INTERVIEW

鈴木茂『Caution!』の秘密に牧村憲一が迫る―稀代の音楽家の個性とは?/松本隆と築いた音世界

鈴木茂『Caution! 2018 SPECIAL EDITION』

鈴木茂『Caution!』の秘密に牧村憲一が迫る―稀代の音楽家の個性とは?/松本隆と築いた音世界

鈴木茂が78年にリリースした『Caution!』のリミックス盤『Caution! 2018 SPECIAL EDITION』が3月7日にリリースされた。同作は鈴木の代名詞的なファースト・アルバム『BAND WAGON』、2作目『LAGOON』に続く3枚目のソロ・アルバム。『BAND WAGON』で強く提示していたバンド・サウンドから、ハワイ録音のメロウでトロピカルな『LAGOON』を経て、時代の変遷にも伴いポップスへ舵を切った一枚である。今回の〈SPECIAL EDITION〉は、『BAND WAGON』『LAGOON』に続くリミックス・シリーズの第3弾。奇跡的に残っていたマルチ・テープから鈴木みずからリミックスを施し、現代に聴かれるサウンドへアップ・トゥ・デイト。さらに、尾崎亜美とデュエットした未収録曲(!)“涙の糸と銀の針”を収めたものである。

今回Mikikiでは〈SPECIAL EDITION〉のリリースを記念して、『Caution!』というアルバムの魅力について、鈴木本人に振り返ってもらった。それは同時に、若手ミュージシャンとのコラボレーションやファンクラブの発足など新局面を見せつつ、近年も精力的なライヴ活動を続ける稀代の音楽家の個性に迫る機会ともなった。インタヴュアーを務めたのは、音楽プロデューサーの牧村憲一。大瀧詠一をCMの世界へ紹介し、シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦、フリッパーズ・ギターといった、名だたるアーティストの宣伝や制作、細野晴臣主宰のノンスタンダード・レーベルや小山田圭吾主宰のトラットリア・レーベルなど数多くのレーベルのプロデュースを手がけ、鈴木とは近い距離で共に日本のポップ/ロック・シーンの未来を切り開いてきた存在だ。じっくり話すのは初めてだという両者の対話をお楽しみいただきたい。 *Mikiki編集部

鈴木茂 Caution! 2018 SPECIAL EDITION PANAM(2018)

 

天才ギタリスト、シンガー、作編曲家、音楽プロデューサーとして、半世紀以上に渡り活躍中の鈴木茂。

鈴木茂の音楽キャリアの始まりは65年、中学2年生の時でした。当時絶大な人気を誇ったのがエレキ・バンドのベンチャーズ。そのコピー・バンドCIAを同学年の友人たちと結成したのです。68年、青山学院高等部の学生であり、ムーバーズというバンドで活動していた林立夫、小原礼とともにスカイを結成。翌69年には大瀧詠一、細野晴臣、松本隆とともにヴァレンタイン・ブルー(後に、はっぴいえんどに改名)を結成します。はっぴいえんど解散後、メンバーは個別に活動を始めます。鈴木茂は細野、林、松任谷正隆とキャラメル・ママを結成(後に、ティン・パン・アレーと改名)。荒井由実(松任谷由実)、吉田美奈子を始め、多くのミュージシャンのアルバムにセッション・ミュージシャンとしても参加します。

60年代、アメリカのフォーク・ソング・リバイバルの影響を受けた世代を中心に、70年代に入るとニュー・ミュージックというムーヴメントを起こした音楽家たちがいましたが、キャラメル・ママはその中にいながら、あえてシティ・ミュージックと名乗った、あるいは呼ばれた少数のグループの推進役として存在していました。そしてそのギターなくしてキャラメル・ママは成立しないほど、鈴木茂はバンドの要のミュージシャンでした。

75年、鈴木茂はファースト・ソロ・アルバム『BAND WAGON』制作のために単身渡米します。〈マスターテープから飛び出た音に言葉が出ませんでした、イントロのギターが聴こえてきた瞬間にそのクオリティーにまいりました〉と、自身もミュージシャンでありアルバムの制作を担当した国吉は振り返っています。歌とサウンドが両立出来ている画期的な作品、それは夢にまで見た洋楽と同等レベルの、それ以上のギター・ロック・サウンドでした。『BAND WAGON』は鈴木茂の代表作であると同時に、日本のロック・アルバムの代表作となったのです。そして『BAND WAGON』以降も、『LAGOON』『Caution!』といった数々のソロ・アルバムを生み出し、鈴木茂はその独自の音楽性を追求していきます。

