ブライアン・イーノ、トッド・ラングレン、スフィアン・スティーヴンス……いつの時代も類稀なる夢想家たちがポップ・ミュージックを彩ってきた。彼らは音楽理論への深い造詣に基づいた知性と奇想天外なアイデアをミックスし、色鮮やかなサウンドを駆使して誰も聴いたことのない世界を描く。
今稿の主役、ニカホヨシオもその系譜に名を置くべきアーティストだろう。Yogee New Wavesのサポート・キーボーディストとして知られる彼が、ソロ名義での初EP『SUR LA TERRE SANS LA LUNE(月のない地上)』をリリースした。ほぼすべての楽器を彼自身が演奏した同作は、元・森は生きているの岡田拓郎がミキシング・エンジニアを担当。さまざまな楽器を自由奔放にコラージュしたかのような白昼夢的サウンドスケープに、蝋燭の炎の如きゴーストリーなヴォーカルが漂い、ビザールなサイケデリアを創造している。また、同EPにはミツメのnakayaanによるタイトル曲のリミックスも収録。スペーシーなシンセと軽妙なコンガを配し、バレアリックなダウンテンポに仕上げている。
そして今回はニカホとnakayaanの対談を実施。サイケデリアとシュールなアートを愛する両者ならではの視点を交え、ニカホヨシオという芸術家の異端性と愛すべきロマンティシズムの在り様を紐解いた。なお、ニカホは11月21日(月)にMikiki主催のライヴ企画〈Mikiki Pit〉に出演。若きシャーマンが現出させる幻影的な世界をぜひ目撃してほしい。
ニカホくんの音楽は俺っぽいなと思った
ニカホヨシオ「タバコ、一服していいですか?」
――もちろんです。飲食店における〈原則禁煙〉についてのニカホさんのツイート、最高でした。
健康こそが正しい価値であるとする世界に、一体何があるというのだろう。出先で吸う1本のタバコの煙に隠された創造性に、何度助けられただろうか。愛すべき喫茶店文化さえもなくなってしまったら、ぼくらは物事に悩んだり語り合ったりしてきた場を永久に失うことになる。それはもはやひとつの暴力だ。 https://t.co/xZcYIyFDka
— ニカホヨシオ (@deborahswh) 2016年10月17日
ニカホ「ハハハ(笑)。哲学者の千葉雅也にもRTされてビックリしました」
――実はニカホさんとnakayaanさんは今日が初対面なんですね。
ニカホ「そうなんです」
――ニカホさんはnakayaanさんないしミツメに対してどんな印象を持っていましたか?
ニカホ「なんだろう……僕はあまりインディーというものを意識してなかったのでミツメを知ったのは2年前くらいなんです。いま鍵盤でサポートしているYogee New Wavesがデビューしたときに、彼らを紹介する記事でよく名前が出てきていて。最初は、自分と同じ世代のバンドが出てくる以前からDIY的な活動をしている、先駆者という印象でした」
――ミツメのライヴを観たことはありますか?
ニカホ「実はないんです。 あんまり外に出る習慣がないので(笑)」
一同「ハハハハ(笑)」
――ニカホさんが以前Twitterで紹介していたニック・カーターの『Abstracts And Extracts』(79年)は ミツメやnakayaanのソロ音源と近い印象でした。
nakayaan「まったく知らない。どんな音楽なんですか?」
ニカホ「60~70年代に活動していたキーボーディストがホーム・レコーディングで作ったアルバムなんですけど、ビートの組み方なんかはシンプルで」
――リズムが淡々としていて、ウワモノにサイケなエフェクトがかかっていて、歌はちょっとオブスキュアで 。ミツメ感ありますよね。
ニカホ「そうですね。ミツメの音楽はマリンバが入っていたり、ちょっとトロピカルな要素があったりと、おもしろいなと思っていました。808っぽいカウベルを入れていたりする意外にファンキーなところも好きで」
――ニカホさんはいかにも文学青年といった佇まいですが、ダンサブルな音楽も好んで聴かれるそうですね。
ニカホ「ファンクなどブチ上げてくれる音楽が好きなんです。この間ヨギーで〈GREENROOM〉に出演したときは、チャカ・カーンのライヴを観ながらアーティスト・エリアで踊っていて、警備員さんに注意されました(笑)。ハイエイタス・カイヨーテのメンバーも怒られていましたね 」
――ミツメの最新作『A Long Day』(2016年)にはファンク・ミュージック的な気持ち良さもありますよね。そのあたりはどういった音楽を下敷きにされているんですか?
