来る11月29日(火)と12月1日(木)の2日間、Motion Blue yokohamaにてディナーショウ、題して〈菊地成孔ぺぺ・トルメント・アスカラールと供に提供する『晩餐会 裸体の森へ』〉が催される。(高級)ジャズ・クラブにおいて演奏と飲食は、もとより不可分なものとされているが、あえて〈ディナーショウ〉と銘打った狙いはどこにあるのだろうか。その答えを知るべく、本イヴェントのプロデューサーでもある菊地のもとを訪ねた。さらにインタヴューの後半では、自身の音楽活動から政治、映画/ドラマや本まで、さまざまなトピックから2016年を振り返ってもらっている。

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極端に秘密クラブ化された、贅沢な遊び 

――さっそくですが、ディナーショウというフォーマットに込めた狙いを教えていただけますか?

「そもそもジャズ・クラブには、バーテンダーが作ったカクテルをその日のバンマスが味見して、カクテルに名前を付けるという伝統があるんですよ。おそらくアメリカで始まった風習ですが、それがまだ綿々と続いているわけです。ディスっているわけではありませんが、普段からカクテルを飲んでいるジャズのバンマスなんてほぼいないし、洒落た名前をその場で思い付くなんてことも、そうそうできるわけじゃない。だから、適当に自分の曲名を付けたりするわけで、実に不毛なことだと常々思っていたわけです。それもあって、〈自分の音楽にはこういう酒が合う〉ということを一度きちんとやってみようと思い、4〜5年前にブルーノート東京での公演に際して、店のワイン・リストを見せてもらったんです。〈企業秘密では?〉という情報も載っていたので、いいのかなと思いましたけど(笑)。

でもそのおかげで、ブルーノート東京にはいいワインが眠っていることがわかったんです。非常に立派なカーヴがあり、ソムリエは6人もいる。それなのに、毎晩ビールとポテトを中心にオーダーされていて、さぞ働き甲斐もないだろうと(笑)。そこで、もっとカーヴの中に眠る中~高価格帯のワインが動く仕掛けをしたほうがいいんじゃないかという話を振ったところ、厨房からの喰い付きが良く、どんどん話が膨らんでいったんです。最終的にはメインディッシュとワインを合わせることになったので、シェフと相談して食材を決め、シェフがレシピを決めて僕がそれに修正を加え、さらに料理と合わせるワインを決めて、メニューに長文の解説を入れる――というかなり大掛かりなことにまで発展しました」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、2014年にブルーノート東京にて
 

「このとき、公演の情報をワイン通の人たちにも発信したんです。例えば〈シャトー・シュヴァル・ブランをグラスで飲めますよ〉と。シュヴァル・ブランは、伊勢丹新宿店の地下で買うと20万円くらいするワインで、グラスで飲めるなんてことは、通常では絶対にあり得ません。それもあってチケットは完売しました。さらに、〈ボトルを頼まれた方にはエチケットにサインをします〉とアナウンスしたこともあり、低価格帯から高価格帯まで万遍なくボトルが出て、カーヴの動きという意味でも狙い通りとなったんです。それが物凄くいい感じだったので、その後も何度かそうして遊んでいました。それを横目に見ていたのが横浜なんです(笑)。Motion Blue yokohamaには〈酒の品揃えは青山(ブルーノート東京)に敵わないけど、料理はウチのほうが美味い〉という意地があるんですよね。そこから、もともと飲食の担当で、現在はブルーノート東京で国内アーティストのブッキングを担当している岡島さんから〈自信を持ってMotion Blue yokohamaの料理を勧めたい〉という依頼が来て、それが今回の公演に繋がりました」

メイン料理の〈蝦夷鹿ロースのロティ プラリネ風味 ポワヴラードソース〉。ディナーショウの式次第/タイムテーブル、ドレスコード、コース料理などの詳細は菊地による解説コラムにまとめられている
 

「料理の内容と酒を選ぶのはさほど難しくないというか、一番楽しい作業です。遊んでいるようなものですから。〈バンドがこういう演奏をしている最中に、こういうワインを飲んだらいいだろうな〉というのは、音楽と酒のどちらも好きな人なら一度は夢想することじゃないですか。だから、今回もそれで行くのかと思っていたら、岡島さんは、完全にディナーが済んでから演奏が始まる、という形式にこだわった。

