INTERVIEW

ダンスフロア・イズ・バック! 沖野俊太郎とSalon Music・吉田仁が語る、セカンド・サマー・オブ・ラヴの記憶と25年後の音楽

沖野俊太郎『Too Far [F-A-R REMIXES]』

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  • 2016.06.15
(左から)沖野俊太郎、吉田仁
 

沖野俊太郎Shuntaro Okino名義で2015年にリリースした15年ぶりのソロ・アルバム『F-A-R』は、サイケデリックなロック・アンサンブルと緩急自在のダンス・ビートが、虹色の昂揚感を煽る作品だった。Venus Peter時代を彷彿とさせる艶やかなソングライティングと、Indian Ropeで探求された美しくトリッピ―なサウンドメイク。双方を併せ持ちながらグルーヴィーなロックンロールに仕上げられたナンバーの数々は、沖野のキャリアを総括しつつも、作り手として次のヴァージョンに更新していくような開放感があり、従来の彼のファンを歓喜させるとともに、若いリスナーにとってもフレッシュに響くはずだ。

そして『F-A-R』のリリースから早7か月、コーネリアス片寄明人Akito BrosGREAT3)、Salon MusicKoji Nakamuraなど沖野の旧友を中心に計14組が参加したリミックス・アルバム『Too Far [F-A-R REMIXES]』が完成した。バレアリックなハウスや硬質なテクノ、アンビエントやエレクトロニカ、さらに捻ったタイム感のブレイクビーツまで、『F-A-R』の楽曲を多彩なエレクトロニック・ミュージックに料理。いずれのリミックスにもダンスフロアの歓びの記憶が息吹いている今作は、90年代前半に花開いたセカンド・サマー・オブ・ラヴの多幸感をいまに甦らせてくれる。

そしてここでは、『Too Far [F-A-R REMIXES]』のリリースを記念して、Venus Peter最初期の作品にA&R/プロデューサーとして携わった与田太郎を進行役に迎え、沖野俊太郎と吉田仁(Salon Music)との対談を実施。90年代初頭のロックとダンス・ミュージックの邂逅で受けた刺激を保ちながら、新しい音楽にも好奇心旺盛に接する両者の感受性の強さには、移り変わりの激しいポップ・シーンをサヴァイブし続けているヒントを垣間見ることができるだろう。

Shuntaro Okino Too Far [F-A-R Remixes] INDIAN SUMMER(2016)

熟成感と瑞々しさ併せ持つ『F-A-R』と、旧友たちが手掛けた『Too Far』

与田太郎「まず吉田さんは『F-A-R』にはどんな感想を持たれましたか?」

吉田仁「アルバムのリリース前にコンヴェンションみたいなライヴがあり、そこで何曲か聴いたんです。そのライヴで1曲目に収録された“声はパワー”を聴いて、すごく沖野くんらしいんだけど、それまでの沖野くんにはない瑞々しさと前向きさを感じた。僕のイメージでは、沖野君はどちらかと言うといろいろな気分を内包していくような曲が多いんだけど、あの曲には外に出るパワーがあったんだよね。で、アルバムを聴くと、特に前半の曲にはそういうイメージがすごくあって。沖野くんも(ソロでは)ずいぶん作品をリリースしてなかったから。その間には作った曲を、ボツにしたり、また新たに作ったり、たくさん試行錯誤をしていたと思うんだよね。Salon Musicも2011年に9年ぶりのアルバム『‘Sleepless Sheep』を出したんですけど、丸3~4年はかかったし、最後の最後でバーッといろいろ変えたりもした。『F-A-R』には、沖野くんにもきっとそういう流れがあったんだろうなと思える熟成感と、フルーティーな瑞々しさが両方あった。すごく良かったな」

沖野俊太郎「ズバリです」

吉田「沖野くんのソロになってからの作品のなかでもトップのほうにあるアルバムだよね」

沖野「ありがとうございます」

吉田「だから、この勢いのまま外に出ていってほしいですね(笑)」

与田「沖野くんが今回『F-A-R』のリミックス・アルバムを作ろうと思った理由は?」

沖野「それはもう流れで。小山田(圭吾)くんにプロモーションを手伝ってもらいたくて、相談していた流れで彼にリミックスを頼んだらやってくれて。それがすごくおもしろかったから」