nakayaan「今回は80年代っぽいものですかね。そのなかでもインエクセスやマキシマム・ジョイといった黒人じゃないファンク。ただ、もともと僕はスライ(&ザ・ファミリー・ストーン)が大好きなんですよ。彼らは黒人・白人・男性・女性、ゴチャ混ぜのバンドで、いろんな要素が入っているじゃないですか。スライの影響もあってミツメは黒すぎないファンクになっているのかもしれない」
――nakayaanさんがニカホさんのリミックスを依頼されたとき、〈これはなんか良いリミックスできるかも〉という直感があったそうですね。
nakayaan「ミツメがUSツアーをしているときに、リミックス依頼と“SUR LA TERRE SANS LA LUNE(月のない地上)“の音源が送られてきたんです。そこで聴いてみたら、自分に引っ掛かったポイントが3つあって。まずはリズム・マシーンから始まるところ、そして逆再生っぽいシンセの音が好みだったこと、 最後にニカホくんの声。これだけ引っ掛かったんだから何とかなるだろうと思って(笑)、リミックスを引き受けました」
――ニカホさんの声のどんなところにおもしろさを感じたんですか?
nakayaan「 声だけじゃなくて他の2つもそうなんですけど、俺っぽいなと思ったんです(笑)」
一同「ハハハハ(笑)!」
nakayaan「自分のリミックスをミツメのメンバーに聴かせたところ、これ〈歌ってるのnakayaan?〉と言われたくらいで」
――ニカホさんはnakayaanさんのリミックスを聴いて、どんな感想を持ちましたか?
ニカホ「すごくおもしろかったです。僕が最初に引っ掛かったのは使われている声ネタ。映画『気狂いピエロ』(65年のジャン=リュック・ゴダール監督作)でのジャン・ポール・ベルモンドのセリフをサンプリングしているんですけど、僕が中高生の頃に事あるごとに観ていた映画だったので、〈わっ!〉となりました」
nakayaan「“SUR LA TERRE SANS LA LUN”というタイトルがフランス語だったから 、リミックスはなんらかのアンサーにしたいと思ったんです。何かないかなと模索した結果のゴダール(笑)」
ニカホ「ゴダールの作品ではいちばんラヴリーな作品だと思うし嬉しかったな。あとnakayaanさんのリミックスはパンの振り方や音像が凄いなと思いました。すごくビザールな空間が広がっていて」
nakayaan「パンの振り方にはこだわりました。あちこちからいろいろな音の切れ端が聴こえる、おもしろい感じにできたら良いなと」
ニカホ「ヤラれたと思いました(笑)。あと僕はパーカッションがすごく好きなので、コンガの音が足されていたのもアガりましたね。コンガが入っているだけでときめいちゃうんですよ」
――ここ最近で特にときめいたコンガは?
