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小袋成彬と共にTokyo Recordingsを設立したメンバーの一人であり、小袋や藤井 風、SIRUPらのプロデュースや楽曲提供なども手がけるソングライター/プロデューサー、小島裕規のソロ・プロジェクト〈Yaffle〉によるファースト・アルバム『Lost, Never Gone』がリリースされた。

本作には、彼が昨年ヨーロッパを旅行しながらコライト(共作)を行い録りためてきた楽曲の中から9曲を収録。日本でも人気を誇るオランダのシンガー・ソングライター、ベニー・シングスをはじめ、カイトのヴォーカリストだったイギリス出身のニック・ムーン、スウェーデンを拠点に活動するリニア・ラングレンら多彩なアーティストとの共作曲が並んでいる。

複数のアーティストをフィーチャーしたアルバムは、ともすればコンピレーション・アルバムのように散漫になってしまいがちだ。が、本作『Lost, Never Gone』は聴き終わった後に、どこか不思議な統一感が残る。インタビューの中で、彼自身がインスピレーション源として挙げた、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品「メッセージ」にも通じるような、静謐さの中に潜む不穏な空気感。そうしたサウンドスケープを展開するために、彼は今回どのような手法を用いたのだろうか。

「他者との間に生まれる化学反応に、常に驚いていたい」と語ってくれたYaffle。アルバム制作についてのエピソードはもちろん、コライトの醍醐味や〈言語〉に対する並々ならぬこだわりなど、彼のクリエイティヴィティーについてじっくり訊いた。

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ベニー・シングスとの共作から始まった、音楽を自由に作るプロジェクトYaffle

──これまで様々なアーティストの楽曲提供やプロデュースを手掛けてきた小島さんが、2018年にYaffleをスタートしたのは、どのような経緯だったのでしょうか。

「そもそもは“Empty Room”という曲をベニー・シングスと共作して、それをリリースしたかったのがきっかけでした。その際、今までの音楽活動とは別軸のことがしたかったんです。

プロデュース・ワークの場合、手がけるアーティストのストーリーや文脈も重要なファクターの一つになるので、音楽のクォリティーのことだけを考えればいいというものではないじゃないですか。一度そういうところから離れ、自由に音楽だけを作りたかった。なので、〈海外ミュージシャンとのコラボ・プロジェクト〉というコンセプトは、ある意味では後付けだったんですよね」

Yaffleの2018年のシングル“Empty Room feat. Benny Sings”

──ベニー・シングスとの共作は、彼が来日しているタイミングで実現したそうですね。

「それが初対面で、特にリリースの予定もないまま〈とにかく作ってみよう〉という話で始まったコラボは、この時が初めてだったかもしれないですね。ベニーとスタジオに入り、ゼロから〈ああでもない、こうでもない〉と詰めていきました。

まさか自分が、こんなに英語を使う日が来るとは思ってもみなかったです(笑)。おかげで海外レコーディングへのハードルもグッと下がりましたね。それまでは、事前にちゃんと準備をしなければ無理だと思っていたのに〈なんだ、意外と簡単にできるものだな〉と思えたのは大きかったです」

──今作『Lost, Never Gone』では、パリ、ロンドン、ストックホルム、そしてアムステルダムとヨーロッパ4か国で作業をされたそうですね。

「アルバムに収録されたのは4か国ですが、収録されなかった曲も含めるとかれこれ10か国ぐらい回っています」

──もともと旅はお好きなのですか?

「好きですね。大学の卒業間際、初めて海外旅行してから味を占めたというか(笑)。しかも、当時より気軽に海外へ行けるようになったじゃないですか。だからこそ、今回のようなレコーディングも可能になったんです。バスで移動しなきゃならないような環境だったら、おそらくこんなことやってないと思いますね」

──基本的には一人で行かれるのですか?