はっぴいえんど在籍当時から同時代を並走してきた間柄でありながら、茂さんとゆっくり話すのは初めてのこと。『Caution!』リミックス盤リリース直後のある日、じっくりお話を伺いました。

 


もう一度自分の根本を見直すきっかけとなったのがポリス。究極的にはギター・トリオ、それが自分が求める音楽の根幹だった

――『Caution!』のお話に入る前に少し、半世紀に渡る茂さんの音楽活動、その始まりについてお聞きしたいのですが。これは茂さんの書籍や過去のインタヴューなどでも明かされていますが、柳田ヒロさんと出会ったことが大きかったと。

※2016年作「自伝 鈴木茂のワインディング・ロード はっぴいえんど、BAND WAGONそれから」

「中学2年生の時、地元の同級生たちとCIAというベンチャーズのコピー・バンドを作ったのが始まりです。その頃、僕の2歳上の兄の友達が柳田ヒロと高校の同学年だったのですが、〈地元にギターの上手いのがいるので観に行かないか〉とヒロに言って、そうしたらその兄の友達とヒロがうちに遊びに来てくれて、僕は二人の前でギターを弾いたのかな? その時だったか、そのあとだったか、ヒロがロス・インディオス・タバハラスのレコードを持って来て、これちょっとコピーしてみないかと言われて。そんなやりとりがありましたね。で、ヒロとお兄さんの優(まさる)さんの二人がやっていたPEEPという、アマチュア・バンドばかり集めたサークルがありまして、PEEPのコンサートの出演者を選ぶために新宿にある御苑音楽スタジオでのオーディションに行ったんです。受かったバンドを集めて虎の門ホールとかいいところでやっていたんですが、僕もそれで3、4回出ました。

※ブラジルの、ガット・ギターの兄弟デュオ。60年代のTVヴァラエティ番組「シャボン玉ホリデー」のエンディング・テーマ“スターダスト”の演奏が有名

御苑音楽スタジオにはイギリスのクリームとかそのあたりをやってた林くん、小原のムーバーズや、カントリーっぽい音楽をやっていた細野(晴臣)さんのバンドがいて。スタジオっていってもそんなに広くなくて、皆んなロビーに集まって座って、あのプレイヤー上手いなあとか、あいつがいいぞとか言っていましたね。今思うとそこにすべてがあって、その後の音楽活動のきっかけになったという感じです。

半年とか1年も経つとそれぞれのバンドが解散したりで、お互い電話で連絡できる間柄になっていたので今度一緒に遊ばないかとか、レコードの情報交換などしたりするうちに人間関係が濃密になっていきました。今と違ってネットでやり取りということではないので、直にレコードを抱えて誰かの家に行って聴いたりして時間を共有しながら。大瀧さんと細野さんとかの関係もそうだと思うんだけど、当時はみんなそういうふうに親交を深めていったんですね」

――そこで、林さんや小原さんら以外のミュージシャンとも知り合ったのですか?

「そうした中に高橋幸宏、BUZZの東郷昌和、それと高中正義、その流れでユーミンもいて。高校3年の時だったかな、あと仲良くなっていた林か小原に青山学院高等部に遊びに来いよと誘われて、それでそこの学生じゃないのに、勝手に教室に入って空いてる席で授業を受けてたら、斜め前で譜面を書いていたのが(後藤)次利君だったような気がする」

――音楽家は特にそうですが、のちに時代を作る人たちは面白いことに、元を辿っていくと同じ空間にいたりします。大切な人たちとの出会うタイミングとか場は、その時はわからなくても必ずあるのでしょうが、お話しを伺うとはっぴいえんど以前ですでに、出会うべき人たちと出会っていたんですね。これは『Caution!』に至る質問でもあるのですが、2018年の今に至るまで、茂さんにとって大きな刺激を受け続けている音楽家はいらっしゃいますか?

