©BRIAN ENO

自己省察のための音楽

〈省察〉というタイトルのミュージック・フォー・シンキング・シリーズ最新作

 前作『The Ship』は、これまでのブライアン・イーノのどの作品とも異なる、新しいコンセプトにもとづいた作品だった。自作に対して、非常に饒舌にその成立ちについて説明するイーノ自身の発言にも、以降のイーノの作品が少なからず変化していくのではないかと思わせるような何かがあった。これまでイーノが展開してきたシリーズである、アンビエント・ミュージックともシンキング・ミュージック(かの名作に倣って、ミュージック・フォー・シンキング、と呼びたいところだが)でもない、きわめて同時代的な社会的問題意識を内包した作品として、イーノの作家史においても重要な作品となることだろう。その最終曲(日本盤では、そのあとにボーナストラックが入っているが)である、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“I’m Set Free”のカヴァーにおいて、イーノが私たちに〈新しい物語〉に向けての、未知への航海をうながしたように、それは、私たちが世界の変化というものに、どのように対していくかを考えさせるものでもあった。私たちはこれからの世界(新しい物語)をどのように生きていくべきなのか。

 その意味で、『The Ship』からそれほど時間をおかずに発表された、イーノの新作が『Reflection』と名付けられているということは興味深いことだ。イーノは、この作品がイーノ自身に「過去を振り返させ、物事を熟考するように働きかける」と言う。またそれは、「自分自身との内在的な会話を促す心理的空間を誘発する」ように感じるものだという。そして、この〈省察〉というタイトルを持った作品は、2012年に発表された『Lux』に続く、シンキング・ミュージックのシリーズに数えられるもので、さかのぼれば1975年の『Discreet Music』を起源に持っている。よく知られているように、アンビエントへと継承される、環境としての音楽のあり方が提示された“Discreet Music”には、のちのイーノの作品において展開されていくことになる複数のコンセプトが胚胎していた。先に挙げたように、ひとつはアンビエントで、『Music For Airports』(1978年)を生み出す。もうひとつはシンキング・ミュージックで、『Thursday Afternoon』(1985年)、『Neroli』(1993年)、そして『Lux』がそれにあたり、継続的に発表されてきた。

 そうした原点ともいえる“Discreet Music”が生み出されたのも、イーノの思索の賜物でもあったと言ってもよい。イーノ自身によるライナーノートに書かれているよく知られたエピソードであるが、1975年にイーノは交通事故に遭い入院し、ベッドで動けない状態にあった。お見舞いに来たジュディ・ナイロン(パティ・パラディンとスナッチというパンクバンドを結成する)が18世紀のハープ音楽のレコードを持って来て、彼女が帰った後、そのレコードをなんとかステレオにかけることができたが、ヴォリュームが小さすぎ、しかもステレオの片方のチャンネルから音が出ていない。しかし、ベッドに戻って横になってしまったので、それを直すことをせず、ほとんど聴こえない状態のままレコードをかけていた。その経験がイーノに新しい音楽の聴き方を示唆し、光の色や雨の音と同じように、音楽もまた環境の一部として機能するということに気づかせた。それによって、〈聴くこともできるし、無視することもできる〉という、まるで音楽が雨だれの音と等価となるような、環境の一部としての音楽のあり方が発見された。それは、ベッドに寝たきりになりながら、よく聴こえないレコードを聴いていたことによって得られた、聴こえないくらいに小さな音量で流されていた音楽が、思考を促す触媒となったことを如実に物語っている。