「誰も付いてきてくれないんですよ。初めて訪れるスタジオなど、〈コンコン〉ってノックするときに毎回緊張します。しかも、約束の時間に行っても相手が一向に来なかったり、集合場所がめちゃくちゃ治安の悪いエリアだったり、色々と大変な思いもしました。

ただ、どこかでそれを楽しんでいるところもありますけどね。ハプニング好きではあるので、何事もなく終わってしまうよりは、乗る電車を間違ったりした方が旅をしている感じはします」

 

現代的なコライト=共作によって生まれた『Lost, Never Gone』

──ちなみに、コラボレートするアーティストはどのように決めているのでしょうか。

「まずは行きたい国を決めてから、そこで活躍するアーティストをリストアップしていきます。その中から曲を聴いて、シンプルにグッと来る人に声をかけていますね。〈完成形を見据えて〉みたいなのはあまりなくて、純粋に〈あ、この人とやってみたい〉と思ったら、お願いする。仕上がりが簡単に予想できる人だと、コラボレーションとしてはちょっとつまらないじゃないですか」

──コライトの仕方は、やはりアーティストによっても異なってきますか?

「そう思います。ただ、定石みたいなものはある程度ありますね。僕は日本人アーティストとのコライトはあまりしたことがないのですが、海外のアーティストはビートとトップライン(メロディー)の分業にあまり抵抗がないというか。ビートを渡してトップラインをポンと出すのは別の脳味噌を使うし、ある程度〈慣れ〉が必要になってくると思うんですよ。

要は自分のアイデアを他人にさらけ出さなければならないし、そこで相手に微妙な顔をされたらすぐに別のアイデアを出していかなければならない。そうやってトライ・アンド・エラーで詰めていくのがコライトなのですが、そこで羞恥心が働いちゃうとなかなかうまくいかないですよね」

──アイデアを〈却下〉されたとき、自分自身を否定されたような気持ちになってしまう人だと難しそうです。

「そうなんですよ。討論と人格攻撃が混ざっちゃうと、〈じゃあもうやんない!〉みたいなことになっちゃうんですよね。そこをパキッと分けて考えられる人だったら、〈それよりこっちの方がいいんじゃない?〉みたいなやり取りが自然にできる。慣れも必要なのかなと思います」

『Lost, Never Gone』収録曲“À l’envers feat. Elia”

──コラボ相手に導かれることで、自分だけでは思いもよらなかったところまでたどり着けるところもコライトの醍醐味でしょうね。

「ある意味〈外注のディレクション〉というか、自分の思い通りにならないこと自体を楽しめる価値観が必要。少なくともコントロール・フリークの人には向かない作業ですよね。もちろん、どちらがいい悪いではないし、コントロール・フリークの作曲家でも素晴らしい人はたくさんいますが、ある程度のところまで人に任せることができる人の方が、コライトには向いていると思います」

 

喪失から得るもの

──アルバムを作る上で、サウンド面でのコンセプトやテーマなどありましたか?

「どちらかというと、表層ではあまり現れないような部分でのコンセプトは決めていました。それは、タイトルである『Lost, Never Gone』が象徴していて、僕はこれを〈喪失を悲しむ必要はない〉という意味で捉えているのですが、そのワン・イシューだけ事前に決めて、それをコラボ相手と共有してから毎回作業をしていました。〈こういうテーマで、こういうアルバムにしたいと思っているんだけど〉と。

それに対して、相手がどう歌詞に落とし込んでいくのかはお任せしたというか。出来上がった歌詞に対してのサジェストは、最小限にとどめましたね」

──アルバム全体に〈孤独感〉や〈喪失感〉が漂っているのは、そういうプロセスがあったからですかね。

「そうだと思います。今回のアルバムのように、フィーチャリング・アーティストを複数並べる場合は統一感を出すのってすごく難しいんです。曲ごとに〈歌声〉が変わっていくので、トラックメイカーが作るアルバムは得てしてコンピレーション・アルバムみたいになりがちですが、そうはしたくなかった。

上流だけ閉めて、あとはどう出るかはお任せというか。その方が結果的にいいものができるだろうなと思っていました」

『Lost, Never Gone』収録曲“Lost, Never Gone feat. Linnéa Lundgren”

──〈喪失を悲しむ必要はない〉というテーマは、コロナ禍で聴くと心に染みるものがありますよね。レコーディングは昨年ですから、この状況は予想もしなかったと思うのですが。そもそもこうしたテーマを取り上げたのはどうしてだったのでしょうか。

「喪失した後も、その喪失したものに対して自分がすごく影響を受けているなと思うことが多いことに気付いたんです。年齢もあるとは思うんですよ、歳を重ねるほどに失うものは増えていくわけですから。そういう、失ったもの、失われたものに引っ張られながら人生を歩んでいると思うことが多いと気づき、そこからこのテーマを選びました」

『Lost, Never Gone』参加アーティスト

音楽は言語によって変化していく

──そうしたテーマを肉付けしていく上で、インスパイアされた作品や出来事などありましたか?

