INTERVIEW

OLD DAYS TAILOR インタヴュー―〈日本語で歌うこと〉への挑戦

(左から)岡田拓郎、谷口雄、笹倉慎介
撮影協力:ココナッツディスク吉祥寺店
 

2013年のセルフタイトル作から約1年、2014年11月にリリースされた森は生きているの2作目にして最終作『グッド・ナイト』。そこでは、ポップ・ミュージックの伝統と革新――歴史の深層まで掘り返してやろうというオーセンティックな志向性と、それに抗おうとする実験精神とが、緊張感をもってぶつかりあっていた。誰もが〈その次〉を聴きたがっていたはずだが……2015年10月、バンドは解散を発表した。

そんな『グッド・ナイト』と『森は生きている』との間に、忘れがたい作品がある。2014年7月にリリースされた7インチ・シングル“抱きしめたい”だ。埼玉県入間市にレコーディング・スタジオ兼喫茶店〈guzuri〉を構えるシンガー・ソングライター、笹倉慎介との連名によるそのシングルは、共通するルーツを多く持つ両者が見事に息の合った演奏を聴かせ、『グッド・ナイト』のどこかヒリヒリとした感覚とは好対照。いくぶんかレイドバックした演奏と笹倉の歌唱とが心地良い風を運んでくるかのようなレコードだった。

その“抱きしめたい”から4年、笹倉(ヴォーカル/ギター)を中心とするバンド、OLD DAYS TAILORの始動が突如発表された。そのメンバーは、細野晴臣や星野源らのサポートとして活躍する伊賀航(ベース)、元・森は生きているの岡田拓郎(ギター)と谷口雄(キーボード)と増村和彦(ドラムス/パーカッション)、濱口ちな(コーラス)、そしてシンガー・ソングライターの優河(コーラス)。〈スーパー・バンド〉とも呼べそうなこのバンドは、4月に7インチ“晴耕雨読”をリリースし、さらにファースト・フル・アルバム『OLD DAYS TAILOR』をこの度上梓する。

音楽シーンのさまざまな場所でそれぞれに活躍する個性派が揃っているとはいえ、ライヴも取材の時点で5月に1回行ったのみ。いったいこのバンドはどんなバンドなのか、そもそもどうしてこの7人なのかと疑問が浮かぶばかり。その実像に迫るべく、笹倉、岡田、谷口の3名に話を訊いた。

OLD DAYS TAILOR OLD DAYS TAILOR P-VINE(2018)

〈じゃあ、あのとき話してたバンドをやろうよ〉って始まったんです(笹倉)

――まずはOLD DAYS TAILORというバンドの結成についてお伺いしたいのですが、直接のきっかけは2014年にリリースした7インチ“抱きしめたい”ですよね? あのシングルはどういった経緯で制作されたのでしょう?

笹倉慎介「あれは……ノリですね(笑)」

――(笑)。何がきっかけで笹倉さんと森は生きているは出会ったんですか?

谷口雄「5年前の年末にキチムから誘われて、ライヴをやることになったんです。〈どなたか一緒にやりたい方はいませんか?〉って訊かれたんですけど、増村くんがずっと笹倉さんのファンだったので、ノリで……」

笹倉「でも、ノリでここまで来られたっていうのは重要ですね」

谷口「もうインタヴューのまとめに入ってるんですか(笑)!?」

『OLD DAYS TAILOR』収録曲“晴耕雨読”
 

岡田拓郎「森は生きているをやってた頃、僕らはよく増村ん家に遊びに行ってて、そこで僕と増村はずっと〈音楽に言葉が乗るか、乗らないか〉っていうのを議論してたんです。〈日本人、乗らんなー。四畳半フォークや〉って言ってて。で、毎回、笹倉さんを聴いてたんです」

――笹倉さんの曲は、ちゃんと言葉が乗っている?

岡田「日本でいちばん乗ってる」

笹倉「ははは(笑)」

岡田「増村ん家では、大滝詠一さんの〈ロンバケ〉(『A LONG VACATION』)と笹倉さんのファースト(『Rocking Chair Girl』)をよく聴いてました。なので、〈誰とやりたいか?〉って訊かれたら、〈じゃあ、笹倉さんと〉って」

笹倉「そのときに増村が“抱きしめたい”をやりたいって言って、一緒にやったんだよね。“抱きしめたい”は、ライヴハウス限定で売っていたCD-Rに入っていた曲なんです」

谷口「月9の主題歌を狙ってましたからね(笑)!」

笹倉「そういうノリで作ったから、弾き語りでやるなんてことは、まずない。バンドでバッてやる感じの曲だったから。で、バンドでやったら、けっこうハマってね。その日の打ち上げで、森は生きているとウチのマネージャーが密談してて。〈(シングルを)出しちゃいましょうか?〉って」

谷口「気付いたらそうなってたんですよね」

笹倉慎介 with 森は生きているの2014年のシングル“抱きしめたい”トレーラー
 

笹倉「でも、今回も似たような感じですね。森は生きているが解散した後に、増村と谷ぴょん(谷口)と飲んでて、そのとき岡田くんにも電話したんだけど(笑)、〈一緒にバンドをやれたらいいよね〉って話してたんです。その話が、2年ぐらい宙ぶらりんになってて。

