
タワーレコード新宿店10階で営業中のアナログ専門店〈TOWER VINYL SHINJUKU〉。先日、〈PIED PIPER HOUSE〉と〈「MURO presents KING OF DIGGIN’」POP UP SHOP〉がオープンしたことで、これまで以上に音楽ファンから注目される場所になっています。
そんなTOWER VINYLによる月刊連載がこちら。毎月TOWER VINYLがおすすめする〈太鼓盤〉をご紹介しています。先月の松田聖子『Bible』特集は大好評で、ロング・ヒット記事として今月も読まれ続けていました。
当連載が今回取り上げるのは、シティ・ポップ・ブームによって国内外で再評価著しい吉田美奈子さんのレコードです! 『MINAKO』『MINAKO II』『FLAPPER』『TWILIGHT ZONE』という初期4作品がアナログ盤とSACD(スーパー・オーディオCD)ハイブリッド盤でリイシューされたことを記念し、新宿店のスタッフと名盤『FLAPPER』の試聴会を開催。その模様をお届けします。
再評価著しい吉田美奈子のレコード
吉田美奈子さんは、73年にアルバム『扉の冬』でデビューしたシンガー。70~80年代において、細野晴臣、松本隆、山下達郎、角松敏生、大瀧詠一などなど、偉大な音楽家たちとコラボレーションや共作をしたことで知られています。
その一方で吉田さんは、もちろんソロ・アーティストとしても素晴らしい作品を発表してきた現役のミュージシャンです。特に、濃密なソウル/ファンクを志向したアルファレコード時代の『愛は思うまま LET’S DO IT』(78年)、『MONOCHROME』(80年)、『MONSTERS IN TOWN』(81年)、『LIGHT’N UP』(82年)などは、折からのシティ・ポップ・ブームのなかで、国内外の若い聴き手や音楽家、DJたちから注目を集めているLP。中古盤の市場価格も、以前とは比べものにならないくらい高くなっています。
吉田美奈子の初期4作品がアナログとSACDハイブリッドでリイシュー
そんな〈吉田美奈子旋風〉が巻き起こっているいま、最良のタイミングでソニー・ミュージックダイレクト/GREAT TRACKSが初期4作品をリイシュー。『MINAKO』(75年)、『MINAKO II』(75年)、『FLAPPER』(76年)、『TWILIGHT ZONE』(77年)というRCA/RVC時代のアルバムが、アナログ盤とSACDハイブリッド盤で手に入るようになりました。いずれも名匠バーニー・グランドマンによるリマスタリングとカッティングが施されており、フレッシュな音像とサウンド・デザインへのこだわりが詰まった逸品です。

というわけで今回は、閉店後のTOWER VINYLにてスタッフと吉田美奈子作品の試聴会を特別開催! 大瀧詠一の楽曲“夢で逢えたら”が収録された特に人気の高い一枚『FLAPPER』をピックアップして、再発盤とオリジナル盤、SACDハイブリッドとを聴き比べてみました(オリジナル盤は、松田聖子の記事でご協力いただいた田中学さんの私物)。
試聴会に参加してもらったのは、田中さんの他に2人。まだ20代の若手スタッフである松本創太さんと、新宿店副店長の村越辰哉さんです。
オリジナル盤の音は〈ズルい〉
オリジナル盤と再発アナログ盤のジャケットを見比べて、「ちょっと色がちがいますね」と松本さん。とはいえ、再発盤の帯にはオリジナル盤と同じ半透明の紙が使われており、再現度の高さや精密さにこだわりが見て取れます。田中さんは2つの盤を手に持ち、「再発盤のほうが厚くて重いね。重量感がある」と言います。

まずは、オリジナル盤に針を落としてみましょう。A面2曲目の“かたおもい”をかけながら、「矢野(顕子)さんっぽいね」「ピアノが効いていますもんね」と語り合う田中さんと松本さん。

