音楽そのものを目的に確かな作品を綴ってきた男が9枚目のオリジナル・アルバムを完成――大人になることを選んだラッパーが改めて語るリリックの重要性、リリシストの矜持とは?

 心の浮き沈みこそあれど、近年もほぼ年イチの変わらぬペースで一枚また一枚とアルバムを形にしてきたHAIIRO DE ROSSI。みずからを取り戻すべくもがいた時を経て、その言葉とラップにはいま、ふたたび力が宿っている。博多で数日を共に過ごしたOlive Oilに格の違いを痛感し、自身をさらに高めるべく心傾けた通算9枚目の新作『Revalation』は、その証しともなるだろう。HAIIROが「相方」と認めるビートメイカー・Pigeondustの舵取りのもとアルバムの制作は進んだが、ことラップ面においては、日頃の曲への向かい方が仕上がりに大きく作用したようだ。

「生活のルーティーンの中でずっとやってないと技術は落ちてくし、やってれば上がっていく。だから前日の夜にビートが届いたら、夜のうちに何回か聴いて、朝6時半ぐらいに起きて、そこから歌詞書きはじめて、娘を保育園に送って帰ってきて、またリリック書きながら録って、昼ぐらいには終わらせるっていうルーティーンを毎日やってて。だから次の作品の時にどう思うかはわかんないけど、いままででいちばん上手いラップができるようになったかな」。

HAIIRO DE ROSSI 『Revelation』 forte(2022)

 これまでも折にふれ社会に目を向けてきた彼は、今回の『Revalation』でも激しく揺れる世相を曲に取り込んだ。元首相の銃撃事件からウィシュマさん、赤木さんに繋ぐ歌詞が出た時点で手応えを確信したという、アルバムの宣言たる“Revelation Intro.”や、世の混迷を我がこととして歌う“TOO MUCH PAIN”は、その最たるものだが、本作では何よりヒップホップにおけるリリックの重要性、リリシストの必要性を改めて知らしめたかったそう。

 「日本のヒップホップは一回聴けば理解できちゃうものが多すぎるから、ホントの意味でリリカルなラッパーって俺以外いるの?って示したかったし、それをどう普遍的なものに落とし込むかっていうのはけっこう考えて、いろんなところに仕掛けはしました」。

 それと共に、かつてのハードな物言いを思わせながらも、セルフボーストに引きつけることでよりストレートさを増した歌詞は、Olive Oilのビートが〈若いのがダイヤでFLEXしてる間に俺は孤高とか言われてる〉とのラインを引き出す“Melancholy of Lyricist”や、ギター・サンプルを大きくあしらったPigeondustのロック寄りのアプローチに、ラップが勢いを増す“Yes We Are”も然り。加えて、心の悪魔を飼い馴らす様をヴァース分けたビートの転調と共にうまく表現した“Meets Evil”から、“Self-Respect”で自尊心を取り戻し、生きづらさを抱えながらもシンプルに楽しむことへ行き着くラスト“Love is the Message”に至るまで、自身を客観的に捉える目線も加わったアルバムは、「吹っ切れた」と話す現在のHAIIROのありようをはっきりと指し示す。

 「いま考えると20代までは〈死ぬ〉っていう選択肢しかなかったんですよ。〈死ぬ〉っていう選択をすることはできるんだけど、それもできずにダラダラ生きてたっていうか。でも、いまは子どもがいるのもあって、〈生きる〉っていう選択を取ったらこういう作品になるよね、っていう。それこそ2作目とか3作目のゴリゴリ行ってた感じも入ってるし、ちょっと鬱入ってる時のテンションも入ってるから、俺がやってきたことの全部が詰まった総集編みたいなアルバムだなとは思う。本って一生をかけて培ってきた知恵が詰まってるじゃないですか。音楽のアルバムもそうあっていいと思っています」。

 〈俺の心はもう固まってる/目的は明らか音楽をやること〉――“Love is the Message”で歌われるように、こうして自身の音楽を形にしている時点でHAIIROの目的が達成されていることは確かだ。アルバム制作もその気持ちを再確認する作業に他ならないだろうが、それは彼自身が成長の歩みを止めることを意味するわけでは決してない。歳を重ねていくなか、その音楽を深めることにこそ彼はみずからの道を見い出している。

 「こんな世の中だから〈難しいこと考えないで仲間と楽しくやろうぜ〉ってヴァイブスはすごいわかるけど、自分の経験から言ってもそれは長いこと続かない。みんなそれぞれの人生を選択してかないといけなくなるし、そういった時に大人が聴けるヒップホップが俺ん中ですごい重要だし、それを作らなきゃいけないなと思ってる。“This Is My Life”で〈特別に悪い事なんてない/俺は大人になる事を選んだ〉って歌ってるのもそういうことなんですよ。俺は10代や20代にも聴いてほしいけど、30代、40代、50代、もしくはもうリタイアして音楽を聴き尽くしたという人が聴いても発見があるような音楽を作れたらいいですね」。

左から、HAIIRO DE ROSSIの2020年作『HAIIRO DE ROSSI』、2021年作『The Time Has Come -Deluxe-』(共にforte)

『Revelation』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、Pigeondustの2019年作『Way Back When』(Cold Busted)、SNEEEZE & Olive Oilの2022年作『OniiilE』(OILWORKS)、Coga Atsushiの2022年作『MINGLE』(Tsuginoma music)、TSUNEIの2020年作『Into』(tag.)