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唯一無二の歌い手となったカレン・エルソン、ジャック・ホワイトとの離別や波乱の人生を経て辿り着いた〈本当の美しさ〉とは

カレン・エルソン『Double Roses』

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  • 2017.05.01
唯一無二の歌い手となったカレン・エルソン、ジャック・ホワイトとの離別や波乱の人生を経て辿り着いた〈本当の美しさ〉とは

イギリス出身のシンガー・ソングライター、カレン・エルソンが7年ぶりとなる新作『Double Roses』をリリースした。ファーザー・ジョン・ミスティの盟友、ジョナサン・ウィルソンがプロデュースした本作は、ブラック・キーズのパトリック・カーニーなど豪華ゲストの参加も話題に。Numero TOKYOの2017年4月号で表紙を飾るなどトップ・モデルとしても活躍中の彼女は、ジャック・ホワイトの元妻としても知られているが、そういった情報を一旦忘れてじっくり聴き入りたい、とても誠実で奥深い一枚だ。今回は女性シンガー/SSWに深く精通している音楽ライターの内本順一氏に、本格派の表現者として覚醒したカレン・エルソンの魅力を解説してもらった。 *Mikiki編集部

KAREN ELSON Double Roses 1965/HOSTESS(2017)

 

〈小鳥のさえずり〉と〈心の砂漠〉を併せ持つ、歌唱表現の深み

「カレンの声を聴くと、朝、小鳥のさえずりを聞いているような気持ちになる。魂の美しさが声に表れているようで」――そう話すのはローラ・マーリング。先頃6枚目のアルバム『Semper Femina』を発表した英国のシンガー・ソングライターだ。そのマーリングもコラボレーターとして参加したセカンド『Double Roses』におけるカレン・エルソンの歌声には、確かに〈魂の美しさ〉が表れている。恐らくエルソンがこのアルバムで、過去の波乱も自身の弱さも曝け出し、その上でとても本能的、あるいは開放的に歌っているからだ。そこからは彼女の透徹した精神を感じとることができる。

ローラ・マーリングが参加した『Double Roses』収録曲“Distant Shore”
 

だが一方で、彼女の歌声は諦念も含んでいる。曲によっては、未だ絶望の淵から離れずにいる姿が浮かんでもくる。〈私はここにはいない 海の底の一番深くて暗いところにいるみたい〉、“Call Your Name”でそう歌っているが、まさにそのような状態をイメージしてしまう歌声だなと思わされるときがある。〈私の心には砂漠があるの〉と、“Hell And High Water”ではそう歌っているが、その曲の歌唱表現はそのことに納得がいくものだったりもする。

〈小鳥のさえずりを聞いているような気持ちになる〉くらい美しく、同時に〈心に砂漠がある〉という表現にも頷いてしまう歌声。カレン・エルソンのシンガーとしての魅力を初めに書くなら、つまりそういうことだ。相反するようなその両方を同時に感じさせるシンガーは滅多にいない。少なくとも若いシンガーはその両方を持ちえない。カレン・エルソンは79年生まれだから、現在38歳。バツイチで、子供がふたり。人生経験あってこその、その歌声であり、歌唱表現であるのだろう。そして気品と同時に、だからこその色気が、彼女の歌には多分にある。

 

モデルと音楽活動の両立、愛と離別―ワイルドで普通じゃない人生

カレン・エルソンはイングランド北西部に位置するグレーター・マンチェスターの出身。16歳でモデルを志し、17歳でNYの写真家スティーヴン・マイゼル(高名なファッション・フォトグラファー。マドンナの写真集『SEX』の撮影も手掛けた)に見出されてトップ・モデルとなり、2005年にはブリティッシュ・ファッション・アウォーズのモデル・オブ・ジ・イヤーに輝いている。最近ではMIU MIU 2017年春夏キャンペーン〈Suddenly Next Summer〉にエル・ファニングらと共に登場。つまり現役のトップ・モデルである。

一方、NYのキャバレー・グループ、シチズン・バンドの一員として5年ほど動いたり、ロバート・プラントのシングル“Last Time I Saw Her”(2003年)にヴォーカルで参加したり、セルジュ・ゲンズブールのトリビュート盤『Monsieur Gainsbourg Revisited』(2006年)で“I Love You”をキャット・パワーとデュエットしたりといった具合に、早くからシンガーとしても多方面で活動してきた。

そして2010年には、アルバム『The Ghost Who Walks』でシンガー・ソングライターとしての本格的なデビューを果たしている。同作では、2005年に結婚して夫となったジャック・ホワイトがプロデュースを担当。現在もエルソンが住むナッシュヴィルにオマージュを捧げたその盤は、いかにもホワイトらしい作りこみがなされ、時間軸が歪んだような独特の幻想世界を表出。キャバレー的だったりオルタナ・カントリー的だったり、リバーブがかったサウンドに乗せてシアトリカルに歌うその頃のエルソンには、10代のときに好きだったというニック・ケイヴやPJハーヴェイからの影響も見て取れた。

 

愛と哀しみに彩られた、何物にも似ていないアルバム

その初作から約7年。ここに完成したのが、それとは作風の大きく異なる〈これぞ真のカレン・エルソン〉と言うべき2作目『Double Roses』だ。エルソンはジャック・ホワイトとの間に『The Ghost Who Walks』に加えてふたりの子供ももうけたが、2013年に離婚。『Double Roses』に収録されているのは、そのことを含め、「どの曲も自分の体験から生まれたもの」だと彼女は言う。そしてこのように念を押す。「もちろん才能溢れる彼(ジャック・ホワイト)のことも関係しているわ。でも、だからといって離婚をテーマにしたアルバムというわけではない。私ももう38歳。ワイルドで、ちょっと普通じゃない人生だったなと思う。そう、『Double Roses』は、言わば私の愛と哀しみに彩られた20年を振り返った総括的なアルバムよ。強烈で心に残る思い出がたくさん詰まっているの」。