「僕が細野さんと出会った頃やその直後は、イギリスの音楽シーンの影響が結構強くて。クリームとか。でもそこから、イギリスの影響を受けたアメリカのウエスト・コーストのバンドが出てきて、その中にはっぴいえんどもすごく影響を受けたバッファロー・スプリングフィールドがいた。何といったらいいかな、イギリスのバンドよりアメリカのバンドの方がより親しみ持てたというか、アメリカからはどういう人間性の人たちが集まっていて、どういう経緯で音楽を作っているかがより分かりやすく情報が入ってきましたが、それに比べるとイギリスの方は、ほとんど情報がなかった。特にスプリングフィールドは、自分たちの音楽を見直して広げていくいいきっかけになりました。

僕自身が大きな影響を受けたというとバンドがほとんどなんだけれど、音楽をやりたいと思ったのは、基本的にはベンチャーズ。ほとんどの人はビートルズ、ローリング・ストーンズにかなり刺激を受けて、そこからいろんなバンドに興味を持っていったんだけど。僕の場合は年代の違ういくつかのバンド――ビートルズ、ジミー・ヘンドリックス、バッファロー・スプリングフィールド、リトル・フィート、ちょっと間があいてポリスですね。それぞれのバンドが刺激してくれて、自分の方向性を見直すきっかけを与えてくれたりしました。そうやって挙げてみると、ギターを中心とした小編成のグループという、そこが共通項なんですね。

『Caution!』を作った78年あたりというのは、バンド志向からちょっと離れている時期なんです。この後数枚作ってアルバム作りを休むんですが、もう一度自分の根本的なことを見直すきっかけとなったのがポリスでした。やはり究極的にはギター・トリオで、それが自分が求める音楽の根幹だったんです」

 

松本隆さんの詞世界もはっぴいえんどの頃は静止画の重なりだったのが、次第に映像的になっていった。それは僕も望んだことだった

――ソロ初期三作『BAND WAGON』『LAGOON』『Caution!』は、それぞれ前作を引き継ぎつつ新たな面を追求していると思うんです。ロックからポップスへと移行していく。それは時代の移ろいとも関わっていますか?

「若い時は生意気というか、人に言われると反発する性格でした。それもあって『BAND WAGON』は新しい場所で一人で作りたかったんです。それとアメリカでの制作費は、主にスタジオとミュージシャンへの支払いで、日本の3分の2ほどで済みます。そういうこともあって一人で行きました。また、『BAND WAGON』は、ロック・アルバムとしてはぎりぎりのタイミングで、スティーヴィー・ワンダーとかそうした音楽が出てきた時代で、リフだけでなくジャズ的なエッセンスが必要とされていました。ビートも8ビートから16ビートに変わっていました。でも、僕としては高校生の頃から求めてきた、8ビートの、ギター・ロック・バンドとしての思いを残しておきたかったんです。

一方『LAGOON』は時代をより取り入れて作りたかったアルバムで、プロデュースの方向はレイド・バックというか。僕もCTIやブルーノート・レーベルの、ジャズ系の音楽をよく聴いていた頃で、その関係で聴いたサックス奏者のモアシル・サントスのレコードに参加していたキーボードのマーク・レヴィンや、細野さんと林(立夫)と一緒にアルバムを作ることにして。それでハワイにレコーディングに行きました」

――『LAGOON』で僕は“8分音符の詩”に強く惹かれました。プロデュースした『ロフトセッションズVOL.1』(78年)というコンピレーション・アルバムの中で、竹内まりやとセンチメンタル・シティ・ロマンスのセッションでカヴァーしてもらったほどです。

「噂で竹内まりやさんが“8分音符の詩”が好きだったと聞いたことがありますよ。

『LAGOON』から『Caution!』を作った頃は、一人のミュージシャンとしてギターにこだわらないで作ってみようと思い始めた時期で、自分でもオーケストレーションができるようになりたいとも思っていました。『LAGOON』では矢野誠さんにストリングスのアレンジを、村岡健さんにホーンのアレンジをお願いしていたんですが、自分でできるようになったらより楽しくなるんじゃないかと。で、独学ですが一生懸命やって『Caution!』ではその成果が出たんです。

その頃になると『BAND WAGON』のサウンドはすでに違和感がありました。いわゆるギター中心のロック・バンドがやりにくくなっていて、ウエストコースト・ミュージックが前面に出てきて、AOR系が勢いを持っていた。シールズ&クロフツ、アメリカ、スティーヴン・ビショップなどがヒットしていて、時代に即したアルバムを作ろうと思いました。先ほど話したように、『Caution!』ではオーケストレーションも自分でやれるようになっていたので、よりポップスに、より世の中寄りに、より時代寄りのものを作ったんです」

――『Caution!』でもプロデュース、作曲、アレンジ、歌、演奏は茂さんご自身がやられた中で、詞は正やん(伊勢正三)、来生えつこさんが一曲づつ参加されていますが、松本隆さんとのコンビが圧倒的に多いですね。鈴木茂・松本隆コンビの楽曲はどうやって生まれていたのでしょうか?