与田「自然な流れなんですね。今回のリミキサーは僕も含めて同世代や昔からの友達が多いですよね。そうしたラインナップにした意図は?」

沖野「生活していて、例えば仁さんに会ったら〈あ、そういえば仁さんが良いんじゃない?〉とか、ホントそういう流れで。探したというより、例えばGREAT3も、たまたまライヴを観にいったらすごく良くて、〈片寄くんのリミックスって聴いたことないな。頼んでみようかな〉と。Salon Musicもリミックスの印象はあんまりなかった」

吉田「ほぼやってないんじゃない?」

沖野「ですよね。ちょっと意外でした」

吉田「1人でならあるけれど、バンドとしてやったことはもしかしたらないかも」

与田「とすれば、すごく貴重なリミックスですよね」

吉田「まあ相方を動かすのが大変だったけど(笑)」

一同「ハハハ(笑)」

吉田「でも、(竹中)仁見さんも沖野くんの『F-A-R』を気に入っていたから、すぐにでもやるとなった」

与田「僕もリミックスさせてもらったんですけど、制作前のSalon Musicのリミックスを聴かせてもらったときに、ちょっとプレッシャーというか、このレヴェルでは作れないな、と思いました。今回のSalon Musicのリミックスはすごく独特なスタイルですよね。がっつりフロア向けのダンスではないけれど、ある種の浮遊感もあるし。なにかお手本があったんですか?」

吉田「お手本はなくて、キーワードとして仁見さんが〈ドリーミーなフロア〉と言ってたんです。そこから始めた」

与田「まさにそういうサウンドでしたよね。自分はすごく90年代を感じた。あの頃に僕らがいた場所はまさにドリーミーなフロアだったじゃないですか」

吉田「どこかに当時の感じを入れようとは思っていました。いまの音像や音色なんだけれど、当時を感じさせる何かを。沖野くんからも、Venus Peter時代の“Life On Venus”や“Splendid Ocean Blue”のイメージで、と言われていたし、でも同じようなサウンドにするんじゃなく、それに通じる空気感とかそういうものがあればなと」

与田「そこは見事に出ていますね、ほかのリミキサーについては、どのように決まったの?」

沖野「1曲目の“I'm Alright, Are You Okay?“を手掛けたIzuru Miuraくん(The LakeMusic)は、彼自身が立候補して。もともとIzuruくんがSecret Goldfishというバンドをやっていた頃から仲が良かったんです。彼はいま山梨で映像の仕事をやっているから、自分のMVなんかも頼んでいるなかで、リミックス・アルバムを作るという話をしたら、やりたいと言ってくれて。Izuruくんは地元に根差した音楽仕事もやっているんですが、オーケストラの譜面を書いたり、そういう勉強もしていたらしく、それを活かしたいと言っていたので、じゃあ(リミックスしてもらうと)おもしろいかなと思った」

与田「Secret Goldfishは90年~93年くらいに、Venus Peterとよく一緒にライヴをしていたね。ハッピー・マンデーズのようなダンサーのメンバーもいたバンド。僕らがちょうど熱に浮かされたようにマンチェスターやインディー・ダンスに夢中になっていたときの仲間なんです。2曲目の“The Love Sick”をやってくれたAkio(Yamaoto)くんも一時期Secret Goldfishのベースだった」

Venus Peterの93年作『Big "Sad" Table』収録曲“The Tripmaster Monkey”
Secret Goldfishの93年作『Tasted The Bee』収録曲“Around Around”
 

沖野「Akioくんには、『F-A-R』のマスタリングをやってもらったんです。でも、TanzmusikHOODRUM名義での彼自身の作品こそ凄かったというのをすっかり忘れていた(笑)。そういや、こんな近くにいるじゃんって」

Tanzmusikの93年作『Sinsekai』収録曲“Kar”
 

与田「彼もインディー・ダンスからスタートしたんだけど、それからど真ん中のテクノに行ったんだよね。田中フミヤと一緒にやったり、90年代後半からはいわゆるテクノ・シーンで活動していて。彼がマスタリングとかをやりはじめたのは、たぶん2000年を過ぎてからだよね?」