波乱に富んだ人生を振り返り、本来の自分を取り戻すために大胆な選択をする女性の姿が、ここには描かれている。言うまでもなくその主人公はカレン・エルソン自身であり、つまりある部分においての自叙伝的なもの。リアルである故に、聴く者の胸に迫るものがある。彼女はこうも言う。「『The Ghost Who Walks』のときはミュージシャンとしての自分に自信が持てず、〈殺人バラード〉と呼べるような音楽のヴェールで核心を包み隠してしまっていた。今回のアルバムはもっと自分の弱さを曝け出して曲作りに臨んだの。ホンモノの音楽を作るには、個人的な経験や秘密の部分に深く分け入る必要があると感じた。作り話なんかじゃないのよ」。

もちろん作り話が悪い、またはつまらないというわけではない。彼女自身、『The Ghost Who Walks』では、演劇的に作りこまれた世界観を表現するのを楽しんでいた。が、いろんな人生経験を経て、今はもう飾らず曝け出したくなったのだ。真の美はそこにこそ宿るという考えもあったのだろう。エルソンは昨年、英ES誌のインタビューに応えて、こんなことを話している。「いまの社会で人々が追い求めている美の水準は、達成不可能なものばかり。若さを維持したいと誰もが望んでいるけれど、私はそうは思わない。カトリーヌ・ドヌーヴやスーザン・サランドンみたいに年齢を重ねた人生経験豊富な女性こそ美しいと私は思っているの」――このような考えが、シンガー・ソングライターとしての現在の表現モードにも繋がっているわけだ。

『Double Roses』はジョナサン・ウィルソン(ジャクソン・ブラウン、ファーザー・ジョン・ミスティ、コナー・オバーストほか)がプロデュースを担当。またブラック・キーズのドラマーであるパトリック・カーニー(最近はミシェル・ブランチの新作『Hopeless Romantic』をプロデュースして、彼女と恋仲に)が2曲をプレイ&プロデュースしている。ブラック・キーズと言えばジャック・ホワイトとの確執がよく知られた話なので、余計な心配もしてしまうが、とりあえずここでのカーニーはいい仕事をしている。ほかにジョナサン・ウィルソン繋がりでファーザー・ジョン・ミスティがドラムを叩いている曲(“A Million Stars”)があったり、冒頭に記した通りローラ・マーリングがバック・ヴォーカルで参加した曲(“Distant Shore”)があったり。さらにはウィルコのパット・サンソン、ブライト・アイズのネイト・ウォルコット、ジョージ・ハリスンの長男ダーニ・ハリスンも参加。彼女曰く「友人がスタジオを気軽に訪ねてこれる、いい雰囲気のレコーディング」で、それ故の有機的な感触があるのもこの作品のよさのひとつだ。

※カレン・エルソンとの離婚にまつわる裁判資料がきっかけで、2013年にジャックがブラック・キーズのダン・オーバックを〈パクリ〉〈嫌なヤツ〉とメール上で罵っていたことが発覚。それ以来、両者のトラブルが何度か報じられている

因みに前作は現在も住むナッシュヴィルで録音されたが、今作はLAで録音。しかしながら湿り気のあるサウンドの質感はイギリス的と言えるものだ。「自分のイギリス人らしさを解放することにしたの。ナッシュヴィルを愛しているけど、そこで録音するとどうしてもナッシュヴィル的な音が滲み出てしまう。南部音楽的な要素は排除したかったし、その代わりにイギリスの荒野や、霧の深いロンドンをイメージさせるアルバムを作りたかったのよ」とエルソン。つまり彼女のルーツが濃く表れている作品と言うこともできる。

影があって、不吉なムードの漂う曲が少なくない。不吉な兆しの象徴と言われるワタリガラスのことを歌った“Raven”や、曲の中盤以降はサックスが延々とむせび泣き続ける“Wolf”などは情念的なものも表出し、どこか演歌のようでもある。が、一方で“A Million Stars”はカントリー・タッチの穏やかなものだし、アルバムを締める“Distant Shore”には穏やかさのなかに彼女が辿り着いた境地が見て取れる。また、オープナーの“Wonder Blind”や“Why Am I Waiting”のようにバロック調のアレンジが施された曲もある。MVも公開されている“Call Your Name”は、ドラマティックでありながらポップさもあるメロディーや歌唱、MVの映像もすべてが美しく、これはリード曲として相応しい。アルバムのジャケット写真はこのMVの一場面だ。

なお、2曲目の表題にしてアルバム・タイトルにもなった“Double Roses”の歌詞は、2014年の春、NYへ向かう際に読んだ劇作家サム・シェパードのエッセイ集「Motel Chronicles」収録の詩に自分を重ねて書いたものだそうだ。逆境に負けず、変化を恐れず、故郷に思いを馳せながら自分自身に立ち返らんとするエルソンと、激しい風に吹きさらされても美しい花を咲かせる八重のバラ。確かにそれは鮮やかに重なる。

誰々や何々に少しも似ていない、まさにカレン・エルソンが唯一無二の素晴らしいシンガー・ソングライターであることを強く感じさせる傑作だ。

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