*前回の記事「LOLAについて①」はこちら

アービンはLOLA以外に、主にふたつの店の経営に関わっている。ひとつは開山路に位置する〈順風號〉という喫茶店で、ここは古民家リノベーション、アンティークというアービンのお家芸を踏襲しつつも、趣味全開のレコードや本、奇抜なオブジェなどの陳列は影を潜め、品のいいモス・グリーンのソファーやダーク・ブラウンの木材がしっかりと引き立つミニマムな内装となっている。日当たりがよく、窓も多いので店内には明るく開放的な雰囲気が漂っている。ジンジンに訊いたところ、〈古き良き台湾〉がコンセプトのようで、それはつまり〈古き良き日本〉にも繋がるのだという。彼女は以前、台湾のアンティークには日本植民地時代にもたらされたものが少なからずある、という話をしていたので、そのような歴史的背景も踏まえての事なのかもしれない。

順風號のマスコット犬、ヒノキくん。動物の心を読み取ることができるという占い師にみてもらったところ、ナルシストであることが判明したらしい
 

もうひとつは青年路の踏切近くに位置するバー〈KINKS〉だ。こちらの店名はあのブリティッシュ・ロックのレジェンド、キンクスに由来する。ここでお気づきの方もいるかもしれないが、実はLOLAもキンクスの曲名に由来する。この明らか過ぎるネーミング・センスには清々しさすら感じるが、それほどアービンはキンクス好きということなのだろう。このKINKSこそアービン・プロデュースによる記念すべき第一号店で、オープンは2005年。オープンしようと思った当初の動機について訊いたところ、〈当時の台南には正しい音楽(俺的に)をかけているバーがなかったから〉という答えが返ってきた。いまでこそ台南屈指の人気店を三店舗も経営し、アメリカン・ドリームならぬタイナン・ドリームを地で行く彼が、このような〈マーケティング? なにそれおいしいの?〉級の極めてパーソナルな動機でビジネスを始めたという事実に、僕は面食らった。

しかし、考えてみるとアーティストが時には瞑想的とも言える過剰さで自己を掘り下げ、ある種の普遍的なテーマを導き出すように、彼もまた〈こんな店があればいいのに〉という個人的な願望から始めたKINKSが結果的に多くの台南人に受け入れられ、定着したという事なのだろう。つまりアービンはビジネスマンというよりはアーティストに近いのではないのかと僕は思っている。

実際ジンジンから〈アービンは店の売り上げや利益にあまり関心がないのよ。気にするのはいつも私!〉という不平(?)を聞いていたし、そもそもアービンは店の内装をディレクションするだけでなく、実際のリノベーション作業からアンティークの選定まですべての工程において主体的に関与する姿勢を貫いている。それはつまり細部にまで行き届いた美意識の現れであり、とてもアーティスト的なアプローチだと思うのだ。

ミュージシャンに例えるならアービンにとってのファースト・アルバムにあたるKINKSには彼の〈アク〉が凝縮されている。クラシック・ホラー映画を彷彿とさせる店のロゴや、優美なアンティーク・ランプに照らされたイギー・ポップのポスター、赤と青のコントラストが不思議な奥行きを生み出している壁の配色、つねに何らかの映像が無音で投影されているプロジェクター・スクリーンなど、13年前のアービンが〈俺がときめく場所〉を具現化すべく、初期衝動の赴くまま自由に作り上げたことが伺える〈完成されたカオス〉がそこにはある。だが、実はKINKSはとあるのっぴきならない事情により、去年で閉店してしまった。残念でならない。

〈見ろよ、この完成度! これが俺の城だぜ!〉と言わんばかりの、誇らしげなアービン
 

とまあ、台南ではちょっとした有名人でキャラも立っているアービンについつい目が行きがちだが、共同経営者であるジンジンとアーカイもLOLAにとっては必要不可欠な存在だ。

アービンがLOLAの元となる古民家を見つけた時点では、ジンジンはまだ別の仕事をしていたので、二人の間でカフェにしようなどの漠然としたアイデア程度だったらしい。が、程なくしてKINKSを訪れたアーカイが店を大層気に入り、共通の友人もいた事からアービンがアーカイに新店舗の共同経営の話を持ちかけた事が発端のようだ。

以前は一般企業に勤めていたというジンジンはそこで得たスキルを生かし、LOLAの経営管理においては主導権を握っているようだし、店の内装においても〈フェミニンな色使いを意識して、女性にも好まれるようにディレクションをしているのは私なのよ。アービンは色に関してはからっきしダメなんだから〉との事なので、LOLAは厳密にはアービンとジンジンのコラボレーションだと言っても差し支えないだろう。