ニカホ「コンガではないんですけど 、アッサガイという70年代のアフロビートのグループがいて、彼らのジャンベやパーカッションの音はすごく好きでしたね」
エンジニアは岡田拓郎とジョン・マッケンタイアの2択だった
――今回の作品は元・森は生きているの岡田拓郎さんがミキシング・エンジニアを担当していて、各楽器のバランスや立体感もユニークで耳に残るものになっていますね。
ニカホ「レーベルからエンジニアの選択肢が来たとき、岡田くんとジョン・マッケンタイアの2択だったんです(笑)」
一同「えー!」
ニカホ「もちろんジョン・マッケンタイアにも興味はあったんですけど、岡田くんは同世代のなかでは珍しいブルース好きという噂を聞いていて、 一度会って話したいしセッションもしてみたいなと思っていて。森は生きているもずっと聴いていたから、彼にお願いすれば間違いないだろうなと。 コミュニケーションもジョン・マッケンタイアよりは取りやすいでしょうし」
nakayaan「そりゃそうだろうね(笑)」
――ミックスをしてもらうにあたって具体的なお願いはしたんですか?
ニカホ「いや、もう岡田くんがステップキッズあたりのサイケ・ソウルをめざせば良い感じになるでしょうと言っていて、それは間違いないなと思ったからその路線で」
―― あー、ステップキッズをめざしたというのは、すごく納得がいきます。
ニカホ「僕は基本投げちゃう性格なので」
――それはちょっと意外ですね。今回の作品はほとんどすべての楽器を自身で演奏されたそうですし、いまのニカホさんは他人と共同制作をしてひとつの芸術を作り上げるというよりは、自分の創作欲求を純度の高い形で外に出したいモードなのかなと思ったので。
ニカホ「どうなんでしょうね。でも基本はバンド出身の人間なのでセッションとかもすごく好きですし、次の作品を作るときはライヴ・メンバーに手伝ってもらいたいと思っています」
――nakayaanさんがソロ・アルバムの『EASE』(2014年)を作ったときはどうでしたっけ?
nakayaan「あの作品については、自分一人だけで完成させました。自分だけで音を何度も重ねて音楽が完成したときの快感ってあるんですけど、それを感じたくてやった」
ニカホ「ミツメとnakayaanの活動はどう使い分けているんですか?」
nakayaan「そんなに違いはないんだけど 、ソロは自分が隅々までコントロールできるので、そのときに好きな音楽を突き詰めてやってみるという感じ。最近また新しくディグしていて、そうしたインプットが増えてくるとやりたい気持ちになってくるし、また作りたいという気持ちにいまなっています」
――じゃあ次に作る作品はどんな感じになりそうですか?
nakayaan「最近はフランスづいていて、この間もレオノール・ブーランジェ『Feigen Feigen』(2016年)のリリースを記念した、恵比寿NADiff a/p/a/r/tでのフレンチ・アヴァン・ポップにまつわるトーク・イヴェントに、小柳帝※さんにゲストで出演させてもらって、その機会にかなりディグしました。なのでフランスの影響を受けたものになるかも……。特にゼッデンネールやヘンリー・カウのレコメンディッド・レーベルからの流れにあるAYAAというレーベル周辺がかなり変態でおもしろくて、比較的最近のものならルク・ド・ブクやオフィサー!など、ヤバいバンドをたくさん知ることができました」
※95年の著書「モンド・ミュージック」で知られる音楽ライター/フランス語翻訳者
――英米のアヴァン・ポップとの違いは?
nakayaan「フランス語で歌っているから語感がユニークだし、どことなく優雅な感じがありますね。あと、室内楽的な音楽がベースにあるからか進行や構成が凝っていたり、おもちゃみたいな楽器を使う人が多くて音程が微妙なところとか。そことは関係ないんですが、モンド・ミュージック的な昔のラウンジやムーグを使った音楽――ジャン=ジャック・ペリーなんかをサンプリングしてヒップホップを作っているトラックメイカーもいて、WhoSampledでサンプリング・ソースから探してみたり。昔の素材をカットアップして自分らしく使う、というのに改めてを感じるところではあるので、自分の音源でもやりたいなと思っていますね」
――なるほど。いまの話を聞いて、nakayaanさんの今回のリミックスは次のモードを予見させるものになっていると感じました。
nakayaan「ええ、結構そうなんです!」