COLUMN

草間彌生美術館、開館 〈世界でもっとも影響力のある100人〉にも選ばれた人生の開拓者、草間が訴え続けたメッセージとは?

Exotic Grammar Vol.53-1

Portrait of Yayoi Kusama (C)YAYOI KUSAMA

 

〈世界でもっとも影響力のある100人〉にも選ばれた人生の開拓者、草間が訴え続けたメッセージとは?

 「わたくしはただの芸術家ではありません。芸術を以ってする、人生の開拓者なのです」

 日本が世界に誇る前衛芸術家・草間彌生。長年の悲願であった〈草間彌生美術館〉の開館記念展にあたり、彼女はこう語った。切々と言葉を重ねたスピーチのなかでもこの部分にはグッときた。それは現在の快挙を成し遂げるまでに草間が味わってきた壮絶な苦闘があるからだ。現役で個人美術館を建てたよ ろこびはどの作家よりも大きいのではないか。

 長野県松本で生まれた草間が、抑圧された悲惨な少女時代から現在まで、たえず精神疾患に悩まされてきたことは自著にも克明に記されている。押し寄せる強迫性障害と執拗な幻覚を、無限に反復する網目や水玉を描写することによって必死でつなぎとめようとした原初的な行為が草間芸術の発端なのだ。1957年には単身渡米し、ニューヨークでドナルド・ジャッド、エヴァ・ヘスらと同じビルに天井の高いスタジオを借り、互いに行き来して交友を深めた。やがて実家からの仕送りを断たれた草間は、ド貧困の生活のなかで周囲を圧倒する驚異的な集中力で制作に没頭。恐るべき精神集中で何日も眠らずに描き続け、しばしば病院に運ばれることもあった。そんな彼女を心配したジョージア・オキーフが突然来訪し、生活の援助のために自身の所属画廊を紹介し、作品が買い上げられたこともある。

 《無限の網》と題された約10メートル四方にもおよぶ白地のキャンバスに、どこまでも増殖する白の編目を描いた代表的な油彩画は、〈ネガ(死)とポジ(生)の反転が永遠に続く世界が見える〉という幻覚のビジョンを表現している。大型絵画の数々は、ジャッドやフランク・ステラなど同時代のアーティストや批評家たちに衝撃を与え、彼女はアートシーンの最前線に躍り出た。

 同じ頃、性や食のオブセッションを主題に、無数の男根状の突起物やマカロニであらゆる素材を覆い尽くすソフトスカルプチュアを手がけ、アンディ・ウォーホルからも賞賛された。1963年の〈集合――1000のボート・ショー〉と銘打った個展では、部屋の中に白い男根状の突起物で覆われたボートを置き、そのボートを写した999枚のポスターで壁面を埋め尽くすインスタレーションを発表した。

《春を待つ女たち[TZW]》
2005年 シルクスクリーン・キャンバス 130.3 x 162 cm ©YAYOI KUSAMA

 愛もあった。シュルレアリスムの作家ジョセフ・コーネルから毎日電話と手紙で熱心な求愛を受け、10年ものあいだ親密な関係が続いた。少女時代から男女の性に対して深刻なオブセッションを抱えていた草間にとって、自身も特異なファンタジーをもっていたコーネルの控えめな思慕は、どのような支えとなったのだろう。(後に彼女は日本のメディアの取材に応え、「男の人がベタベタするのキライなの、私」と無邪気に語っている)

 

ヒッピームーブメント全盛の時代
大流行したクサマ・ファッション

 反戦運動と性の解放を求めるヒッピームーヴメント全盛の時代、草間は〈ハプニング〉と呼ばれるパフォーマンスを開始する。また、鏡張りの部屋のなかで色とりどりの電球が点滅する〈草間彌生のピープショー〉を発表。1966年には〈ヴェネツィア・ビエンナーレ〉にゲリラで登場し、1500個のミラーボールを芝生に敷きつめ、金色の振袖姿でそれを販売しようとして事務局から中止を迫られた。

 草間の活動はしだいに過激さを増していく。穴から性器がのぞくコスチュームを着た女たちや男たちの身体に水玉のペインティングを施す〈ボディ・フェスティバル〉や、1つのドレスを2人以上で纏って愛し合う〈オージー・ハプニング〉は、ウォール街からウッドストックまで、あらゆる場所で繰り広げられた。それはハレンチな乱交というよりは牧神とニンフのピクニックのようで、ヒステリックな猛々しさよりもポップでやけくそなユーモアに彩られていた。「モードで時代を拓くために服を作ってたんです。新しい思想はこうだって身体で見せてやるわけよ」と草間は語る。クサマ・ファッションは大流行となり、ブルーミングデールなど老舗のデパートにポップアップショップが設けられ、毎日のように取材が殺到して「ウォーホルのスタジオの影が薄くなっちゃうくらい」(草間)だったという。

 1972年、コーネルとの死別、心身の症状悪化などを理由に草間は日本へ帰国する。精神病院に入退院を繰り返し、アートシーンの表舞台からも遠ざかったこの頃は、彼女にとって最も凄まじい苦闘の時代だったといえるだろう。湧きおこる自殺衝動と〈永遠の自己消滅〉のオブセッションに苛まれながらも、草間は病を克服するために芸術を続けた。

《わたしの大好きな眼たち》
2013年  アクリル・キャンバス  194 x 194 cm  (C)YAYOI KUSAMA

 だからこそ現在の快進撃は痛快だ。〈世界で最も人気のあるアーティスト〉(2014年 英アート・ニュースペーパー紙)、〈世界でもっとも影響力のある100人〉(2016年 米TIME誌)に選出され、2016年には文化勲章を授与された。数十万ドル以上の作品が欧米だけでなくロシア、中国、南米、アジアの新興国で次々と購入され、オークションの記録を何度も塗り替えた。大物コレクターから女子高生まで、世界が熱狂する現代美術の女神となった草間彌生の芸術は、この春世界巡回が一段落した大回顧展で1つの結実を見た。

 

世界の草間ファンの聖地が新宿に〈草間彌生美術館〉がいよいよオープン!