沖野「そうだと思う」

与田「ちょうど沖野くんと同じようなルートを辿っている気がする。だから曲との相性がものすごく良いというか、出来上がりも自然な感じだったね」

沖野「〈なんで最近自分の音源をやってないんだろう?〉と思っていたし、良いきっかけになったらいいなと」

 

どの楽器よりも強力な沖野俊太郎の歌声

編集部「今回リミックスを頼むまでまったく面識がなかった方はいますか?」

沖野「うん、いますよ。いちばん若いLinn Mori。ていうか若い人は彼1人なんだけど(笑)」

与田「彼はどこで知ったの?」

沖野「SoundCloudで、いろんなところに飛んでいるときに、偶然ブチ当たって聴いたら全部の作品が良くて。日本人で、海外からもリリースしているのかと思って、Twitterもフォローしちゃったり(笑)。今回はもう年寄りばっかりだったんで、若い子にもやってもらいたいとオファーしたら即OKをくれた」

 Linn Moriの2015年作『Invisible Vision』のトレイラー
 

与田「リミックスを聴いたときの感想は?」

沖野「いや~、なんて言うんだろう。仁さんにも訊きたかったんだけど、Salon Musicのリミックスでは僕の歌を丸ごと使っているじゃないですか。自然な流れでそうなったんですか?」

吉田「いや、今回はなんとなく意識して、構成を変えないようにした。いまはコードまで変えたり、違う曲みたいにすることもあるじゃない。だけど今回はサイズ感や展開を含めて、楽曲自体は変えないでやってみようかなと思ったの」

沖野「Salon MusicやSugar Plantのリミックスにはやっぱり鳥肌が立ったというか、不思議な感覚なんだよね。自分の歌がそのまま使われているのにオケが全部違っていて、そこに〈おお!〉ってなった」

吉田「どうしてみんな沖野くんの歌を使っているかというと、やっぱりVenus Peter時代の沖野を知っていると、彼のヴォーカルがいかに強力かをわかっているから、どうしても使いたくなっちゃうんだよね。いろんな楽器で『F-A-R』自体は構成されているけど、やっぱり沖野の声がいちばん強力な楽器として、誰もが聴いちゃうからさ」

沖野俊太郎の2015年作『F-A-R』収録曲“この夜にさよなら”
 

沖野「他の人もわりと歌をそのまんま使っているパターンが多くて。それは自分としてはあんまり考えてなかった。もっといろいろエディットしてくるかなと思っていたら、そうでもなくて。そんななかでLinnくんはもう全然歌を使わない(笑)。アルバムのなかのフックとして、そういうパターンで来てくれたのは良かったな。音像とかもいまのサウンドだしね。しかもあっという間に作ってきた」

与田「いまの若者は早いからね」

沖野「やっぱそうなんだ」

〈ノリ〉から〈グルーヴ〉へのパラダイム・シフトがあった90年代前半

与田「同世代のリミキサーの大半は、90年代のロックとダンスがクロスオーヴァーした時代を知っているし、仁さんが当時プロデュースした作品――フリッパーズ(・ギター)の『CAMERA TALK』(90年)や『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』(91年)、Venus Peterの『SPACE DRIVER』(92年)でも、ロック・バンドがダンス・ビートを採り入れていたじゃないですか。今回はその当時の状況も話ができたら良いなと。仁さんがダンス・ミュージックに出会ったのはいつ頃なんですか?」

吉田「89年の夏かな。ロンドンに仕事の打ち合わせで行ったときに、ちょっと時間があったからベルリンにも寄ったのね。中心地のホテルを取ったら、こじんまりした結構良い感じのホテルだったんだけど、そこの1階が猥雑な雰囲気のクラブだったのよ。そこに行ったらテクノやアシッド・ハウスがすごくかかっていて、それで興味を持った。次の日にレコード屋へ行ったとき、ベルギーやフランスのレーベルから出ていたテクノのレコードを結構ジャケ買いして。自分はそういうところからダンスものに入っていったかな」