仮に酒を飲まなくたって、ライヴを鑑賞するときは(客席が)暗くなるし、音が気持ちいいと夢見心地になることもある。ましてや今回は満腹で、酒も呑んでいるとなったら、〈どう考えても演奏が始まったら、寝るよね?〉と言ったんですけど、〈そこを寝かさないのが菊地さんですよ〉って返されて(笑)。とはいえ、出演する音楽家のプロデュースによる、レストランとして独立したレヴェルのフレンチのフルコースと、きちんと選ばれたワインを饗するショウは、おそらく日本のジャズ史上において初めてのことだと思いますので、そこはやってみる価値があるのかなと。そんなことをする店もなかったし、そんなことをするジャズ・ミュージシャンもいなかった。飲食が好きなジャズ・ミュージシャンと、飲食出身のブッキング担当者が偶然にも出会ったから出来上がった企画です」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールがMotion Blue yokohamaで行った2014年のライヴ映像
 

「といっても、歌謡界の人たちがやるディナーショーのように、途中でおしゃべりの時間があって、お肉を食べていたらテーブルに郷ひろみさんが来てくれる……みたいなディナーショウではないので〈晩餐会〉と銘打つことにして。演奏自体は、特に変わったことはしません。今回のバンドはペペ・トルメント・アスカラールなので、最初に長々と挨拶する以外、あとはMCもなくひたすら演奏をします。食後に酒やフロマージュとかを楽しんでいるときに、俺たちが演奏するのは贅沢でしょ、という心持ちで臨もうかと。ほかにもドレスコードはあるわ、値段は高いわで、バッサリ切っちゃっているというか、そういうことを楽しめる嗜好とお金のある人しか来ない。要するに、極端に秘密クラブ化された2公演なわけです。意外とすべては杞憂で、美味しいものを食べて呑んで盛り上がって、演奏を聴いていい気分、ということになればいいし。だとしたら遊びとしていいかなと思い、引き受けることにしました」

 

既成概念に一石投じる、贅沢なチャレンジ

――今回のドレスコード、ちょっと変わっていますね(男性はボウタイか帽子を着用。女性はシームありのストッキングかヘッドアクセサリーを着用)。その狙いはなんでしょう?

「一般的なレストランのドレスコードって、要ジャケット、要ネクタイ、短パンNG、サンダルNGといったところですよね。それを踏襲してしまうと、レストランの気風を守るためにやっているドレスコードと変わらない。なので、極端に言うと短パンでもいいし、奇矯な格好でもいい、ということにしました。まあ、日本はコスプレ文化なので、学帽を被ってきたりだとか、とてつもない人が出てきちゃうリスクはありますが(笑)。

とはいえ、R&Bとかソウルが好きな男の子なら、ニットキャップをいつも被っているじゃないですか。いまって、ユースにおける帽子の普及率が大正時代と同じくらい高いと思うんです。大正時代は、丁稚さんがみんな和服の上にカンカン帽みたいなものを被っていましたからね。近年、特に80年代のユースは帽子を被りませんでしたが、ここ最近はすごい普及率だと思います。比較的地道な変化だから指摘されないけれど、男の子が〈今日はどの帽子にしようかな〉とか〈オレの帽子はコレに決まっている〉みたいなことを日常的に思っている状況って、久しくなかったのではないでしょうか。というわけで、帽子といって慌てふためく人もいないだろうという判断で、ドレスコードにしました。ボウタイも、自分で結ばないアタッチメント式であれば敷居は低いだろうし、必然的にカラーがあるシャツが必要になるけど、その上はニットやカーディガンで構わないし、といったことで採用したんです。

女性の〈シームありのストッキング〉というのは、50年代的なスタイルを、という狙いです。普段から履いている人はあまりいないかもしれないけれど、そういう遊びを楽しめるのは、圧倒的に女性が多いですからね。そういったドレスコードに関しては、男子にはあまり負荷を与えず、女子には気軽に楽しんでもらえるように設定しました。まあ、ドレスコードを設けましょうと言い出したのも岡島さんなんですけどね」

――演奏前のディナータイムには、どういった音楽が流れるのでしょうか?

「〈晩餐会全体をプロデュースしています〉と言った手前、食事中の時間には僕が選んだ曲を流すことにしています」

――例えばどのような曲を?

「それは、来てみてのお楽しみです。そもそも、フランス料理やイタリア料理を食べるときに何を聴けばいいかという問題は根深いですし、僕自身がずっと考えていることでもあって。そんなことを真剣に考えているのは、少なくとも日本では僕くらいでしょうしね。例えば高級なリストランテに行って、比較的がっつりしたアミューズから始まり、骨太なワインが出てきて、その後もたっぷり飲み食いをするようなシチュエーションだと、大抵流れているのはヴェルディとかプッチーニなわけですが、それだともう耳は重いわ、お腹は重いわでメタメタになっちゃいますよね(笑)。おそらく店側に音楽の素養がなく、自分がイタリア・オペラが好きだからかけているのだと思われますが、これはキツいわと。