今回は、東洋化成さんから〈RECORD STORE DAYにシングルを出しませんか?〉ってお声かけいただいたんですけど、〈じゃあ、あのとき話してたバンドをやろうよ〉って始まったんです。だから、準備を重ねていまに至るっていうよりは、ポッと……」

谷口「突然連絡が来ましたよ(笑)。それがちょうど1月で、1月はミュージシャンは暇なんですよ。だから、すんなり録音に入れたんだよね。正月、いちばん最初に会ったミュージシャンが笹倉さんでしたからね。ウチに来て、〈あけおめ〉とか言いながら譜面を書いて(笑)」

笹倉「その後、“抱きしめたい”の再発の話をPヴァインに持っていったんですよ。そうしたら、〈せっかくだからアルバムを作りませんか?〉って話をいただいて」

谷口「ホントにアルバムを作るのかもよくわかんなかったから、メンバー間で噂話みたいになってましたね(笑)。〈アルバム作るとか言ってたよ……?〉みたいな」 

――ベースの伊賀航さんやコーラスの優河さんも、最初の時点で集められたんですか?

笹倉「コーラスは欲しいなあと思ってたんです。自分でコーラスを入れたとしても、ライヴではできないので。やっぱりバンドだったら、ライヴでまったく同じことをやりたいなと。

優河ちゃんとは何度か一緒に歌ったこともあったし、ちゃんと歌える人に歌って欲しかったので、お願いしました。伊賀さんは、僕はファースト・アルバムからずっと伊賀さんと一緒にやってるので、伊賀さん以外は特に考える必要もなかったというか(笑)」

――もう一人のコーラスである濱口ちなさんは何者なんですか?

笹倉「guzuriのスタッフです。でも、ホントに助かるよね。優河ちゃんにコーラス指導をしてますから」

谷口「優河ちゃんが超頼りにしてて。〈これ、どうだっけ?〉って優河ちゃんが訊いたら、〈これは3度上でハモるんです、白玉(全音符)で〉と返したり(笑)。ムチャクチャしっかりしてる」

笹倉「コーラスの譜面もしっかり書いてきてくれるからね」

谷口「PAさんは大変そうだけどね(笑)」

笹倉「声量の差があるからね(笑)」

谷口「優河ちゃんが強すぎて(笑)」

笹倉「優河ちゃんは、メチャクチャ本格的なシンガーじゃないですか。濱口さんは、真っ直ぐ歌える子なんです。ピッチの感覚がしっかりしてる。だから、2人の声が良い感じになるかなあと思って、誘ったんです」

 

森は生きているの3枚目は、みんなに曲を書いてもらおうと思ってたんです(岡田)

――アルバムの制作の話に戻りますが、7インチの制作があり、後からアルバムに取り掛かったと。制作に至るまでは、どういう感じだったんですか?

笹倉「曲は日頃から作っているので、もうあったんです。それをどういうふうに形にしていくかというだけでした。とはいえ、やっぱり僕のソロとはちょっと違うものにしたかったので、メンバーに〈曲、ないの?〉って呼びかけて。伊賀さんにも訊きましたよ。〈あるけど、恥ずかしいから出さない〉って(笑)」

谷口「かわいい(笑)」

――では、岡田くんが作曲した“午後の窓”はいかがですか? 一聴して岡田くんっぽい曲だと思いました。

岡田「森は生きているの3枚目を作ろうと思ってたときに作った曲なんですけど、でも、3枚目はなくなって。その後に僕のソロ(Okada Takuro『ノスタルジア』、2017年)に入れようと思ってたんですけど、アルバム全体のテイストとはまたちょっと違うから、ボツにしたんです。もうミックスまでしてたんですけど。曲自体はすごく気に入ってたから、どこかで使いたいなあとは思ってました。で、笹倉さんが〈曲、ないの?〉って言うから、〈あります〉って」

笹倉「しかも、ちゃんと出来上がってるんだもんね」

谷口「良い音で録れてるじゃんって(笑)」

岡田「失敗したらこのトラックを使おうって(笑)」

――岡田くんが録ったヴァージョンとOLD DAYS TAILORのヴァージョンとは違いがあるんですか?

岡田「僕のはバキバキの7インチみたいな音像でした。アレンジはだいたい一緒です。もともとはプア・ムーンとかのUSオルタナ・フォークの人がバーズみたいな曲を作った感じにしてたんですけど、今回はちょっとソフトな感じになりましたね」

――谷口くん作曲の“アフター・ザ・ガール”についてはどうですか?

谷口「“アフター・ザ・ガール”ももともとあった曲です。岡田くんから〈プア・ムーンとかバーズみたいな曲を書いてよ〉ってメールが来て」

岡田「森は生きているの3枚目は、僕だけが曲を書いてるとバンドが終わると思ったから、みんなに書いてもらおうと思ってたんです」

谷口「結局、終わっちゃったけど(笑)。その頃に出来た曲だから、“午後の窓”と同じぐらいの時期ですね。デモはけっこう作り込んでたけど、どこかで使うこともなく。でも、笹倉さんからメールが来たときに〈もしかしたらハマるかも〉って思って。聴かせたら、けっこう気に入ってくれて。そこから増村くんに歌詞をお願いしてっていう感じ」

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