与田「沖野くんも89年にロンドンにいたんでしょ?」

沖野「うん。吉田さんがロンドン行ったときは、まだマッドチェスター/セカンド・サマー・オブ・ラヴの波はそんなに感じませんでした?」

吉田「うん。ニュー・オーダーがいるな、くらいの感じだった。そのあと90年頃にロンドンのクラブに行ったんだけど、すでに日本のGOLDみたいなところを体験していたから、なんか文化祭レヴェルの内装だなと思って(笑)。ちょっとサイケデリックが入ったダンス・クラブみたいな、かなりアシッド感の強いところで、確かに客層もキメキメなんだけど、サイケデリックな内装もペイントの素人っぽさ、手作り感がすごくて。そこはなんか微笑ましかったね」

※89~95年に東京・芝浦で営業されていた巨大クラブ。音響からインテリアにいたるまで、世界最先端の技術が組み込まれていた

与田「日本はジュリアナがスタートする手前くらいの時期でしたしね。それで、仁さんにVenus Peterの『SPACE DRIVER』のプロデュースをお願いしましたが、“Life On Venus”や“Splendid Ocean Blue”は仁さんのプロデュースじゃないとできなかった曲だと思う。僕らが当時あれを聴いたときに〈日本人でもこんなことができるんだ〉という驚きがすごくあった。でもやっぱり早すぎたというか(笑)。あのときのシーンではそんなに伝わらなかったから、残念だったなという気持ちがあるんですよね」

沖野「でも、それはいまもだからね。ハハハ(苦笑)」

Venus Peterの92年作『SPACE DRIVER』収録曲“Splendid Ocean Blue”
 

与田「たぶんフリッパーズの〈ヘッド博士〉あたりが、あの時代の日本でいちばん意識的にダンス・ミュージックを採り入れたポップスだったと思うんですけど。あれも仁さんのプロデュースでしたね」

吉田「(前作の)『CAMERA TALK』の“Big bad bingo”で、最初メンバーは打ち込みでやろうと考えていたんだけど、打ち込みだと感じが出ないと思って、僕がSalon Music用にいくつか作っていたブレイクビーツがあったから、それをそのまま使ったんだよね。その流れから、次の“LOVE TRAIN”にも取り掛かった。あれはさらにマンチェスターを意識したような」

与田「“LOVE TRAIN”はそうですね。(ストーン・ローゼズの)“Elephant Stone”ですもんね(笑)」

沖野「で、そのあとに“GROOVE TUBE”が登場した」

フリッパーズ・ギターの91年作『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』収録曲“GROOVE TUBE”
 

吉田「そうだね。当時は僕もバンドものよりハウスの12インチとかばっかり買っていた。僕のなかでミュージシャン側が変わったと思ったのは、それまでロック・バンドって〈ノリが合ってないな〉みたいな言い方でやっていたんだけど、90年代からは、みんなが〈グルーヴ〉や〈ヴァイブ〉と言うようになったんだよね。練習中やリハーサルのときでも〈なんかグルーヴが出ないな〉とか。だからノリという演奏する側の視点から、グルーヴという踊る人の視点に意識が変わったんだよね。それはすごく大きなことだなと思った」

沖野「うーん。でもなんかずっと〈どうやったらできるんだろう?〉と思い続けたんだよね。マッドチェスター周辺のダンス・ミュージックを採り入れていたバンドみたいな音楽をやりたかったんだけど、どうやっても日本でのやり方がわからないままだった。で、もう途中からは完全にクラブ・ミュージックに行っちゃったから。自分のなかでも中途半端に終わっている感じがすごくある」

沖野俊太郎がVenus Peter解散後にスタートしたソロ・ユニット、Indian Ropeの99年のEP“Stone Buddha”

 

いつの時代でも変わらない、音楽家それぞれの魅力

与田「いまはダンスはダンス、ロックはロックみたいにはっきり分かれているように思う。そのうえで、いま2人が気に入って聴いている音楽を教えてほしいんです」

吉田「ダンスっぽい感じのものは、そこまで聴いてないかもしれないね。僕は最近だとオンリー・リアルというUKの人が。ラップとビートに、ギターをちょっと乗っけていて、インディー臭さがあって結構好き」

オンリー・リアルの2015年作『Jerk at the End of the Line』収録曲“Cadillac Girl”
 

