COLUMN

音楽は実験ではない―藤倉大が綴る、音の魅力と人を誘惑する力に満ちた武満徹の作品

Avec Toru Takemitsu #4

音楽は実験ではない―藤倉大が綴る、音の魅力と人を誘惑する力に満ちた武満徹の作品

音の魅力と人を誘惑する力に満ちた音楽

 僕にとって一番大切な作曲家の一人、武満徹さん。僕はお会いした事がない。でも武満さんの音楽が僕にとって初めての現代音楽だった。僕は15歳から単独で英国に留学したのだが、それの準備期間として、英語を中学生の時に習っていた。それも僕のマンションの真下の人がイギリスに長く住んでいらした方で、僕の毎日やってたピアノの練習なども文句を言わずに我慢してくださった人。今から思うと、よく毎日のように苦情が来なかったものだ、僕だったら昼間でも子供のピアノの練習なんて聴きたくないと思う。で毎週下の階の人に英語を習いに行っていた。中学の時にはもう僕は将来作曲家になる! と志していて、毎日作曲をしていた。この下の階の僕の英語の先生は音楽も詳しく、僕に、作曲してるんならもちろん武満徹なんかは知ってるよね? と言われ、僕は知らなくて、CDを一枚貸してくださった。それは小沢征爾さん指揮の《ア・ストリング・アラウンド・オータム》の入ったCD。このCDジャケットに写っているこの曲のソリストの今井信子さんから何曲も曲を頼まれるようになるのはこの日から20年以上後の話しだ。その時に僕は作曲をもう習っており、僕の先生、藤原嘉文先生にそのCDを持って行くと、「おーこれは耳あたりのいい、聴きやすい曲だよー」とおっしゃられていたので、やっぱりこの武満徹という人は有名な作曲家なんだな、と思ったものだ。

 それが僕にとって最初の武満音楽との出会いであり、現代音楽との出会いだった。最近、武満徹さんと同じ年代の作曲家と話す事があったりして、必ず話題は(お酒も回ると)「どうして武満だけが世界的に演奏され自分の音楽は日本でだけしか演奏されないんだろうか」と僕に質問しているのか、バーテンダーの方向に向かって言ってるのか、はたまた芸術家的な45度くらいの角度でグラスを傾けながら言ってみているだけなのか、という状況に出くわす。もちろん武満さんと同じくらいの世代、となると僕より50歳近く年上なので恐らく僕は「そうですねー」なんて言葉を濁していればいいのかもしれないが、僕は「どうしてそんな誰でも分かるような事を質問するのだろうか?」と思ってしまう。武満徹の音楽は他の人の音楽より優っている、とか劣っているとか、そんな事は全くどうでもいい。それより、世界中のオーケストラ、ソリスト、指揮者、音楽祭監督が「何が何でも武満作品を入れる事、これを条件に」と指揮者やソリストを雇うにはただ一つの理由があると僕は思う。

 それは“武満音楽は音の魅力と人を誘惑する力に満ちている”、これ、に限る。あと、武満音楽は演奏する奏者、指揮者によってガラッと変わる音楽でもあり、オケによっても色が全然違って鳴る。そんな演奏家達全員のカラーが出る現代音楽作曲家なんて他にいるだろうか? 甘い音楽だなあとか、なめらかすぎるかなあ、とか言いたいかもしれないが、もうどうしようもなく惹きつけられる。絶対体に悪いし、太る、と分かっていても、食べ始めたら止まらないチョコレートやアイスクリームみたいな魔力がある。あと、その魅力が国際的に、文化や国境を越えてそこの土地に住んでいる人にもそう感じられる、という部分も特徴的だと思う。インターネットやSNSのない時代に世界的に普通に各地のオーケストラ定期演奏会でプログラムされていたのだから。

 ジャンルを超えて、ということもそうだ。僕がロンドンで大学生だった時のエピソードだが、音大のみんなと飲み屋で飲んでいた。そうすると隣に、刺青に覆われた10人近くの人たちが座ってきた。ちょっとギョッとしたんだけど、お互い静かに飲んでいると、あちらが僕らに話しかけてきた。君らは大学生か? 何を学んでいる? 僕らは目の前の建物の音楽大学生で作曲を勉強している、と。すると、どんな音楽を作っているのか?と。よく聞かれるが、僕も現代音楽っていうのがどういうのか、を説明するのがめんどうくさい。答える前に彼らは「シュトックハウゼンとか武満とか、お前ら知ってるか?」と。僕らはびっくり。めちゃくちゃ詳しい。その後、彼らはそれらの音楽と怪しげな薬の関係を熱く語り、武満のあの曲を聴いてる時は……と事細かに教えてくれた。僕らはそういうのは全然興味無く、やった事がないので、その名称やら、気をつけないといけない点、などを教えてくれたがちょっと覚えていない。いろんな音楽の聴き方があり、いろんなタイプの人たちを魅了する力のある音楽を武満さんは書いた人だったんだなー、と思った。

 やはり歴史に残る音楽とは、いい音楽が残るとは決まっていない(ならどうしてショスタコーヴィッチなんかが今もまだ演奏されるのか!)。音楽に「魅力があるか」。結局音楽は実験ではない。聴きたいか、弾きたいか、これにかかっていると思う。こうして20年経った今も衰える事なく演奏し続けられている武満の音楽は本物の魅力、と言えると思う。

 


藤倉大 LIVE INFORMATION

名古屋フィルハーモニー交響楽団
第439回定期演奏会

○10/21(金)18:45開演
○10/22(土)16:00開演
藤倉大:レア・グラヴィティ~オーケストラのためのアントニ・ヴィット(指揮)名古屋フィルハーモニー交響楽団
会場:愛知劇術劇場コンサートホール

山田和樹指揮 東京混声合唱団
第241回定期演奏会

○12/16(金)19:00開演
藤倉大:委嘱作品 山田和樹(指揮)東京混声合唱団
会場:第一生命ホール         
www.daifujikura.com minabel.com

 


寄稿者プロフィール
藤倉大(Dai Fujikura)

1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、エドウィン・ロックスバラダリル・ランズウィックジョージ・ベンジャミンに師事。ハダースフィールド国際音楽祭作曲家賞、ロイヤル・フィルハーモニック作曲賞、国際ウィーン作曲賞、尾高賞、芥川作曲賞、エクソンモービル賞をはじめ、数々の著名な作曲賞を受賞。録音は、NMC、commmons、KAIROSから作品集が、楽譜はリコルディ社から出版されている。

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