©Yoshinori Kurosawa

古楽・現代音楽・民俗音楽 境界線を越えるアンビエントなマリンバの調べ

 三村奈々恵の新譜『マリンバ・クリスタル -祈り-』には、境界線を越える音楽たちが響き合う。そこにはさまざまな〈祈り〉がある。哀悼、感謝、愛情、友情、懐古、再生。やわらかく凛と響くマリンバの音色は、古楽から現代音楽、民俗音楽まで幅広く包み込む。

 3歳で音楽教育を受け、10歳でバッハに魅了され、家庭ではジャズもロックもポップスも聴いて育つ。国立音楽大学卒業後、ボストン音楽院で修士号を取得。国際コンクールで優勝を重ね、バークリー音楽院では非常勤講師も勤めた。

三村奈々恵 『マリンバ・クリスタル -祈り-』 クリストン(2016)

 多様なルーツを持つ音楽を聴いてきた三村さんにとっての本作の選曲と楽譜選びにはこだわりが光る。バッハの“シャコンヌ”はオリジナルのヴァイオリン譜を使用、キース・ジャレットの伝説的な完全即興演奏“ザ・ケルン・コンサート”はマヌエル・バルエコのギター編曲版をもとに。現代音楽家陣も多彩だ。ポーランド生まれのアンナ・イグナトヴィチ、アルゼンチン生まれのオスバルド・ゴリホフ、ギリシャ生まれでカナダ国籍のクリストス・ハツィス、日本の吉松隆。

 吉松氏の楽曲“バードスケイプ”は、30年余り眠っていた未発表作品で、今回が世界初録音。鳥をテーマにした作品で知られる吉松さんの三村さん評は「自然児っぽい奔放さと巫女のような神性が同居している」。

 中学時代のあだ名が〈卑弥呼〉だったマリンバ少女は、八ヶ岳の自然の中で育った。縄文土器がごろごろ出土する茅野市の出身で、「アニミズム好きです。わたし自身、木を叩いていますしね」と笑う。便利すぎる時代だからこそ、マリンバのようなプリミティブな楽器の意義を感じるそうだ。文化人類学的なマリンバの歴史は、長らくアフリカ起源とされてきたのが、最近はインドネシアからマダガスカルに伝わった説が有力なのだと熱く語る。

 クリストス・ハツィス作の“ファティリティー・ライツ”はイヌイットの〈喉歌〉とマリンバのコラボが斬新な楽曲なのだが、三村さんは包容力のある演奏で表情豊かな祈りの音楽に昇華させている。

 オクタヴィア・レコードは音を有機的にとらえる録音技術に定評があり、機材選びにもきびしい。彼女の卓越した演奏力と感性を見事に生かすために最強チームで録音に臨んだ。

 上質な祈りの響きと響きのあわいにひたりながら、インタヴュー後、彼女がつぶやいた言葉を咀嚼する。「境界と境界のあいだにある異次元へのトンネルを越えて、未知なるトポス(場所)へ」。境界線を越えるマリンビストの祈りの響きは、さらなる次元へ届くことだろう。

 


LIVE INFORMATION
珠玉のリサイタル&室内楽
三村奈々恵 マリンバ・リサイタル~マリンバ・クリスタル~

2017年2月24日(金)東京・銀座 ヤマハホール
開場/開演:18:30/19:00
出演:三村奈々恵(マリンバ/ヴィブラフォン)
共演:塩入俊哉(ピアノ)/楯直己(パーカッション)/古川展生(チェロ)
曲目:K.ジェンキンス(三村奈々恵 編)/ヒム(静寂) ほか
http://www.nanaemimura.com/