ここで、レコード針を田中さんの私物であるNAGAOKAのDJ-03HDにチェンジ。「音、良くないですか?」と訊く田中さんに、「そうですね! 音圧、音量も上がっていますし」と返す松本さん。
「田中さんの盤は状態がいいね」(村越さん)。「10数年前に買ったから、いまよりずっと安かったですよ(笑)」(田中さん)。

TOWER VINYLは、その優れた音響システムも売りのひとつ。真空管ステレオ・パワー・アンプのMcIntosh MC275を通って、劇場用の大型スピーカーであるALTEC A5から太く力強いサウンドがぶわっと吐き出されます。まるで、音が全身に覆いかぶさってくるかのよう。

そして、A面3曲目の佐藤博が作曲したメロウ・チューン“朝は君に”へと針は進んでいきます。
口々に感想を言い合う3人。「やっぱり良い音ですね。オリジナル盤は、悪く言えばモコモコした音。でもアトモスフェリックな、もわっと立ちのぼってくる何かがある」(田中さん)。「懐が深い音。贔屓にしたくなる、ズルい何かがありますよね(笑)」(村越さん)。「トータルで、あの時代の雰囲気や温度を感じられる」(松本さん)。
全然ちがう! 再発盤のブラッシュアップされた音
ひとしきりオリジナル盤を聴いたあとは、お待ちかねのリマスター・アナログ盤をターンテーブルに。先ほどと同じ“朝は君に”に針を落としてみましょう。
「全然ちがう!」と驚いた様子の田中さん。村越さんは「オリジナル盤は振り切れた音だけど、こっちは明瞭でバランスが良いから、方向性がちがう感じ」と応えます。
「どっちが良い音かっていうと、甲乙つけがたい……」(松本さん)。「パッと聴いた瞬間は、こっちのほうが良い音。ブラッシュアップされていて、CD寄りのハイファイなサウンドですね」(田中さん)。

ちょっと曲を飛ばして、田中さんが「細野さんっぽい曲ですよね」と語る、A面の最後を飾る“ラムはお好き?”へ。トロピカルでファンキー、ふくよかなリズムがフロアに響きます。
「『FLAPPER』は、曲によってリズム隊がちがうんです」と松本さんが解説。「高水健司さん(ベース)と村上“ポンタ”秀一さん(ドラムス)、細野さん(ベース)と林立夫さん(ドラムス)とが、だいたい交互に入れ替わる構成。それによって曲のノリが全然ちがって聴こえるのが、アルバムのカラーになっていますね」。
繊細な音でクリアに響く“夢で逢えたら”
ここで田中さんは、さらに針を換えてみます。「ortofonのMC-3 Turboです。MCカートリッジの音は線が細いのですが、解像度が高いんです」と田中さんが語るMC-3 Turboで、名曲“夢で逢えたら”をオリジナル盤→再発盤と聴き比べてみました。

ortofon MC-3 Turboでは、高音が繊細に鳴っているように感じられます。再発盤では特にそれが顕著で、フィル・スペクター風の豪華なアレンジが特徴の“夢で逢えたら”では、カスタネットやチェンバロの音が立体的に響いてきました。音の分離が良く、リズム楽器の音がくっきりと際立ちます。
「オリジナル盤だと埋もれちゃっている音も、ちゃんと粒が立って聴こえる。細野さんのベースの柔らかさとか、高水さんのベースのファンキーさとかも」(松本さん)。「ドラムは〈木っぽい〉音がしますね」(村越さん)。「そうですね。どしっとしていて、締まった音で」(松本さん)。

