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重要なポジジョンにいた人が、ふといなくなることについて

――2018年7月25日にはサニーデイ・サービスのライヴが韓国でありました。そちらはいかがでした?

※〈SUNNY DAY SERVICE Live in Seoul -空中キャンプ presents すばらしくてNICE CHOICE vol.24-〉

「韓国のお客さんに最前線のサニーデイをお見せしても面食らうと思ったから、昔の曲を中心に最近の曲も少しやりました。8割くらいは90年代の曲だったかな。

変わったなって感じたのは、『DANCE TO YOU』を聴いてファンになったっていう人がけっこういたことなんですよね。日本でも同じことがあったんだけど、韓国でもそう。あのアルバムは自分たちに新しい出会いを与えてくれたんだなと。(ジャケットを描いた)永井(博)さんのおかげです」

――韓国で他に感じたことは?

「文化がどんどんおもしろくなっているし、街の人たちのファッションとかヘア・スタイルとかもバンバン変わっていくんだなって。ライヴ後のパーティーで若い子がiPhoneをスピーカーに繋げてK-PopのDJをやっていたんだけど、それが全部よかった。これは(日本は)置いていかれるなあって感じはした。

去年は韓国映画をけっこう観ていて、韓国にすごく興味がある時期だったんです。いまも韓国映画は好きで、タクシー運転手の映画(『タクシー運転手 約束は海を越えて』)もすごくおもしろかったですね。

なんかね、飯を食ったり、セックスしたり、めちゃくちゃに殴ったり――そういうリアルなシーンがあるのがいいんだよね。日本の映画だと描写をちょっと抑えたり、綺麗なものに昇華したりするじゃない?」

――映画といえば、10月13日に白石和彌監督の映画「止められるか、俺たちを」が公開され、曽我部さんはそのサウンドトラックを担当されました。

「いい映画。愛情があって。(映画の題材になった)若松孝二監督は大好きなんです。僕が60~70年代の日本のアンダーグラウンド・カルチャーにハマっていくきっかけになったのが若松監督の映画なので。若松組の人たちが集まって若松監督のことを描いているから、そこに関われたことがありがたかったです」

――サントラのサウンド的には、ジャズやサイケデリック・ロックを使っていた若松映画へのオマージュを感じます。

「そういう気持ちもある一方で、〈昔のことをやりました〉みたいな感じにはならないようにしましたね。追悼ではないんだけど、〈若松監督ありがとう〉という気持ちがスタッフみんなにある作品だから。

主題歌として“なんだっけ?”を書き下ろしたんですけど、そこでは重要なポジションを占めている人がふといなくなることについて歌っているんです。〈こういう場合、あの人がいたらどうしていたっけ?〉みたいな。

若松監督はすっごく大きい存在だったわけで、これからはリスペクトしていた人がいない状況で、みんなで映画を作っていくわけじゃないですか。白石監督も含めて。そういう〈あの人がいたらどうしていたっけ?〉みたいなことは、僕の人生のテーマでもあるんです」

曽我部恵一の2018年作『「止められるか、俺たちを」オリジナル・サウンド・トラック』収録曲“なんだっけ?”

 

シンガーがラップのアルバムを作るなんて、最高にイケてる

――12月7日にはソロでラップ・アルバム『ヘブン』を発表します。昨年、曽我部さんは『the CITY』についてのインタヴューで、ラップについて〈自分がやるものじゃない〉〈ラッパーはラッパーで、シンガーはシンガー〉というようなことをおっしゃっていました。どのような心境の変化があったのでしょう?

「(ラップは)できないだろうって思っていたけど、自分の人生をそんなふうに決めちゃっていいのかな、やりたいことをやったらいいんじゃないかなと思って。

『Ollie』の〈ヒップホップの力〉って特集に仙人掌のインタヴューが載っているんですよ。それが後押ししてくれた。ここからここまではヒップホップで、ここからここまではシンガーだとか、そういうことじゃないな、みんなヒップホップなんだって。自分はシンガーだからラップはやらないとか、そういう決め事みたいなものにも飽きちゃって」

※「Ollie」2018年6月号の特集〈POWER of HIPHOP HIPHOPの力〉に掲載

――線引きをやめた?

「自分のなかのね。発想があるなら、とりあえずそれをやってみたほうが何か形になるって常日頃思っているし。シンガーがラップのアルバムを作るなんて、最高にイケてるって思ったんです」

――客観的なリスナーとして、曽我部恵一がラップのアルバムを作ったらおもしろいと。

「僕が自分のいちばんの、最高のリスナーですから。そう考えると、ひさびさのソロ・アルバムでギターを持ってシンガー・ソングライターをやるより、全曲ラップしているほうがおもしろい。とにかくラップやヒップホップが好きだから、ちゃんとそのやり方でやってみたいと思ったんです」

――『ヘブン』のサウンドはアブストラクトで、サイケデリックにも感じます。いまの主流のラップ・ミュージックとは違いますよね。どうしてああいう音になったんですか?

