気怠い諦念と張り裂けそうな衝動を混ぜ合わせたサイケ・フォークで〈名古屋の至宝〉と称される男女2人組、ミラーボールズが2010年の『ネオンの森』以来となる新作『ユートピア』を発表した。ヴォーカリスト・森恵子の妊娠と出産を経ての復活後初アルバムとなった同作のリリースを記念して、この記事では彼らの足取りをプレイバック。ライヴ・レポートを中心に、長年にわたって(主に)関西アンダーグラウンド・シーンの様相を書き留めてきたブログ〈θ〉の書き手であり、かねてよりミラーボールズの熱心なリスナーとして自身主宰のライヴ企画〈TONES〉への招致経験もある京都在住の岩田祐一に、メール・インタヴューでのやりとりを盛り込みつつ彼らの魅力を綴ってもらった。 *Mikiki編集部

ミラーボールズ ユートピア なりすコンパクト・ディスク/ハヤブサ・ランディングス(2017)

 

ジャックス、ゆらゆら帝国や森田童子ら確固たる地位を築いたアーティストを引き合いに出されるサイケなサウンドで支持を集めつつ、どこに属することもなくマイペースに活動を続けてきたミラーボールズはまだまだ謎が多く、バンドのオフィシャルサイトに記載されているヒストリーには〈2002年1月 ミラーボールズ結成〉と書かれているのみ……。今回は、このミステリアスなデュオの結成からこれまで、そして、最新作『ユートピア』にいたるまでの足取りを、探ってみたいと思います。

2017年のライヴ映像。2006年作『スピカ』収録曲“東京の子供たち”を演奏

 

コンビニでの結成〜独自のサイケ・フォークでその名を拡げるまで

2人が出会ったのは95年前後。北脇恵子(旧姓、現在は森恵子。以下、恵子)が働いているコンビニに、森真二(以下、森)がバイトで入ってきたことがきっかけでした。

「ゲゲゲの鬼太郎に出てくるサラリーマンにそっくりでものすごく驚いたことを鮮明に覚えています」(恵子)

「僕が初日なのに古株の恵子さんはどっか行ってしまったんです。僕が1人でずっとレジをやっていて随分な人だなあと思いました」(森)

と、お互いの第一印象を語っています。そして、恵子さんが〈森さんがギターを弾けるって言うので教わろう〉と声を掛けたのが、結成のきっかけでした。当時、2人が聴いていた音楽は、RCサクセションやユニコーンなど。そして、共通して好きだったのはゆらゆら帝国でした。

「森さんにゆらゆら帝国を教えてもらって、なんとカッコイイ!と、すごくトキメいたのを覚えています」(恵子)

ゆらゆら帝国の98年作『3×3×3』収録曲“発光体”のライヴ映像
 

その後、いくつかのコンピへの参加を経て、2006年にファースト・アルバム『スピカ』をリリースしました。そして、月数回のライヴ活動を重ねながら、2008年に『創世記』を、2010年には『ネオンの森』とコンスタントに新作を発表。アコースティック・ギターの儚い音色と、聴き手の琴線に触れる悲しくもキャッチーなメロディー。恵子さんの感情的なヴォーカルが多くの人の耳に触れることとなりました。

筆者がその存在を知ったのは、Twitterでフォローしていた方が〈ライヴで泣いた〉とコメントしていたことがきっかけ。〈ライヴで泣いてしまうほどの音楽ってどんなものだろう〉と気になって“ジミー”のPVを観てみると、心をえぐられるようなヒリヒリした音とヴォーカルの虜になってしまい、すぐに作品を買いにレコード・ショップに走ったことを覚えています。同じような経験が全国各地のリスナーにも起きていったのか、作品発表を通じ、2人を取り巻く状況も変化してきました。

「CDが流通することで知らない方からメールがあったりしました」(森)

「自分達以外の方々が自分達の音楽を良いと思ってくれたことが信じられず衝撃でした。〈わかってくれる人がいるんだ……〉と、だんだん心を開いていくことができました」(恵子)

『創世記』収録曲“ジミー”
『ネオンの森』収録曲“すべてのはじまり”
 

そして、筆者がミラーボールズの演奏を観たのは、その存在を知ってから少し経った頃でした。場所は、京都のライヴハウス、ダンラヴァーズだったように思います。彼らのライヴ初体験は衝撃的でした。黒い衣装でアコースティック・ギターを掻きむしるかのごとく鳴らし、心臓を貫かれるようにゾクゾクさせてくれた恵子さんの歌声と佇まい。情緒的なフレーズを黙々と乗せながら、でもその身体の奥には〈情念〉とも言える感情が渦巻いているように見える森さんのギター。ステージの上では、どうしようもない哀しさや怒りにも似た緊張感が渦巻いていました。

2008年のライヴ映像。『創世記』収録曲“青い鳥”を演奏

 

結婚・出産を経て、2015年に復活

『ネオンの森』を発売した翌年、約10年間バンド・メンバーとして過ごしてきた2人は入籍し、夫婦になりました。その後も、コンスタントにライヴ活動を続けながら独自の世界観を表現してきましたが、恵子さんは2012年に出産、それからは育児のために、バンドとしての活動はほとんどない状況が続くことになります。

「子供がいるのでやはり音楽やってる場合じゃないというか、なかなか練習時間や創作時間が取れなくなりました」(森)

慣れない子育てに翻弄され、一時はバントとしての活動も危ぶまれる状況に。それでも、ミラーボールズの音楽を待ち続ける人が少なからずいたため、徐々に活動を再開していきました。