 この秋オープンを迎えた美術館は4階建ての白い建築物で、各層のホワイトキューブが螺旋状に回転し上昇していく構造だ。壁面は角をなくしてアール状に連続し、訪れる人は視線の流れを遮られることなく作品と向き合い、親密な対話を交わすことができる。さっそく、こけら落し展を鑑賞した。

 2階の展示室では《愛はとこしえ》のシリーズが壁を埋め尽くす。黒のマーカーでフリーハンドで描かれたモノクロのドローイングをシルクスクリーンで版画にした連作だ。抽象と具象が共存するイメージは細胞分裂や宇宙の生成などを思わせ、草間が提唱してきた〈生命讃歌〉を表現している。

 3階では《わが永遠の魂》シリーズの大型絵画が、未公開の最新作を含む選りすぐりの16点、展示されている。ほぼ正方形の画角に具象抽象のモチーフが自由気ままに描かれた連作はすでに530点を超え、旺盛に増殖し続けているそうだ。ナイーヴで呪術的なその高揚感は、かつての苦闘の時代には見られなかったものだが、代名詞である水玉や網目も入り交じり、過去の集大成と位置付けられている。人生の晩秋にあってもなお瑞々しい真剣さと常人を超えた精神集中で制作に取り組む作家の充実感が伝わってきた。

《無限の彼方へかぼちゃは愛を叫んでゆく》
2017年  サイズ可変  (C)YAYOI KUSAMA

 4階には、1965年以来制作し続けているミラールームの最新作《無限の彼方へかぼちゃは愛を叫んでゆく》が設置されている。種苗業を営む生家で見た「太っ腹の飾らぬ容貌」に興味を抱いていたという草間の〈かぼちゃ愛〉が充満した空間だ。小さなかぼちゃにぽっと光が灯る瞬間、お伽話がはじまる。

 5階は半ばサンルームの空間で、ミラーワークを施した大きなかぼちゃの彫刻が、燦々と射し込む光を反射して煌めきながら恭しく祀られていた。アラブの富豪なら即決しそうなアラベスク感である。

 この美術館は、想像を絶する苦悩を克服してきた草間の自己実現そのものといえるだろう。なりふりかまわぬ勇敢さと尽きることのない創造力が、抑圧された精神を救い、誰も追従できない世界へと醸成した。

 「精神的な悩み、人生に対する悩みがあった時に、私の生きてきた道にひとつでも何かを見つけていただけたら本当に嬉しい」と、草間がかつて記者発表で涙ぐみながら語ったことを思い出す。権威的な体裁を選ばず、あくまで「個人」の芸術世界に包まれる形をとったこの美術館は、病めるもの・弱きものにとっても小さな聖地になるかもしれない。

 


草間彌生(Yayoi Kusama)
前衛芸術家、小説家。1929年長野県松本市生まれ。幼少期から幻視・幻聴を体験し、網目模様や水玉をモチーフにした絵画を制作し始める。1957年に渡米、ネットペインティング、ソフトスカルプチャー、鏡や電飾を使ったインスタレーションやハプニングなど多様な展開を見せ、前衛芸術家としての地位を確立。様々なオブセッションを乗り越え、単一モチーフの強迫的な反復と増殖による自己消滅という芸術哲学を見出す。以降、世界各地の美術館で展覧会を開催、近年ではテート・モダンやポンピドゥー・センターでの大規模回顧展が多大な反響を呼び、2013年からの中南米巡回ツアーとアジア巡回ツアーでの動員により、動員数200万人以上を記録。これによりイギリスの美術専門誌The Art Newspaperから〈2014年最も人気のあるアーティスト〉と評される。2016年に文化勲章を受章。2017年より、ワシントンDCのハーシュホーン美術館彫刻庭園を皮切りに、北米ツアーが巡回中。

 


寄稿者プロフィール
住吉智恵(Chie Sumiyoshi)

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。1990年代より美術ジャーナリストとしてBRUTUS、FIGARO、VOGUE、美術手帖などにインタビューやコラムを執筆。オルタナティブスペース〈TRAUMARIS〉主宰を経て現在各所で現代美術とパフォーミングアーツのプロデュースを手がける。2011~16年〈横浜ダンスコレクション〉コンペティション審査員。子育て世代のアーティストと観客を応援するプラットフォーム〈ダンス保育園!! 実行委員会〉代表を務める。www.traumaris.jp

 


INFORMATION

草間彌生美術館開館記念展
創造は孤高の営みだ、愛こそはまさに芸術への近づき

会期:10/1(日)-2018年2/25(日)
開館日:木・金・土・日曜日および国民の祝日
休館日:月・火・水曜日
開館時間:11:00-17:00
日時指定の予約・定員制、各回90分/定員50名の入れ替え制。毎月1日10:00(日本時間)に翌々月分のチケット販売を開始。
yayoikusamamuseum.jp/
■草間彌生美術館
〒162-0851 東京都新宿区弁天町107

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