「作っていくうちにそうなったんです。(現在の主流の)オートチューンを使った歌モノっぽいヒップホップじゃなくて、サイケで、宇宙的で、ミクロとマクロが繋がっていくようなヒップホップが好きなんだよね。

いろいろ試行錯誤したんですよ。自分のラップはどういうビートやネタにいちばんハマるんだろうって。そういったなかでサイケデリックな何かが生まれてきたんです」

曽我部恵一の2018年作『ヘブン』収録曲“文学”

――ラップもビートも目指すものがあったわけではなく、試行錯誤から生まれた?

「そうそう。どれくらいのキーで歌ったらハマるのかとかもね」

――すごく聴き手に近くて、パーソナルな質感のヴォーカルですよね。

「そうですね。ライヴだともっと(声を)張って歌うんですけど、つぶやきに近いほうが自分らしかった」

――ちょうど同時期にリリースされたアール・スウェットシャツの『Some Rap Songs』にも近い感触がありました。

「(『ヘブン』が)出来上がってから、アール・スウェットシャツのアルバムが出たんだよね。〈あ、似ている人がいるんだ〉と思って、ちょっとうれしかったな。最近だと、タイラー(・ザ・クリエイター)の新作(『IGOR』)にもレコードのスクラッチ・ノイズがいっぱい入っていて、それがうれしかった。ちょっと前まで、ああいう音はなかったでしょ。でもいまは(クリーンな音のものと)両方あって、すごくいいなと思う。

タイラー・ザ・クリエイターの2019年作『IGOR』収録曲“EARFQUAKE”

僕はどうしてもレコードのサンプリングをしたいんだよね(笑)。だから、去年はとにかくずっと街でレコードを探してた。もう、ありとあらゆるレコードを買っていました。韓国でもレコードを買っていたね。80年代末くらいの、韓国のヒップホップとかロックとかを教えてもらって。

街を歩いて、レコード屋さんでネタとブレイクを探す。自分がすでに持っているレコードじゃなくて、新しい発見のなかからそれができるといいなと思ったから」

――まさに90年代のビートメイカーのようですね。リリックはどのように書いたんですか?

「ビートをまず仕上げて、そのビートを流しながら、曲が呼んでいる言葉を自分のなかから抽出していくんです。それがもう、最高に楽しいんですよね。言葉数もすっごく多くて、僕の普通の曲の5倍くらいはあるかな。さらに韻を踏まなきゃいけないから、アコギで曲を作るのとは全然違うプロセス。韻を踏むために言いたいことが変化することもあるし」

――韻に引っ張られて言葉が変わる?

「そうそう。ルール、形式のほうに引っ張られることもすごく楽しい。逆に自由なんです」

――形式があるからこそ自由?

「ギターをポローンと弾いてそのなかを泳いでいくよりも、もっとがっちりした形式が自分を引っ張ってくれて、想像もしなかった言葉が出てくるんです。自分の生活や思想、理想もそうだし、考えていることや思っていることが全部出てくる。〈このメロディーにこの言葉は乗らないな〉みたいなことがないですから。詩を詠むという行為はほんとにすごいなって」

――では、『ヘブン』はソロ・キャリアのなかでいちばんパーソナルな作品になったと思いますか?

「パーソナルかどうかはおいといて、いちばん好き。これまででダントツですね。作る過程も、出来上がったものも、小5の長男が撮ったジャケットも、自分にとってはパーフェクト」

 

オートチューンで表現した静謐でソウルフルな世界観

――『ヘブン』リリースの2週間後、12月21日に新作『There is no place like Tokyo today!』を発表します。これは曽我部さんにとってどんな作品なんでしょう?

「僕のなかではいまのポップスという感じですね。オートチューンで、打ち込みで」

――そういう音楽を意識して作った?

「『ヘブン』の手法は90年代的ですけど、こっちはもっとデジタルな感じで、ほぼ全編オートチューンをかけて。こっちは自分のなかではフォークっぽい作り方なんです。歌詞もラップのリリックの書き方じゃない、もっとゆったりしたもので」

曽我部恵一の2019年作『There is no place like Tokyo today!』表題曲

――『ヘブン』とはどういう関係性のなかで制作したんですか?

「『ヘブン』を作り終えて、すぐに作りはじめました。7月くらいから『ヘブン』を作りはじめたんですよ。韓国でもリリックを書いてた。10月くらいに『ヘブン』が出来たのかな。〈Tokyo today!〉は、それから1か月くらいで作ったんだと思います」

――では、〈Tokyo today!〉は『ヘブン』があってこその作品?

「そうそう。『ヘブン』のスタイルはオールドスクールだから、姉妹作じゃないけど、もっといまの音に寄せたものを作りたいなと思って。『ヘブン』は全曲ラップのアルバムっていうだけでおいしいというか、キャッチーじゃないですか。でも、〈Tokyo today!〉には〈こういうサウンド〉というのがあんまりない。自分のなかではあるんだけど。

〈Tokyo today!〉では、オートチューンを使ってカーティス・メイフィールドの『There's No Place Like America Today』(75年)のような静謐でソウルフルな世界観を表現しようと思って。アルバム・タイトルは〈America Today〉のもじりなんです」