パーカッション奏者としてceroから原田知世までさまざまなアーティストをサポート。また、ジャズ・シーンで注目を集める石若駿のユニット、石若駿SONGBOOK PROJECTのメンバーであり、ソロではシンガー・ソングライターとしての顔も見せるなど多彩な活動で知られる角銅真実が、ニュー・アルバム『oar』でメジャー・デビューを飾った。これまでのソロ作ではインスト曲とヴォーカル曲が混じり合っていたが、今回は初めて歌を中心にしたアルバムで、ギターをメインに弾いているのがこれまでとは違うところ。そうした変化は自然な成り行きだったと彼女は言う。

角銅真実 oar ユニバーサル(2020)

 「打楽器って場所をとるし、音も大きいので、いま住んでいるマンションではあまり演奏できないんです。ギターはサイズが手頃だし、音が小さいので好きな時に演奏できる。日常生活のなかで音楽をやるにはちょうど良いから、自然にギターを弾くようになりました。声もいつでも自由に使えるし、どこにでも持って行けるじゃないですか。最近は身近で簡単にできるもので音楽をやるようになってきたんです」。

 そこで驚かされるのが、彼女はギターを弾けないということ。自分流に演奏して曲を作っているという。

 「ギターは自分が演奏しやすいように、曲によってチューニングを変えています。こっちだけ(弦を)強く張って、こっちは緩めたり。緩めた弦がぶるぶる震えて変な音が出たり、ギターが弾けないから思いもよらなかった音がいっぱい出る。そういう音がおもしろくて、アルバムにも入れています」。

 そうやって感性の赴くままに作り上げられた曲を、石若駿や西田修大をはじめとする多彩な仲間が肉付けしていく。ギター、ピアノ、クラリネット、アコーディオンなどの楽器が使われているが、なかでもストリングス・サウンドは本作の特徴のひとつだ。

 「最近よく、録音に参加してもらったチェロ奏者の巌裕美子さんとデュオでライヴをしていました。これまで弾いてきた打楽器やギターは点で鳴らす楽器ですが、ストリングスは横で鳴らす楽器で、メロディーの流れ方も違うのがとてもおもしろくて。そのことに刺激を受けて、やりたいことがいっぱい思い浮かんだんです」。

 そのほか、イルカの鳴き声や水滴の音など楽器以外の音も使用。いろんな音が混じり合い、ざわめきながら、無国籍な旋律が生まれ、囁くような歌声が聴こえてくる。それはまるで、彼女の心象風景を記録したドキュメントのようだ。

 「音楽を作る時、私は何か正解を求めているわけではありません。自分にとって作品は、いまのところ自分が生きていたことの記録であり、姿勢や態度のようなものだと思っています。何でも〈音楽〉と言えるし、何でも〈歌〉だと言える。だから、〈歌のアルバム〉という前提のうえで歌詞がない曲を入れたり、喋ってる声やうがいの音を忍び込ませたりしました」。

 そんな音楽との自由な付き合い方は、フィッシュマンズ“いかれたBaby”、浅川マキ“わたしの金曜日”という2曲のカヴァーからも伝わってくる。どちらも彼女が大好きな曲だが、 前者は頭に浮かんだ順番に歌詞を歌い、後者では歌っていない歌詞がある。「私の歌みたいな気持ちで歌っているからオリジナルとは全然違うものになりました」と微笑む彼女にとって、音楽は「自分とは切り離せないもの」だという。

 「これまでは音楽をやることは、数ある手段の中の一つという意識が強かったんです。自分が取り組んでいることは音楽以外の手段でも成り立つことだと思っていました。でも最近、制作の過程や演奏の現場で、〈音楽でしかできないこと〉を自分なりに感じるようになりました。音楽がどんどん自分と近くなっていって、いまは逆にいろんなものが音楽に見えてきました」。

 音楽にしかできないこと、音楽の魔法を『oar』が教えてくれるはずだ。

 


角銅真実
長崎出身の打楽器奏者/音楽家。マリンバをはじめとするさまざまな打楽器、自身の声、言葉、オルゴールやカセットテーププレイヤーなどを用い、CM、映画、舞台音楽、ダンス作品や美術館のインスタレーションへの楽曲提供などを行う。2016年より、cero、Doppelzimmer、野田薫、古川麦らのサポートを開始し、石若駿SONGBOOK PROJECTのメンバーとしても活動。2017年に初のソロ・アルバム『時間の上に夢が飛んでいる』を発表し、翌年8月には2作目『Ya Chaika』をリリース。2019年2月に初めて歌にフォーカスしたワンマンライヴを開催し、同年夏には自身の名義で〈フジロック〉に初出演を果たす。このたび、メジャー・デビュー作となる『oar』(ユニバーサル)をリリースしたばかり。