与田「そういうのもありますよね。何も4つ打ちだけがダンスではないし」

沖野「僕はラップがどうしてもダメなんだよね。だけど、いまの主流というとケンドリック・ラマーあたりが頂点みたいで、Pitchforkなんかでも一番評価されている。テーム・インパラとかは好きなんだけど」

吉田「昔よりも、みんながある程度いろんな音楽がある状況から始めていて、若い子もたくさん聴いているから、どの音楽にも多少のミクスチャー感があるよね」

沖野「でもやっぱり何を聴くかというのは、ライフスタイルによると思う。それは、どんどん変わってくる。改めて『Too Far [F-A-R REMIXES]』を聴くと、自分のリミックスは〈夜〉じゃないんだよね。もう昼の人間になっている」

吉田「僕が感じた爽やかな瑞々しさと明るさも、そこから来ているのかもね」

沖野「そうかも。だからもうね、夜の感じよりは白日夢が好きになってきている。もちろんサイケデリックなものもやっぱり好きなんだけど」

吉田「まあ、サイケデリックが夜とは限らないから」

沖野「そうですね。でもわりとクラブ・カルチャーをずっと通ってきて、やっぱダンス・ミュージックとかクラブものはどちらかというと夜中の雰囲気じゃない? いま流行っているシティー・ポップ系も、なんとなくみんな夜っぽい」

吉田「アーバンな感じというか」

沖野「アーバン、夜。そういうのがね、いまの自分にまったくフィットしなくて。なんとなくそのへんはモヤモヤしているんですけど(笑)」

与田「そんなにモヤモヤしなくても(笑)。作品には全然モヤモヤ感がないし」

沖野「まあそうね。あと、仁さんに訊きたかったのが、ずっと日本の若いバンドをプロデュースしているじゃないですか。その若いミュージシャンの話も訊きたいんだよね」

吉田「若いミュージシャンの話か。若い子はね、みんな上手いよ(笑)」

一同「ハハハハ(笑)」

吉田仁がプロデュースしたSakuの2015年作『FIGHT LIKE A GIRL』収録曲“FIGHT LIKE A GIRL”
吉田仁がプロデュースしたおとぎ話の2015年作『CULTURE CLUB』収録曲“COSMOS”
 

吉田「そう。僕がプロデューサーをやりはじめた頃に、まだバンドだったフリッパーズ・ギターとVenus Peter、BRIDGEという、3大バンドをやったからさ。その3つをやったらまあ怖いものはないという(笑)。そこで鍛えられたから、どんな状況にも対応できる。でも、あのときの感覚から言ったらさ、いまは予算的な問題もあって昔とはスピード感が全然違うんだけど、みんなそれに対応できるんだよ。ホントいまの若い子は上手い子が多いな」

与田「自分の意見もしっかり持っていますよね」

吉田「まあ僕がやっている子たちに関すると、やっぱり音楽をすごく聴いているよね。いまのものだけじゃなくて昔のものも掘り下げて聴いているし」

沖野「すぐ掘り下げられるだろうから、いま若ければ楽しくてしょうがないだろうなって思う」

Salon Music の2011年作『Sleepless Sheep』収録曲“It's A Little Thing”
 

編集部「吉田さんが最近一緒に仕事した若いミュージシャンで、特におもしろいなと思った存在は?」

吉田「正直、一緒にやった人はみんなおもしろいよ。仕事するときは、まずそのバンドが好きでなければできないし。彼らの欠点を叩いてしごき上げるんじゃなくて、そのバンドの良いところを見て、そこを伸ばすような形で入る。そうすると、やっぱり各ミュージシャンの持っているものや、ルーツは同じようでも捉え方や表現の仕方が違うとわかるんだ。何年かに一度、沖野くんがVenus Peterのライヴをするときは、僕も大体行くんだけど、それもやっぱりその都度観て感じるものがあるから行くんだよね。それを感じたくて観に行く」

沖野「嬉しいな」

吉田「そういう形で、特に誰がということじゃなくて、一緒にやった人はみんなそういう感じで捉えている。そうすると、90年代に出会った人も、いまの若い子もそれぞれにおもしろいところがあるんだよ」

Vemus Peterの2012年のライヴ映像
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