「松本さんとの作品作りは曲先、詞先が半々くらいなんです。“8分音符の詩”は曲先、“砂の女”(『BAND WAGON』収録)は詞先ですね。『Caution!』はどうだったのかな? 『BAND WAGON』では4曲が詞先だったと思います。

他の作詞家の方は、1番2番の語数は同じなのにメロディーをつけてみるとニュアンスが違う、リズムが違うということが時折あるんですが、松本さんの詞には独特のいいリズム感があるんです」

――それは松本さんがドラムをやられているということも大きいし、茂さんも松本さんも東京生まれだから、東京生まれのニュアンスみたいなものを無言のうちに共有できていたこともあるかもしれないですね。

「そうかもしれないですね。それから、詞の内容も始めの頃は松本さんの中にあるものをテーマにしたものでしたが、そのうち松本さんからどういう詞の世界を書いて欲しいかと聞かれるようになりました。で、映画の話なんかをするようになり、ある時「ピンクパンサー」を観たよと伝えたら“LADY PINK PANTHER”(『LAGOON』収録)が返って来ました。詞の世界もはっぴいえんどの頃は何枚かの絵や写真の重なりでしたが、『Caution!』の“レイニー・ステイション”なんかは映像、映画みたいで、松本さんの詞世界の変化も感じますね。それは僕も望んでいたし、松本さん自身もその作り方に変わっていきました。

これははっぴいえんどの頃からなんだけれども、あえて日本語をローマ字に置き換えて作ったり。それは歌謡曲とか演歌みたいに言葉とメロディーがぴったり合うよりも、ちょっとイントネーションがおかしくてもリズミックになればいいとしてたんですね。あからさまに意味が変わってしまうのはまずいですが、ちょっと不思議なイントネーションになった方が逆に面白かったりして」

――まさにそうですし、そういうことをやっている人は、この時代にはいなかった。それが茂さんの独自の楽曲作りの根本にあるのでしょうか? また、周りは当時茂さんのことを9割方ギタリストとして見ていたと思います。でも『Caution!』で茂さんは歌を中心に、自身が歌うアルバムを作るのだと、ギターと歌を五分五分のバランスで考えていた。ギターが特技であるからこそ、歌を邪魔するギターは弾かないぞと。それはもしかしたら“花いちもんめ”の時からそうだったのかもしれないですね。

“砂の女”にしても“8分音符の詩”にしても“レイニー・ステーション”にしても、茂さんの曲はギタリストじゃなくてヴォーカリストがカヴァーしたがるものが実は多いんですが、それは常に歌手のためにプロデュースするように作曲していた、ということだったのでしょうか。

※はっぴいえんどで鈴木が初めて作曲を担当した楽曲

「自分としてはギターが弾けて歌も歌えて、くらいの感覚しかないので、歌には自信がなくて。スタンダードなメロディーではとても様にならないと思っています。歌なら、もっと上手い人がたくさんいますから。それで自分の声と歌い方で様になる曲作りを心がけてるので、変わった符割りの、変わった曲作りになるのでしょうね。僕の独自の曲作りの原点はそこにあると思うんだけど」

――例えばフォークは、言葉の持ってる抑揚を割合、制約をつけて作るところがあります。でも、はっぴいえんどや茂さんがやってきたことは、コード内にあるメロディーを拾って歌うのではなくて、コードとぶつかり合いながらメロディーが進行していく曲が結構多いんですね。そして、その度合いが強いほど僕にとっては快感があって、名曲度も強いんですよ。で、茂さんが作った曲で一曲たりともコード内の中でおさまるおとなしい曲はないんです。それは無意識の産物なのか、それとも、誰でも作れるようなのはやらないという意識なのでしょうか。