また、ジンジンのテキパキした働きぶりや卓越した英語力、コミュニケーション能力を踏まえると、アービンはさぞかし彼女に頭が上がらないのだろう、とも思えてしまう。アーカイは台北に拠点を置き、(LOLA以外の)カフェの経営やレーベル運営で多忙なようで、LOLAで見かける事はほとんどないが、権威ある音楽賞を受賞したヒップスターでもある彼が共同経営者として名を連ねているだけでもLOLAにとっては十分なブランディングであろう。

 

LOLAではライヴやDJなどのイヴェントも不定期で行なわれている。今年の6月には、ジンジンがおすすめするシンガー・ソングライター、黃瑋傑(ホアンウェイジエ)のライヴがあると聞き、観に行った。中国の福建省などにルーツを持つ方言のひとつである客家語で歌う彼の音楽には、台湾の田園風景を思わせる朗らかさと生命力、そして聴く人間を望郷の想いへと駆り立てる一抹の寂しさがある。その日のライヴはアコースティック・ギターによるソロ弾き語りというミニマムなセットながらも、彼の朴訥とした歌声が際立っていて、聴いていてとても心地が良かった。

黃瑋傑の2014年作『天光日』 。ジンジンによると、7曲目(22:20くらいから)のタイトルトラックは彼の故郷での貯水池建設に対するプロテスト・ソングとのこと
 

正直な話、僕は酒が入っていたこともあって途中で寝てしまい、ライヴ終了後、ジンジンからもチクリと〈あなた寝てたでしょ〉と言われてしまった。確かに僕は寝ていた。それは認める。しかし、ただでさえ僕の中国語は乳幼児レベルなのに、ましてや客家語を理解する事など土台無理な話なのである。

英語が苦手だという日本人でも、洋楽であれば聞き覚えのある単語をかいつまんで歌詞の大まかなメッセージを推測する事は可能だと思うが、手がかりすら掴めないのはきつい。いくらメロディーや声が心地よくても、歌詞の内容がまったくわからないフォーク・ソングを長時間集中して聴き続けるのには限界があると個人的には感じた。それに僕にも好みの音はあるので、彼の奏でる音に最初から最後まで興奮しっぱなしという訳にはもちろんいかない。それでもこの際、歌詞が理解できないことや寝てしまったこと、音が自分の好みかそうでないかなんてどうでもいいではないか(ヤケクソ……)。

その日はアービンとジンジンはもちろんの事、台南に住まうその他の友人たちも彼の音楽を聴きに来ていて、ビールを片手に心地のいい時間を過ごしていた。台南に通い詰め、現地の人間と実際にコミュニケーションを取る事でしか知りえなかったような音楽を聴き、台南の友人たちと同じ生活目線で音楽を享受している事自体が僕にとっては意味のある事だし、またひとつ台湾と僕の距離が縮まった気がした。綺麗事に聞こえるかもしれないが、本当にそう思っている。寝てしまった事すら結果的には笑い飛ばしてくれる台南の友人たちの大らかさに触れ、恥ずかしいような、申し訳ないような、愛おしいような、なんとも言えない気持ちになった。台南はいつでも僕の中のさまざまな感情を掻き立ててくれるのだ。

 


~今回のオススメ台湾ミュージック~

林生祥(リン・シュンシャン)“種樹”

こちらもジンジンにオススメされた客家のミュージシャン、林生祥の2006年のアルバム『種樹』からのタイトル曲。作詞は鍾永豐で、客家語で歌われている。ジンジンによると、〈種樹〉は直訳すると〈木を植える〉という意味だが、歌詞のより根底にあるメッセージは〈共有〉なのだそうだ。冒頭から爪弾かれるアコギは牧歌的で温かく、ハリー・スミスやスミソニアン・フォークウェイズといったアメリカン・トラディショナルなキーワードをも彷彿とさせる。派手な展開や抑揚は一切なく、ただひたすら同じメロディーが繰り返されるだけなのに、この溢れんばかりの情緒はなんだろう。林生祥は台湾では客家フォークの巨匠とみなされているようで、ソロになる前に組んでいたバンド、交工樂隊(2003年に解散)としてもすでに高い評価を得ており、金曲奨も含む音楽賞の受賞歴も多いようだ。

 


Shop Information

順風號
住所:台南市西區開山路35巷39弄32號
電話番号:+886 6 221 8958
営業時間:
火〜金 12:00-20:00
土〜日 10:00-20:00
月曜定休
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LOLA 蘿拉冷飲店
住所:台南市西區信義街110號
電話番号:+886 6 222 8376
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火〜木 18:00-25:00
金 18:00-26:00
土 18:00-26:00
日 18:00-25:00
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