェリの両バンドに参加。2年ほど前からはQ・ティップのスタジオでレコーディングに参加し、Qにホレス・シルヴァーの曲のメロディーの弾き方を教えたそうで……。そうしたなかで築いた人脈を大切にしながら作ったのが『Greek Fire』なのだ。
現実世界から外れていく感覚
アルバムでは、ビラルのバンドで共演したランディ・ルニオン(ギター)、タリブ・クウェリのバンドで共演し、アイドル・ウォーシップやリフレクション・エターナルと関わるキッカケを作ったダルー・ジョーンズ(ドラムス)が流麗にしてカオスな音世界に加担。(初期に作った)5曲をコプロデュースしたダルーについては「彼のビート感が大きなインスピレーションでした」と言い、プロデュースとミックスを担当したタリク・カーンは恩人のような存在だと話す。アルバムのタイトルもタリクの提案だそうだ。
「ビザンチン帝国が海戦で使った火炎放射器です。昔から俺は炎への執着心が強く、自分の中で鬱屈しているものを音楽という媒体を通して昇華させるイメージですね」。
「荒廃した世界に人間性を取り戻すレジスタンス的なイメージ」とも語るアルバムを象徴するようなビラル客演の“John Connor”は、「モロに映画『ターミネーター』(に登場する人類抵抗軍の指導者)からインスパイアされています」とのことで、ビラル“West Side Girl”のBIGYUKIによるリミックスが日本盤にボーナス収録されたことに関連づけるなら、そこに広がるのは『A Love Surreal』に通じるシュールな世界だ。「ビラルとのギグは独特で、ベースとなる曲をいかに壊すか、というか皆がアクシデントを期待しているような変なワクワク感が常にあります」という言葉通りに。この曲では「鋭く、ビート感がフレッシュ」と称賛する名手ジャスティン・タイソンがドラムを担当。そして、同じく彼がドラムを叩いたのが、ビラルの後輩とも言えるクリス・ターナーとハーモニカ奏者のグレゴア・マレが客演した長尺のスロウ“revolution US”だ。クリスについては「メロディーができた時、押し付けがましくなく、でも親身に語りかけてる、そして説得力のあるイメージと彼の声が重なりました」と話すが、この曲は「外の世界との繋がりを怖がっている人が、その殻を破って人生の無限の可能性を知る」ことをテーマにしているという。
幼少期にピアノを始めた時には「集中して演奏できた時の、現実世界から外れていく感覚が好き」と思ったようだが、アルバムに感じられるのも〈現実離れした〉感覚だ。姉妹曲とも言える“Red Pill”と“Blue Pill”を含め、短いながらも一曲一曲が壮大な組曲のようで、激しい揺さぶりをかけてくる楽曲たち。ハドソン・モホーク~TNGHTの路線を狙い、「初めのシンセ・パーツに尽きます」と言う“Freshly Squeezed”、「何回もピアノで弾いてるうちに綺麗なモチーフをブッ壊したくなって、じゃあロックっぽくしようと」と話す表題曲の無軌道っぷりには舌を巻く。一方で、「ちょっとした甘めのループ」というピアノが美しい“Paradise Descended”は、最近ではマーカス・ストリックランドの新作に参加した彼のジャズ作法というか、親交の厚いロバート・グラスパーとも比較されそうだが、彼はグラスパーらの跡を追っているわけではない。
「周りの仲間を巻き込んで自分がかっちょいいと思う音楽のシーンを開拓していくのが目標です。さらにブッ飛んだものを作りたいですね」。
狭い枠に閉じ込めることのできないスケールの大きさ。BIGYUKIは本当にビッグな男なのだった。