そのまま再発盤のB面に聴き惚れる3人。
「“チョッカイ”は、ポンタさんのドラムのフィルインがヤバい。高水さんのベースもすごくファンキー」(松本さん)。「ピアノの弾き語りの“忘れかけてた季節へ”は『扉の冬』っぽい。しみじみしちゃうね。最後の2曲(“ラスト・ステップ”“永遠に”)が達郎さんの曲」(田中さん)。「“ラスト・ステップ”はシュガー・ベイブっぽいですね」(村越さん)。
レコードを聴いたあと、SACDハイブリッド盤も聴いてみました。
「悪い音ではないけど……やっぱりちがうね」と田中さん。村越さんは「アナログの音のほうが気持ち良い(笑)。でも、ちゃんとSACDのシステムで聴かないと、本当の価値はわかりませんね」と言います。TOWER VINYLのシステムはレコード再生のために構築されているので、CDとの相性はそれほどではないのかもしれません。
“夢で逢えたら”だけじゃない『FLAPPER』の奥深さ
今回の再発盤について、全体的な印象を訊いてみました。
「お化粧された感じで、シャッキリしていて、音をつぶさに聴けますね。『FLAPPER』のレコードを持っておきたい方にとっては定価で買えるので、入門しやすい確実な一枚。状態の良い『FLAPPER』の中古盤はいま、探さないと買えないので」(松本さん)。「音に艶がありますね。オリジナル盤のリリースから時間が経ち、より良くしたいポイントを見つけて、別の完成形を作った印象です。オリジナル盤を持っていても楽しめます」(村越さん)。「オリジナル盤を持っている人のほうが楽しめるかもしれませんね」(松本さん)。

そこから、『FLAPPER』というアルバムの作品性や音楽性に話が及びました。
「これ以降、美奈子さんはファンクやゴスペルを志向して、コンテンポラリーな音楽性になっていく。なので『FLAPPER』は、それ以前とその後の分水嶺です。シティ・ポップの文脈ではこの後の“TOWN”(『MONSTERS IN TOWN』収録曲)などが評価されていますが、美奈子さんの本質はもっと芸術家的で、ハードコアかつシリアス。ファースト(『扉の冬』)が特にそう。良い意味でポップではないから、『FLAPPER』ではそれをポップスとして成立させるためにアレンジャーたちがあれこれやっている印象です」(田中さん)。「『FLAPPER』は〈シティ・ポップ〉じゃなくて、〈日本のポップス〉って感じがしますよね」(村越さん)。
それでは最後の質問。『FLAPPER』で好きな曲は?
「“ラムはお好き?”。僕の両親が山下達郎さんのレコードを聴いていて、めちゃくちゃ音楽に厳しくて怖い人だと幼心に思っていたんです。でも、“ラムはお好き?”のアウトロの〈ワン・モア・コカ・コーラ?〉を聴いて、楽しくて遊び心がある人なんだってイメージが覆ったんです(笑)」(松本さん)。「僕が最初に好きになったのは“朝は君に”ですね。あと、“チョッカイ”。2曲とも佐藤博さんの曲なので、僕はとにかく佐藤さんの音楽が好きなんだと気づきました」(田中さん)。「“ケッペキにいさん”ですね。初めて聴いたとき、衝撃的でした。一回聴いて覚えられる。メロディーを歌うのではなくて、リズムのヴォーカルであそこまで歌える人は他にいないですよ。〈美奈子節〉ですね」(村越さん)。
そんななか、「誰も有名な“夢で逢えたら”を挙げないんですね(笑)!」と松本さんが指摘。「たしかに(笑)。極論すると、“夢で逢えたら”が入っていなくても良いアルバムですね」と田中さん。
吉田美奈子『FLAPPER』談義はまだまだ尽きないので、このあたりで……。
これを読んで興味を持たれた方は、TOWER VINYLで『FLAPPER』の再発盤を手に取ってみてはいかがでしょうか? また、タワーレコード オンラインの特設ページでは今回の4作について田中さんが解説をしているので、そちらもぜひご覧ください!
INFORMATION
TOWER VINYL SHINJUKU
東京都新宿区新宿3-37-1 フラッグス10F
営業時間:11:00~20:00 ※当面の間営業時間を短縮
定休日:不定休(フラッグスの休業日に準じる)
電話番号:03-5360-7811
https://tower.jp/site/vinyl