「繰り返し口ずさんで〈残る〉フレーズが出てくるまではなかなか形にできないんだけど、それが何かの形で出来た時に、そこから広げて作り上げるという、それが僕の曲の作り方なんですね。例えば“ソバカスのある少女”は、出だしの〈北の通りで……〉の最初のフレーズからまず作っていきました。そこからおもしろいコードの響きと、その上に気持ち良くメロディーがのった時に曲が書き上がる」

南佳孝版の、ティン・パン・アレーの75年作『キャラメル・ママ』収録曲“ソバカスのある少女”
 

――聴き手が受ける快感と同じく、作り手の快感もあったということですね。

「そうですね。どっかちょっとおもしろいところがないと、鈴木茂が歌っても商品価値がないんじゃないのっていう考えが自分の中にあるんですよ」

――それは今、これから作る楽曲でもそうですか?

「そうです。それでなかなか先に進まないところもあるんだけども(笑)」

 

ありのままの姿で

――今回のリミックス盤のボーナス・トラックには、未発表曲“涙の糸と銀の針”が収録されていますが、当時は収録時間の問題で外した曲だったのでしょうか?

「よく覚えていないのですが、その頃は自分自身もポップスにドップリ浸かっていて、『Caution!』もポップスのアルバムを作ろうと思っていたんです。ただ自分の中にはそれまでロック・バンドをやってきた、ロック・ミュージシャンという思いがあって、デュエットまで入れるということに抵抗があったんだと思います。それで僕が外したんでしょう。

その時期はティン・パン・アレーの事務所がなくなり、メロディーパークという事務所にお世話になっていたんです。そこの事務所に京都から来た尾崎亜美さんが所属していて、そういうこともあってデュエットをお願いしたんです。でも、録ってから入れないというのでレコード会社は困っただろうと思います。

その後は事務所から独立して、アレンジャー、スタジオ・ミュージシャンとして忙しくしてました。ただアレンジャーとしての僕は不器用で、大抵一日2曲を録るのですが一曲に4、5時間かかって。そういうこともあって無理が重なって体調を悪くしてしまい、楽しかったはずの仕事が楽しくなくなり、アレンジの仕事は自分にとって意味のあるものとして残っていく仕事だろうかという疑問も生じて、それで自分の音楽を見直さなければならなくなりました」

――『Caution!』はとても難しい時代に生まれました。70年代中頃に生まれていたロックへの期待感も消えていき、一口に言えばポップスの時代に変わっていました。といってもポップスは様々な解釈が並立していたのです。茂さんを含めて70年代前後に出発した音楽家たちは、もうじき訪れる80年代の春を待つ冬の時期にいたのだと思います。

最後にお聞きしたいのですが、『Caution!』のジャケット写真、それまでとはイメージががらっと変わりますよね。同じ顔のアップでも『BAND WAGON』とは全然違う。これを撮影したのはTamjin(田村仁)さんで、Tamjinさんはそれまで吉田拓郎、かぐや姫、りりィ、浅川マキと言った、どちらかといえばフォーク系のアーティストを撮っていた方だと思いますが、これは茂さんのアイデアだったのですか?

「はい、そうです。Tamjinさんのこの世界のほうが逆に自然なのかなという気がするんですよね。それまでのジャケットは作りこんだもの、スタイリストの方がいてといったものでしたが、『Caution!』は自前の普段着ですし、柔らかく気取ったところがない、自然のままの自分を出したかったんです。この頃は音楽もそうですし、僕の中のコンセプトの1つには自然体とか、今のありのままの姿をなるべく出したいというのがあったんですね」

――〈自然のままの自分〉という言葉が強く残ります。今日はありがとうございました。

 


Live Information
鈴木 茂 SPECIAL LIVE 2018

2018年3月31日(土)神奈川・Motion Blue yokohama
1st open 3:15pm/showtime 4:30pm
2nd open 6:15pm/showtime 7:30pm
自由席 7,800円(税込)
BOX席 31,200円+シート・チャージ 6,000円(4名まで利用可能)
※BOX席はインターネットからのみ予約可能
■出演メンバー
鈴木 茂(ヴォーカル/ギター)
柴田俊文(キーボード)
田中章弘(ベース)
長谷部 徹(ドラムス)
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