「色々ありましたが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』の影響は大きかったと思います。映画もとても良かったのですが、テッド・チャンの原作『あなたの人生の物語』が好きなんですよ。肉付けという意味で、今ぱっと思い出すのはその作品ですかね」

──テッド・チャンの「あなたの人生の物語」は、宇宙人の言語を理解することで主人公の時間軸が〈更新〉され、それで未来を予見できるようになるストーリーでした。

「映画は映像になっている分、どうしてもSF色が強くなりがちですが、おっしゃるように小説はもっと観念的であり言語学的で。

僕もちょっと言語フェチなので(笑)、そこにも惹かれました。外国語の語感が好きなんですよね。意味が分からなくても、フランス語にはフランス語のグルーヴがあるし、イタリア語も中国語にもヒンドゥー語にも特有の響きがあるじゃないですか」

──確かに、例えば韓国語のラップを聴くと、英語にはないグルーヴやスピード感があるし、意味が分からないぶん音の響きがダイレクトに入ってきます。もしかしたら日本語も、海外では特有のグルーヴとして受け止められているかも知れないですね。

「それはめちゃくちゃあると思います。言語によって含まれる倍音も変わりますから、当然メロディーの動きも変わってくる。次に向かいたい音程の癖が、言語によってあると思っていて。

それに、メロディーだけでなくトラックにも影響を少なからず与えています。意識的に〈これは英語だから、こういうトラックにしよう〉とは思わないですけど、言葉や歌詞にはものすごく引っ張られる」

『Lost, Never Gone』収録曲“Rafter feat. Nick Moon”

──ものすごく興味深い話です。

「ヒップホップの現場ではよくあることですが、トラックをラッパーに投げて、ラッパーがそこにラップを乗せてそのままリリースするという制作フローが僕は苦手なんですよ。トラックに声が乗った時点で、もう一度トラックに手を加えたくなる。逆にいえば、最初の段階で〈メロディーを乗せればもう完成です〉というところまでトラックを作り込むこともしたくないんです。

例えば今作も、まずは完成形の5パーセントくらいのラフなドラフトを作って、そこに歌を乗せてもらってからオケを作り込んでいくやり方をしているんですよね。場合によってはオケを全て消して、歌に合わせてイチから作り直すこともありますし」

──誤解を恐れずに言えば、〈歌〉も素材として考えているというか、トラックと等価で考えているからこそ、そういう作り方をしているのでしょうね。

「確かに、〈オケと歌〉みたいに二層化して考えてはいないと思います。

これは余談ですけど、例えば楽曲提供のお仕事をもらったときに、〈カラオケ・ヴァージョンを作る際、声はどこまで消せばいいですか?〉とよく言われるんですよ。僕の曲の場合、メインのヴォーカルを消しても、声っぽいフレーズがめちゃくちゃ入っているので、それも全部消してカラオケにしちゃうとスカスカになってしまう。

おっしゃるように、どこからが〈声〉でどこからが楽曲の〈フレーズ〉なのか、その境界線は曖昧かも知れないです」

 

神秘的な残響と立体的な音像

──今の話で思い出したのですが、今回のアルバムはゴスペルっぽいと思う瞬間が結構あって。トラックの中で〈声〉の要素がふんだんに盛り込まれているからなのかなと思ったんですが。

「なるほど。実は僕、ユルユルのキリスト教徒ではあるんですよ。幼稚園から高校までクリスチャン系の学校だったので礼拝もしたし、母親もユルユルのキリスト教徒なので、キリスト教的世界観の方が、仏教的世界観よりもシンパシーはありますね。

当然、ゴスペルにも馴染みがあります。音像的にも教会のような、広い空間で声が多声でワーッと鳴り響いているものは親しみがある。〈残響〉にはすごく聖なるものを感じるし、神秘性を感じますよね。逆に近い音像にはパーソナルなものを感じる。

