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藤井 風らをプロデュースする俊英による、グラモフォンから提示するポストアポカリプス的音世界

 国立音楽大学作曲科を卒業後、ポップミュージックの第一線で活躍するプロデューサー、Yaffle。幅広い知見と経験から生まれた、ドイツ・グラモフォン デビュー作を語る。

Yaffle 『After the chaos』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2023)

 

――『After the chaos』というタイトルに込められた意味はなんでしょう?

「日常がハッピーエンドで終わることはなく、良くも悪くもない感じが続いていく感覚――例えば伊坂幸太郎作品に感じるもの――が僕にはもともとありました。至上の幸福に向かうのでも、悲しく終わるわけでもなく、自分たちの幸せを相対的に見つけて生きていくという感覚です。また、いわゆるポストアポカリプス的な世界観――SFでよくある題材ですが――は、小説や映画から影響を受けてきましたね。そこへ疫病や戦争という本当にアポカリプス的な状況が訪れ、自分の中に今まであったものとリンクしました。2つのショックが僕のフィルターを通して生まれたのが今作で、東京に住む僕の内面的世界を表現しました」

――今回、新しく参加した3人のシンガーたち(RAKEL、KARÍTAS、CeaseTone)とどんなやりとりをしましたか?

「今回は最初に設計図を決め、3人の魅力が発揮できるよう枠をあらかじめ作り、最初に歌詞の世界観を伝えてから始めていきました」

――世界的なレーベルからのリリースです。シガー・ロスや、ヨハン・ヨハンソンらの影響も感じましたが、どのような方針がありました?

「やはり日本人の自分がやる意味をすごく考えましたね。全員アイスランド人、且つ、レイキャビクで制作する選択肢もあったのですが、自分が日本で培ってきた音楽の要素を加え、東京にいる演奏者たちの音を足していきました。過度に日本的演出はせず、純粋にいいなと思えることをやりましたね」

――アレンジ、特に弦で意識したことはなんでしょう?

「弦とプログラミングやシンセサイザーの要素をレイヤー化させ、なるべく伝統的に聞こえないように書きました。ただ“Empty Room - rework”の最後のように、あえて伝統的な弦楽四重奏の書法で書いた箇所もあります。ループミュージックやシンセ、ヴォーカルがあるなかで相対化できたのが面白いかなと思います。五線譜は縦の構築や和音には強い一方、楽器の音色や、どこで音を聞くか、時間軸上で倍音構造をどう変化させるかについてはルーズです。今回はDAWでエレクトロを作るのに近い感覚で作りました。ヴァイオリンに対し普段使われない音の組み合わせを考えたり、ファゴットやクラリネットも、シンセサイザーにするような処理を生楽器に施しました」

――1曲の中に多面的な世界を感じます。

「クラシック音楽だと委嘱作品として新曲を書くとき、編成は――例えばオペラならオペラ用の編成が――最初に決まるわけです。パソコンで曲作りをすると、一瞬だけ出てそのあと消えるトラックの数が相対的に多くて、綺麗に見えるけど中身はいろんな色のブロックが混ざって入っている――そんな曲になりやすいですよね」

――藤井 風の楽曲のようなポップミュージックを作るのと違いはありましたか?

「どちらもストリーミングサービスが基準という意味では同じマインドで作っています。5秒で人の心を掴まなければいけない音楽と、一定のトーンを保ったまま進んでいく今作は、ストリーミングに影響されてるという意味では同じです。どういう環境で聞かれるかということに関して全く影響がない作曲家っていないと思うんです。その他にも、アーティストとやる場合はその人自身という主題がありますが、自作の場合はそれを自分で作り、自ら律していく必要がありました」

――技術的な工夫などあれば教えてください。また、今作はどのように聞かれたいですか?

「技術的な工夫としては、今までの僕の作品よりとても音圧が低く、クラシック音楽のような音量のダイナミクスがあります。でもポップミュージックのように気軽に聴いてほしいですね。ライヴをするなら、コーヒーやお茶、お酒を飲んだりできる街中や野外など、普段の生活の延長にある空間でできればと思います」

 


Yaffle(ヤッフル)
TOKAのプロデューサーとして、藤井 風やiri、SIRUP、小袋成彬、Salyu、eill、adieuなどの楽曲をプロデュース。2020年9月、欧州各地のアーティスト計8名をゲストに迎えた1stアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。国内外で高い注目を集める。2021年10月に発売されたポケモン25周年を記念したコンピレーション・ アルバムには唯一の日本人アーティストとして参加。映画音楽の制作も担当しており、「ナラタージュ」(17)、「響 -HIBIKI-」(18)、「キャラクター」(21)などの作品のほか、サウンドトラックを手がけた「映画 えんとつ町のプペル」(20)ではアニメーション界のアカデミー賞と呼ばれる第49回アニー賞で最優秀音楽賞にノミネート。