トラットリアだとUSENが普及していることもあって、店側の趣味でいろいろ流れていますが、相当高い確率でジャズが流れていますよね。ジャズは本当に万能。ラーメン屋だってコルトレーン、魚民だってコルトレーン、高級懐石もコルトレーン、三つ星レストランもコルトレーン(笑)。あとはボサノヴァくらいで、サウスのヒップホップをかけてるビストロなんてあんまりないですよね(笑)」

――ビストロはいまだにミュゼットみたいな、軽やかな音楽が流れていますよね……。そうした既成概念というか思考停止状態に一石を投じる意味合いも、今回はあると。

「そうそう。こういう料理に思い切ってこういう音楽を当てると、びっくりするけど意外に合うんだっていう、隠し球みたいなことをしてみたいなと。以前にラジオ(TBSラジオ『菊地成孔の粋な夜電波』)でも特集したんです。地産地消ということで、フランスのワインに合うのはフランスの現代音楽だと。ピエール・ブーレーズはすごくシャンボール・ミュジニーに合うんだとかね(笑)。とにかく今回は、音楽を聴いて心地良くなっていただくことも重視しつつ、こんな音楽が意外と食事やワインに合うんだという斬新な選曲をしているので、それもお楽しみにという感じですかね」

――今回、公演は11月29日(火)と12月1日(木)の2日間ありますが、選曲も含めてセットは……。

「まったく同じです。こういう場合、何かが違うと思ってコンプするべく2日とも来る人が必ずいるのですが、今回は一音たりとも変わりません(笑)。間隔が1日空いているのは、食材を仕入れたり仕込んだりといったお店側の都合です。2日連続だと胃が大変だと思いますが、1日空いているので、中日は蕎麦か何かで済ませ、また来るということも可能ではありますが、とにかく、選曲と演奏はまったく同じですので」

――この晩餐会、菊地さんのなかで一番チャレンジとなる部分はどこでしょうか?

「ペペ・トルメント・アスカラールの音楽性を刷新するのは、ちょうど晩餐会が終わってからなんです。弦のメンバーが替わりますし、最近のアルゼンチン、ブラジル、ペルーあたりの音楽からもだいぶインスパイアされているので、しばし作っていなかった新曲を、来年は投入しようと考えています。なので音楽的に言うと、今回はペペの定番曲を気持ち良く並べています。チャレンジという面では、食事が終わって、通常だったら帰って寝るかヤるだけという状態の人たちを相手に、一からコンサートを始めるということが、果たしてどのくらい成り立つのかということに尽きますね」

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの2011年作『New York Hell Sonic Ballet』収録曲“儀式”のライヴ映像
 

――そのチャレンジは、何をもって成功と見なされるのでしょうか。

「いやまあ、寝かせないことですよ(笑)。寝かせないことと気分を悪くさせないことの2点に尽きますね、ホスピタリティーということでいうと。もちろん、通常のライヴより良かったと思っていただきたいです。〈おかげさまで高い金を払った甲斐がありました〉と思わせないとお客さまに失礼ですし、企画は失敗ということになりますから。そのために何を準備したかといえば、アレキサンダー・マックイーンのスーツを新調したくらいですが(笑)」

――晩餐会の式次第を見ると、今回はディナーの終わりと演奏の始まりの結節点として、〈特別乾杯酒〉なるものが用意されています。これはどういったものなのでしょう?

「都内のとある高級イタリアンでフレイヴァード・シャンパンが振る舞われたんですけど、そのときにすごいショックを受けて。半分ほどシャンパンを飲んだ頃に給仕が来て、〈これを入れてください〉とガムシロップみたいなものを渡されたんです。シャンパンってもともとドサージュされて砂糖が入っているので、さらにガムシロを入れるの?と思ったら、バニラの香り付けがされたシェリー酒で。シャンパン・カクテルというか、飲みかけのシャンパンにひと味足すわけですが、そうするとシャンパンとは異なる、まったく違う地平へ飛んだんです。しかも物凄く音楽的に感じたんですよね、響きがあるというか。

よく共感覚みたいなことを言う人がいますよね。音に色があるとか、音に味があるとか。そんな共感覚はついぞ持ったことがなく、音は音だし、色は色だし、味は味と分離している私ですが、そのときばかりは音がしたんです。何の音かは言い難いのだけれど、自分の持ちアイテムのなかではペペ・トルメント・アスカラールが一番近かった。そして今回、演奏の最初にフレイヴァード・シャンパンで乾杯をするわけですが、口に含んで〈こんなふうになるんだ!〉と思っていただいた瞬間に、僕が記憶していたその響きがぐわんと鳴るっていう。フレイヴァード・シャンパンを飲んだときに、僕の頭の中で鳴った音を記憶から立て直して、実際に出力する、というところから演奏が始まるわけです」

――その音は、調性で言うと……?

「無調ですね」

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