ただ、テクニカルな話でいうと、聴き手がすごく近くに感じられる音像の方が個人的には好きなんです。それを活かすために、あえて広い空間を作ることはありますね。

例えば、J-Popのいわゆる〈落ちサビ〉ってあるじゃないですか。サビの最後でピアノだけになる、みたいな。ああいうところでリヴァーブやエコーをかけてワーッと広げる演出よりは、逆に歌をバキっとセンターで出したくなる。それを強調するために、前後の音像を広く作っておくとか、そういう極端な立体感を演出することはよくあります」

 

〈ローファイにどう向き合うか?〉という課題

──極端な距離感によって音像に立体感を出すという意味では、“You Come Undone”は歪んだ音を入れることで、逆にクリアな音の透明感を際立たせるような手法を取っていると思いました。

「音楽の機材の値段がここ数十年で下がったじゃないですか。今はスマホがあれば誰でも録音ができる時代で、昔よりもローファイが普及したと思うんですよね。とんでもない素人が、とんでもない音源を作るみたいなケースもよくあるし。

そうなったときに、今度は〈ローファイに対してどう向き合うか?〉という問題が出てきた。いいスタジオでいい機材を使った、オーディオ的に正しいだけの、ただハイファイなサウンドって逆にダサく感じるようになりましたよね。トラップとかの隆盛もその流れで捉えることも出来ると思うのですが」

『Lost, Never Gone』収録曲“You Come Undone feat. Elodie”

──よく分かります。

「逆に、安価なスピーカーから聴こえてくるだけでカッコよく聴こえてしまうから、ただローファイなだけだとそれはそれで〈逃げ〉だとも思うんです。そうなると、いわゆるクリアな音と、汚れた音とのバランスをどうするか、どう対比させていくかが重要になってくると思うんですよね。

“You Come Undone”は、そういう意味ではちょっと実験的な要素もあったと思います」

Photo by ROB Walbers

アジア文化の価値観や美意識を広めたい

──それにしても、様々な国で製作された本作は、新型コロナウイルスの感染が広がる前だからこそ作れたアルバムだと思います。この先コロナが終息したら、今度はどこへ行ってみたいですか?

「今回はヨーロッパが多かったので、次は違う地域へ行きたいですね」

――いろんな言語をフィーチャーした楽曲を聴いてみたいです。イタリア語だったりヒンドゥー語だったり。

「そういう意味では、アジアの言語に今は興味がありますね。アジア的文化の連帯感が、〈エスニック〉という認識の枠を出ていないのは本当にもったいないと思っていて。K-Popのおかげで〈アジアにはちゃんと文化的連帯感があるじゃん〉と実感できたし、ベトナムやインドネシアのシーンも盛り上がってきているし。

日本は戦後、ずっとアメリカの方ばかり向いていて〈外国〉と言えば西洋的価値観のことを指す時代がずっとあったと思うんです。でも、それこそみんな前髪を下ろしがちだし、染めるのも好きだし、マスコット大好きだし、そういう東アジアに共通する価値観、美意識を世界にもっと広めていきたいです」

 

誰かとの〈化学反応〉に常に驚いていたい

──最後にお訊きしたいのですが、Yaffleさんが人との素晴らしい出会いを呼び込むために心がけていることはありますか?

「まずは〈会ってみる〉ことだと思います。僕自身、時間が許す限り人と会うようにしています。例えば自分からアポをかける人もいますし、今回のコライトで言えば〈日本人がロンドンで今、コライト相手を探しているらしいぞ〉みたいに、向こうから来る場合もあるんですよ。そういう時は時間が許す限り会うようにしています。もちろん、それでセッションをやってみてうまくいかない場合ありますが、〈いい出会い〉を呼び込むにはある程度の数は大事じゃないですかね」

──フットワークを軽くして、分母を増やすことが大切だと。

「そう思います。いずれにせよ僕は、自分だけで全て完結してしまう音楽というものがあまり好きじゃないので、今後もコラボというスタイルは変えるつもりはないです。誰かとの〈化学反応〉に常に驚いていたい。

コロナ禍での移動はなかなか難しいところですが、矢継ぎ早にいろんなことをやっていると、本当にクリエイティヴィティーを発揮できるものに対しての準備自体が疎かになってしまう。なので、この自粛期間にたくさんの準備をしておこうと思っています」