「できなくなるかもしれないって考えたことはありました。でも、やればできるもんです。(現在も)ライヴに誘ってくれる方々がいるので、やれてるってところはあると思います」(森)

「初めての子供が家族に加わってからは、もうミラーボールズのことは忘れていました。忘れたかったのです。そのくらいずーっとオムツを替えていましたし、心身ともに余裕がありませんでした。落ち着いた頃にライヴのお誘いをしていただき、やっとミラーボールズのことを思い出しました」(恵子)

2008年のライヴ映像。『スピカ』収録曲“七色ハンガー”を演奏
 

そして、2015年末から徐々にライヴを再開するようになり、翌年の11月に単独名義では6年振りとなる7インチのアナログ盤『東京の子供たち/ジェンダー』(『スピカ』収録曲の再録)をリリース。そして、遂に完成したのが待望の新作『ユートピア』です。

 

子育ての経験から描かれた新作『ユートピア』の世界

前作同様、名古屋アングラ音楽のドン、松石ゲル氏(元ザ・シロップ、現PANIC SMILEなど)の全面協力。加えて、中村宗一郎氏のマスタリングがミラーボールズの〈今〉を見事に引き出しています。アコースティック・ギターの印象的な音とメロディー、そこに加えられたさまざまな楽器やコーラスが、楽曲にほどよい彩りを与え、哀しく儚くも力強い作品に仕上げられました。アルバム・タイトルの『ユートピア』は、収録曲“黄金平野を走る時”の歌詞の一節から取ったそうです。

「天国のような、逃げてもいい場所のような、楽しいところのような、夢の中のような……、フワフワしたイメージで使いました。アルバム全体を通して、そういうイメージです」(恵子)

〈暗闇は好きかい 連れてってあげよう〉。1曲目“バカンス”が、この現実世界からどこか別の世界――闇夜の〈ユートピア〉へと、そっと誘い込んでくれます。また、“ビッケの子供たち”では、子供のする〈ごっこ遊び〉の無邪気な楽しさや狂おしさを感じさせ、“金のエンゼル”の儚いイントロは、触れたらそのまま溶けてなくなってしまいそう。そして、“黄金平野を走る時”には、どこにでも行けるし、どこにも行けない……にもかかわらずどこかに進んで行こうとする決意を感じたりするのです。ミラーボールズの芯は変わらず、でもこれまでとは少し違った世界が『ユートピア』には広がっています。

「基本的には変わってないです。ただ、自然体になったような気はしています」(森)

「書いた曲は今までと変わらない印象です。ただ、私はやはり子供が出てくる詞とか、愉快な曲を作りたいなと思うようになりました。理想は、絵本の世界。せなけいこさんとか加古里子さん、松谷みよ子さんとか。その他たくさんの素晴らしい絵本の世界のような。「ムーミン」、「ぐりとぐら」など!」(恵子)

暗闇の静けさや恐ろしさのみならず、暗闇のもたらす優しく包み込むかのような安心感さえも漂わせつつ、夜が明けていく過程の、だんだんと真っ白な世界が滲み出していく感覚。全編通して聴いた後に耳に残る余韻の多幸感は、そんなふうに言い表すことができるかもしれません。

 

ミラーボールズが〈名古屋の至宝〉と称される理由

カラフルな印象になっている音源とは打ってかわって、ライヴは2人のみのシンプルな形で行われています。

「ライヴと音源が一緒っていうのは一つの理想なんですけど、音源っていろいろできてしまうし、ゲルさんにいろいろ頼むとなんでもいい感じにやってくれるので。音源ではゲルさんはもうメンバーというか、リーダーですね」(森)

「楽器の種類問わずメンバーを募集したことがありますが、誰からも連絡がありませんでした。今は2人組がなかなかちょうどいいので募集していませんが、ときどきはゲスト・ミュージシャンと共演してみたいです」(恵子)

筆者が最近観たライヴでは、かつて発していたようなヒリヒリした緊張感もありながら、これまでよりも、生活環境の変化や関係性の変化、愛するものが増えたという2人の人生の道筋が滲み出ていたように感じました。ステージで演奏する2人の姿は本当に美しかったし、何より尊かった。

2016年のライヴ映像。『ネオンの森』収録曲“口笛が聴こえる”
 

どこにも属さずマイペースに活動を続けてきたミラーボールズ。今回は、彼らの結成から最新作『ユートピア』までの足取りを駆け足で追ってみました。その曲調や引き合いに出されるアーティストの名前からアンダーグラウンドな印象を受けるかもしれませんが、Facebookのページで垣間見える子育てや生活の様子にはお互いをお互いで大切にし合って生きていることが滲み出ていて、日常の素晴らしさを思い出させてくれます。そして、そんな何気ない優しさを最新作『ユートピア』は感じさせてくれるし、ライヴではそれをより鮮明に感じ取ることができるのです。そこが、ミラーボールズが〈名古屋の至宝〉と言われたり、色んな方から愛されるところなんだろうなと思ったりもするのです。

もし、この『ユートピア』に触れて、少しでも気になったのなら、過去作にも触れてみたり、ライヴにも足を運んでみたりするのもいいかもしれません。特にライヴは、音源とは違った世界が待っていますよ。

2011年のライヴ映像。珍しいバンド編成での演奏

 


Live Information
〈ミラーボールズ『ユートピア』発売記念ライヴ〉
2017年12月23日(土・祝)東京・渋谷Last Waltz
出演:ミラーボールズ/ラッキーオールドサン/ほたるたち(穂高亜希子+松尾翔平+吉川賢治)
開場/開演 18:00/18:30
前売り/当日 ¥2,500/¥3,000(いずれもドリンク代別)
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