Photo by Muga Miyahara

最新作のテーマは〈ALIVE――生きる〉
ザ・トリオ・プロジェクトならではのコラボレーションが詰め込まれた〈A LIVE〉でもある

 昨年が、デビュー10周年。洗練された新しいジャズの未来を追いかけ、すでに人の50年分もの実績を残した感がある上原ひろみである。アニヴァーサリー年はひたすらワールド・ツアー三昧だった。

 春にはダウンビート誌で、穐吉敏子さんに続く日本人2人目として表紙を飾り、同時にブルーノートNYで9年連続公演も実現し、日本へ来る前はナイト・オブ・ザ・プロムスというドイツ/オランダ/ベルギーで開催される、毎回が18,000人規模の歌謡祭に出演。そこで約2ヵ月間、グロリア・エステファン、モートン・ハルケット、エイミー・マクドナルド、元フージーズのワイクリフ・ジョンたちと舞台に立った。その総仕上げとして日本を訪れ、年末からブルーノート東京で7日間14公演をぶち上げて、来る2014年を迎えていた。

 またひとつバイオグラフィーに箔を添える1年だったが、そこで核を成したのがザ・トリオ・プロジェクト(アンソニー・ジャクソン、サイモン・フィリップス)での活動。4年前に発進させた世界最強のピアノ・トリオだ。2010年といえば自己のソニックブルームを解散し、対してソロ・ピアノで演奏活動を開始した一方、スタンリー・クラーク・バンドのグラミー作品にフィーチャーされた年でもあった。それは脂の乗ったこの時期の自身のプレイを記録しておこうと臨時に組んだ、一回性の特別編成であるかのように思われた。

 「ごく自然な流れで、また久しぶりにトリオでの演奏をやりたくなっていたんです。アンソニーはデビュー作でも数曲弾いてくれていて、その後もライヴでお会いする度に、いつかちゃんとバンドを組んで共演したいねって話をしてきました。だから単発で終わらせるつもりはなく、続くなら何年でも一緒にやっていきたい、私にとって最高に楽しい遊び場なんです。そしてサイモンとの出会いは、さらに不思議なものでした」

上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト 『ALIVE』 Telarc/ユニバーサル(2014)

 スタンリー・クラークに相談し、彼もよく共演するサイモンの名を出すと「それはいいアイディアだ」と賛同された。「ジェフ・ベック、ザ・フー、もちろんTOTOでの演奏も聴いていました。さっそくサイモンに連絡をとると、たまたま前日に私のYouTubeを見ていたらしく、びっくりして〈ヒロミって、あの上原ひろみかい? そいつは奇蹟だ、僕はいつでもOKさ!〉って(笑)」。両人とも常にハードルを上げ、チャレンジあってこその音楽人生だと思っている。エネルギー・レヴェルの半端なさ、クリエイティヴィティの尽きない湧出……そのため音を合わせるごとに趣向は困難の淵へ加速し、上原の脳味噌にあるイメージは生々しく具現化していった。人の深層心理=真の声を音で浮き上がらせ、人の感情の動きを1日のスケールで追いかけ、『ヴォイス』『MOVE』と結局このスペシャルな顔合わせは一回性のアルバム作りに終わらなかった。

 「歩いていると何かを予感させるスポットがあり、そこを掘ってみると思わぬ宝物が出てくる。乱雑なようで並べてみると全部に筋が通っていて、聴いているだけで旅させられているような音楽をやりたいんです」。11年前に聞いたこの音楽観は、すでにそのスケールは何十倍にも膨らんだが、根本部分で何ら変わりがない。変わったと言えば、曲単位で音楽を買うことが定着したこの時代性。そんな世の中で、なぜアルバムである必要があるかが問われる時代だと上原は言う。「アルバムってちゃんとした物語がそこにあり、この2曲目は絶対に1曲目のあとになきゃいけない。そういったアルバム作りに私は魅力を感じるんです」。そして3作目『ALIVE』。ツアー中ふとした瞬間に浮かぶイメージのカケラを書き留めていき、ひとつに組み上げると〈人生〉にまつわる9篇が並んでいた。人生がはじまり、戸惑い、夢を描き、旅に出て、目いっぱいに遊び、何かを獲得しようと闘いに挑む。各人生における局面をテーマに、それをこの3者ならではのライヴ感で表わしてみようとなった。「ALIVEはA-LIVEでもあり、このプロジェクトならではのヴィヴィッドなコラボレーションが詰め込まれます。ライヴを重ねるほど深みが増していき、それをスタジオでも再現できるレヴェルにチームワークは高まっていましたからね」

 不思議なことに最後の3曲で、初めのテーマを逸れていく。儚い命の象徴としての蛍=“ファイヤーフライ”をソロ・ピアノで奏で、一旦は駈け抜けてきた人生の灯を消してみせるのだ。ただしその魂=“スピリット”はこの世に残り、何者かによって受け継がれる。そしてそれは世代を超え、次世代の〈人生〉で“ライフ・ゴーズ・オン”する……。生命の根幹に関わる主題を持ち込んだ今回の上原は、自己グループのアルバムとしては初めて全編を生ピアノで通した。これまで以上にそのタッチは嬉々として、ピアノの表情をカラフルに跳躍させてみせる。彼女自身の人生においても、また何度目かの転機にさしかかったことが予感された。